カザフ&キルギス旅行記(2) --- イシク・クル湖2026年07月17日

 今回のカザフ&キルギス旅行は、玄奘の行った道を辿るという意味では、昨年の西域旅行の続編でもあった。昨年の旅行では玄奘が通った亀茲を経て、スバシ故城(世界遺産。玄奘の足跡を示す標識がある)を訪れた。

 玄奘は亀茲から西進した後に天山山脈を南から北へ越えてイシク・クル湖へ至る。昨年の旅行では亀茲あたりから天山山脈が見えるかと期待していた。だが、ガイドから「このツアーでは天山山脈は見えません」と言われた。

 今回のツアーではイシク・クル湖が目玉のひとつだった。琵琶湖の9倍の広さの透明度の高い湖である。「大唐西域記」では大清池と表記している。そのイシク・クル湖からは天山山脈をはっきりと望むことができた。感動した。巨大な氷雪の山脈である。

 テンシャンという響きには独特の魅力を感じる。高校時代に友人から示された吉増剛三の詩(天山山脈をを超越的に謳っていた)の記憶のせいでもある。その詩は手元になく、強烈な印象だけが残っている。

 玄奘は、イシク・クル湖畔のカラクルからアク・ベシム(砕葉、スイアブ)、タラス、シムケントを経てタシケントに至るコースで旅している。これは今回のツアーのコースに重なっている(ツアーの最後はウズベキスタンに入国してタシケントの空港から帰国)。

 先月読んだ『シルクロード 歴史地図の歩き方』には、イシク・クル湖の水位は上昇し続けていて、玄奘が辿った湖畔の道はすでに湖に沈んでいると書いていた。ガイドの話では、現在のイシク・クル湖は流れ込む水量と蒸発する水量がバランスしていて水位は変わらないそうだ。玄奘が湖畔の北側を通ったか南側を通ったかも不明なので、玄奘の足跡を正確に辿るのは不可能だ。

 今も昔もさほど変わっていないであろう山や湖などを眺めながら、このあたりを玄奘は旅したのだろうと想像するしかない。

 イシク・クル湖は夏に観光客が来る保養地になっているとは聞いていた。と言っても僻地の高山の湖だからさほどの観光地ではないだろうと思った。それは見くびりだった。宿泊したチョルポン・アタという湖畔の町はソ連時代から要人が保養に来ていた場所で、いまは一大観光地である。ビーチには音楽が流れ、周辺には瀟洒なコテージやホテルが林立している。近くに空港もある。

 約1400年前に玄奘が辿った頃には、きっと何もない場所だったのだと思う。リゾート客がひしめく湖畔で玄奘の旅に思いを馳せるのはなかなかにシュールな体験で、これもまた面白いと思った。

カザフ&キルギス旅行記(1) (2) (3) (4)

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
ウサギとカメ、勝ったのどっち?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://dark.asablo.jp/blog/2026/07/17/9866136/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。