『絶望を希望に変える経済学』は格差拡大社会への処方箋を提示2021年02月04日

『絶望を希望に変える経済学:社会の重大問題をどう解決するか』(アビジット・V・バナジー&エステル・デュフロ/村井章子訳/日本経済新聞出版)
 知人に薦められて次の本を読んだ。

 『絶望を希望に変える経済学:社会の重大問題をどう解決するか』(アビジット・V・バナジー&エステル・デュフロ/村井章子訳/日本経済新聞出版)

 昨年夏に新聞の書評で見かけ、ちょっと気になった本である。著者二人は2019年にノーベル経済学賞を受賞した研究者夫婦(MIT教授)で、夫はインド出身、妻はフランス人だ。本書の原題は“Good Economics for Hard Times”、2019年の刊行である。

 私は経済学に関心をもった時期もあるが最近は敬遠気味だ。複雑・多様でわかりにくくなった経済学に、現実問題への正しい処方箋のを求めるのは難しいと感じていた。本書は狭量な経済学の視点を超えた処方箋を提示している。

 本書の著者二人の専門は開発経済学で、貧困問題に取り組んでいるそうだ。序文では「富裕国が直面している問題は、発展途上国で私たちが研究している問題と気味がわるいほどよく似ている」と指摘している。その問題とは端的にいえば格差拡大である。

 本書は経済学の書ではあるが、理論を展開した本でない。さまざまな調査に基づいた事例研究紹介であり、経済学者批判であり、理念に基づく政策提言の書である。その主張には概ね共感できる。「よい経済学」と「悪い経済学」という表現は露骨だが、あえてこんな言い方をしなければならない所に、現状の「困難」があるのだと思う。著者のいう「困難な時代」はレーガン、サッチャーの時代に始まり、現在まで持続している。

 「移民」「自由貿易」「好き嫌いの心理」「経済成長」などに関する著者の考察は非常に興味深い。複雑怪奇な現実は、単純明快な理論では容易に切り取れないとわかる。社会科学者はタイヘンだと思う。経済成長に関する次のような記述が印象に残った。

 「経済学者が何世代にもわたって努力してきたにもかかわらず、経済成長を促すメカニズムが何なのかということはまだわかっていない。(…)いつ成長という機関車が走り出すのか、いや本当に走り出すのかさえわからない(…)成長率を押し上げる方法などわからなくても、よりよい世界に向けてできることはまだまだある」