ブッカー賞の『台湾漫遊鉄道のふたり』は面白い ― 2026年06月10日
先月(2026年5月)、台湾作家の『台湾漫遊鉄道のふたり(英訳版)』が国際ブッカー賞に選ばれたとのニュースが流れた。ノーベル賞の登竜門と言われる賞で、東アジアの受賞者は韓国のハン・ガン(2024年ノーベル文学賞)に続いて二人目だそうだ。日本語訳が3年前に出ていると知り、入手して読んだ。
『台湾漫遊鉄道のふたり』(楊双子/三浦裕子訳/中央公論新社)
読み始めると止まらず、一気に読了した。タイトルはノホホンとした旅行エッセイ風だ。オビには「日本統治下の台湾を型破りな“大食い女”ふたりが駆け抜ける」とあり、楽しげだ。確かに書き出しではオモシロ美食旅行記に思える。だが、次第に雰囲気が変化していく。
また、この小説には巧妙な仕掛けがほどこされている。冒頭でかすかな違和感をおぼえたが、話が面白いのでそんな違和感を忘れてドンドン読み進め、最後になってナルホドと思った。
時代は昭和13年、舞台は日本統治下の台湾である。日本の売れっ子作家・青山千鶴子が台湾の婦人団体の招待で台湾を訪れる。千鶴子は台湾各地での講演会をこなし、現地の新聞にエッセイを書きつつ、旺盛な食欲で現地の料理を食べつくしていく。同行する通訳は4歳下の王千鶴である。千鶴子の秘書的な働きもする千鶴は福建省にルーツを持つ本島人(台湾人)で、千鶴子のために料理も作る。二人の美食の旅は約1年にもおよぶ。
事前に青山千鶴子のモデルは林芙美子だと聞いていた。と言っても、私は林芙美子の小説を読んだことはない。映画『放浪記』(主演:高峰秀子)は観たことがある。井上ひさしが林芙美子を描いた芝居『太鼓たたいて笛ふいて』(主演:大竹しのぶ)も観ている。その片々たる情報に基づく林芙美子のイメージと青山千鶴子はあまり重ならない。林芙美子を素材のひとつとして作者が造型した独特の女流作家だと思う。
この小説は「美食」と「二人の女性の交流の顛末」が二本柱で、物語全体がメタフィクションになっている。巧妙な展開と仕掛けの小説だ。
物語は千鶴子の一人称であり、千鶴子の美食旅行記という体裁になっている。その軽妙な文章のなかで、自分では友達だと思っている千鶴との関係が微妙に変化していくさまを描いている。雑駁にまとめれば、日本統治下における支配層である日本人と被支配層の本島人との交流における千鶴子の鈍感さを描いている。物語の終盤で千鶴子は「私は傲慢で愚鈍でどうしようもない大馬鹿者だ!」と綴ることになる。
この小説を読んでいて不思議な気がしたのは、翻訳小説を読んでいるとは思えなかった点である。日本人女流作家のエッセイを読んでいる錯覚に陥りそうになる。中国語の原文や英訳本では味わえない気分だと思う。
本書の扉には「臺灣漫遊録 青山千鶴子」とある。私が読み始めに違和感をいだいた扉である。本書の原題は『臺灣漫遊録』であり、「戦前の台湾を旅した日本人作家・青山千鶴子の長らく絶版となっていた自伝的小説を、楊双子が発掘し、新たに中文に訳した作品」と謳って出版されたそうだ。青山千鶴子を実在の作家に見せるための関係者の文章なども収録されている。もちろん、すべてがフィクションである。
日本語から中国語に翻訳された「漫遊録」をさらに日本語に翻訳したのが本書である。青山千鶴子は虚構の存在だが、本書に登場する食べ物はすべて実在するそうだ。食べ物の写真も見たいと思った。そんな写真を掲載すると本書全体の雰囲気が異質なものになりそうだとは思うが。
『台湾漫遊鉄道のふたり』(楊双子/三浦裕子訳/中央公論新社)
読み始めると止まらず、一気に読了した。タイトルはノホホンとした旅行エッセイ風だ。オビには「日本統治下の台湾を型破りな“大食い女”ふたりが駆け抜ける」とあり、楽しげだ。確かに書き出しではオモシロ美食旅行記に思える。だが、次第に雰囲気が変化していく。
また、この小説には巧妙な仕掛けがほどこされている。冒頭でかすかな違和感をおぼえたが、話が面白いのでそんな違和感を忘れてドンドン読み進め、最後になってナルホドと思った。
時代は昭和13年、舞台は日本統治下の台湾である。日本の売れっ子作家・青山千鶴子が台湾の婦人団体の招待で台湾を訪れる。千鶴子は台湾各地での講演会をこなし、現地の新聞にエッセイを書きつつ、旺盛な食欲で現地の料理を食べつくしていく。同行する通訳は4歳下の王千鶴である。千鶴子の秘書的な働きもする千鶴は福建省にルーツを持つ本島人(台湾人)で、千鶴子のために料理も作る。二人の美食の旅は約1年にもおよぶ。
事前に青山千鶴子のモデルは林芙美子だと聞いていた。と言っても、私は林芙美子の小説を読んだことはない。映画『放浪記』(主演:高峰秀子)は観たことがある。井上ひさしが林芙美子を描いた芝居『太鼓たたいて笛ふいて』(主演:大竹しのぶ)も観ている。その片々たる情報に基づく林芙美子のイメージと青山千鶴子はあまり重ならない。林芙美子を素材のひとつとして作者が造型した独特の女流作家だと思う。
この小説は「美食」と「二人の女性の交流の顛末」が二本柱で、物語全体がメタフィクションになっている。巧妙な展開と仕掛けの小説だ。
物語は千鶴子の一人称であり、千鶴子の美食旅行記という体裁になっている。その軽妙な文章のなかで、自分では友達だと思っている千鶴との関係が微妙に変化していくさまを描いている。雑駁にまとめれば、日本統治下における支配層である日本人と被支配層の本島人との交流における千鶴子の鈍感さを描いている。物語の終盤で千鶴子は「私は傲慢で愚鈍でどうしようもない大馬鹿者だ!」と綴ることになる。
この小説を読んでいて不思議な気がしたのは、翻訳小説を読んでいるとは思えなかった点である。日本人女流作家のエッセイを読んでいる錯覚に陥りそうになる。中国語の原文や英訳本では味わえない気分だと思う。
本書の扉には「臺灣漫遊録 青山千鶴子」とある。私が読み始めに違和感をいだいた扉である。本書の原題は『臺灣漫遊録』であり、「戦前の台湾を旅した日本人作家・青山千鶴子の長らく絶版となっていた自伝的小説を、楊双子が発掘し、新たに中文に訳した作品」と謳って出版されたそうだ。青山千鶴子を実在の作家に見せるための関係者の文章なども収録されている。もちろん、すべてがフィクションである。
日本語から中国語に翻訳された「漫遊録」をさらに日本語に翻訳したのが本書である。青山千鶴子は虚構の存在だが、本書に登場する食べ物はすべて実在するそうだ。食べ物の写真も見たいと思った。そんな写真を掲載すると本書全体の雰囲気が異質なものになりそうだとは思うが。
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