『レ・ミゼラブル』を読んだ2017年09月17日

『「レ・ミゼラブル」の世界』(西永良成/岩波新書)、『レ・ミゼラブル (1)(2)(3)(4)(5)』(西永良成/ちくま文庫)、『「レ・ミゼラブル」百六景』(鹿島茂/文春文庫)
◎あの長い小説を読んだわけ

 小学生の頃、『がんくつ王』を読み、その元が『モンテクリスト伯』という長大な物語だと知り、いつかはそれを読んでみたいと思った。同じ頃、『ああ無情』を読み、その元が『レ・ミゼラブル』という長大な物語だと知ったが、それを読みたいとは思わなかった。『がんくつ王』も『ああ無情』も面白かったが、前者が文句なしに面白いのに対し、後者には美談仕立ての説教くささを感じたからだと思う。

 『モンテクリスト伯』の完訳版は、還暦を迎えた8年前に読んだ。そして先日、『レ・ミゼラブル』を次の完訳版で読んだ。

  『レ・ミゼラブル (1)(2)(3)(4)(5)』(西永良成/ちくま文庫)

 さほど意欲が湧かなかった『レ・ミゼラブル』を読む気になったのにはいくつかの動機がある。一つはピケティなどの「21世紀は19世紀の再現になるかもしれない」という言説に接し、19世紀の小説を読んで19世紀の様相を断片的にでも把握したいと考えたからだ。その関心から次の新書を手にした。

 『「レ・ミゼラブル」の世界』(西永良成/岩波新書)

 これを読んだのが完訳版を読む直接のきっかけになった。新聞記事で「『レ・ミゼラブル』は途中で投げ出す人が多く、通読した人が少ない」という一節を目にしたのも挑戦意欲をそそった。

◎デザート本で余韻を楽しむ

 『「レ・ミゼラブル」の世界』による事前知識で、「哲学的部分」(作者の脱線気味の演説)が多い小説だと覚悟していたおかげで、さほど面食らうこともなく読了できた。大長編にもかかわらずあまり長さを感じなかった。読了後、食後のデザート気分で次の本も読んだ。

 『「レ・ミゼラブル」百六景』(鹿島茂/文春文庫)

 この本は原版の挿絵紹介の本で、230葉の挿絵が掲載されている。全ページの半分が挿絵で残りの半分はその挿絵の解説を交えた『レ・ミゼラブル』の要約の文章である。大長編読了後に物語を反芻して余韻を楽しむにはうってつけの本で、堪能できた。

◎覚悟を決めれば読みやすい 

 読んでいる途中では、あざといストーリー展開のメロドラマと感じることも多かったが、読み終えたときには、19世紀の文豪の圧倒的な力業に屈したような爽快感を覚えた。やはり、面白いのだ。『レ・ミゼラブル』は、ユゴーの蘊蓄長口舌につきあう覚悟と度量さえあれば、ディティールを楽しめる古典の味わいがあるエンタメ長編である。

 この小説には、本編の展開とはあまり関連のない演説が延々と続く場面が随所にある。ハラハラドキドキの物語を小出しにしながら作者のおしゃべりを繰り返すのは、「私の演説を聞かなければ、このお話しの続きは教えないよ」という老獪な戦術にも見えるが、そこに可愛げもある。

 作者の長口舌に読者がうんざりしているだろうと作者自身が自覚しているふしもあり、それでもおしゃべりを続けるのだから、そのエネルギーと執念に読者は屈服するしかない。ゆったりした気分で聞くなら、その長口舌にも味わいがありそうだ。

 ということは、『レ・ミゼラブル』を十分に堪能するには2度読むのがいいのである。どんな小説でも再読した方が堪能できるのは当然だが、『レ・ミゼラブル』の場合は1度目は物語の展開を楽しみ、2度目はユゴーの演説をじっくり拝聴するという読み方になるだろう。と言っても、私は当面、再読する元気はない。

◎パリの貫禄

 『レ・ミゼラブル』は1862年に60歳のユゴーが発表した小説で、その内容は主に1815年から1833年までの物語である。発表時の近過去を舞台にしたフィクションにはユゴーが生きた同時代のさまざまな事象が反映されている。

 この小説は、次の二つと重ねて読むと一層興味深く読み進めることができる。
  
  (1)18世紀から19世紀のフランスの歴史
  (2)その時代を生きたユゴーの生涯

 私自身はこの2点に不案内だったが、事前に新書の『「レ・ミゼラブル」の世界』を読んでいたので、ある程度は興味深い重ね読みができた。

 今回の読書で、パリという町が「恋と革命」という盤石で永遠の青春テーマの背景にふさわしい町だと、あらためて気づいた。1789年の大革命から1960年代の5月革命まで、パリには繰り返しバリケードが築かれ市街戦が展開された。歴史が作られる町なのだ。私は行ったことはないが…。

 『レ・ミゼラブル』はバリケード蜂起小説でもあり、この小説によって年季の入ったパリの貫禄を感じさせられた。

「社会主義」や「リベラル」はどうなるのだろうか2017年09月09日

『僕らの社会主義』(國分巧一郎・山崎亮/ちくま新書)、 『リベラルという病』(山口真由/新潮新書)
 次の新書を読んだ。

 『僕らの社会主義』(國分巧一郎・山崎亮/ちくま新書/2017.7.10)
 『リベラルという病』(山口真由/新潮新書/2017.8.20)

 『週刊朝日(2017.9.8)』の書評で斎藤美奈子が『僕らの社会主義』を「少しだけ希望が湧く本」と紹介していたので興味を抱き、駅前の本屋の新書コーナーで探しが見当たらず(駅前で入手できそうな本はネットを使わないようにしているのに…)、後日、都心の大型書店で入手した。その大型書店にも1冊しかなかった。

 『僕らの社会主義』を購入したとき、平積みになっている『リベラルという病』が目に入り、それも購入した。リベラルと社会主義は同一ではないが似たイメージなので、それを擁護していると思われる新書と批判していると思われる新書を読み比べるのも一興と思ったのだ。

 2冊ともオビに著者の写真があり、みな若い(私から見れば)。『僕らの社会主義』の國分巧一郎氏は1974年生まれの哲学者、山崎亮氏は1973年生まれのコミュニティデザインの専門家(大学教授)、『リベラルという病』の山口真由氏は1983年生まれの元財務官僚の弁護士だ。

 現代では不人気な「社会主義」を現役世代の若い人がどのように論じているか興味があり、リベラル不人気の由縁も知りたいと思った。だが、2冊とも私が想定した内容とはかなり違っていた。

◎楽しげな対談本だが

 『僕らの社会主義』は二人の論者の対談本で、そこで楽しげに語られている主な話題は建築・土木・装飾・まちづくり・起業などで、いささか面食らった。もちろん社会主義についても触れられているが、著者たちの関心はエンゲルスによって「空想的」と批判された社会主義にあり、19世紀イギリスのウィリアム・モリス、トマス・カーライル、ロバート・オウエンなどを熱く論じている。

 建築・土木も19世紀イギリスの社会主義も私にはまったく不案内な領域だ。勉強にも刺激にもなったが、対談本という形なので話題が散漫になり勝ちで十分には咀嚼できなかった。

 著者たちが19世紀の社会主義に関心を抱いているのは、21世紀の社会状況が19世紀に近づいているとの認識があるからだ。これは、ピケティが『21世紀の資本』で「21世紀には19世紀の格差社会が再現する危険性がある」と述べた警告に似ている。だが、本書ではピケティへの言及はなく、格差問題を中心に据えているわけでもない。

 私なりに把握した本書の眼目は次の2点である。

 ・「楽しさ」という価値基準の提示
 ・「主義」という硬直した思考パターンの否定

 これらはかなり新鮮な考え方であり、共感できる。

◎米国のリベラルの問題点

 『リベラルという病』はハーバード・ロースクール卒の著者が留学体験をふまえて米国の現状を「リベラル vs コンサバ(コンサーバティブ)」という視点で解説している。米国を「リベラル vs コンサバ」という単純化した図式でとらえるのに多少の疑問も感じるが、著者によればそれが米国の実態だそうだ。

 著者が指摘するリベラルの「病」とは傲慢さである。リベラルはコンサバに比べて理性的なのだが、理性を信じる態度が理性への「信仰」にまでエスカレートし、傲慢で宗教的になっていると指摘している。行き過ぎたPC(ポリティカル・コレクトネス)などがその例にあげられている。わかりやすい話で、リベラルの問題点はわかるが、コンサバに乗り換えれば解決する問題ではない。

 リベラルに批判的な著者がコンサバかと言えば、そこは明確ではなく、やはり日本人なのだ。著者は米国の状況をふまえた上で日本のリベラル(民進党?)もやり玉にあげている。だが、日本の状況は図解困難に思われる。

 本書の「あとがき」は次の文章で締めくくられている。

 「日本が日本にあったリベラリズムを(それがリベラリズムと呼ばれるべきなのかは定かではないが)手に入れられるのはいつなのか。模索は続く。」

◎2冊の著者たちに共通しているもの

 『僕らの社会主義』と『リベラルという病』はかなり異質な本で、比較検討してもかみあうところが少なく、読書前の目論見ははずれたと感じた。しかし、よく考えてみると、この2冊には似ているところがある。それは、「一貫した正しさ」というものへの疑問と不信である。この感覚は、普通に生活している人が思考の言語化以前に感じているものに通じている。

40年後の「解説」で『日本の歴史』を楽しむ2017年09月07日

中公文庫版の『日本の歴史 第13巻 第14巻 第15巻』
 市立図書館の書架に中公文庫の『日本の歴史』全26巻が並んでいた。1965年から1967年にかけて刊行された中央公論社のベストセラー叢書『日本の歴史』の文庫版だ。私は数年前に元版の函入ハードカバー版全31冊(別巻5冊を含む)を5千円で購入し、ボチボチ読んでいる。

 図書館の文庫版を手にすると「解説」が付加されていた。この文庫版の刊行は2005年なので、原著刊行の約40年後に書かれた「解説」だ。40年という年月は世代交代には十分な時間で、見晴らしのいい時点からの「解説=評価」が期待できる。その「解説」を読んでみたいと思い、最近読んだ第13巻、第14巻、第15巻を借り出した。

 この3冊の解説者とその肩書は以下の通りだ。

 『第13巻 江戸開府/根岸茂夫(國學院大学教授)』
 『第14巻 鎖国/池内敏(名古屋大学大学院教授)』
 『第15巻 大名と百姓/青木美智男(専修大学教授)』

 解説者は原著者の弟子あるいは後輩にあたる研究者のようだ。この3編の「解説」は史学の門外漢である私には難しかった。十分には理解できないが、読み応えはあった。研究者が学界における研究動向のあれやこれやを解説しているので話が専門的になってしまう。それでも学界の議論の雰囲気が伝わってきて、それなりに面白かった。

 3人の解説者はそれぞれに原著の意義を評価しつつ、その後の研究によって見直しが必要になってきた事項や新たに重視されはじめてきた事柄などを指摘している。例えば次のような指摘だ。

 ・近世の朝廷という存在への着目が高まり、朝幕関係の研究が進んだ。
 ・あまり評価されていなかった秀忠の政治の評価が高まった。
 ・対外関係史におけるアイヌ、琉球、朝鮮との関係の研究が進んだ。
 ・第14巻で述べられている「鎖国」理解は、現在では乗り越えられている。
 ・慶安御触書は慶安期には存在しなかった。

 他にもいろいろあり、興味深い事項も多いが簡単にまとめるのは難しい。

 3つの「解説」を読み、約半世紀前の『日本の歴史』と約40年後の「解説」をセットで読むのは「当たり」だと思った。新たに刊行された通史や概説書を読むより、時間を経た二種類の文章を読む方がダイナミックで面白い。今後、書架の『日本の歴史』のどれかを読むときは、続けて市立図書館の文庫版の「解説」も読もうと思う。

 この「解説」自体すでに10年以上昔のものだから最新の研究動向はまた変わっているかもしれない。それは、とりあえず気にしない。10年前の視点で50年前を見るだけでも十分に興味深い。

エンタメ歌舞伎恐るべし2017年09月06日

 歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」の昼の部と夜の部を連続して観た。午前11時から午後9時までの長丁場で、昼食はコンビニの握り飯、夕食は売店の弁当を座席で食すという1日だった。歌舞伎観劇は半年ぶりだ。前回初めて昼夜連続で観て、さほど疲れを感じなかったので、どうせ歌舞伎を観るなら昼夜連続がいいと思った。

 昼夜で演目は五つ、仮名手本忠臣蔵の道行以外は初見だったが、どれも比較的わかりやすい内容で、歌舞伎はエンタメだと実感した。歌舞伎俳優はテレビタレントよりは高級なイメージがあり、確かに芸の修練を積んでいるとは思うが、それがきちんとエンタメになっているところに頼もしさを感じる。

 「極付幡随長兵衛」の序幕は役者が役者を演ずるという芝居内芝居の趣向になっている。メタフィクション的・実験小説的試みがエンタメ的に昔から使われていることに感心した。面白ければ何でもありという精神は大事だ。

 「ひらかな盛衰記」の遠見の場の臆面のなさにも驚いた。歌舞伎では遠近法の表現に、遠くの場面には人形や子役を使い、近景になって本物の役者が登場するという趣向があり、いくつかは実際に観たこともある。だが、「ひらかな盛衰記」の第2場を遠景の子役芝居だけで完結させているのには驚いた。歌舞伎座の観客には外国人も多いが、何の解説もなしに大人たちがいきなり子役たちに変身したのを理解できただろうか。その突拍子もなさが面白のだが。

 夜の部最後の「再桜遇清水」は歌舞伎座初演という珍しい演目だ。古い芝居をベースに中村吉右衛門が琴平の金丸座のために書いた芝居だそうだ。かなりぶっ飛んだ内容でびっくりした。高僧の雰囲気がある僧侶(市川染五郎)が女性の色香に迷って破戒坊主に変身し、肉食・飲酒・衆道・殺人の果てに殺されても化けて出てきて女性に取りつこうとする話だ。わかりやすいが、あっけにとられた。歌舞伎恐るべしとも感じた。

『江戸開府』を補完する『鎖国』『大名と百姓』を読む2017年09月03日

『日本の歴史14 鎖国』(岩生成一/中央公論社) 、『日本の歴史15 大名と百姓』(佐々木潤之助/中央公論社)
◎三巻でワンセットとは言うものの…

 先日読んだ中央公論版『日本の歴史13 江戸開府』(辻達也)の「はしがき」で著者は次のように書いていた。

 「わたしが江戸幕府を中心に述べるこの巻と、海外との関係を中心とする「鎖国」の巻と、諸藩および農村の歴史を中心とする「大名と百姓」の巻と、この三巻によって近世の社会全体が確立してゆく過程が叙述されるわけである。通例この三巻に相当する部分はひとまとめにされるものであるが、あえて三巻に分け、それだけページ数を多く割り当てたことは、『日本の歴史』全二十六巻の構成における一つの特色といいうるであろう。」

 つまり、三巻でワンセットだと述べているのだ。『江戸開府』を読んだだけでは中途半端だと言われているようで落ち着かない。強制された気分で次の続巻も読んでしまった。

  『日本の歴史14 鎖国』(岩生成一/中央公論社)
  『日本の歴史15 大名と百姓』(佐々木潤之助/中央公論社)

 読んでみると、『鎖国』『大名と百姓』の2巻は『江戸開府』とはかなりトーンが異なる内容だった。三巻ワンセットとは言うものの、第13巻の『江戸開府』には鎖国や百姓への言及もあり、江戸初期の歴史を把握するには第13巻だけで十分だったと思えた。もちろん、第14巻、第15巻がつまらなかったわけではないが…。

◎鎖国以前の国際化を再認識

 『鎖国』は、むしろタイトルを「近世海外交流史」とでもした方が適切な内容で、1543年の鉄砲伝来から鎖国後の1700年までの1世紀半を描いている。史料の紹介や引用が多く、海外から日本に来た人々や日本から海外へ行った人々の姿が具体的に描かれている。臨場感があり、ロマンも感じる。

 本書では、海外にできた日本町に関して著者の実地調査をふまえてかなり詳しく述べている。あらためて、往時の日本人の海外雄飛のさまに感心した。海外貿易の規模が意外に大きかったことも知り、認識を新たにした。

 キリシタンに関する叙述も面白い。イエズス会の他にもフランシスコ会、ドミニコ会などいろいろ渡来し複雑だ。禁教で弾圧されることを承知であえて日本上陸を目指す宣教師たちにも驚かされる。また、天正少年使節(1582年出航、1590年帰国)と支倉常長遣欧使(1613年出航、1620年帰国)の経緯・てんまつの比較も興味深い。

 最近の教科書では「鎖国」という語をあまり使わず「四つの口(長崎、対馬、琉球、松前)」の説明がなされているそうだが、1966年刊行の本書には当然ながらそんな記述はない。とは言え、鎖国の時代にも海外とつながっていたというトーンにはなっている。「鎖国」という言葉は1802年になってはじめた使われたとの説明もある。

◎農村の古文書解読で社会の変容を解明

 『大名と百姓』は難儀な本だった。『鎖国』には大量の史料が引用されていたが、『大名と百姓』はそれ以上に古文書解読のオンパレードだ。一般人向けの歴史概説書と言うよりは、大学の史学科学生向けの研究現場からのレポート披露の趣がある。紹介史料にまつわる研究者の名前もたくさん出てくる。

 本書で紹介されるメインの古文書は農村の旧家に眠っていた文書で、検地・年貢など農村の実態を伝えている。著者はその解読を通じて百姓の具体的な姿を描き出すとともに大きなトレンド(家父長的農業→自立した小百姓)も解明しようとしている。

 読み始めてすぐに面くらい、途中で投げ出そうかとも思ったが、大名家のお家騒動や佐倉宗吾伝説の紹介・分析など興味深い話もあり、何とか通読した。と言っても古文書に出てくるさまざまな数字の細か検討などは読み飛ばした。検討結果を大雑把につかめればいいという気分の読書時間だった。

 江戸時代の百姓の実態への興味が高揚し、時間ができたとき、じっくり精読すればかなり面白く読める本だろうと思った。

映画『セザンヌと過ごした時間』はゾラの世界に近い2017年09月03日

 セザンヌとゾラの交友を描いた映画『セザンヌと過ごした時間』を公開初日に観た。セザンヌもゾラも私の好きな作家だ。

 2カ月前にサンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館に行ったとき、思いがけず10点ばかりのセザンヌの絵画に遭遇し感激した。ゾラを初めて読んだのは5年前で、面白いので三大長編(『居酒屋』『ナナ』『ジェルミナール』)を続けて読み、さらに『ゾラの生涯』という古いモノクロ映画(1937年のアカデミー賞作品賞)のDVDまで入手して観た。

 私の頭の中ではゾラに近い画家はマネだ。マネが描いたゾラの肖像は印象深いし、マネの絵画にはゾラの作品世界を連想させるものが多い。だから、近日公開映画の紹介記事でゾラとセザンヌが少年時代からの友人だと知り意外に感じた。だが、映画館に行く前に『ゾラの生涯』のDVDを再度観ると、無名時代のゾラとセザンヌの交流がしっかり描かれていた。この映画はドレフィス事件が印象深く、セザンヌの登場は失念していた。いつものことながら、わが記憶力の頼りなさにガッカリした。

 『セザンヌと過ごした時間』のはじめの方で、無名のゾラが無名のセザンヌに向かって「ぼくが小説を書き、君がそれに挿絵を描くんだ」と将来の夢を語るシーンがある。その後、二人ともビッグネームになるのだから、この二人の出会いは奇跡的だ。

 とは言っても、先に名声を獲得するのはゾラであり、セザンヌは晩年に多少評価されるだけで、同時代の人々にはあまり受け容れられなかった。映画ではそんな背景をふまえた二人の葛藤を描いている。晩年には二人は交流を絶ち、映画の最終近くで、セザンヌについて質問されたゾラが「彼は天才です。しかし、その才能は花開かなかった」と語るシーンがある。

 この科白が実話かフィクションかは知らないが、意味深い場面だ。文豪の地位を得たゾラは、結局のところセザンヌの真の価値を見出せなかったようにも取れる。映画では、セザンヌはゾラとの再会を期してその場に来ていたのだが、ゾラの発言を聞いてそっと去って行く。成功者ゾラと落伍者セザンヌのすれ違いにも見え、それは後に逆転する19世紀と20世紀のすれ違いでもある。

 現代から見れば、ゾラもセザンヌも偉大だが、後世への影響力は「近代絵画の父」とも呼ばれるセザンヌの方が圧倒的に大きい……と私は思う。林檎が絵になることを発見しただけでもスゴい。ゾラがそのスゴさをどこまで理解していたかはわからない。おそらくセザンヌは若き日のゾラが夢見たようにゾラの小説の挿絵を描くことはなかったと思える。ゾラの挿絵にはマネの方がふさわしい。

 私がセザンヌとゾラの交友を失念し、その交友を意外に感じたのは、二人の作品世界が異質に見えるからだ。『セザンヌと過ごした時間』はセザンヌが主役だが、セザンヌの世界を描いているわけではなく、むしろゾラの世界を描いた映画である。映画の中で展開される人間ドラマはゾラの作品のようでもあり、美しい風景の中で人々が蠢く映像はマネの絵画に近い。

 と言っても、セザンヌの作品世界を映画化すればどんな映画になるのか見当がつかないし、それが可能かどうかもわからない。

オランダのハイテク農業の記事を読み日本の出遅れを憂う2017年08月30日

 NATIONAL GEOGRAPHIC 日本語版2017年9月号に「オランダが救う世界の飢餓」という記事が載っていた。狭い国土でハイテク農業を展開しているオランダ農業の紹介記事だ。

 農地が少ないオランダはITなどのハイテクを駆使した植物工場によって、米国に次ぐ世界第2位の農産物輸出国になっている。それをテレビ番組で知ったのは5年程前だ。まさに日本の農業が目指すお手本だと興味をもち、関連記事や関連書籍を読んだ。その後もIT活用の植物工場のニュースには注目しているが、あまり報道されることはない。日本の植物工場の多くはコスト高の課題を考えているらしい。種物工場なら、今般の天候異変のような影響も受けにくいはずなのだが。

 私が植物工場に興味をもったのは、八ヶ岳南麓の山小屋の庭でささやかな素人野菜作りをしていることにも関連する。私は決して土いじりが好きなわけではなく、畑仕事は面倒で大変な作業だと実感している(だから手抜きにもなるのだ)。趣味を超えた産業としての野菜作りには技術革新が必要だと痛感している。

 これからの農業が先端産業になる可能性に着目している人は多く、さまざまな試みが展開されているのは確かだ。農政の制約のせいか否かはわからないが、日本の農業のハイテク化がオランダに匹敵するような状態にまで進展しているとは思えない。残念である。

 農業問題の本質とはズレるが、植物工場ががコスト高なら、家庭菜園用のコンパクトな植物工場キットを売り出してはと思う。元来、家庭菜園は新鮮な野菜を手近に入手できるのが魅力であり、コストは度外視されているケースが多い。手足を土でドロドロに汚すことなく手軽に野菜作りができる「植物工場キット」には需要がありそうに思えるが、どうだろうか。

歴史小説の補完に歴史概説書『江戸開府』を読む2017年08月26日

『日本の歴史13 江戸開府』(辻達也/中央公論社)
◎家康・秀忠・家光の50年史

 『関ヶ原』(司馬遼太郎)を皮切りに家康関連の歴史小説(『影武者徳川家康』『城塞』『覇王の家』を続けて読み、これを機に小説ではない歴史書で史実のあらましを掴んでおこうという気分になり、次の本も読んでみた。

  『日本の歴史13 江戸開府』(辻達也/中央公論社)

 半世紀前に出版されたベストセラー歴史叢書の1冊だ。古い本だが、最近の学説を知りたいという大それた動機はなく、300年以上昔の出来事の概要を知るには十分だと思った。

 この巻はおおむね関ヶ原から家光死去までのの50年、つまり家康・秀忠・家光の徳川三代50年を幕政中心に叙述している。50年というのは本書が刊行されてから現在までの時間とほぼ同じであり、68歳になった私から見れば長くもあり短くもある時間で、1巻の歴史概説書に収めるには手ごろな時間に思える。

◎やはり家康は狸親父

 小説でないにもかかわらず、本書を読み終えると江戸開府50年に歴史ドラマを感じた。小説のネタになりそうなドラマチックなあれこれが散りばめれている。本書の前半は大阪の陣までで、大きな出来事はそこまでのように思えるが、その後の約20年間の出来事も興味深い。

 本書のメイン登場人物はやはり家康であり、著者の家康像は「狸親父」に近い。家康が狸親父といわれたのは、家康73歳のときの大阪の陣での狡猾なやりかたに由来するそうだが、その50年前、家康23歳のときの三河一向一揆への対応で「その狸ぶりは遺憾なく発揮されている」と著者は指摘している。また、家康の性格を示す「忍」は忍耐であるとともに残忍の忍であるとも述べている。

 家康の多大な業績を評価した上での寸評だが、家康はやはり嫌われキャラだ。

◎普遍的な「文吏派 vs 武功派」

 本書で面白く思ったのは、石田三成と本多正信・正純が類似しているとの指摘だ。石田三成は豊臣家の文吏派で武功派の加藤清正、福島正則らから嫌われ、豊臣家の武功派が家康に与したために関ヶ原で敗れた。本多正信・正純の親子は家康と秀忠のブレーンで、いわば徳川家の文吏派である。彼らは関ヶ原や大阪の陣で徳川を勝利に導いた功労者だが、その後失脚する。

 秀吉の近習である武功のない三成が赫々たる武功のある家臣から嫌われ、家康・秀頼の近習だった本多正信・正純が徳川家の古くからの家臣から嫌われる…確かに似た構造だ。

 著者は三成に対する武功派の反発を中央専制指向への抵抗と見ている。天下一統は中央専制だが家康を含む武将たちはそれに抵抗したのだ。納得できる見解だ。

 三成らの中央専制に反発した家康も関ヶ原以降は専制的中央政権指向になる。自分が「中央」になったのだから当然だ。そして幕政の基礎固めを始める。この段階で本多正信が逝去し正純が失脚したのは、個人の時代から組織の時代へと移行したからだと著者は説明している。ナルホドと思った。

 権力者に近いブレーンと実績を積み上げてきた現場との対立は現代の企業にも見られる普遍的構造に見える。オーナー社長の世代交代の際には周辺を巻き込んだドラマが発生することも多い。そこには妬みなどの心理的理由を超えたさまざまな内実がある。江戸開府の頃の歴史を読みながら、歴史は人間ドラマの繰り返しだという感が強まった。

◎現代の「かぶき者」は…

 本書の末尾近くに「かぶき者」に関する記述があり、次のように書かれている。

 「現今でいえば、先年流行した太陽族とか、近ごろ話題となったみゆき族など、さしずめ「かぶきたる体」である。」

 1966年3月刊行の時代を感じさせる例えで、私は非常に面白く読んだ。私の世代にはわかりやすいが21世紀の若い人に伝わるだろうか。

 1950年代の「太陽族」や1960年代の「みゆき族」を現代の何に置き換えればいいのか考えてみたが思い浮かばない。「かぶき者」がいない時代になったのか、私がすでに時代から取り残されて現状を把握できないのか、どちらなのかよくわからない。

野菜高騰のニュースに安堵2017年08月24日

 今年の7月は猛暑だったが8月は雨の日が続いた。天候不順で野菜が高騰しているそうだ。そんなニュースに接すると、多くの人は不安を感じるだろうが、私は不謹慎ながら不安ではなく安堵感を得た。

 もちろん私も野菜の高騰は歓迎しない。新鮮な安い野菜が豊富に市場に出まわることを期待している。にもかかわらず野菜高騰に安堵したのは、わがささやかな畑の作物が例年になく不作で、手抜き農作業の報いかと思い悩んでいたからだ。天候に責任転嫁できるなら、まずは一安心である。

 八ヶ岳南麓の山小屋の庭で野菜を作り始めて8年目になる。月1~2回しか行けないので、ダメモト気分で始めた。毎年そこそこに収穫できていたので、こんなものかと慢心していたのだが、今年は大半の作物が不作だった。

 7月中旬に収穫したジャガイモはまずまずだったが、カボチャやナスはイマイチで、インゲンは収穫量が減った。トウモロコシの大半は実が十分につかず、キュウリは枯れてしまった

 不作を認識したときは、土のせいだろうかと考えた。連作障害を避けるため、毎年植える場所を変えてはいるが、教科書では「2~3年は避ける」とあるのに1年おくだけで植えたりしている。ヤリクリがつかず面倒くさいからだ。施肥もかなりいいかげんだ。だから、来年は少し慎重に土壌改良を検討しなければならないかと考え、ちょっとうんざりしていた。だが、天候のせいならば手抜き農作業を継続できそうだ。

 そんなわけで、先日、キュウリとトウモロコシをすべて抜いて、その跡地に適当に施肥してダイコンの種を植えた。

司馬遼太郎の『城塞』『覇王の家』で家康像を探る2017年08月21日

司馬遼太郎の『城塞』『覇王の家』で家康像を探る
 先月、『関ヶ原』(司馬遼太郎)、『影武者徳川家康』(隆慶一郎)を読んだので、その印象が残っているうちに家康関連の歴史小説を読んでおこうと思い、次の2編を読んだ。

 『城塞(上)(中)(下)』(司馬遼太郎/新潮文庫)
 『覇王の家(上)(下)』(司馬遼太郎/新潮文庫)

 『城塞』は関ヶ原後の大阪冬の陣・夏の陣、『覇王の家』は家康そのものを描いた小説である。

 元来、私は徳川家康にさほどの関心はなく、老獪なタヌキ親父という通俗的イメージと「経営者のアイドル」という胡乱なイメージを持っていただけだ。私が十代の頃(半世紀前)、山岡壮八の『徳川家康』という長大な小説(現在、文庫本26巻になっている)が「経営者の指南書」としてブームになった。私はその現象を冷ややかに眺め、若者には無縁の本だと思っていた。

 つい最近、大学時代の友人と飲んでいて、私と関心領域が重なっていると感じていた理系の彼が高校時代に山岡壮八の『徳川家康』を読破していたと知った。驚愕・感心すると同時に人間の多様性とおのれの狭量を再認識した。

 『関ヶ原』を読んだとき、国民作家・司馬遼太郎が家康を権謀術数のイヤな人物に描いているのを少し意外に思った。狡猾な人物という印象だけが残り、「経営者のアイドル」という要素が感じられなかったからだ。『城塞』と『覇王の家』で司馬遼太郎が家康をどう観ているか再確認したいと思った。

 『城塞』の家康のイメージは『関ヶ原』と連続した老獪なタヌキ親父だった。だが、『覇王の家』の家康像はやや異なっている。律義な合理主義者でありながら狂気を帯びることもあったと述べられている。家臣を無条件で信頼するという美徳を持っていたという指摘や「人のあるじ」であることの不自由さを自覚し、自分をそんな存在だと規制していたとの見解も示されている。これらは「経営者の指南書」につながるかもしれない。

 ちなみに、これらの作品の発表年は『関ヶ原』が1966年、『城塞』が1972年、『覇王の家』が1973年である。作者の家康観が年とともに変化したわけではなく、作品のスタイルによって叙述の視点や濃淡が異なっているのだと思われる。

 『関ヶ原』と『城塞』は、「関ヶ原の戦い」「大阪冬の陣・夏の陣」という大事件を巡って蠢く人々の人間ドラマであり、主人公らしき人物はいるものの基本的には群像劇だ。そこに作者の多様な人物論がおりこまれている。『覇王の家』は家康の生涯を検証しながら、その後幕末までの時代精神も俯瞰しようとした史談である。物語としての面白さは『関ヶ原』『城塞』にあり、歴史を鳥の目で見る妙味は『覇王の家』にある。

 司馬遼太郎は『覇王の家』において家康の「農民性」「閉鎖性」「独創性のなさ」などを指摘し、それがその後の日本の気風を形成したとみなしている。次のような記述もある。

 「信長や秀吉は貨幣経済に力点を置き、さらに国家貿易を考え、国家そのもを富ましめようとしたが、家康の経済観は地方の小さな農村領主の域から一歩も出ず、結局この家康の思想が徳川政権のつづくかぎりの財政体質になり、財政の基礎を米穀に置きつづけるようになり、勃興してくる商業経済に対抗するのにひたすら節約主義をもってし、そのまま幕末までつづく。」

 「徳川幕府は、進歩と独創を最大の罪悪として、三百年間、それを抑制しつづけた。あらたに道具を発明する者があればそれを禁じ、新説に対しては妖言・異説としてそれを禁じた。異とは独創のことである。異を立ててはならないというのが徳川幕府をつらぬくところの一大政治思想であり、そのもとはことごとく家康がつくった。家康の性格がそうさせたものとみていい。」

 手厳しい見解である。どこまで当たっているか、私には判断できない。家康の影響も大きかったろうが、それに対抗する精神活動も育まれたのではなかろうかとも思えるのだが…。

 『覇王の家』はやや尻切れトンボの小説である。家康誕生以前の三河の情況概説から始まり、小牧・長手久の事後処理の家康45歳までが語られ、次の章はいきなり「その最期」というタイトルで、74歳で家康が没する場面になる。没するまでの30年間(その間に家康の関東入国、秀吉逝去、関ヶ原、大阪の陣など大事件が続く)はバッサリと省略されている。『関ヶ原』『城塞』と重複するから飛ばしたのだろうか。45歳までで家康像は語り尽くせたと作者が判断したのかもしれない。

 いずれにしても『関ヶ原』『城塞』『覇王の家』と続けて読んだのは正解だったと密かに自己満足した。