60年代の安部・三島・大江は熱かった ― 2026年07月26日
安部公房、三島由紀夫、大江健三郎、この三人を並べると、わが学生時代の1960年代末の狂騒的熱気をかすかに思い出す。あの頃、同時代の現代文学はこの三人が担っているという空気があった。
その三人の鼎談・対談をまとめた本が出ていると知り、入手して読んだ。猛暑続きでふやけた頭には、対談本のような軽いものがいいと思った。
『文学者とは何か』(安部公房、三島由紀夫、大江健三郎/中央公論社/2024.12)
この三人の生年・没年・享年は以下の通りだ。
安部公房(1924-1993、68歳)
三島由紀夫(1925-1970、45歳)
大江健三郎(1935-2023、88歳)
安部公房と三島由紀夫は同世代、二人ともノーベル文学賞候補と言われた。彼らより10歳若い大江健三郎は1994年、ノーベル文学賞を受賞した。
本書は次の5編を収録している。
「文学者とは」------------安部公房×三島由紀夫×大江健三郎、1958.11
「現代作家はかく考える」--三島由紀夫×大江健三郎、1964.9
「短編小説の可能性」------安部公房×大江健三郎、1965.7
「二十世紀の文学」--------安部公房×三島由紀夫、1966.2
「対談」------------------安部公房×大江健三郎、1990.12
これらの鼎談や対談、おそらく私は過去に読んでいるが、遠い昔のことなので失念している。なつかしさもあるが、現在の視点でまとめて読めば、何が浮かび上がってくるだろうかとの関心もあった。軽い読書のつもりだったが、カミ合っているのかいないのか不明の抽象的な話題の展開が多く、言葉のアクロバットを眺めている気分になった。脳内の回路がショートしそうだ。
この5編、1958年の鼎談は「序章」、1990年の対談は「後記」、1964年から1966年にかけての対談3編が「本編」という趣である。
1958年の「序章」鼎談の大江健三郎は23歳、まだ在学中の学生作家で、安部公房と三島由紀夫は三十代前半の気鋭だ。三人とも、かなりツッパッている。
1990年の「後記」対談は、三島由紀夫の自死から20年経過した時点の対談である。安部公房と大江健三郎は1970年代に絶交し、その後は本気で仲直りすることはなかったそうだ(『大江健三郎 自作を語る』より)。そんなせいか、この対談は淡々としている。今後の仕事についても語っているが、一仕事終えた二人の回想譚のようでもある。三島由紀夫とは何者だったかについても語り合っている。
1960年代の「本編」対談3編は熱気にあふれている。時代精神と文学の関わりを追究する三人の作家は意気軒高だ。議論がそれぞれにカラ回りしているように感じられたりもするが、新しい文学を生み出していこうという意欲が伝わってくる。
そんな時代があったのだ。私がこの三人の作品を同時代意識で読んだのも1970年代初頭までだった。時の流れを感じざるを得ない本である。読む前からわかってはいたが。
その三人の鼎談・対談をまとめた本が出ていると知り、入手して読んだ。猛暑続きでふやけた頭には、対談本のような軽いものがいいと思った。
『文学者とは何か』(安部公房、三島由紀夫、大江健三郎/中央公論社/2024.12)
この三人の生年・没年・享年は以下の通りだ。
安部公房(1924-1993、68歳)
三島由紀夫(1925-1970、45歳)
大江健三郎(1935-2023、88歳)
安部公房と三島由紀夫は同世代、二人ともノーベル文学賞候補と言われた。彼らより10歳若い大江健三郎は1994年、ノーベル文学賞を受賞した。
本書は次の5編を収録している。
「文学者とは」------------安部公房×三島由紀夫×大江健三郎、1958.11
「現代作家はかく考える」--三島由紀夫×大江健三郎、1964.9
「短編小説の可能性」------安部公房×大江健三郎、1965.7
「二十世紀の文学」--------安部公房×三島由紀夫、1966.2
「対談」------------------安部公房×大江健三郎、1990.12
これらの鼎談や対談、おそらく私は過去に読んでいるが、遠い昔のことなので失念している。なつかしさもあるが、現在の視点でまとめて読めば、何が浮かび上がってくるだろうかとの関心もあった。軽い読書のつもりだったが、カミ合っているのかいないのか不明の抽象的な話題の展開が多く、言葉のアクロバットを眺めている気分になった。脳内の回路がショートしそうだ。
この5編、1958年の鼎談は「序章」、1990年の対談は「後記」、1964年から1966年にかけての対談3編が「本編」という趣である。
1958年の「序章」鼎談の大江健三郎は23歳、まだ在学中の学生作家で、安部公房と三島由紀夫は三十代前半の気鋭だ。三人とも、かなりツッパッている。
1990年の「後記」対談は、三島由紀夫の自死から20年経過した時点の対談である。安部公房と大江健三郎は1970年代に絶交し、その後は本気で仲直りすることはなかったそうだ(『大江健三郎 自作を語る』より)。そんなせいか、この対談は淡々としている。今後の仕事についても語っているが、一仕事終えた二人の回想譚のようでもある。三島由紀夫とは何者だったかについても語り合っている。
1960年代の「本編」対談3編は熱気にあふれている。時代精神と文学の関わりを追究する三人の作家は意気軒高だ。議論がそれぞれにカラ回りしているように感じられたりもするが、新しい文学を生み出していこうという意欲が伝わってくる。
そんな時代があったのだ。私がこの三人の作品を同時代意識で読んだのも1970年代初頭までだった。時の流れを感じざるを得ない本である。読む前からわかってはいたが。
期待して読んだ『夏の砦』にやや白けたが… ― 2026年07月05日
辻邦生(1925-1999)の『夏の砦』を読んだ。30年前(1996年)の文春文庫を古書で入手して読んだのだ。オビには「辻文学初期最高傑作」とある。
『夏の砦』(辻邦生/文春文庫/1996.11)
この小説の刊行は60年前の1966年、私が高校生の時だから、ずいぶん昔だ。あの頃からズーッと長い間、辻邦生は私にとって関心外の作家だった。
だが、10年前に60歳を過ぎて『背教者ユリアヌス』を読み、その面白さに魅せられた。分厚い単行本であの長編を読んだ私は、読了後に書店の棚の文庫本の解説を立ち読みした。解説の筆者・篠田一士が『背教者ユリアヌス』より『夏の砦』を評価すると述べていた。それが気がかりで、いつの日か『夏の砦』を読まねばと思いつつ、うかうかと10年の月日が流れ、やっと『夏の砦』を読んだのである。
『背教者ユリアヌス』を面白いと思った私には『夏の砦』は期待外れだった。私の想定したロマンではなく、芸術とは何かを巡るやや自閉的とも思える濃密で細密な描写が延延と積み重なっていく小説だった。『背教者ユリアヌス』が通俗歴史小説ならば、『夏の砦』は内省的な文学作品かもしれないが、私の感性とは波長が合わない。
この小説は二人の人物の一人称記述で構成されている。一人目の「私」は主人公の支倉冬子である。没落した旧家の娘で、北欧の都市でタピスリ(ゴブラン織)を研究していて消息不明になる。二人目の私は北欧で支倉冬子と知り合いになったエンジニア(おそらく日本人男性)で、彼女が消息不明になった後、彼女が残した日記や手紙を整理しながら、その内面を追究している。二人目の私の語りは、冬子が消息不明になってから三年後という設定だ。
二人の人物の一人称記述の大半は記憶を遡っていく内面的な追憶譚であり、小説全体にドラマチックな展開はない。静謐な時空を紡ぎ出すタピスリのような小説だ。私は、小説が進行していくに従って、この二人の感性について行けなくなり、どちらにも感情移入できなかった。
冬子の幼少時代の追憶を緻密に綴った序章は読みごたえがあり魅せられる。だが、その後の展開が、序章のバリエーションのくり返しに感じられ、次第に興ざめしてくる。私は芸術至上主義を否定しないが、主人公たちの社会や実生活への視角に浅薄さを感じてしまう。感性を追究する描写は細密かつ濃密で魅力的だと思うが、にもかかわらず何か大きなズレを感じてしまうのだ。
面白くなければ読後感を書かなくていいのだが、面白くなさの淵源が私自身にも判然としないのでメモを残したくなった。いつの日か、この小説を再読しそうな予感がないわけではない。
『夏の砦』(辻邦生/文春文庫/1996.11)
この小説の刊行は60年前の1966年、私が高校生の時だから、ずいぶん昔だ。あの頃からズーッと長い間、辻邦生は私にとって関心外の作家だった。
だが、10年前に60歳を過ぎて『背教者ユリアヌス』を読み、その面白さに魅せられた。分厚い単行本であの長編を読んだ私は、読了後に書店の棚の文庫本の解説を立ち読みした。解説の筆者・篠田一士が『背教者ユリアヌス』より『夏の砦』を評価すると述べていた。それが気がかりで、いつの日か『夏の砦』を読まねばと思いつつ、うかうかと10年の月日が流れ、やっと『夏の砦』を読んだのである。
『背教者ユリアヌス』を面白いと思った私には『夏の砦』は期待外れだった。私の想定したロマンではなく、芸術とは何かを巡るやや自閉的とも思える濃密で細密な描写が延延と積み重なっていく小説だった。『背教者ユリアヌス』が通俗歴史小説ならば、『夏の砦』は内省的な文学作品かもしれないが、私の感性とは波長が合わない。
この小説は二人の人物の一人称記述で構成されている。一人目の「私」は主人公の支倉冬子である。没落した旧家の娘で、北欧の都市でタピスリ(ゴブラン織)を研究していて消息不明になる。二人目の私は北欧で支倉冬子と知り合いになったエンジニア(おそらく日本人男性)で、彼女が消息不明になった後、彼女が残した日記や手紙を整理しながら、その内面を追究している。二人目の私の語りは、冬子が消息不明になってから三年後という設定だ。
二人の人物の一人称記述の大半は記憶を遡っていく内面的な追憶譚であり、小説全体にドラマチックな展開はない。静謐な時空を紡ぎ出すタピスリのような小説だ。私は、小説が進行していくに従って、この二人の感性について行けなくなり、どちらにも感情移入できなかった。
冬子の幼少時代の追憶を緻密に綴った序章は読みごたえがあり魅せられる。だが、その後の展開が、序章のバリエーションのくり返しに感じられ、次第に興ざめしてくる。私は芸術至上主義を否定しないが、主人公たちの社会や実生活への視角に浅薄さを感じてしまう。感性を追究する描写は細密かつ濃密で魅力的だと思うが、にもかかわらず何か大きなズレを感じてしまうのだ。
面白くなければ読後感を書かなくていいのだが、面白くなさの淵源が私自身にも判然としないのでメモを残したくなった。いつの日か、この小説を再読しそうな予感がないわけではない。
マッサゲタイの女王を描いた小説があった! ― 2026年06月22日
史上最初の世界帝国は前550年にオリエントを統一したアケメネス朝ペルシアだと思う。建国者キュロス2世は、メディア、リュディア、バビロニアを征服し、エジプトに赴く前にカスピ海東岸の騎馬民族マッサゲタイに遠征し、その地で戦死する。マッサゲタイを率いていたのは女王トミリュスである。
マッサゲタイや女王トミリュスに関する史料は少ない。ヘロドトスが『歴史』でキュロス2世のマッサゲタイ遠征と戦死の経緯を述べているが、岩波文庫版で10頁ほど(巻1、201-216)に過ぎない。
5年前、この女王を描いたカザフスタン映画『女王トミリュス』の存在を知り、プライムビデオで視聴した。世界史ではマイナーな存在の映画化に驚いたが、最近になって、そのマッサゲタイ女王を描いた日本人女性作家の小説『マッサゲタイの戦女王』があると知り、もっと驚いた。小説の刊行は2010年、映画制作の2019年より前だ。その小説の文庫版を入手して読んだ。文庫化の際に改題している。
『夢の王国 彼方の楽園:マッサゲタイの戦女王』(篠原悠希/光文社文庫/2024.4)
この小説は、映画と同様に少女が女王へと成長し、キュロス2世を倒す強い存在になっていく姿を描いている。しかし、トミュリスの人物造型や状況設定は映画とはまったく異なる。小説の方が深くて広い。
小説に登場する実在の地名や人名は原音に近い表記になっている。以下のような具合だ。
トミュリス→タハーミラィ
キュロス→クルシュ
ペルシア→ファールス
アケメネス→ハカーマニシュ
一般に馴染みのある表記(ギリシア語)ではない表記によって、歴史小説というよりは異世界物語の雰囲気になった気がする。
ヘロドトスは、キュロス2世のマッサゲタイ遠征の発端を次のように描いている。
「当時マッサゲタイでは、夫に先立たれたトミュリスという名の女が女王であった。キュロスは使者を通じ、自分の妻に迎えたいと称してこの女王に求婚した。しかしトミュリスは、キュロスが求めているのは自分ではなくて、マッサゲタイの王位であることを見抜き、彼の来訪を拒絶したのである。」(松平千秋訳)
その後、トミュリスの若い息子がキュロスの謀略によって自死に追い込まれるなどの経緯があり、両軍の会戦となり、キュロスは戦場で落命する。トミュリスはキュロスの首を切り落とし「私は生き永らえ戦いにはそなたに勝ったが、所詮はわが子を謀略にかけて捕えたそなたの勝ちであった」(松平千秋訳)と嘆く。
小説はヘロドトスの記述を踏まえている。しかし、その背後に奇想天外とも言える壮大な物語を盛り込んでいる。
クルシュ(キュロス)の戦死は前529年だが、その二十数年前、クルシュ24歳、タハーミラィ(トミュリス)15歳のとき、二人はメディアの首都エクバ―タナの宮殿で出会っていた。メディアの属国ファールス(ペルシア)の王子で客分の人質のような立場だったクルシュは、タハーミラィとの密会の場で自分が構想する楽園のような国の姿を語る。文庫版のタイトル『夢の王国 彼方の楽園』はそれを表している。二人は互いに意識し合う仲だったのだ。
二十数年を経て「諸王の王」と呼ばれるようになったクルシュの「求婚」は領土的野心によるのもではなくクルシュの本心だったかもしれない――それが、この小説の眼目だと思う。人間の成長譚と愛憎劇に国家興亡と建国物語を絡めた歴史ロマンである。
マッサゲタイや女王トミリュスに関する史料は少ない。ヘロドトスが『歴史』でキュロス2世のマッサゲタイ遠征と戦死の経緯を述べているが、岩波文庫版で10頁ほど(巻1、201-216)に過ぎない。
5年前、この女王を描いたカザフスタン映画『女王トミリュス』の存在を知り、プライムビデオで視聴した。世界史ではマイナーな存在の映画化に驚いたが、最近になって、そのマッサゲタイ女王を描いた日本人女性作家の小説『マッサゲタイの戦女王』があると知り、もっと驚いた。小説の刊行は2010年、映画制作の2019年より前だ。その小説の文庫版を入手して読んだ。文庫化の際に改題している。
『夢の王国 彼方の楽園:マッサゲタイの戦女王』(篠原悠希/光文社文庫/2024.4)
この小説は、映画と同様に少女が女王へと成長し、キュロス2世を倒す強い存在になっていく姿を描いている。しかし、トミュリスの人物造型や状況設定は映画とはまったく異なる。小説の方が深くて広い。
小説に登場する実在の地名や人名は原音に近い表記になっている。以下のような具合だ。
トミュリス→タハーミラィ
キュロス→クルシュ
ペルシア→ファールス
アケメネス→ハカーマニシュ
一般に馴染みのある表記(ギリシア語)ではない表記によって、歴史小説というよりは異世界物語の雰囲気になった気がする。
ヘロドトスは、キュロス2世のマッサゲタイ遠征の発端を次のように描いている。
「当時マッサゲタイでは、夫に先立たれたトミュリスという名の女が女王であった。キュロスは使者を通じ、自分の妻に迎えたいと称してこの女王に求婚した。しかしトミュリスは、キュロスが求めているのは自分ではなくて、マッサゲタイの王位であることを見抜き、彼の来訪を拒絶したのである。」(松平千秋訳)
その後、トミュリスの若い息子がキュロスの謀略によって自死に追い込まれるなどの経緯があり、両軍の会戦となり、キュロスは戦場で落命する。トミュリスはキュロスの首を切り落とし「私は生き永らえ戦いにはそなたに勝ったが、所詮はわが子を謀略にかけて捕えたそなたの勝ちであった」(松平千秋訳)と嘆く。
小説はヘロドトスの記述を踏まえている。しかし、その背後に奇想天外とも言える壮大な物語を盛り込んでいる。
クルシュ(キュロス)の戦死は前529年だが、その二十数年前、クルシュ24歳、タハーミラィ(トミュリス)15歳のとき、二人はメディアの首都エクバ―タナの宮殿で出会っていた。メディアの属国ファールス(ペルシア)の王子で客分の人質のような立場だったクルシュは、タハーミラィとの密会の場で自分が構想する楽園のような国の姿を語る。文庫版のタイトル『夢の王国 彼方の楽園』はそれを表している。二人は互いに意識し合う仲だったのだ。
二十数年を経て「諸王の王」と呼ばれるようになったクルシュの「求婚」は領土的野心によるのもではなくクルシュの本心だったかもしれない――それが、この小説の眼目だと思う。人間の成長譚と愛憎劇に国家興亡と建国物語を絡めた歴史ロマンである。
タラス河畔の戦いを描いた小説があった! ― 2026年06月12日
私は来月(2026年7月)、中央アジアのカザフスタンとキルギスを巡るツアーに参加する予定である。目当てはアク・ベシム遺跡(砕葉=スイアブの遺構)とタラス川古戦場の見学だ。関連書を検索していて、タラス河畔の戦いを扱った小説があると知り、早速入手して読んだ。
『天涯の戦旗:タラス河畔の戦い』(小前亮/朝日新聞出版/2011.10 )
著者は大学院でアジア・イスラーム史を専攻した小説家で、多くの歴史小説を書いている。私は本書で初めてこの作家を知った。
751年のタラス河畔の戦いは高校世界史の教科書にも載っている。と言っても「アッバース朝と唐がタラス河畔で戦い、唐が敗れた。唐の捕虜によって製紙法がイスラーム世界へ伝わった」とあるだけだ。それ以上のことは私も知らない。かなりマイナーな「戦い」だと思う。それが小説になっていることに驚いた。
『天涯の戦旗』は重厚な歴史小説とは言えない。かなり「軽い」物語で、読みやすい。史実をどの程度ふまえた小説かは不明だが、教科書で2行程度の情報を拡張できたことに満足した。
この小説には実在の人物が何人も登場する。将軍・高仙芝という名にはかすかな記憶があったが、他は未知の人物ばかりだ。人物が登場するたびにネット検索し、その人物に関する情報の有無を確認した。
人物や情景を具体的にイメージできるのは歴史小説や歴史ドラマの利点だと思う。史実と違っているとしても、何等かのイメージを抱かないと歴史は把握しにくい。イメージで興味を喚起したうえで史実へのアプローチを図るしかない。
本書によって、作者が造型した実在の人物たちのイメージが私の頭に転写された。そのうち忘れてしまうだろうが、その前にさらなる情報によってイメージを深化できればとも思う。
この小説が「軽い」のは、狂言回しの杜環という人物が軽いからでもある。クチャの安西都護府に派遣されてきた長安の名家の若者で、美女と美酒には目がなく、仕事に関してはやる気がない。なまけ者で戦争嫌いの臆病者である。作者が創造した架空の人物だろうと思ったが、検索するとウィキペディアに載っていた。「タラス河畔の戦いで捕らえられた、数少ない中国人の一人」とある。
杜環に関する史料は少ないらしい。この小説における杜環の人物像は作者の想像力に負うところが大きいと思う。こんな杜環という人物を中心に据えているので、この小説は面白くなっている。
『天涯の戦旗:タラス河畔の戦い』(小前亮/朝日新聞出版/2011.10 )
著者は大学院でアジア・イスラーム史を専攻した小説家で、多くの歴史小説を書いている。私は本書で初めてこの作家を知った。
751年のタラス河畔の戦いは高校世界史の教科書にも載っている。と言っても「アッバース朝と唐がタラス河畔で戦い、唐が敗れた。唐の捕虜によって製紙法がイスラーム世界へ伝わった」とあるだけだ。それ以上のことは私も知らない。かなりマイナーな「戦い」だと思う。それが小説になっていることに驚いた。
『天涯の戦旗』は重厚な歴史小説とは言えない。かなり「軽い」物語で、読みやすい。史実をどの程度ふまえた小説かは不明だが、教科書で2行程度の情報を拡張できたことに満足した。
この小説には実在の人物が何人も登場する。将軍・高仙芝という名にはかすかな記憶があったが、他は未知の人物ばかりだ。人物が登場するたびにネット検索し、その人物に関する情報の有無を確認した。
人物や情景を具体的にイメージできるのは歴史小説や歴史ドラマの利点だと思う。史実と違っているとしても、何等かのイメージを抱かないと歴史は把握しにくい。イメージで興味を喚起したうえで史実へのアプローチを図るしかない。
本書によって、作者が造型した実在の人物たちのイメージが私の頭に転写された。そのうち忘れてしまうだろうが、その前にさらなる情報によってイメージを深化できればとも思う。
この小説が「軽い」のは、狂言回しの杜環という人物が軽いからでもある。クチャの安西都護府に派遣されてきた長安の名家の若者で、美女と美酒には目がなく、仕事に関してはやる気がない。なまけ者で戦争嫌いの臆病者である。作者が創造した架空の人物だろうと思ったが、検索するとウィキペディアに載っていた。「タラス河畔の戦いで捕らえられた、数少ない中国人の一人」とある。
杜環に関する史料は少ないらしい。この小説における杜環の人物像は作者の想像力に負うところが大きいと思う。こんな杜環という人物を中心に据えているので、この小説は面白くなっている。
ブッカー賞の『台湾漫遊鉄道のふたり』は面白い ― 2026年06月10日
先月(2026年5月)、台湾作家の『台湾漫遊鉄道のふたり(英訳版)』が国際ブッカー賞に選ばれたとのニュースが流れた。ノーベル賞の登竜門と言われる賞で、東アジアの受賞者は韓国のハン・ガン(2024年ノーベル文学賞)に続いて二人目だそうだ。日本語訳が3年前に出ていると知り、入手して読んだ。
『台湾漫遊鉄道のふたり』(楊双子/三浦裕子訳/中央公論新社)
読み始めると止まらず、一気に読了した。タイトルはノホホンとした旅行エッセイ風だ。オビには「日本統治下の台湾を型破りな“大食い女”ふたりが駆け抜ける」とあり、楽しげだ。確かに書き出しではオモシロ美食旅行記に思える。だが、次第に雰囲気が変化していく。
また、この小説には巧妙な仕掛けがほどこされている。冒頭でかすかな違和感をおぼえたが、話が面白いのでそんな違和感を忘れてドンドン読み進め、最後になってナルホドと思った。
時代は昭和13年、舞台は日本統治下の台湾である。日本の売れっ子作家・青山千鶴子が台湾の婦人団体の招待で台湾を訪れる。千鶴子は台湾各地での講演会をこなし、現地の新聞にエッセイを書きつつ、旺盛な食欲で現地の料理を食べつくしていく。同行する通訳は4歳下の王千鶴である。千鶴子の秘書的な働きもする千鶴は福建省にルーツを持つ本島人(台湾人)で、千鶴子のために料理も作る。二人の美食の旅は約1年にもおよぶ。
事前に青山千鶴子のモデルは林芙美子だと聞いていた。と言っても、私は林芙美子の小説を読んだことはない。映画『放浪記』(主演:高峰秀子)は観たことがある。井上ひさしが林芙美子を描いた芝居『太鼓たたいて笛ふいて』(主演:大竹しのぶ)も観ている。その片々たる情報に基づく林芙美子のイメージと青山千鶴子はあまり重ならない。林芙美子を素材のひとつとして作者が造型した独特の女流作家だと思う。
この小説は「美食」と「二人の女性の交流の顛末」が二本柱で、物語全体がメタフィクションになっている。巧妙な展開と仕掛けの小説だ。
物語は千鶴子の一人称であり、千鶴子の美食旅行記という体裁になっている。その軽妙な文章のなかで、自分では友達だと思っている千鶴との関係が微妙に変化していくさまを描いている。雑駁にまとめれば、日本統治下における支配層である日本人と被支配層の本島人との交流における千鶴子の鈍感さを描いている。物語の終盤で千鶴子は「私は傲慢で愚鈍でどうしようもない大馬鹿者だ!」と綴ることになる。
この小説を読んでいて不思議な気がしたのは、翻訳小説を読んでいるとは思えなかった点である。日本人女流作家のエッセイを読んでいる錯覚に陥りそうになる。中国語の原文や英訳本では味わえない気分だと思う。
本書の扉には「臺灣漫遊録 青山千鶴子」とある。私が読み始めに違和感をいだいた扉である。本書の原題は『臺灣漫遊録』であり、「戦前の台湾を旅した日本人作家・青山千鶴子の長らく絶版となっていた自伝的小説を、楊双子が発掘し、新たに中文に訳した作品」と謳って出版されたそうだ。青山千鶴子を実在の作家に見せるための関係者の文章なども収録されている。もちろん、すべてがフィクションである。
日本語から中国語に翻訳された「漫遊録」をさらに日本語に翻訳したのが本書である。青山千鶴子は虚構の存在だが、本書に登場する食べ物はすべて実在するそうだ。食べ物の写真も見たいと思った。そんな写真を掲載すると本書全体の雰囲気が異質なものになりそうだとは思うが。
『台湾漫遊鉄道のふたり』(楊双子/三浦裕子訳/中央公論新社)
読み始めると止まらず、一気に読了した。タイトルはノホホンとした旅行エッセイ風だ。オビには「日本統治下の台湾を型破りな“大食い女”ふたりが駆け抜ける」とあり、楽しげだ。確かに書き出しではオモシロ美食旅行記に思える。だが、次第に雰囲気が変化していく。
また、この小説には巧妙な仕掛けがほどこされている。冒頭でかすかな違和感をおぼえたが、話が面白いのでそんな違和感を忘れてドンドン読み進め、最後になってナルホドと思った。
時代は昭和13年、舞台は日本統治下の台湾である。日本の売れっ子作家・青山千鶴子が台湾の婦人団体の招待で台湾を訪れる。千鶴子は台湾各地での講演会をこなし、現地の新聞にエッセイを書きつつ、旺盛な食欲で現地の料理を食べつくしていく。同行する通訳は4歳下の王千鶴である。千鶴子の秘書的な働きもする千鶴は福建省にルーツを持つ本島人(台湾人)で、千鶴子のために料理も作る。二人の美食の旅は約1年にもおよぶ。
事前に青山千鶴子のモデルは林芙美子だと聞いていた。と言っても、私は林芙美子の小説を読んだことはない。映画『放浪記』(主演:高峰秀子)は観たことがある。井上ひさしが林芙美子を描いた芝居『太鼓たたいて笛ふいて』(主演:大竹しのぶ)も観ている。その片々たる情報に基づく林芙美子のイメージと青山千鶴子はあまり重ならない。林芙美子を素材のひとつとして作者が造型した独特の女流作家だと思う。
この小説は「美食」と「二人の女性の交流の顛末」が二本柱で、物語全体がメタフィクションになっている。巧妙な展開と仕掛けの小説だ。
物語は千鶴子の一人称であり、千鶴子の美食旅行記という体裁になっている。その軽妙な文章のなかで、自分では友達だと思っている千鶴との関係が微妙に変化していくさまを描いている。雑駁にまとめれば、日本統治下における支配層である日本人と被支配層の本島人との交流における千鶴子の鈍感さを描いている。物語の終盤で千鶴子は「私は傲慢で愚鈍でどうしようもない大馬鹿者だ!」と綴ることになる。
この小説を読んでいて不思議な気がしたのは、翻訳小説を読んでいるとは思えなかった点である。日本人女流作家のエッセイを読んでいる錯覚に陥りそうになる。中国語の原文や英訳本では味わえない気分だと思う。
本書の扉には「臺灣漫遊録 青山千鶴子」とある。私が読み始めに違和感をいだいた扉である。本書の原題は『臺灣漫遊録』であり、「戦前の台湾を旅した日本人作家・青山千鶴子の長らく絶版となっていた自伝的小説を、楊双子が発掘し、新たに中文に訳した作品」と謳って出版されたそうだ。青山千鶴子を実在の作家に見せるための関係者の文章なども収録されている。もちろん、すべてがフィクションである。
日本語から中国語に翻訳された「漫遊録」をさらに日本語に翻訳したのが本書である。青山千鶴子は虚構の存在だが、本書に登場する食べ物はすべて実在するそうだ。食べ物の写真も見たいと思った。そんな写真を掲載すると本書全体の雰囲気が異質なものになりそうだとは思うが。
不思議な契機で大昔に読んだ2冊を再読 ― 2026年05月29日
◎不思議な暗合
ふとした経緯で、38年前に読んだ『文章読本』(向井敏)と61年前に読んだ『たそがれに還る』(光瀬龍)を続けて再読した。いずれも記憶の彼方の本であり、この2冊に何の関連もない筈だったが…。
先日、ネット検索していて不意打ちのように『文章読本』(向井敏)を称賛する文章に出会った。昔読んだ本だなと思い出し、本棚の奥から引っ張り出してパラパラと拾い読みし、元に戻した。向井敏(1930-2002)という著者はこの本で初めて知った――そう思っていた。他の著書は読んだことがない。
その夜、ベッドに入ったとき、急に高校時代(60年前だ)に読んだ光瀬龍(1928-1999)の『たそがれに還る』が頭に浮かんだ。私をSFに引きずり込んだ遠い昔の懐かしい小説だ。そのまま寝ようと思ったが、目が冴えて起き出し、本棚の奥から『たそがれに還る』を取り出した。冒頭部分に目を通したくなったのだ。
その古い本を開くと黄ばんだ切り抜きが出てきた。『図書』(1984年1月)の記事だった。『「青の魚座」という名の星座をご存知だろうか。」という書き出しの『たそがれに還る』に言及した記事である。「青の魚座」は光瀬龍の宇宙年代記シリーズに登場する架空の星座だ。記事の著者は向井敏、昼間に想起した『文芸読本』の著者だ。私には馴染みのない固有名詞との再度の遭遇に驚いた。私は『文章読本』を読む4年前にこの著者の記事を読み、切り抜き、挟み込んだようだ。
不思議な暗合に少々慄然とし、『文章読本』と『たそがれに還る』を再読せねば、という気分に追い込まれた。
◎2冊ともやや期待外れ
『文章読本』(向井敏/文藝春秋/1988.11)
『たそがれに還る』(光瀬龍/早川書房/1964.11)
この2冊、それぞれに印象深い。向井敏の『文章読本』には、天使人語や野間宏の評論を悪文の例としてコテンパンにした辛口痛快本のイメージがある。『たそがれに還る』は茫漠たる宇宙的無常観の光瀬節にしびれた。
かなりの期待感で数十年ぶりに読み返したのだが、2冊ともやや期待外れだった。私の感性が摩耗したせいもあるだろうが、この程度の内容だったのかの思いにとらわれた。年月の経過は恐ろしい。
◎『文章読本』はかなり文芸趣味
向井敏の『文章読本』は、天使人語(1984.12.17)、野間宏、大江健三郎らの文章をあげつらった冒頭に迫力があるだけに、竜頭蛇尾を感じた。共感できる指摘も多いが、著者の文芸趣味を聞かされている気分になる。文章の良し悪しに一般的基準があるとは思うが、多分に個人の感覚に依る部分もある。シャレタ文章と気もち悪い文章は紙一重だ。
そもそも、世の中に山ほどある「文章読本」は斎藤美奈子の『文章読本さん江』によって粉砕されてしまった気配もある。斎藤美奈子は向井本を「文芸批評的」としている。
◎諦観と詠嘆の叙事詩
『たそがれに還る』は光瀬龍36歳のときの処女長編である。初読の後、何度か部分的に読み返した筈だ。エピグラフ「人、うたた情ありて たそがれに還る」は記憶に刻まれいるし、冒頭の宇宙港の情景は鮮烈だった。今回読み返して、忘れている部分も多いと気づいた。道具立てのレトロ感は仕方ないが、展開がやや雑で強引だ。そこに独特の魅力があるとも言えるが。
60年前にこのSFを読んだときは、本格的なハード宇宙小説に思えた。いま読み返すと詩的箴言を散りばめた諦観と詠嘆の叙事詩である。地球があっさり滅亡しても、主人公らの営為は坦々と進行していく。オイオイと思いつつスゴさも感じる。瑕疵を補ってあまりある初々しい魅力があるのは確かだ。
ふとした経緯で、38年前に読んだ『文章読本』(向井敏)と61年前に読んだ『たそがれに還る』(光瀬龍)を続けて再読した。いずれも記憶の彼方の本であり、この2冊に何の関連もない筈だったが…。
先日、ネット検索していて不意打ちのように『文章読本』(向井敏)を称賛する文章に出会った。昔読んだ本だなと思い出し、本棚の奥から引っ張り出してパラパラと拾い読みし、元に戻した。向井敏(1930-2002)という著者はこの本で初めて知った――そう思っていた。他の著書は読んだことがない。
その夜、ベッドに入ったとき、急に高校時代(60年前だ)に読んだ光瀬龍(1928-1999)の『たそがれに還る』が頭に浮かんだ。私をSFに引きずり込んだ遠い昔の懐かしい小説だ。そのまま寝ようと思ったが、目が冴えて起き出し、本棚の奥から『たそがれに還る』を取り出した。冒頭部分に目を通したくなったのだ。
その古い本を開くと黄ばんだ切り抜きが出てきた。『図書』(1984年1月)の記事だった。『「青の魚座」という名の星座をご存知だろうか。」という書き出しの『たそがれに還る』に言及した記事である。「青の魚座」は光瀬龍の宇宙年代記シリーズに登場する架空の星座だ。記事の著者は向井敏、昼間に想起した『文芸読本』の著者だ。私には馴染みのない固有名詞との再度の遭遇に驚いた。私は『文章読本』を読む4年前にこの著者の記事を読み、切り抜き、挟み込んだようだ。
不思議な暗合に少々慄然とし、『文章読本』と『たそがれに還る』を再読せねば、という気分に追い込まれた。
◎2冊ともやや期待外れ
『文章読本』(向井敏/文藝春秋/1988.11)
『たそがれに還る』(光瀬龍/早川書房/1964.11)
この2冊、それぞれに印象深い。向井敏の『文章読本』には、天使人語や野間宏の評論を悪文の例としてコテンパンにした辛口痛快本のイメージがある。『たそがれに還る』は茫漠たる宇宙的無常観の光瀬節にしびれた。
かなりの期待感で数十年ぶりに読み返したのだが、2冊ともやや期待外れだった。私の感性が摩耗したせいもあるだろうが、この程度の内容だったのかの思いにとらわれた。年月の経過は恐ろしい。
◎『文章読本』はかなり文芸趣味
向井敏の『文章読本』は、天使人語(1984.12.17)、野間宏、大江健三郎らの文章をあげつらった冒頭に迫力があるだけに、竜頭蛇尾を感じた。共感できる指摘も多いが、著者の文芸趣味を聞かされている気分になる。文章の良し悪しに一般的基準があるとは思うが、多分に個人の感覚に依る部分もある。シャレタ文章と気もち悪い文章は紙一重だ。
そもそも、世の中に山ほどある「文章読本」は斎藤美奈子の『文章読本さん江』によって粉砕されてしまった気配もある。斎藤美奈子は向井本を「文芸批評的」としている。
◎諦観と詠嘆の叙事詩
『たそがれに還る』は光瀬龍36歳のときの処女長編である。初読の後、何度か部分的に読み返した筈だ。エピグラフ「人、うたた情ありて たそがれに還る」は記憶に刻まれいるし、冒頭の宇宙港の情景は鮮烈だった。今回読み返して、忘れている部分も多いと気づいた。道具立てのレトロ感は仕方ないが、展開がやや雑で強引だ。そこに独特の魅力があるとも言えるが。
60年前にこのSFを読んだときは、本格的なハード宇宙小説に思えた。いま読み返すと詩的箴言を散りばめた諦観と詠嘆の叙事詩である。地球があっさり滅亡しても、主人公らの営為は坦々と進行していく。オイオイと思いつつスゴさも感じる。瑕疵を補ってあまりある初々しい魅力があるのは確かだ。
清水邦夫の古い戯曲集を読んだ ― 2026年05月22日
来週、清水邦夫(1936-2021)作の『あの、愛の一群たち』という芝居を観る予定だ。できれば事前に戯曲を読めないかとネット検索し、この戯曲が収録されている古い戯曲集をネット古書店で入手した。
『あらかじめ失われた恋人たちよ 劇篇』(清水邦夫/講談社/1981.10)
本書は次の三つの戯曲を収録している。巻末に上演記録もある。
「あの、愛の一群たち」(1980年7月、木冬社公演)
「一九八一・嫉妬」(1981年5月、文学座アトリエ公演)
「あらかじめ失われた恋人たちよ―劇篇―」(1981年10月、木冬社公演)
書名になった戯曲は、1971年公開のATG映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』(監督:田原総一朗、清水邦夫、出演:石橋蓮司、桃井かおり、加納典明、他)の「劇篇」である。私が大学生時代に公開されたこの映画、タイトルは記憶に残っている。当時、ATG映画は何本か観ているが、この映画は観ていない。
「劇篇」を読む前に映画を観ておく方がよかろうと思って調べると、プライム・ビデオで視聴可能(400円)だ。まず、55年前のこの映画を観た。
映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』は、1970年頃の空気を濃厚に映したATGらしいモノクロ映画で、石橋蓮司も桃井かおりも若い。フーテンの若者(石橋蓮司)が日本海沿岸をさすらい、唖のカップル(加納典明と桃井かおり)に出会い、共にさまよう話である。言葉を失った加納典明と桃井かおりに台詞はなく、石橋蓮司がしゃべり続ける。
オンデマンドで映画を観た後、「劇篇」を読んだ。芝居の冒頭、主人公の「男」が次のように語る。
「十年前、リルケの詩から題名をとった映画がつくられました、<あらかじめ失われた恋人たちよ>……噂によれば、封切当時アートシアター・ギルド作品としてはビリから二番目に当らなかった映画だそうです。そんなわけでごらんになっていない方も多いと思いますが、とりたてて筋を説明してもはじまらない映画で、ま、いってみれば、このぼくを十年若くしたような青年が日本海沿岸をうろつく……そういった話です。」
映画の主人公の10年後を描いた芝居だろうと思って読み進めたが、映画とは別世界の芝居だった。幻の蝶が生息するという森の中で展開する話で、映画との接点はほとんどない。主人公の「男」は蝶の収集家である。三人の女性(女性歯科医、その妹、死んだ弟の妻である歯科医)の人間像が印象深い不思議な戯曲だった。
目当ての「あの、愛の一群たち」は狂気が生み出す幻の人物と現実の人物の相克と溶融を描いている。郷土資料館という奇妙な場所を舞台にした戯曲で、一読では把握しにくい。舞台を観るのが楽しみだ。
「一九八一・嫉妬」も狂気と正常の狭間に展開する奇妙な家庭劇である。安部公房を彷彿させる部分もあり、清水邦夫がデビュー時に安部公房から高く評価されたことを想起した。その後の清水邦夫作品を安部公房がどう評価していたかは知らないが…。
『あらかじめ失われた恋人たちよ 劇篇』(清水邦夫/講談社/1981.10)
本書は次の三つの戯曲を収録している。巻末に上演記録もある。
「あの、愛の一群たち」(1980年7月、木冬社公演)
「一九八一・嫉妬」(1981年5月、文学座アトリエ公演)
「あらかじめ失われた恋人たちよ―劇篇―」(1981年10月、木冬社公演)
書名になった戯曲は、1971年公開のATG映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』(監督:田原総一朗、清水邦夫、出演:石橋蓮司、桃井かおり、加納典明、他)の「劇篇」である。私が大学生時代に公開されたこの映画、タイトルは記憶に残っている。当時、ATG映画は何本か観ているが、この映画は観ていない。
「劇篇」を読む前に映画を観ておく方がよかろうと思って調べると、プライム・ビデオで視聴可能(400円)だ。まず、55年前のこの映画を観た。
映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』は、1970年頃の空気を濃厚に映したATGらしいモノクロ映画で、石橋蓮司も桃井かおりも若い。フーテンの若者(石橋蓮司)が日本海沿岸をさすらい、唖のカップル(加納典明と桃井かおり)に出会い、共にさまよう話である。言葉を失った加納典明と桃井かおりに台詞はなく、石橋蓮司がしゃべり続ける。
オンデマンドで映画を観た後、「劇篇」を読んだ。芝居の冒頭、主人公の「男」が次のように語る。
「十年前、リルケの詩から題名をとった映画がつくられました、<あらかじめ失われた恋人たちよ>……噂によれば、封切当時アートシアター・ギルド作品としてはビリから二番目に当らなかった映画だそうです。そんなわけでごらんになっていない方も多いと思いますが、とりたてて筋を説明してもはじまらない映画で、ま、いってみれば、このぼくを十年若くしたような青年が日本海沿岸をうろつく……そういった話です。」
映画の主人公の10年後を描いた芝居だろうと思って読み進めたが、映画とは別世界の芝居だった。幻の蝶が生息するという森の中で展開する話で、映画との接点はほとんどない。主人公の「男」は蝶の収集家である。三人の女性(女性歯科医、その妹、死んだ弟の妻である歯科医)の人間像が印象深い不思議な戯曲だった。
目当ての「あの、愛の一群たち」は狂気が生み出す幻の人物と現実の人物の相克と溶融を描いている。郷土資料館という奇妙な場所を舞台にした戯曲で、一読では把握しにくい。舞台を観るのが楽しみだ。
「一九八一・嫉妬」も狂気と正常の狭間に展開する奇妙な家庭劇である。安部公房を彷彿させる部分もあり、清水邦夫がデビュー時に安部公房から高く評価されたことを想起した。その後の清水邦夫作品を安部公房がどう評価していたかは知らないが…。
デュマ『黒いチューリップ』は17世紀オランダが舞台 ― 2026年05月20日
唐十郎の芝居『黒いチューリップ』を観て、この芝居の素材の一つであるデュマの同名の小説が気がかりになり、ネット古書店で入手して読んだ。
『黒いチューリップ』(アレクサンドル・デュマ/宗左近訳/創元推理文庫)
入手したのはカバーのない50年以上前の文庫本で、ページは日焼けて黄ばみ、活字も小さい。高齢者に薄め印字の小活字はつらいが、ハラハラドキドキのエンタメ小説なので読み通せた。
アレクサンドル・デュマ、19世紀パリの王様の一人である。私がデュマの名を知ったのは小学生の頃だ。連続ラジオドラマで『デュマ原作、がんくつ王』というナレーションをくり返し聞き、とても面白い物語を書く人だと刷り込まれた。ジュニア向け『がんくつ王』や大人向け『巌窟王』で面白さを堪能したが、全訳『モンテクリスト伯』を読んだのは17年前の60歳頃だ。長い船旅を体験し、船の図書室にあった『モンテクリスト伯』(松下和則・松下彩子訳)を読んだ。『三銃士』の全訳を読んだのは60代半ばの9年前である。デュマの小説はこの二つしか読んでいない。『黒いチューリップ』は三作目だ。
『黒いチューリップ』は歴史恋愛小説である。読ませる工夫はあるが、やや単調な勧善懲悪譚で、面白さは『モンテクリスト伯』や『三銃士』に劣る。
主人公の青年コルネリウスは親が残した資産で暮らすチューリップ愛好家である。黒いチューリップの栽培に心血をそそいでいる。当時、黒いチューリップを咲かせた者には莫大な賞金が約束されていた。コルネリウスは黒いチューリップの栽培に成功するが………という物語である。
唐十郎の『黒いチューリップ』には「デュマは黒いチューリップの栽培法をあきらかにしていない」と語るシーンがあった。チューリップ栽培の蘊蓄はあるが黒い花を咲かせる秘訣は書いていない。ネット検索すると「漆黒のチューリップは存在しないが、光の加減で黒に見えるチューリップは存在する」とあった。現在、「ブラック・ヒーロー」「クィーン・オブ・ナイト」などの品種が黒いチューリップとされているそうだ。
私がこの小説を興味深く感じたのは、黒いチューリップに関わる事柄よりは歴史背景にある。物語は1672年のデ・ウィット兄弟殺害事件を背景に展開する――と言っても、この事件を私が知っていたわけではない。小説の冒頭に事件のシーンがあり、3年前に読んだ『物語オランダの歴史』を繙いて確認した。
私が『物語オランダの歴史』を読んだのは、法学者グロティウスについて知りたかったからであり、この本によって、投獄されたグロティウスが妻の機転で長櫃に隠れて脱獄するという痛快な逸話を知った。グロティウスの脱獄は1621年、デ・ウィット兄弟殺害の半世紀前である。
『黒いチューリップ』の主人公は陰謀によって政治犯として投獄されるが、その監獄が何とグロティウスと同じなのだ。デュマは次のように書いている。
「その部屋は、本をつめる箱に身を隠して、グロチュウスが脱出した部屋である。いまはだれでも知っているように、その妙案はグロチュウス夫人が考えついたものである」
この先の主人公の恋愛の展開を示唆する設定であり、デュマのサービス精神を感じる。読者の私はそのサービスを享受した。
『黒いチューリップ』(アレクサンドル・デュマ/宗左近訳/創元推理文庫)
入手したのはカバーのない50年以上前の文庫本で、ページは日焼けて黄ばみ、活字も小さい。高齢者に薄め印字の小活字はつらいが、ハラハラドキドキのエンタメ小説なので読み通せた。
アレクサンドル・デュマ、19世紀パリの王様の一人である。私がデュマの名を知ったのは小学生の頃だ。連続ラジオドラマで『デュマ原作、がんくつ王』というナレーションをくり返し聞き、とても面白い物語を書く人だと刷り込まれた。ジュニア向け『がんくつ王』や大人向け『巌窟王』で面白さを堪能したが、全訳『モンテクリスト伯』を読んだのは17年前の60歳頃だ。長い船旅を体験し、船の図書室にあった『モンテクリスト伯』(松下和則・松下彩子訳)を読んだ。『三銃士』の全訳を読んだのは60代半ばの9年前である。デュマの小説はこの二つしか読んでいない。『黒いチューリップ』は三作目だ。
『黒いチューリップ』は歴史恋愛小説である。読ませる工夫はあるが、やや単調な勧善懲悪譚で、面白さは『モンテクリスト伯』や『三銃士』に劣る。
主人公の青年コルネリウスは親が残した資産で暮らすチューリップ愛好家である。黒いチューリップの栽培に心血をそそいでいる。当時、黒いチューリップを咲かせた者には莫大な賞金が約束されていた。コルネリウスは黒いチューリップの栽培に成功するが………という物語である。
唐十郎の『黒いチューリップ』には「デュマは黒いチューリップの栽培法をあきらかにしていない」と語るシーンがあった。チューリップ栽培の蘊蓄はあるが黒い花を咲かせる秘訣は書いていない。ネット検索すると「漆黒のチューリップは存在しないが、光の加減で黒に見えるチューリップは存在する」とあった。現在、「ブラック・ヒーロー」「クィーン・オブ・ナイト」などの品種が黒いチューリップとされているそうだ。
私がこの小説を興味深く感じたのは、黒いチューリップに関わる事柄よりは歴史背景にある。物語は1672年のデ・ウィット兄弟殺害事件を背景に展開する――と言っても、この事件を私が知っていたわけではない。小説の冒頭に事件のシーンがあり、3年前に読んだ『物語オランダの歴史』を繙いて確認した。
私が『物語オランダの歴史』を読んだのは、法学者グロティウスについて知りたかったからであり、この本によって、投獄されたグロティウスが妻の機転で長櫃に隠れて脱獄するという痛快な逸話を知った。グロティウスの脱獄は1621年、デ・ウィット兄弟殺害の半世紀前である。
『黒いチューリップ』の主人公は陰謀によって政治犯として投獄されるが、その監獄が何とグロティウスと同じなのだ。デュマは次のように書いている。
「その部屋は、本をつめる箱に身を隠して、グロチュウスが脱出した部屋である。いまはだれでも知っているように、その妙案はグロチュウス夫人が考えついたものである」
この先の主人公の恋愛の展開を示唆する設定であり、デュマのサービス精神を感じる。読者の私はそのサービスを享受した。








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