網野善彦の『無縁・公界・楽』は面白くて刺激的2018年01月08日

『[増補]無縁・公界・楽:日本中世の自由と平和』(網野善彦/平凡社ライブラリー)
 年末に『応仁の乱』(呉座勇一/中公新書)を読んで頭の中が少し日本中世モードになったのを機に、かねてから気になっていた次の本を読んだ。

 『[増補]無縁・公界・楽:日本中世の自由と平和』(網野善彦/平凡社ライブラリー)

 網野善彦の代表作で、初版は1978年、増補版が1987年、私が読んだ平凡社ライブラリー版が刊行されたのが1996年である。

 網野善彦の高名は以前から知っていたが、まとまった著作を読むのは数年前の『日本の歴史をよみなおす』(ちくま学芸文庫)に次いで2冊目にすぎない。『日本の歴史をよみなおす』は非農民や海洋に着目したとても面白い本で、網野善彦史観の概要を把握できた気分になっていた。『無縁・公界・楽』を読了して、その気分は浅薄な早やとちりだったと感じた。

 学術書に近いと思っていた『無縁・公界・楽』は想像していた以上にパッションの書だった。洋の東西から人類史までも視野に入れたスケールの大きさに驚いた。素人目にもかなり強引で大胆な論旨が展開されていて、確かに面白い。ひろげた「風呂敷」がうまく結ばれているかどうかはわからないが刺激的な内容だ。話題の書となり物議をかもしたのもよくわかる。

 「増補版」の約三分の一が初版の後に書き加えられた「補注」「補論」で、その多くは初版への批判に対する反論であり、この部分も面白い。門外漢の私が批判や反論の当否を判断することはできないが、辛辣な批判で指摘された事項をある程度は受け容れつつも見解の主旨を貫徹する著者の情熱に感服した。

 学問において信念と認識は別物であり、思い込みによって事実を変えることはできないだろう。だが、情熱がなければ歴史解釈の追求はできないとも思う。

 私が、それと知らずに網野善彦の文章に初めて接したのは1986年4月、『週刊朝日百科 日本の歴史(第1号)』を手にした時だった。当時、朝日新聞出版局は立て続けに週刊の大判百科を刊行していて、1986年4月からのテーマは「日本歴史」。図解の日本史百科に食指は動かなかったが、「(第1号)源氏と平氏」を手にし、その内容が高校日本史などで習った内容とは全く切り口の異なるユニークなものだと気づき、その魅力に惹かれて全133冊の購読を決めた。

 この「(第1号)源氏と平氏」の責任編集が網野善彦・石井進で、巻頭の「アジアと海の舞台を背景に」の執筆者が網野善彦だった。網野善彦はその他にも「(第3号)遊女・傀儡・白拍子」「(第6号)海民と遍歴する人びと」「(第12号)後醍醐と尊氏」「(第19号)庭」「(第28号)楽市と駆込寺<アジールの内と外>」「(第51号)税・交易・貨幣」などの責任編集をしている。私が「アジール」と言う言葉を知ったのもこの週刊百科によってだと思う。

 『週刊朝日百科 日本の歴史』が出た頃、すでに『無縁・公界・楽』は刊行されていて、網野善彦は話題の歴史学者だったはずだ。私がその名を認識したのは後年になってからだが、名前を認識する前からその魅力は感じていた。

 そんな記憶をたどれるのは、『週刊朝日百科 日本の歴史』全133冊を私自身が合本製本して今も手元に保存しているからだ。「製本」は私の趣味の一つである。

来年の大河を機に『翔ぶが如く』を読んだが…2017年12月24日

『翔ぶが如く』(司馬遼太郎/文春文庫)
◎西郷隆盛は苦手

 私は日本史では幕末維新に関心があるが、西郷隆盛は苦手である。評価が難しい人物なので、遠ざかりたいという気分がある。だから、司馬遼太郎の『翔ぶが如く』は、いつかは読まねばと思いつつ敬遠していた。文庫本で10冊と長大なうえに題材が西郷隆盛だから手を出しかねていた。

 その『翔ぶが如く』(文春文庫)全10冊をこの年末に古書で入手し、半月足らずで読み終えた。きっかけもちろん来年の大河ドラマだ。私は大河のファンではなく大半は観ていない。だが、年末になって来年の大河関連本が書店の店頭に並ぶと多少は気になる。

 来年の大河ドラマ『西郷どん』の原作は林真理子で、『翔ぶが如く』は何年か前にすでに大河ドラマになったそうだ。でも、年末の本屋の店頭には『翔ぶが如く』も平積みになっている。いつかは読むなら、いまがチャンスだと思った。『西郷どん』を観るか否かはわからない。主人公の鈴木亮平はいい役者なので多少は観るかもしれない。

◎西郷隆盛とは何者か

 『翔ぶが如く』は歴史エッセイに近いので、読了しても大長編を読んだという気分ではなく、司馬遼太郎の蘊蓄に富んだ長時間の座談につきあったという気分になる。毎日新聞に4年にわたって連載された作品で、同じような話や見解の繰り返しもあるが、それがさほど気にならないのも座談だからであり、それによって当方の理解が多少は定着する。

 読後感は『坂の上の雲』に近い。扱っている時代の前後関係から『坂の上の雲』の前に発表した作品かと思ったが、調べてみると『翔ぶが如く』の方が後だった。明治時代に誕生した軍隊が昭和の硬直した軍閥へと変貌するさまへの苦い見解は二つの作品に共通している。

 『翔ぶが如く』は明治5年頃から西南戦争終結の明治10年までを扱っていて、西郷隆盛が最も活躍した幕末は遠景になっている。だから、西郷の伝記ではない。

 本書を読んで、薩摩の国柄、征韓論、明治の太政官政府の様子、台湾出兵などについての理解が深まり、西南戦争の詳細を知ることができた。その意味では有益だった。しかし、西郷隆盛とは何者であるかは依然としてよくわからない。

◎把えがたい人物

 本書の始めの方で作者は西郷隆盛とは何者か、なぜ人気があるのかと自問し「会ってみなけらばわかない」という不思議な述懐をしている。それは、この小説は「西郷隆盛に会う」ことを目指しているという宣言にも思えた。

 しかし、終盤になっても次のように書かれている。

 「要するに西郷という人は、後世の者が小説をもってしても評論をもってしても把えがたい箇所がある(…)。西郷は、西郷に会う以外にわかる方法がなく、できれば数日接してみなければその重大な部分がわからない」

 そう述べる作者は西郷隆盛をもてあましているようにも思える。カリスマのカリスマ性を信者でない人間が論理の言葉で説明するのは難しい。わかりやすさとわかりにくさが混在しているのでややこしい。

 かつて半藤一利氏が「西郷隆盛は毛沢東のような人」と述べているのを読んで、ナルホドと感じたことがある。だが、それは幕末までの西郷隆盛であって、明治以降には当てはまりにくい。

 坂本竜馬が西郷隆盛を評した「釣り鐘に例えると、小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く。」という言葉がある。この例えで言えば、私は西郷を大きく叩くことができないようだ。

 そんなことを考えていると来年の大河ドラマが心配になってきた。「後世の者が小説をもってしても評論をもってしても把えがたい箇所」をドラマで表現できるだろうか。

クセになるカズオ・イシグロの世界2017年12月10日

『遠い山なみの光』(カズオ・イシグロ/小野寺健訳/ハヤカワepi文庫)、『浮世の画家』(カズオ・イシグロ/飛田茂雄訳/ハヤカワepi文庫)、『日の名残り』(カズオ・イシグロ/土屋政雄訳/ハヤカワepi文庫)、『充たされざる者』(カズオ・イシグロ/古賀林幸訳/ハヤカワepi文庫)、『わたしたちが孤児だったころ』(カズオ・イシグロ/入江真佐子訳/ハヤカワepi文庫)、『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ/土屋政雄訳/ハヤカワepi文庫)
◎付和雷同でイシグロの本を買う

 本日(12月10日)はノーベル賞授賞式だ。カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞のニュースの接したときは少し驚いた。名前や評判を知っているだけで作品を読んだことはなかった。比較的若い作家と思っていたが、私より若いというだけで、単に当方が年を取ったにすぎないと気づいた。

 受賞ニュースの翌日、都心の大型書店に立ち寄ったがイシグロの本は品切だった。11月下旬になると、わが駅前の本屋の店頭にもイシグロの本が平積みになった。すべて早川書店(日本語版翻訳権を独占しているようだ)の文庫本で全8点。それがうず高く積まれているのは壮観だ。

 自分が付和雷同の俗人だと自覚しつつ代表作と報道されている次の2点を購入した。

 『わたしを離さないで』(土屋政雄訳/ハヤカワepi文庫)
 『日の名残り』(土屋政雄訳/ハヤカワepi文庫)

◎SF仕立ての記憶語り小説『わたしを離さないで』

 まず『わたしを離さないで』を読んだ。臓器提供のために育成されているクローン人間が主役のSF仕立てだとは聞いていた。坦々とした語り口の端正な小説だった。事前知識なしに読むと衝撃を受けるかもしれないが、状況を明に告発する内容ではなく、主人公たちは運命を受け容れながら日々を生きているように見える。それを記憶語りの形で描出した不思議な世界だ。数年前に読んだ清冽な小説『火山のふもとで』(松家仁之)を連想した。

◎『日の名残り』は繊細な懐旧談…

 続いて『日の名残り』を読んだ。ナチス台頭の時代から現代までのヨーロッパ史を背景にした繊細な懐旧談で、過ぎ去った時代への郷愁と感慨がわき出てくる。

 『わたしを離さないで』も『日の名残り』も静謐な一人称小説で、語りの大半は回想である。語っている「今」と回想の往復に妙味があり、その回想が本当の記憶かねつ造された記憶かが不分明だ。私たちが感得している世界とはこのようにあいまいで異形であり、それこそが人間社会だと感じさせられる。

◎小津映画のような『浮世の画家』

 代表作2つを読めば十分だろうと思っていたが、2作を読み終えると、やはり日本を扱った作品も読んでみたくなった。日本が舞台の小説は次の2作だ。

 『浮世の画家』(飛田茂雄訳/ハヤカワepi文庫)
 『遠い山なみの光』(小野寺健訳/ハヤカワepi文庫)

 少し迷った末、カバー裏の紹介文から『浮世の画家』を選択した。戦時中の画業のせいで戦後には批判の対象になった画家の話とのことで、もしかして藤田嗣治がモデルかなとの興味がわき、この小説に手が伸びたのだ。読んでみると、老画家の一人称の小津安二郎の映画のような話で、フジタとの関連は感じなかった。

 『浮世の画家』に、ないものねだりの多少の期待外れも感じ、読了前には『遠い山なみの光』の方も読まなねばという気分になり、駅前に行ったついでに『遠い山なみの光』も購入した。この時にはイシグロの一人称世界に中毒になりかかっていたようだ。

◎『遠い山なみの光』はシュール

 長崎出身でイギリス在住の日本人女性が長崎で過ごした遠い過去を回想する『遠い山なみの光』はかなり異様で面白かった。人生の回想のようでありながら肝心な所をサラリと省略し、断片だけで全体を想像させる手法に感心した。

 語り手の女性とその回想に登場する友人の女性がオーバラップしていて、実はこの二人は同一人物だというシュールな話にも思えてくる。記憶にはそのような不思議な作用もありそうな気がする。

◎溶融と可塑の『充たされざる者』

 当初は2冊のつもりが4冊になり、これで十分のはずだったが、4冊読了すると、当初から気がかりだった『充たされざる者』(古賀林幸訳/ハヤカワepi文庫)を購入してしまった。ノーベル賞のテレビニュースで一人の評論家が「不条理小説『充たされざる者』が一番いい」と語っていたのが記憶に残り、当初はこの1作だけを読もうとも思っていた。だが、本屋の店頭でその厚さに圧倒され敬遠していたのだ。

 『充たされざる者』は900ページ以上あり、他の長編の3倍ほどの長さだ。確かにカフカ世界か夢日記のようだが、この大長編はほんの数日の話で読みにくくはない。長さも感じなかった。

 他の長編と同様に回想の多い一人称だが、これはかなり不思議な一人称だ。語り手ではなく語られる人間の記憶や心象までが一人称で語られているのだ。登場人物の多くは語り手の分身に近く人々の心象や記憶や溶融している。さらに時間や空間も溶融していて、世界の不思議な可塑性を描いているように思える。

◎探偵登場の『わたしたちが孤児だったころ』

 分厚い『充たされざる者』で打ち止めにしようと思いつつ、それでは終わらず、続いて『わたしたちが孤児だったころ』(入江真佐子訳/ハヤカワepi文庫)も読んでしまった。

 『わたしたちが孤児だったころ』は上海で少年期を過ごしたイギリス人の一人称で、主人公の両親は太平洋戦争前夜の上海で行方不明になっている。両親の失踪後、主人公はイギリスで教育を受け「探偵」になる。坦々とした一人称にかかわらずホームズを彷彿とさせる社交界の名士の探偵という設定はかなりシュールだ。ミステリー仕立ての終盤には引き込まれた。

◎全体で一つの世界

 私が読んだ6つの長編を発表順に並べると次のようになる。

  1982年『遠い山なみの光』
  1986年『浮世の画家』
  1989年『日の名残り』
  1995年『充たされざる者』
  2000年『わたしたちが孤児だったころ』
  2005年『わたしを離さないで』

 私はイシグロが23年にわたって発表してきた6作品を1カ月足らずの間に読んだわけだ。作家のデビュー当時から作家と足並みをそろえて読み継いできた読者にとっては、イシグロは多彩な変貌を遂げてきた作家に見えるかもしれない。舞台は多様に広がり、作風も郷愁譚から不条理世界、探偵小説、SFと様々だ。

 だが、短時間でまとめ読みすると、これらの小説が独立した別々の小説ではなく全体で一つのイシグロ・ワールドを語った一つの壮大な小説に見えてくる。それは、主人公が一人称で坦々と語る静謐で切ない記憶の世界である。

 本屋の店頭に積まれている未読のイシグロ本は『忘れられた巨人』(2015年)と『夜想曲集』(短編集)の2冊だ。クセになる中毒性のある作家なので、いずれこの2冊も読みそうな予感はある。だが年内は別の本に移ろうと思っている。

「筒井康隆自作を語る#4」に行った2017年11月13日

「筒井康隆自作を語る#4」のポスター、『筒井康隆コレクションⅦ 朝のガスパール』(日下三蔵・編/出版芸術社)
 11月12日、『筒井康隆コレクション』(全7巻)完結を記念したトークイベント「筒井康隆自作を語る#4」に行った。会場で、予約していた『筒井康隆コレクションⅦ 朝のガスパール』(日下三蔵・編/出版芸術社)も入手した。

 83歳の筒井康隆氏は元気で、今も文芸誌に短編小説を発表している。この調子で行けば、まだ何冊も新作(短編集。ひょっとした長編も)が出そうだ。

 あい変わらずの軽妙で知的なトークだが、最後(?)の長編『モナドの領域』は、神を登場させることで「神は存在しないということを書いた。だから最後の小説だ」との述懐に明晰な作家精神を感じた。近作短篇は耄碌ハチャメチャ作風だが、約20年前からあえて「老人」を演じているとポロリと語るところにこの作家のエネルギーを感じた。

 筒井康隆氏は短編も長編もたくさんあり、どれもが独特の傑作であり、どれが一番かは読者も判断に迷う。自ら「代表作がない作家」と語り「このままでは『時をかける少女』の作家と記憶されそうだ。それでもいいのだが…」とつぶやく姿が印象的だった。代表作と思える作品が多すぎる作家なのだ。

 『筒井康隆コレクション』(全7巻)はメインの作品の他に落穂ひろい風にレアな文章を収集収録しているのが魅力だ。今回入手した第7巻には、1966年に発行された「SF新聞 創刊号」に載った「SFを追って」が収録されていた。私はこの「SF新聞 創刊号」を発行当時購入し、その後も大事に保管してきたはずなのだが、いつの間にか紛失してしまった。「SFを追って」を読み返し、往時の記憶が懐かしくよみがえってきた。

ミュシャの巨大連作『スラヴ叙事詩』の前に立ちすくんで…2017年04月07日

 国立新美術館で開催中の『ミュシャ展』に行った。ミュシャと言えばあのシャレた装飾的なポスターを想起する。私もミュシャのポスターは好きだ。

 だが『ミュシャ展』のメインは華麗なポスターではなく『スラヴ叙事詩』と題する20点の巨大絵画だ。パリでポスター画家として成功したミュシャが祖国チェコに戻ってこんな絵画を制作していたとは、今回の『ミュシャ展』の報道に接するまでは知らなかった。

 フライヤーで紹介されている『原故郷スラヴ民族』をはじめとする20点の大きさに圧倒された。『原故郷スラヴ民族』は610×810cm、他の作品も似たようなサイズだ。これだけ大きいと会場が多少混雑していても鑑賞にさほどの支障がないのが有難い。

 この巨大絵画をチェコからどうやって運んで来たのか気になった。610×810cmの板を船に載せるのは可能かもしれないが、都会の道路をトラックで運搬できるとは思えない。帰宅後ネットで調べて、絵画をクルクル巻いて運んだと判明した。痛まないのか心配だが、専門家の仕事だから大丈夫なのだろう。

 『ミュシャ展』で感激したのは、一部ではあるが写真撮影が可能になっていることだ。海外の美術館では写真撮影OKの所があるが、日本では珍しいと思う。なぜ全部ではなく一部なのだろうと思った。混雑時の写真撮影が鑑賞の妨げになるかの実験的試みかもしれない。

 それはさておき『スラヴ叙事詩』という連作を眺めながら、スラヴ民族とは何だろうという基本的な疑問がわいた。ヨーロッパにはラテン民族、ゲルマン民族、スラヴ民族がいると習ったのは中学生の頃だが、歴史を学ぶにつれてそんなに単純ではなさそうな気がしてきた。ヨーロッパに住む人々の〇△民族、□◇人というアイデンティティは複雑すぎて理解不能だ。

 最近読んだティモシー・スナイダーの『ブラッドランド』『ブラックアース』もヨーロッパの国民国家、民族自決を背景にした歴史書で、人種や民族とは何かを考えざるを得ない内容だった。

 私自身の中に日本人という意識があるのは確かだが、島国育ちのせいか、ことさらに人種・民族を意識せずに生きてきた。そんな呑気な人間だから、ミュシャが巨大絵画群にぶつけたスラヴ人意識とは何であったか、孤高なのか連帯なのか反発なのか郷愁なのかイマイチ理解できない。

空疎で空虚な首相に暗然とする『安倍三代』2017年03月25日

『安倍三代』(青木理/朝日新聞出版)
 3月23日の森友学園・籠池理事長の証人喚問は、平日の昼間にもかかわらず多くの人がテレビの国会中継を観たようだ。朝日新聞には「今日だけは惜しくなかった受信料」という川柳が載っていた。

 私はこのテレビ中継を観ていない。11時から21時前まで歌舞伎座の昼の部と夜の部を連続で観劇していた。仁左衛門の「大物浦」、海老蔵の「助六」などが目当てでそれなりに満足したが、籠池劇場のテレビ中継を見損ねたのは少々残念だ。

 と言っても、今回の森友学園問題にはハラハラ・ワクワクするスケール感がない。役者も事件もチャチに見える。かなりいいかげんな人物が経営する学園に首相夫妻が共感を表明し、そのことを忖度した財務官僚や大阪府が一丸となって小学校設立支援に動いた。しかし、国有地払下げ価格や学園経営者のいかがわしさが指摘され始めると、支援者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。そこに違法性があるか否かはわからないが、小さな人物たちのコメディであって巨悪の物語には見えない。

 そんな索漠とした思いを喚起させるのが、安倍晋三首相のルーツを描いた次の本だ。

 『安倍三代』(青木理/朝日新聞出版)

 安倍三代とは、安倍晋三、父の安倍晋太郎、祖父の安倍寛の三人であり、「第1部:寛、第2部:晋太郎、第3部:晋三」という構成になっている。安倍晋三と言えば母方の祖父・岸信介が有名だが、本書の「三代」に岸信介は含まれていない。それがミソだとも言える。

 私の世代(1948年生まれ)にとって安倍晋太郎は馴染み深い政治家だが、本書を読むまで安倍寛は知らなかった。1937年からの衆議院議員で、反戦・反東条の非翼賛会議員だったそうだ。地元(山口県日置村)で非常に敬愛され人望を集めた人物だったが、病弱で終戦後の1946年に早世している。
 
 安倍晋太郎は常々「オレは岸信介の女婿じゃない。安倍寛の息子なんだ」と語っていたそうだ。だが、安倍晋三が父方の祖父・安倍寛を語ることは少なく、岸信介の孫という意識が強い。安倍晋三が生まれた時、すでに安倍寛は他界していたのに対し、岸信介はあの1960年安保の頃から幼児の晋三を可愛がっていたのだから、必然的にそうなったのだろう。

 本書で私が一番面白く読めたのは「第2部:晋太郎」だ。新聞記者出身のこの政治家については通り一遍のことしか知らなかったが、本書でその生い立ちや内面に触れ、いろいろな屈折を抱えた興味深い人物に思えてきた。総理を目前に早世したのが惜しまれる政治家だったようだ。

 それに比べて三代目は・・・というのが本書の眼目だ。「売り家と唐様で書く三代目」とは多少異なるが、起業家的な一代目から三代を経ると人物も精神も劣化・空疎化し薄っぺらになり、無知と無恥がはびこるようだ。北朝鮮の金王朝とわが総理を比較するのは失礼の極みだろうが、似たような三代目の不気味さを感じる。

 本書の「第3部:晋三」は面白いというより、むしろ不気味だ。著者の青木理氏の次の述懐が印象深い。

 「悲しいまでに凡庸で、何の変哲もない。(…)正直言って「ノンフィクションの華」とされる人物評伝にふさわしい取材対象、題材ではまったくなかった。/しかし、それが同時に不気味さを感じさせもする。なぜこのような人物が為政者として政治の頂点に君臨し、戦後営々と積み重ねてきた“この国のかたち”を変えようとしているのか。これほど空疎で空虚な男が宰相となっている背景には、戦後70年を経たこの国の政治システムに大きな欠陥があるからではないのか。」

 薄っぺらい首相とスピリチャル・オカルトの首相夫人を巡る安手の籠池劇場を観劇するよりは、仁左衛門や海老蔵の大芝居を観ている方が楽しい・・・と言いたいが、そうもいかないだろう。

『アウシュヴィッツを志願した男』は不条理小説のようなノンフィクション2017年02月07日

『アウシュヴィッツを志願した男:ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬ』(小林公二/講談社)
 ポーランドのピレツキ大尉という人物は未知の人だった。先日読んだ小説『また、桜の国で』にちょっとだけ名前が出てくる。そのピレツキ大尉に関する次の本が面白いと聞き、読んでみた。

 『アウシュヴィッツを志願した男:ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬ』(小林公二/講談社)

 確かに面白いノンフィクションだ。一気に読んだ。この本、タイトルもサブタイトルも長い。内容を伝えたいという意気込みはわかるが、もう少しコンパクトで適切なタイトルがなっかったかと思う。「三度死ぬ」という惹句は気合の入れすぎでかえってわかりにくい。

 ピレツキ太尉は「三度死ぬ」と呼びたくなる数奇な運命を辿ったポーランド軍人で、勇敢で志の高い人物だったようだ。その数奇な運命は以下の通りだ。

 1939年9月、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発、ポーランド全土をナチスが占領し、ポーランド政府はフランス(後にイギリス)に亡命する。その時、38歳の騎兵少尉ピレツキはAK(国内軍)としてワルシャワで地下活動に従事する。

 1940年6月、ナチスはポーランド砲兵宿舎を強制収容所に改造しアウシュヴィッツと名付ける。そこにはユダヤ人やポーランド兵が収容された。ピレツキは収容所の実態を調査し収容所内に地下組織を作るため、自ら志願して囚人としてアウシュヴィッツに潜入、収容所内から独自のルートで報告書を発信する。彼がアウシュヴィッツにいたのは1940年9月から1943年4月までの948日、最後は身に危険が迫ったと察知し二人の仲間と共に脱走する。

 アウシュヴィッツを脱出したピレツキはワルシャワに戻りAKの大尉となり、再び地下活動に従事し、1944年8月のワルシャワ蜂起に参戦する。ワルシャワ蜂起は失敗に終わり、ピレツキは逮捕されドイツの収容所に入れられるが、ベルリン陥落によって解放される。

 ピレツキがドイツで自由の身になった頃、祖国ポーランドはソ連赤軍によって「解放」され、イギリスにあった亡命政府ではなくソ連の影響下にある社会主義者による政権が誕生し、AKは非合法化されていた。ピレツキは社会主義政権を抑圧者とみなし、祖国に潜入し諜報活動を開始するが、逮捕され、拷問による尋問を受ける。

 このとき、面会に来た妻にピレツキが呟いた次の言葉がすごい。

 「ここでの拷問に比べれば、アウシュヴィッツなど子供の遊びだ」

 ピレツキを拷問で取り調べたポーランド軍人はナチス占領時代を共産主義者として生き抜いたユダヤ人だった。

 そして、かつては同志だった人々による裁判でピレツキは死刑を宣告され、1948年5月、極秘裏に銃殺される。

 ピレツキの家族(妻と息子、娘)がピレツキの処刑を知ったのは40年以上が経過した1989年で、1990年にはピレツキは名誉回復される。その後、切手になったり、多くの学校にピレツキの名が冠されたりしているそうだ。
 
 本書はそんな有為転変のノンフィクションだから面白くないわけがない。ヒトラーも怖いが、スターリンはそれ以上に怖い。そんな気分になる。だが、そんな単純発想だけで片付けてはいけないだろう。英米も十分にずるいし、ポーランド亡命政府やAKが正義とも言い切れない。さまざまな立場の人や組織がそれぞれ己の条理を通そうとしていて、その絡み合いが人々に不条理を課している。

 ポーランドの現代史は、人の世の不条理の教科書のように見える。

歴史の実相が垣間見える『天佑なり:高橋是清・百年前の日本国債』2017年01月23日

『天佑なり:高橋是清・百年前の日本国債(上)(下)』(角川文庫
 『高橋是清自伝』を読むと、半生ではなく一生を記述した伝記も読みたくなり、幸田真音氏の『天佑なり:高橋是清・百年前の日本国債(上)(下)』(角川文庫)を読んだ。

 幸田真音氏の小説はかなり以前に『日本国債』を読んだ記憶があり、債券ディーラー出身で金融に明るい人との認識がある。本書は2013年に出版された単行本の文庫版で、金融経済史をふまえた高橋是清伝だと推察し、現代の視点で俯瞰的に高橋是清を総括した伝記だろうと期待した。

 その期待は半分ぐらいは満たされた。前半はやや期待外れだった。生い立ちから日銀副総裁になるまでの前半は、自伝をなぞっているだけの感じだ。波瀾万丈の前半生なので、自伝を読んでいなければ十分に面白く読めたとは思うが、自伝を読んだ直後だと重複のくり返しで退屈する。後世の作家の俯瞰的な目による独自の見解があまり感じられない。

 日露戦争に関連して海外で日本国債を発行するあたりからは面白くなる。日露戦争の頃から高橋是清の人生が日本の金融経済史と密接にからんでくるので、歴史の動きの実相を垣間見ている気分になってくる。

 やはり、高橋是清の人生の中でいちばん面白いのは日露戦争時の資金調達のくだりだ。一般会計歳入が2億6千万円の時代に戦費支出は18億7千万円、その膨大な戦費の約半分を高橋是清が欧米で調達したのだ。「天佑なり」というタイトルは、ロンドンで日本国債発行にこぎ着けたとき高橋是清が発した言葉であり、自伝では「私は一にこれ天佑なりとして大いに喜んだ」と語っている。

 それにしても、日露戦争が日本の国力をはるかに超えた戦争であり、外貨がいかに逼迫していたかを知っている国民はいなかった。マスコミも把握していなかった。政府中枢と一般国民との意識の乖離からポピュリズムが生まれ、講和条件に反対する暴動につながる。後世からは愚かに見える事象だが、そんなことは現代に到るまでくり返されている。学ぶべきことは多い。

 日露戦争以降の後半三分の一は日本激動の時代であり、高橋是清の人生も激動する。日銀総裁、大蔵大臣、総理大臣、さらに何度も大蔵大臣を歴任し、政治の中枢に関わる人生になる。日露戦争(1904年)時に49歳だった高橋是清が二二六事件(1936年)で暗殺された時は81歳、この間の32年は自伝では語られていない後半生だ。

 この後半32年間の記述は確かに面白い。しかし物足りない。第一次大戦、関東大震災、金融恐慌など多事多難の時代で、政党政治が定着し、そして崩壊し、軍部が台頭してくる時代である。この32年の歴史はどれほどページを費やしても語りきれない疾風怒濤の濃い時代だ。その時代の実相を高橋是清の伝記だけから把握するのは無理であり、それを求めるのはないものねだりだろう。

 だが、いわゆる「政治家」ではなかった高橋是清に沿って明治・大正・昭和の政党政治を批判的により掘り下げて検証する内容になり得たのではないかとも思える。

『高橋是清自伝』で浩然の気を養う2017年01月15日

『高橋是清自伝(上)(下)/高橋是清・上塚司編/中公文庫』
◎ショーペンハウアーに導かれて…

 年初の読書には自伝がふさわしい。そんな気分になって『高橋是清自伝(上)(下)/高橋是清・上塚司編/中公文庫』を読んだ。自伝を読みたくなったのは、年末にたまたまショーペンハウアーの次の言葉に接したからでもある。

 「人間の本質を認識するという点から見れば、伝記、ことに自伝が、歴史書よりも大きな価値がある」

 ショーペンハウアーの真意を理解したわけではないが、自分の生涯を振り返って総括する自伝には、人間の本質につながるさまざまな事柄が反映されているということのようだ。

 なぜ『高橋是清自伝』か。年末に孫の『週刊マンガ日本史93号 高橋是清』という薄いマンガ冊子に目を通し、以前に購入したまま未読の『高橋是清自伝』を想起したからである。

◎人生は前半の方が面白い

 自伝はその人の一生の記録にはなり得ない。功成り名遂げた人が晩年に著わしたとしても、生涯の記録ではなく半生記に近いものも多い。

 『高橋是清自伝』は是清の晩年の口述を上塚司氏(大蔵大臣秘書官だった人)が筆記したもので、冒頭の「序」は是清自身が書いている。その日付は何と昭和11年1月だ。是清が二二六事件で殺害される前月である。ということは、ほぼ全生涯にわたる記録かと思った。残念ながらそうではなく、52歳で終わっていた。

 82歳で殺害された是清の後半生30年は語られていない。しかし、前半生だけで充分に面白い。この自伝にない52歳以降の後半30年で是清は日銀総裁になり、大蔵大臣になり、総理大臣になり、その後も何度も大蔵大臣に就任する。最晩年まで要職を歴任した後半生ではあるが、人生の面白さは前半が後半を凌駕しているように思える。

 振り返れば後半より前半の方が面白い、というのは大多数の人の人生にあてはまることだと思う。成長曲線の前半と後半を比べれば前半の曲線の方が物語として面白くなるのは当然だ。

◎あきれた楽天家

 是清の前半生は波瀾万丈であり、子供時代を語った冒頭部分の次の記述が是清の人生全体の雰囲気を表している。

 「そういうわけで私は子供の時から、自分は幸福者だ、運のいい者だということを深く思い込んでおった。それでどんな失敗をしても、窮地に陥っても、自分にはいつかよい運が転換してくるものだと、一心になって努力した。今になって思えば、それが私を生来の楽天家たらしめたる原因じゃないかと思う。」

 仙台藩の足軽の養子が勉学のため13歳で渡米するも、仲介人に騙されて奴隷として売られる。この有名なエピソードは以前から知っていて、苦労した人だと思っていた。しかし、本書を読むと奴隷時代の話にもさほど悲惨さは感じられず、むしろナマイキで勝手気ままに威張っている少年の姿が浮かんでくる。

 若い頃から酒や芸妓にうつつをぬかし、反省と放蕩をくり返す姿にはあきれてしまう。それでも何となったのは、利発で愛嬌があったからだろう。せっかく手に入れた職を簡単に手放してしまうのは、楽天家であると同時に信念を重んじたからだと思われる。

 上巻最後の「ペルー銀山の失敗とその後の落魄時代」という章は特に面白い。銀山の失敗は自分のせいではないという弁明は、当時の是清への風当たりの強さも感じられ納得できる。だが、その後も銀山の失敗を補填しようと鉱山に手を出してまた失敗するのにはあきれる。果敢な楽天家というしかない。

◎歴史を実感できる

 この自伝の後半は日露戦争の戦費調達のためにロンドンやニューヨークでの外債募集に奔走する話だ。あの時代に何度も渡航して活躍する姿に、あらためて明治の人の気概と意気の高さを感じた。

 日清戦争から日露戦争に到る経緯や日露戦争の講和に反発した暴動などは歴史教科書で一応知ってはいるが、この自伝で同時代の人の体験記として読むと、時代の雰囲気に触れて歴史の事象を実感した気分になり、歴史への理解が深まった気がしてくる。これは自伝を読む効用のひとつだろう。
 
 また、是清の生涯からは逸れるが、この自伝を読んで、幕末から明治にかけて海外に渡航した人々が学徒や要人だけでなく、芸人たちもすでに幕末から海外に雄飛していたことをあらためて確認できた。往時の日本人の活力に敬服する。

クライトンの『トラヴェルズ』は釈然としないオカルト本2016年12月08日

『トラヴェルズ:旅、心の軌跡』(マイクル・クライトン/田中昌太郎訳/ハヤカワ文庫)
 『アンドロメダ病原体』や『ジュラシック・パーク』の作家マイクル・クライトンの自伝的エッセイ『トラヴェルズ:旅、心の軌跡』(田中昌太郎訳/ハヤカワ文庫)を読んだ。小説より面白いという評判を聞き、上下2冊を図書館で借りたのだ。

 確かに面白いが釈然としない読後感だ。前半は医者になる道を断念する経緯を綴っている。ハーバードのメディカル・スクール首席の医学生クライトンは医学博士にはなるが小説家、映画監督に転身する。医学生時代を描いた前半はスリリングで面白いが、後半になるとクライトンがオカルトにのめりこんで行くのだ。他人のオーラを視認し、サボテンに語りかけ、スプーンを曲げ、悪魔払いまで体験する。その過程を語る本人が終始理性的で知的に見えるので何とも奇妙な気分になる。

 30年以上昔、クライトンの『アンドロメダ病原体』を読んだときは傑作だと感心した。その後、何冊かの小説を読み、彼が原案・総指揮のテレビドラマ『ER』も観て、才能豊かな人だと思った。

 『トラヴェルズ』を読んで、あらためてその多才ぶりに驚いた。『アンドロメダ病原体』を書いたのが医学生時代で、それ以前にも学費を稼ぐために何冊かのスリラー小説を別名で書き、アメリカ探偵作家クラブのエドガー賞まで受賞している。医学生になる前にケンブリッジ大学で人類学の講師をしていたというのも驚きだ。

 そんな才能豊かなクライトンではあるが、本書前半の医学生時代の記録を読んでいると、知的で活動的だが常に自分の内面を洞察するナイーブな人物像が浮かんでくる。医学生時代にすでに、肉体的現象である疾病の発病には精神的要因があると考えている。「病は気から」に近い考えであり、ちょっと変わった人だなと思ったが、後半になるとドンドンとすごく変わった人へとつき進んでいく。

 医者で作家でオカルトと言えば晩年に妖精を信じたコナン・ドイルが思い浮かぶ。下巻の冒頭で自戒を込めたドイルへの批判的言及があるのが面白い。

 「わたしは過去にコナン・ドイルに強く共鳴していたし、いまや彼とそっくり同じ道を辿りつつあるような気がした。用心して進もうとわたしは決意した」

 用心して進んだ結果、高い知能をもち科学的思考を身につけているクライトンは自身の懐疑論を乗り越えて超常現象を信じるようになる。私にはついて行けない認識だ。

 もちろん、クライトンは自分の考えが多くの人から疑いの目で見られることを知っている。本書の最終章は「追記 カリフォルニア工科大学の懐疑論者たち」というタイトルで、懐疑論者の会合への招待に応じたクライトンの講演原稿である。なぜか、実際にはクライトンはこの会合に招かれず幻の講演に終わったそうだ。その講演内容は彼の科学観・哲学がかなりの力を込めて語られている。エキセントリックではないが不可知論のようでも文明論のようでもあり、やはり理解しがたい。

 私はオカルトを信じない懐疑論者だが、世の中にはオカルトを信じる知性が根強く存在していることをあらためて認識した。