奥野健男の『三島由紀夫伝説』は強烈な同世代意識に裏打ちされている2021年02月14日

『三島由紀夫伝説』(奥野健男/新潮社/1993.2)
 村松剛の『三島由紀夫の世界』に続いて次の三島本を読んだ。

 『三島由紀夫伝説』(奥野健男/新潮社/1993.2)

 奥野健男も村松剛と同じように三島由紀夫と親交のあった評論家である。本書は三島の死から20年以上が経過して刊行された約千四百枚の分厚い評伝だ。

 奥野健男は東工大生時代に『太宰治論』を発表し、卒業後は東芝の研究所でトランジスタ開発に携わりながら文芸評論家として活躍した人で、三島由紀夫とは1歳下(2学年下)の同世代である。三島から「君は工科出身、ぼくは法科出身、おたがいに文壇とはエトランジェの立場を堅持して、書生同士の付き合いをしたい」と言われ、1954年から三島事件の前年(1969年)までの15年間、ほぼ毎月会っていたそうだ。

 晩年の1年間が疎遠だったのは、奥野健男が『英霊の声』などを評価せず、「盾の会」の活動にも理解を示さなかったせいだと思われる。と言っても、本書全般は三島由紀夫への深い共感と尊敬に満ちている。奥野健男の三島作品評価が、世間一般の評価と少し異なっているのが興味深い。『金閣寺』や『潮騒』をさほど評価せず、『鏡子の家』や『美しい星』を高く評価している。

 村松剛の『三島由紀夫の世界』が身内・家族視点で、やや防衛・擁護的なのに対して、本書は強烈な同世代意識(アプレゲール)による同世代視点で三島作品読み解いている。辛辣な指摘もある。私には村松剛のものより奥野健男の評伝の方が面白かった。

 奥野健男の言う同世代とは、終戦時に二十歳前後だった三島由紀夫、吉本隆明、安部公房、吉行淳之介、井上光晴などである。戦争で死ぬのを当然と一度は自覚した世代とも言える。その敗戦体験は、戦後いち早く活躍を開始した第一次戦後派とは大きく異なる。奥野健男は、この同世代の内面の複雑さを熱く語っている。

 また、本書の巻末近くには次のような述懐がある。

 《三島由紀夫は生涯、この世に存在しようとしても存在することができない自分に悩んでいた。どうしてもこの世に本当に生きているという実感を持つことができない自分に焦っていた。》

 この分厚い評伝を読んで、三島由紀夫の最高傑作は、自ら演出・主演した精神と肉体の悲喜劇「三島由紀夫の生涯」だと思えてきた。