『つげ義春日記』はなぜ面白いのだろうか2020年09月20日

『つげ義春日記』(つげ義春/講談社文芸文庫)
 駅前の書店の店頭に文庫本の『つげ義春日記』が平積みになっていた。この夏、つげワールドに浸る日々を何日か過ごしたが、それは古書をひもとく時間だった。新本の世界でつげ義春に出会い、不意打ちをくらった気分になり、すぐに購入した。

 『つげ義春日記』(つげ義春/講談社文芸文庫)

 この文庫本は2020年3月10日発行で、私が購入したのは6月25日発行の4刷だった。売れているようだ。「小説現代」に連載されたこの「日記」の単行本は1983年12月に出版されている。松田哲夫氏の本書の解説によれば、妻マキに誇張や私事の暴露が非難されたため、今日まで文庫化されなかったらしい(妻・藤原マキは1999年に逝去)。

 『つげ義春日記』は昭和50年(1975年)から昭和55年(1980年)までの日記で、この間に長男が誕生し、妻が癌にかかり、本人は精神病で通院する。基本的には気が滅入るような日々を綴った暗い日記である。読み始めると、暗鬱かつノスタルジックな世界に引きずり込まれ、一気に読んでしまった。

 この日記は私小説ファンのつげ義春が綴った「私小説」である。私は私小説ファンではなく、私小説はほとんど読まない。だが、この日記を読んでいると、私小説も面白いと思わされてしまう。

 この日記のどこが面白いのか、私自身にもよくわからない。有名マンガ家の日常生活を覗き見する面白さがあるのは確かだし、調布市在住の私には馴染みの場所が頻出するうれしさもある。生まれたばかりの子供を抱えた小さな家族の些事に身をつまされ、オロオロする主人公に同情することもある。だが、そんな所だけにこの日記の魅力があるとは思えない。

 私小説全般に言えることかもしれないが、語っている自分と語られている自分の間には微妙で奇妙なズレがあり、それを感得するムズムズした感覚が面白さにつながるのかもしれない。虚実皮膜である。

 この日記の昭和55年(1980年)分は妻・藤原マキが『私の絵日記』(ちくま文庫)で描いた日々と重なり、両者が同日を描いている日記も何日かある。つきあわせて読むと面白さは倍加し、「おかしな二人」との思いもわいてくる。

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