『大唐西域記』全3冊に目を通した ― 2025年07月25日
今月初め、マルコ・ポーロの『東方見聞録』を再読しているとき、未読棚の『大唐西域記』が気になった。『東方見聞録』再読の前に「西方見聞録」とも言える『大唐西域記』に取り組むべきでは、と後ろめたくなったのである。
数年前に入手したワイド版東洋文庫の『大唐西域記』は全3冊。パラパラめくると、漢字と注釈が多い。読みにくそうなので敬遠していたが、猛暑のなかのヤケッパチ気分で全3冊に挑戦した。
『大唐西域記 1,2,3』(玄奘/訳注:水谷真成/ワイド版東洋文庫/平凡社)
何とか読み終えたが、目を通しただけという気分である。どんな事を書いてあるかを把握しただけで、咀嚼したとは言えない。
後に三蔵法師と呼ばれる玄奘が旅立ったのが629年。インドから大量の経典を持って長安に帰還したのが645年。17年にわたる大旅行だ。その記録が『大唐西域記』である。地誌の書だと聞いていたものの、旅行記を期待して読み始めた。
本書は各地の地理・文化・宗教などに関する報告であり、各地に伝わる伝説・故事・仏教説話などの紹介である。玄奘の感興を語る肉声はない。単調で坦々としている。扱う地理的エリアの広大さには、あらためて驚いた。
西域と言えばシルクロードである。中国から中央アジア、アフガニスタン、パキスタンを経てインドへに至る往復の旅の記録がメインの書だと思っていた。だが、本書の大半はインドの話である。玄奘は北インドからガンジス河流域を経て東海岸沿いに南下し、西方に転じて北上しインダス河流域の諸国を巡っている。インドの中だけでも大旅行なのだ。
本書は、巻1から巻12までの全12巻で138カ国の情報を記述している。そのなかには僧伽羅国(セイロン)や波刺斯国(ペルシア)など、訪問していない国の伝聞もある。国によって数行から数ページまで扱いはさまざまだ。特別扱いなのは摩掲国(マガダ国)で、巻8と巻9の2巻をこの1国にあてている。仏陀に関する史跡や故事が多いからである。
本書全体に頻出するのは「無憂王(アショーカ王)が建てた窣墸波(ストゥーパ、仏塔)」という語句である。彼の建てたストゥーパが広範な地域に多数存在するとわかる。2年前に読んだ『古代インドの文明と社会(世界の歴史3)』には、次の記述があった。
「玄奘は『大唐西域記』で、インド亜大陸内に存在する130以上のアショーカ王建立の塔について記している。ただし、これらすべてがアショーカの塔であったとは考えられない。アショーカの塔ということになれば、ブッダの真の遺骨を納めた塔を意味するため、それぞれの地でこの王を建立者とする伝説が創られたのであろう。」
玄奘が訪れた国には寺院などが荒廃した国も多いが、各地の仏教状況(僧徒の数、大乗か小乗かなど)を律儀に記録している。玄奘が紹介する仏教説話には意味不明の変な話も多い。仏教について多少の知識があれば本書を面白く読めるかもしれないが、仏教方面に無知な私は素通りするしかない。
本書巻末には中野美代子氏の解説がある。これを読んで、シルクロード往来に関する部分が素っ気ない理由がわかった。
『大唐西域記』は旅行の記録ではなく、旅行経験にもとづいた地誌を太宗に奉呈したものである。西突厥征討を考えていた太宗が欲しかったのは唐に隣接する中央アジアの情報である。原本には詳述されていたと思われる国境付近の情報は、軍事戦略上の理由で太宗が公開させなかった可能性が高い。そのため、国境付近の記述が極端に簡潔であいまいになったらしい。ナルホドと思った。
また、中野氏の解説によって、水谷真成訳注本である本書の意義を認識した。膨大な注がある本書が世に出たのは1971年で、それまで『大唐西域記』は一部の専門家だけが読む書だった。それは中国においても同様で、中国現代語訳の『大唐西域記』が出たのは1980年代になってからである。その訳本には、日本語訳である水谷真成訳注本が大いに参考になったと明記されているそうだ。
本書の膨大の注はかなり専門的であり、門外漢の私はナナメに読み飛ばしただけである。その研究者向けとも思える注のなかに「岩波写真文庫」の参照を促す箇所がいくつかあり、ちょっと驚いた。
「岩波写真文庫」は、私が小学生か中学生のときに学校の図書館で見た記憶がある。子供向けのモノクロ写真小冊子のように思っていたが、そうでもなかったようだ。ネット古書店を検索し、本書の注が取り上げていた『仏陀の生涯』を安価で入手した。表紙を含めて68ページの写真集で、発行は1956年3月、定価100円だ。「編集:岩波書店編集部、監修:町田甲一、写真:岩波映画製作所」とある。本文はかなり専門的だ。子供向けの冊子ではない。これを先に読んでおけば『大唐西域記』の理解が多少は深まっただろうと思った。
数年前に入手したワイド版東洋文庫の『大唐西域記』は全3冊。パラパラめくると、漢字と注釈が多い。読みにくそうなので敬遠していたが、猛暑のなかのヤケッパチ気分で全3冊に挑戦した。
『大唐西域記 1,2,3』(玄奘/訳注:水谷真成/ワイド版東洋文庫/平凡社)
何とか読み終えたが、目を通しただけという気分である。どんな事を書いてあるかを把握しただけで、咀嚼したとは言えない。
後に三蔵法師と呼ばれる玄奘が旅立ったのが629年。インドから大量の経典を持って長安に帰還したのが645年。17年にわたる大旅行だ。その記録が『大唐西域記』である。地誌の書だと聞いていたものの、旅行記を期待して読み始めた。
本書は各地の地理・文化・宗教などに関する報告であり、各地に伝わる伝説・故事・仏教説話などの紹介である。玄奘の感興を語る肉声はない。単調で坦々としている。扱う地理的エリアの広大さには、あらためて驚いた。
西域と言えばシルクロードである。中国から中央アジア、アフガニスタン、パキスタンを経てインドへに至る往復の旅の記録がメインの書だと思っていた。だが、本書の大半はインドの話である。玄奘は北インドからガンジス河流域を経て東海岸沿いに南下し、西方に転じて北上しインダス河流域の諸国を巡っている。インドの中だけでも大旅行なのだ。
本書は、巻1から巻12までの全12巻で138カ国の情報を記述している。そのなかには僧伽羅国(セイロン)や波刺斯国(ペルシア)など、訪問していない国の伝聞もある。国によって数行から数ページまで扱いはさまざまだ。特別扱いなのは摩掲国(マガダ国)で、巻8と巻9の2巻をこの1国にあてている。仏陀に関する史跡や故事が多いからである。
本書全体に頻出するのは「無憂王(アショーカ王)が建てた窣墸波(ストゥーパ、仏塔)」という語句である。彼の建てたストゥーパが広範な地域に多数存在するとわかる。2年前に読んだ『古代インドの文明と社会(世界の歴史3)』には、次の記述があった。
「玄奘は『大唐西域記』で、インド亜大陸内に存在する130以上のアショーカ王建立の塔について記している。ただし、これらすべてがアショーカの塔であったとは考えられない。アショーカの塔ということになれば、ブッダの真の遺骨を納めた塔を意味するため、それぞれの地でこの王を建立者とする伝説が創られたのであろう。」
玄奘が訪れた国には寺院などが荒廃した国も多いが、各地の仏教状況(僧徒の数、大乗か小乗かなど)を律儀に記録している。玄奘が紹介する仏教説話には意味不明の変な話も多い。仏教について多少の知識があれば本書を面白く読めるかもしれないが、仏教方面に無知な私は素通りするしかない。
本書巻末には中野美代子氏の解説がある。これを読んで、シルクロード往来に関する部分が素っ気ない理由がわかった。
『大唐西域記』は旅行の記録ではなく、旅行経験にもとづいた地誌を太宗に奉呈したものである。西突厥征討を考えていた太宗が欲しかったのは唐に隣接する中央アジアの情報である。原本には詳述されていたと思われる国境付近の情報は、軍事戦略上の理由で太宗が公開させなかった可能性が高い。そのため、国境付近の記述が極端に簡潔であいまいになったらしい。ナルホドと思った。
また、中野氏の解説によって、水谷真成訳注本である本書の意義を認識した。膨大な注がある本書が世に出たのは1971年で、それまで『大唐西域記』は一部の専門家だけが読む書だった。それは中国においても同様で、中国現代語訳の『大唐西域記』が出たのは1980年代になってからである。その訳本には、日本語訳である水谷真成訳注本が大いに参考になったと明記されているそうだ。
本書の膨大の注はかなり専門的であり、門外漢の私はナナメに読み飛ばしただけである。その研究者向けとも思える注のなかに「岩波写真文庫」の参照を促す箇所がいくつかあり、ちょっと驚いた。
「岩波写真文庫」は、私が小学生か中学生のときに学校の図書館で見た記憶がある。子供向けのモノクロ写真小冊子のように思っていたが、そうでもなかったようだ。ネット古書店を検索し、本書の注が取り上げていた『仏陀の生涯』を安価で入手した。表紙を含めて68ページの写真集で、発行は1956年3月、定価100円だ。「編集:岩波書店編集部、監修:町田甲一、写真:岩波映画製作所」とある。本文はかなり専門的だ。子供向けの冊子ではない。これを先に読んでおけば『大唐西域記』の理解が多少は深まっただろうと思った。
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