戦前に出た『日支事變と次に來るもの』を読んでみた2018年11月19日

『日支事變と次に來るもの』(武藤貞一/新潮社)
◎戦争の悲惨を予測した本?!

 1937年(昭和12年)発行の次の古本をネットで入手して読んだ。

 『日支事變と次に來るもの』(武藤貞一/新潮社)

 こんな本を読もうと思ったのは、先日読んだ『日本近代史』(坂野潤治/ちくま新書)で次のように紹介しているのが気になったからである。

 『盧溝橋事件の勃発からわずか二か月後に、武藤貞一の『日支事変と次に来るもの』という本が新潮社から刊行された。(…)著者の武藤は朝日新聞の論説委員ながら、台中、対英戦争への国民的覚悟を煽った軍事評論家として有名であった。(…)典型的な行け行けドンドンのジャーナリストであったらしい。(…)この好戦的で合理的な軍事評論家が1937年9月7日に発行したこの本には、驚くべき予測が並んでいる』

 真珠湾攻撃の4年前に出た本書は、日本が敗戦に至るまでに体験した悲惨な状況(食糧などの物資不足、金属製品の挑発、焼夷弾に備えたモンペ姿の婦人、などなど)を、来るべき大戦の予測として描き出しているそうだ。

 坂野潤治氏は次のようにも述べている。

 『日米戦争を覚悟し、その結果としての焼野原をも覚悟して日中戦争を戦おうと思っていた好戦論者だけが、1937年の時点で、1945年の地獄絵を描くことができたのである』

 こんな紹介を読んで、武藤という軍事評論家は本書でどんな未来図を描いたのか興味がわいた。

◎当時のベストセラー

 ネット古書店で検索すると、この本は何冊か出ていた。私が入手した本書の奥付には次のように記載されていた。

  昭和12年9月 7日発行
  昭和12年9月13日三刷
  初版五萬部
  再刷二萬部
  三刷三萬部

 発行から1週間で2回増刷して10万部、ベストセラーだったようだ。本書巻末には同じ著者による『世界戰争は、もう始まってゐる』という書籍の1頁大の広告が載っていて「既に六萬部賈切・更に一萬部出來」とある。前著も刺激的なタイトルで売れていたようだ。

 著者の武藤貞一について調べてみた。1892年生まれで、1936年に大阪朝日新聞の論説委員になり、「天声人語」も交代執筆している。1939年には報知新聞の主筆に転じ、戦後も評論活動を続け1983年に91歳で亡くなっている。
 
◎中国との戦いが全面戦争になるという見通し

 本書は張り扇の講談のような語り口で読みやすい。論説というより床屋政談に近い。来るべき世界大戦の状況をどの程度リアルに見通していたのだろうと期待して読んだが、坂野氏が『日本近代史』で引用紹介した部分が透徹した見解のすべてで、それ以上の未来図はなかった。

 武藤氏は国民に対して挙国一致で総力戦に備えよと鼓吹しているが、日中戦争の次に米英との大戦が始まるとは述べていない。中国はソ連の支援を受けていて、欧米も中国に近代兵器を供給しているので日中戦争は拡大・長期化すると述べている。ソ連参戦の可能性も検討している。

 本書では敵国中国を、日本の友邦たる本来の中国ではなく、ソ連共産党に操られた「妖魔」と描いている。次のような調子である。

 「よく歌舞伎芝居を觀ると、死人に化物が取憑いて踊り出すのがある。本人はくたばつてしまつてゐる、踊つてゐるのは本人でなく、本人の死體を借りものとした妖魔なのだ。支那は現に息絶えてゐる死屍だ。これに容共抗日の妖魔が乗り移つて、その抗日の毒手を全支に揮つてゐるのではないか。(…)もう一つ悲傪にも死人を踊らしてゐるものは歐米強國である。彼は粹興にも、支那人に近代武器をあてがふことを發見した。」

 当時の日本人の多くがこんな見解に共感したのかもしれない。

◎ユダヤ人にも言及

 現代の目から見て本書にツッコミ所が多いのは当然だが、ユダヤ人に関してヒトラーとほとんど同じユダヤ人観を展開しているのには少し驚いた。日本人にとってユダヤ人は遠い存在で関心も薄かったと思っていたし、満州ではユダヤ難民を受け入れる計画があったとも聞いていたからである。

 武藤氏はソ連共産党も米国資本主義もユダヤ人が背後で操っていると述べ、欧州大戦(第一次大戦)を始めたのも終わらせたのもユダヤ人の指揮によるとしている。ユダヤ人は「戦争を起こさせる運動」と「反戦運動」の両方を操って利益を上げているという雑駁なユダヤ陰謀論である。

 本書がユダヤ人問題を重視しているのは、極東ハバロフスク近傍でユダヤ人国家の建設が進んでいるからだそうだ。パレスチナではアラブ人の反発が大きく、極東でユダヤ人国家が出現することを警戒しているのである。

 私には初耳の話で驚いた。調べてみると、根拠のない話ではなく、スターリンは極東にユダヤ自治州を作ったそうだ。現在、そこにユダヤ人はほとんど住んでいない。

 本書が当時の日本国民にどの程度の影響力があったのかはわからないが、戦前の空気の一端に触れた気分になった。それは、始めた戦争は勝たねばならぬという、どうしようもない好戦の空気である。気をつけねばならない。

ピンターの『誰もいない国』の「わからなさ」の面白さ2018年11月17日

 新国立劇場小劇場でハロルド・ピンターの『誰もいない国』(演出:寺十吾/出演:柄本明、石倉三郎、他)を観た。ピンターの芝居は初体験である。半世紀前の学生時代に友人からピンターの『ダム・ウェイター』がスゴイと聞いた記憶があるが、どうスゴイのかはわからなかった。

 その後、ピンターの芝居を観ることも戯曲を読むこともなかった。2005年にノーベル文学賞を受賞したピンターはすでに物故者だ。私にピンターがスゴイと言った友人も数年前に亡くなった。

 『誰もいない国』は事前に戯曲を読まずに観劇した。戯曲の入手が難しかったからである。ウワサに違わず、わけのわからない芝居だった。事前に戯曲を読んでいたとしても、この「わからなさ」は同じだろう。

 4人の登場人物のカミあっているのかカミあってないのか曖昧な会話で不思議な状況が進行する。わからないなりにユーモラスな会話や状況が随所に折り込まれていて笑える場面は多い。柄本明と石倉三郎がウィスキー、ウォッカ、シャンパンなどをやたらに飲むので、酔いが伝染して当方の頭もぼんやりしてきそうになる。

 食堂と寝室の間に大きな水たまりがあり、ジャブジャブと足を濡らしながら行き来しなければならないのは、夢の中のシーンのようだ。唐突に上方から幾筋かの水が落ちて来たりもする。会話に登場する「誰もいない国(NO MAN'S LAND)」という言葉には魅力的なひびきがある。 

 こういう芝居を観ていると、芝居にとって「わかる」ということはさほど重要でないかもしれないという気分になる。役者だって科白の内容や意味を十全にわかってしゃべっているわけはない。全身で演じてひとつの世界を現出させようとしているのだと思う。その世界を体験したと観客が思い込むことができれば、それでいい。

アーサー・ミラーの『セールスマンの死』で今の米国を連想2018年11月15日

 神奈川芸術劇場で『セールスマンの死』(演出:長塚圭史/出演:風間杜夫、片平なぎさ、他)を観た。アーサー・ミラーの高名なこの戯曲を知ったのは高校生の頃だと思う。戯曲は読んだが、舞台を観るのは初めてである。

 約3時間の舞台は緊張感が持続する観劇時間だった。やはり名作だと思う。テネシー・ウイリアムズの『ガラスの動物園』や『欲望という名の電車』と似たテイストのやるせない世界を提示している。第二次世界大戦の直後、戦勝国アメリカでこんなに暗い名作劇が続いて生まれたことに不思議を感じる。

 『セールスマンの死』はタイトルだけで、疲れ果てたセールスマンが追い詰められて死ぬ話だろうと推測でき、実際の内容もその推測から大きく離れているわけではない。ネタバレのようなタイトルなのに観客を引き込むことができるのは、単純な推測を超えた秀逸な仕掛けが組み込まれているからである。

 この芝居は肥大した自己幻想がもたらす悲劇を描いている。半世紀以上昔のアメリカの大都市に住む家族というレトロな世界の物語だが、テーマは普遍的である。アメリカン・ドリームという概念が今も持続しているかどうかは知らないが、それに似た憧れと希望は形は変わってもいつの時代にもあるように思える。

 大多数の人々にとってアメリカン・ドリームは見果てぬ夢であり、夢見る自身との折り合いのつけ方が人生の課題になる。

 この舞台を観ていて、主人公の老セールスマンがトランプ大統領を支持するラストベルト地帯の白人労働者の姿と重なって見える気がした。と言って、何等かの解決策や出口が見えたわけではない。

榎本武揚を魅力的に描いた『武揚伝』の陰の主人公は勝海舟2018年11月11日

『武揚伝 決定版(上)(中)(下)』(佐々木譲/中公文庫)
 私は幕末維新の人物では榎本武揚に好感を抱いている。「蝦夷共和国」という夢のある大きな構想を実現させようとした国際法に明るい軍人政治家である。合理的思考ができる理系人間で、幅広い知識を習得した有能な技術者でもある。そんな人物が魅力的なのは当然だと思う。

 と言っても榎本武揚に関する断片的な知識があるだけで、半世紀昔の学生時代に安部公房の『榎本武揚』を読んだ以外まとまったものを読んだ記憶はない。いずれ、いろいろ読もうと思いつつ月日が経った。そして、70歳を目前にして次の歴史小説を読んだ。

 『武揚伝 決定版(上)(中)(下)』(佐々木譲/中公文庫)

 全3冊だが長さを感じさせない面白さがあり、一気に読める。フィクションを織り込んだ小説だから主人公を魅力的に描いているのは当然だが、科学技術志向の聡明な軍人が人望あるリーダーへと成長していく物語になっているのがいい。

 この小説のタイトルに「決定版」とあるのは、2001年に刊行した小説を2015年に改稿しているからである。著者の「あとがき」には「この十数年のあいだに榎本武揚研究が進み、新史料もさまざま出てきた。(…)新史料、新しい研究成果を付加して書き直した」とある。フィクションとは言え、史実の大筋を反映していると思われる。

 この小説で面白いのは勝海舟を悪役に仕立ててるところだ。オランダ語ができるだけで軍事の実学ができない艦長失格の口舌の徒、自分を売り込むことに長けた薩摩・幕府の二股膏薬の政治屋と描いている。

 ただし、江戸開城後の薩摩軍の狼藉に挫折を感じる勝海舟も描いていて、その勝海舟を「世の先行きを見通すことのできる知性と、激情に流されぬだけの分別と、大きな戦略を描くことのできる想像力の光を有していた」と評価する箇所もある。

 そして、「蝦夷共和国」を立ち上げた榎本武揚に対して勝海舟は「そんな自治州ができた暁には、新しい世はずたずたになる。たえず政変と内乱の火種を抱えることになる」と嫉妬に近い強烈な反発を吐露する。幕末維新の大立者、ホラ吹きの勝つぁんが武揚の引き立て役になっているのだ。この小説の陰の主人公は勝海舟のように思えてくる。

 榎本武揚が箱館戦争で敗退するのは34歳の時である。その後、彼は明治政府の有能な高官として活躍して73歳で没する。しかし「武揚伝」と題するこの小説は、箱館戦争後の半生は1頁半の概説で終わっている。後半生にドラマは乏しいかもしれないが、後半生の葛藤にも踏み込んでほしかった。

テント芝居小屋「平成中村座」初体験2018年11月08日

 浅草寺の境内で平成中村座の十一月大歌舞伎・昼の部を観た。「十八世中村勘三郎七回忌追善」と銘打った公演である。10月の歌舞伎座も「十八世中村勘三郎七回忌追善」だったから2カ月続けての追善公演である。

 平成中村座の歌舞伎は初体験だ。勘三郎が江戸の芝居小屋を再現した仮設劇場「平成中村座」を旗揚げし、日本各地だけでなくニューヨークにまでその芝居小屋を持ち込んで公演したという話は新聞や雑誌で知っていて、関心はあった。だが、観たいと思いつつ機会を逸し、勘三郎没後7年が経過した。

 観劇の動機は「平成中村座」という芝居小屋がどんな所だろうという興味である。テントだというが、写真では普通の立派な芝居小屋に見える。

 その芝居小屋は、仲見世通りを抜けて浅草寺を回った裏手に建っていた。遠くから見ると大きな倉庫のようにも見える。近づいてよく見ると、垂直の壁は確かにテントだ。紅テントや黒テントとは規模が違う。芝居小屋の前には屋台風の売店も並び、華やかな風情である。

 昼の部の演目は「実盛物語」「近江のお兼」「狐狸狐狸ばなし」の3本、もちろん勘九郎と七之助の見せ場もあり、歌舞伎はエンタメだと了解できる舞台だった。勘九郎の5歳の次男長三郎が科白の多い役を可愛く立派にこなしているのに感心し、歌舞伎の家に生まれた子供の優位と宿命を再認識した。

 遮音性が低いテント小屋なので、芝居の最中に上空を飛ぶヘリコプターの爆音が聞こえてくることがあった。うるさいと思うより、一過性の芝居を観ているという臨場感に浸る気分になった。

80年を通観した『日本近代史』は頭が疲れる本2018年11月06日

『日本近代史』(坂野潤治/ちくま新書)
 『日本近代史』(坂野潤治/ちくま新書)

 1857年(安政4年)から1937年(昭和12年)までの80年を通観した史書である。新書としてはやや分厚い約450ページで、安政の大獄の頃から盧溝橋事件までの歴史を分析的に記述している。

 この新書を読了するにはかなり時間がかかった。途中で何冊か他の本の割り込みもあったが、読み通すのに骨が折れるのは分厚さのせいではない。日本が大きく変貌したこの80年間のさまざまな出来事や時代の動きに翻弄され、頭が疲労困憊するからである。

 80年という時間は歴史を見る目からはさほど長くはない。私だって70年近く生きているから、その間の世の中の変遷を眺め、体験してきた。しかし、幕末から昭和の開戦前夜までの80年の歴史には、人間一人の一生では消化しきれない濃密さがあり、その流れについて行くのは大変である。

 坂野潤治氏は私が先月読んだ『西郷隆盛と明治維新』(講談社現代新書)の著者で、その中で「西郷を尊敬する」と明言し、西郷を高く評価していた。もちろん、その見方は本書でも同じである(本書の刊行は『西郷隆盛と明治維新』の前年)。

 著者はこの80年を以下の6段階にわけて分析している。

 (1) 改革の時代(1857-1863)公武合体
 (2) 革命の時代(1863-1871)尊王討幕
 (3) 建設の時代(1871-1880)殖産興業
 (4) 運用の時代(1880-1893)明治立憲制
 (5) 再編の時代(1894-1924)大正デモクラシー
 (6) 危機の時代(1925-1937)昭和ファシズム

 概ね納得できる区分だが、明治維新を「革命」と見ているのが本書の特徴だろう。公武合体論を保守、尊王討幕を革新と見る立場である。明治維新を「革命」と見るか否かは歴史学者の間でも議論があり、そもそも「革命とは何か」から明らかにする必要があり、私ごときには何とも評価できない。

 本書で面白く思ったのは、日露戦争後の日比谷焼き討ち事件などの講和反対運動を1960年の日米安保反対運動と重ねて見ている点である。世界の現実を理解できない蒙昧な大衆運動とも見えるし、体制への反発・抵抗の発露と見ることもできる。多面的な切り口で分析すべきテーマである。歴史的出来事と思っていた日比谷焼き討ち事件が、60年安保を知っている身に身近な課題に感じられた。

 私が最も興味深く読んだのは後半の大正から昭和初期の歴史である。この時代への漠然とした理解が覆されるような指摘が多く、勉強になった。原敬や浜口雄幸などをめぐる政党の話は、評価軸が複雑に入り組んでいて面白い。美濃部達吉の軍部に批判的な「正論」を著者が批判的に見ているのも興味深い。

 本書最終章の「危機の時代」の次には「崩壊の時代」がやって来る。危機の時代において、崩壊の時代を未然に防ぐことができたか、著者はそれについて若干の考察をしている。タラレバではあるが、より深く広く考えるべき歴史の課題だと思う。

古代ローマではキリスト教に拮抗していたミトラ教2018年11月04日

『ミトラの密儀』(フランツ・キュモン/小川英雄訳/ちくま学芸文庫)
『ローマ帝国の神々』(小川英雄/中公新書)を読んだのは半年前で、読後感をブログに書いたにもかかわらず、その内容は頭の中でおぼろになりつつある。その著者の小川英雄氏が翻訳した『ミトラの密儀』が先月、文庫版で出版された。

 『ミトラの密儀』(フランツ・キュモン/小川英雄訳/ちくま学芸文庫)

 著者のキュモンはミトラ研究の第一人者で、原書が出たのは1899年である。翻訳版は1世紀後の1993年に平凡社から刊行され、15年経ってちくま学芸文庫に収録された。

 半年前に『ローマ帝国の神々』を読んだのは、古代ローマ史に見え隠れする謎のミトラ教につい知りたいと思ったからである。すでに頭の中で薄れつつある読書記憶の更新になればと本書を購入した。

 読み始めてすぐに、門外漢の私には難しい本だと気づいた。未知の固有名詞(地名、用語など)が多く、一般書というより学術書に近い。難儀なことだと思ったが、全300ページの後半100ページは「註」や「目録」で本文は200ページ、文庫本で200ページなら何とか突っ走ろうと覚悟して読み進めた。

 ミトラ教は古代イランを起源とする古い宗教で、ゾロアスター教など多様な信仰との融合で形成されている。教典などが残っているわけではなく、その内容は明確にはわかっていない。ただし、この宗教がローマ帝国に伝播し拡大していたことはさまざまな痕跡から明らかになっている。

 本書はミトラ教がローマ帝国でどのように拡大したか、その教義や典礼はどんなものであったかを、いろいろな手がかりを元に丁寧に解説している。

 途中までは読み進めるのがしんどかったが、最終章の「ミトラとローマ帝国の諸宗教」でがぜん面白くなった。ミトラ教とキリスト教の世界制覇をかけた抗争を描いているからである。

 キリスト教に制覇されるまでのローマ帝国は伝統的な多神教の世界だと思っていたが、そのローマ帝国で一大勢力を築いていたミトラ教はキリスト教と同じ一神教である。キリスト教とミトラ教との共通点も多い。というか、ミトラ教に勝利したキリスト教はミトラ教からさまざまなものを取り入れたのである。キリスト教が何らかの事情で挫折していれば、ミトラ教が世界宗教になったかもしれないとも言われているそうだ。

 キュモンはミトラ教がキリスト教に敗れた要因をいくつか分析している。その一つは、ミトラ教がローマ帝国の多神教に寛容だったのに対し、キリスト教は多神教を認めなかった点である。キリスト教の非妥協的で反抗的な姿勢が、結局は勝利につながったというのである。興味深い見方だと思った。

 現在、ミトラ教が「謎の宗教」なのは、非妥協的なキリスト教の勝利によってその痕跡の多くが消されたせいだと思われる。

 本書の最終章は次のセンテンスで終わっている。

 「このように更新されていったミトラの教義は何世紀もの間あらゆる迫害に耐え、中世の間に新しいかたちの下に再興し、新たに古くからのローマ世界を揺るがせることになるのである」

 私には、これが何を意味しているのかわからない。もう少し勉強する必要がある。

飛べないメジロ始末記2018年10月30日

 ベランダでカミさんが「キャー」と叫んだ。小鳥が死にそうになっているという。突然、空から落ちて来たそうだ。

 小さな鳥がわが家のベランダで仰向けになってピクピク動いている。そっと手で表向きにしたが、うずくまった姿勢でかすかに体を動かすだけだ。どうしていいかわからず、そのまま放置した。

 1時間ほど経って見に行くと、その場所にいない。あたりを見回すと、チョンチョンとベランダを歩き回っている。そのうち飛び立つだろうと期待した。

 しばらくたって見に行くと、その小鳥は仰向けになっていた。手で元に戻してやると、またチョンチョンと歩き出す。しばらく歩いて、羽根をはばたかせて飛ぼうとするとすってんとひっくり返って仰向けになる。そうなると自力では元に戻れないようだ。やっかいな小鳥である。

 よく観察すると、右の翼がはばたくだけで左の翼はまったく動かない。これではすぐには飛び去りそうにない。夕暮れも迫ってきた。仕方なくわが家で保護することにした。高さ15センチしか飛べないのだから鳥かごは必要ない。屋内のベビーバスに入れた。

 カミさんが図鑑で調べて、その小鳥はメジロだと判明した。わが家に鳥の飼育法の本はない。庄野潤三の『メジロの来る庭』という本はあるが、もちろん飼育教本ではない。ネットを検索すると、いろいろな情報が出てきた。メジロは捕獲や飼育が法律で禁止されているそうだ。にもかかわらず飼育法の記事もあるし、メジロの餌もいろいろ販売されている。

 ネットの情報をもとにミカンを与えるとよく食べる。とりあえず餌も注文した。ミカンをついばむ姿はかわいい。ベビーバスの中で落ち着いたメジロは無理にはばたこうとはせず、仰向けになることもない。

 通販で届いた餌はミカンに塗って与えた。しっかりミカンを食べるものの、いつになったら飛べるようになるかわからない。動物病院に連れていけばいいのだろうが、そもそも飼育禁止の動物である。

 メジロを保護して2日目、落ち着いて考えてみると、やっかいな小鳥である。餌は毎日与えねばならず、寿命は3~5年だという。メジロがいては旅行もできない。旅行中は人にあずけるとしても、違法行為に巻き込むことになる。

 どうしたものかと思案し、日本野鳥の会に相談しようと思いつき、そのホームページを見ると「よくある質問」に「けがをした鳥を保護したのですが、どうしたらよいでしょうか?」という項目があった。回答には、当面の緊急措置の解説に続いて「必ず各都道府県の野生鳥獣担当機関に連絡し、指示を仰いでください」とある。

 その回答に従って、東京都多摩環境事務所自然環境課鳥獣保護管理担当に電話を入れると、担当者が引き取りに来た。購入したばかりの餌も引き取ってくれた。引き取った野鳥は獣医の診断を受け、回復すれば保護した場所で放すそうである。

 飛べないメジロ一羽にもきちんと対応する行政にあらためて感心し、文明の力のようなものを感じた。わが家に3泊して引き取られて行ったメジロが回復して自然に還る日が来ることを祈っている。

いつの日か再読したい『薔薇の名前』2018年10月23日

『薔薇の名前(上)(下)』(ウンベルト・エーコ/河島英昭訳/東京創元社)
 未読のまま26年間本棚で眠っていた『薔薇の名前』を読んだ

 『薔薇の名前(上)(下)』(ウンベルト・エーコ/河島英昭訳/東京創元社)

 きっかけはEテレの「100分de名著」が本書を取り上げたからである。全4回を録画し、小説を読了したら観ようと思っていたが、本を手にする前に第1回だけ観てしまった。映画でおよそのスジは知っているのでいいかと思ったのである。

 この番組によれば、1980年に発表された『薔薇の名前』は全世界で5,500万部以上売れていて、大半の人が読み通すことができずに挫折しているらしい。私もその一人だった。

 ショーン・コネリー主演の映画『薔薇の名前』を観たのは30年近く昔である。 重厚陰鬱な中世の僧院の世界が印象的な映画で、「007」のショーン・コネリーが重厚で魅力的な老優に変貌しているのに驚いた記憶がある。

 その頃、何かの会合でこの作品が話題になり、私が「映画は観たけれど、小説を読んでいません」と言うと、ある人から「あれは映画だけじゃだめです。小説を読まなければ…」と強い調子で言われた。その人は私が尊敬する大先達だったので、小説も読もうと思った。しかし、読了できなかった。

 多くの人が挫折しているとテレビで聞き、26年前の大先達の言葉がよみがえり、今度こそは読み通そうと思った。

 そんな覚悟で読み始めると、想像したほどに読みにくくはなく、比較的短時間で面白く読了できた。中世キリスト教会の宗派の話などは把握しにくくて退屈する箇所もあったが、そんなところも何とか乗り越えて、蠱惑的とも言える世界に引き込まれて興味深く読み進めることができた。

 と言っても、本書の内容を十全に理解できたわけではなく、エーコの魅惑的世界を十分に堪能できたとは思えない。ついついミステリーの縦糸に牽引されて、さまざまな横糸の部分をすっ飛ばして読んでしまった気がする。

 この小説はホームズとワトソンの謎解き物語という仕立ての上に、書誌学と書物への偏愛、笑いの哲学、中世キリスト教史と異端審問、記号学などの要素が盛り込まれていて、メタ書物のような形になっている。

 読了後に思ったのは、いつの日か、多少の事前勉強をしたうえで、ゆっくりと時間をかけて再読したいということである。そのときには、縦糸と横糸だけでなくナナメの糸も絡んだ重層的な織物を堪能できればと夢想する。

14年前に出た十八世勘三郎の半生記を面白く読んだ2018年10月20日

『勘九郎日記「か」の字』(中村勘九郎/集英社/2004.11)
 今月観た歌舞伎が「十八世中村勘三郎七回忌追善」だったのがきっかけで、書架に眠っていた次の本に手がのびた。

 『勘九郎日記「か」の字』(中村勘九郎/集英社/2004.11)

 14年前に出版された半生記で、この本が出た時点(2004年11月)では勘九郎だが、すでに勘三郎襲名(2005年3月)が決まっていた。襲名の7年後(2012年12月)、57歳で早世する。

 数年前に古書市で購入し、いずれ読もうと積んでいた本である。誕生時や初舞台のことから勘三郎襲名をひかえた決意までが軽妙な日記体で書かれていて、面白く読了した。

 2004年の平成中村座のニューヨーク公演のドキュメント、幅広い交友、歌舞伎の舞台裏から私生活までを臨場感たっぷりに語り、新時代の歌舞伎への覚悟も伝わってくる。

 18世勘三郎は私が初めて知った歌舞伎役者である。彼は幼児の頃からメディアに出ていた。私は彼より7歳年長なので、子ども頃から子役の「勘九郎クン」を知っていた。だが、テレビなどで観るだけで、彼のナマの芝居を観たことはない。

 あの「勘九郎クン」が大人になり、状況劇場などからも影響を受けて歌舞伎の新しい形に取り組んでいることは知っていた。注目していた役者だったのに舞台を観る機会を逸したのは残念である。

 仕事をしていた頃は時間の制約から歌舞伎を観るのは難しかったが、評判の『野田版 研辰の討たれ』(2001年8月)はぜひ観たいと思った。土日のチケットは取れなかったので、一幕見でもと思い、勤務終了後に歌舞伎座まで行ったが長い行列ができていて満席で入れなかった。別の日にも行ったがやはりダメだった。

 後日、DVDで『野田版 研辰の討たれ』を観て、その面白さを確認し、あのときもっと粘ってナマで観たかったという気持ちがよみがえった。

 本書のラスト近くで、立川談志とのエピソードを楽しげに次のように語っている。

 『家元(立川談志)は私に死ねという。もちろん得意のブラックジョークだが、なぜ「早く死ね!」かというと「若いうちに早く死ねば、伝説になる」というのだから、たまらない。』

 亡くなる8年前の記述である。いまとなってはしみじみと読むしかない。本当に早世して伝説になったのだから。