トルコ人の西進を確認するため『シルクロード世界史』再読 ― 2025年07月06日
◎十字軍が契機でトルコ人西進に関心
5年前に読んだ次の本を再読した。
『シルクロード世界史』(森安孝夫/講談社選書メチエ)
本書を再読しようと思ったのは、トルコ人の移動を再確認したくなったからだ。先々月『アラブが見た十字軍』に続いて『図説十字軍』、『十字軍』などを読んで十字軍がプチ・マイブームになり、十字軍に応対したセルジューク朝への関心がわいた。
セルジューク朝の始祖セルジュークについては不明な点が多いそうだ。オグズ(トルクマン)と呼ばれた中央アジアのトルコ系遊牧民の一部族がセルジューク族である。アラル海北方の草原で遊牧生活をしていて、10世紀末にイスラムに改宗、南下してセルジュークの孫トゥグリル=ベクが二シャープルでセルジューク朝を創始(1038年)、バグダッドに入場(1055年)してカリフを後見するスルタンとなった。
セルジューク族の原郷がアラル海北方の草原だとしても、トルコ人はもっと東のモンゴルの方から西進してきたはずだ。いつ頃、どんな経緯で中央アジアに来たのだろうか。以前に読んだ『シルクロード世界史』がトルコ人の西進を解説していた気がして、引っ張り出してパラパラめくった。「第2章 騎馬遊牧民の機動力」に「ユーラシアの民族大移動」という項目があった。
この項目に目を通し、せっかくの機会なので頭から全部再読した。5年前に読んだ本の大半を忘れている。歴史書は1回読んだだけではすぐに蒸発するから、くり返し読むのが望ましいと思う。思うだけで、実際に再読することはほとんどない。
本書を再読し、森安氏の歴史概説書の魅力は、概説に自身の専門的な研究紹介を混合させている点にあると再確認した。前著『シルクロードと唐帝国』と同じだ。
◎ユーラシア史の四大民族移動
本書が注目するユーラシア史の民族移動は次の四つである。
(1)印欧語族の大移動(紀元前2500年頃まで)
(2)五胡の大移動(3~5世紀)
(3)ゲルマン民族大移動(4~6世紀)
(4)トルコ民族大移動(2世紀頃~15世紀頃)
民族移動に着目すると世界史をダイナミックに俯瞰できて興味深い。「(1)印欧語族の大移動」はまさに世界史的大事件だと思うが、かなり遠い昔の話だ。「(2)五胡の大移動」「(3)ゲルマン民族大移動」は、ほぼ同じ時期に東西で呼応したかのように似た形の大移動が発生しているのが興味深い。
(2)(3)に比べて「(4)トルコ民族大移動」はかなり長期にわたる移動で、移動距離も長い。時期を「2世紀頃~15世紀頃」としたのは、本書の記述から私が判断したものである。長い時間をかけてジワジワと東から西へ移動しているので、その移動を具体的に辿るのは容易でない。
◎トルコ人の原郷と現在
トルコ族(トルコ語族)とは漢代に丁零(ていれい)と呼ばれた人々である。彼らが住んでいたモンゴル高原北辺部~シベリア南部~アルタイ山脈北麓がトルコ族の原郷である。紀元前3世紀頃から活躍していた匈奴の民族系統は不明で、トルコ族の可能性もあるらしい。匈奴がトルコ族だとすればモンゴル高原全体がトルコ族の原郷になる。
そのトルコ族が現在はどこにいるか。トルコ系の言語を公用語とする国・地域を西から列挙すれば、トルコ共和国、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギス、中国の新疆ウイグル自治区である。
トルコ族は長い年月をかけて、ユーラシア大陸の東から西の端にまで移動・拡散して行ったのである。
◎モンゴロイドからコーカソイド
原郷のトルコ族はモンゴロイドだったらしいが、現在のトルコ人はコーカソイドである。西進の過程で混血が繰り返されたからである。モンゴロイドやコーカソイドという人種区別は明瞭ではない。遺伝子からみた人種間の違いは極めて連続的だそうだ。人種間にはさまざまな中間段階が存在する。それにしても、一つの語族が移動と拡散の過程で別の人種に変わっていくのが興味深い。人間集団の可塑性の高さを再認識した。
◎トルコ族の国々
6世紀中頃までにはモンゴル高原の大部分はトルコ族の天下になった。同じ頃、シベリア南部~カザフスタン~カスピ海北岸の草原地帯にも鉄勒(トルコ系)に属する20ばかりの集団(オグル、オノグル、ブルガール、ペチェネーグ、シビル、トゥヴァとみなせる)が散在していた。セルジューク朝の始祖もこの集団の一部だと思われる。この集団の移動について、著者は次のように述べている。
「彼らはおそらく、紀元後の2世紀に匈奴が西方移動を開始し、4世紀にフン族として黒海北岸に姿を現すまでの間に雪ダルマ式に取り込まれて、トルコ族の原郷から連行される形で西方に移動したものであろう。」
本書はさまざまなトルコ族の国や集団に言及している。主要なものを年代順に列挙すれば以下の通りだ。
高車(4C~6C)
突厥第一帝国(552~630年)
突厥第二帝国(682~744年)
東ウイグル王国(744~840年)
甘州ウイグル王国(9C~1028年)
西ウイグル王国(866~13C末)
カラハン朝(840~1133年)
セルジューク朝(1038~1157年)
オスマン帝国(1299~1922年)
これらの国々を地図上の布置すれば西進のさまがよくわかる。現在のトルコ共和国は突厥第一帝国建国の552年を最初の建国としているそうだ。
◎ソグド系ウイグル商人
著者は古ウイグルの専門家で、本書もウイグルに関する記述が多い。トルファンのベゼクリク千仏洞の壁画に関する記述が興味深い。
著者は、西ウイグル王国時代の壁画に描かれたウイグル商人の容貌がコーカソイドなのに最初は戸惑ったそうだ。ウイグル人は元来モンゴロイドである。南宋時代の漢文資料に仏教徒ウイグル商人を「髪は巻いており、目は深く、眉はきれいで濃い。まつ毛のあたりから下に頬髭が多い」と表現しているのを見つけ、当時のウイグル商人がすでにコーカソイドの容貌になっていたと確認できた。
著者は、そんなウイグル商人をソグド商人の後裔の「ソグド系ウイグル商人」としている。印欧語族のソグド人はイラン系だが、10世紀頃には祖先のソグド語を忘れてウイグル語(トルコ語)をしゃべっていたようだ。
5年前に読んだ次の本を再読した。
『シルクロード世界史』(森安孝夫/講談社選書メチエ)
本書を再読しようと思ったのは、トルコ人の移動を再確認したくなったからだ。先々月『アラブが見た十字軍』に続いて『図説十字軍』、『十字軍』などを読んで十字軍がプチ・マイブームになり、十字軍に応対したセルジューク朝への関心がわいた。
セルジューク朝の始祖セルジュークについては不明な点が多いそうだ。オグズ(トルクマン)と呼ばれた中央アジアのトルコ系遊牧民の一部族がセルジューク族である。アラル海北方の草原で遊牧生活をしていて、10世紀末にイスラムに改宗、南下してセルジュークの孫トゥグリル=ベクが二シャープルでセルジューク朝を創始(1038年)、バグダッドに入場(1055年)してカリフを後見するスルタンとなった。
セルジューク族の原郷がアラル海北方の草原だとしても、トルコ人はもっと東のモンゴルの方から西進してきたはずだ。いつ頃、どんな経緯で中央アジアに来たのだろうか。以前に読んだ『シルクロード世界史』がトルコ人の西進を解説していた気がして、引っ張り出してパラパラめくった。「第2章 騎馬遊牧民の機動力」に「ユーラシアの民族大移動」という項目があった。
この項目に目を通し、せっかくの機会なので頭から全部再読した。5年前に読んだ本の大半を忘れている。歴史書は1回読んだだけではすぐに蒸発するから、くり返し読むのが望ましいと思う。思うだけで、実際に再読することはほとんどない。
本書を再読し、森安氏の歴史概説書の魅力は、概説に自身の専門的な研究紹介を混合させている点にあると再確認した。前著『シルクロードと唐帝国』と同じだ。
◎ユーラシア史の四大民族移動
本書が注目するユーラシア史の民族移動は次の四つである。
(1)印欧語族の大移動(紀元前2500年頃まで)
(2)五胡の大移動(3~5世紀)
(3)ゲルマン民族大移動(4~6世紀)
(4)トルコ民族大移動(2世紀頃~15世紀頃)
民族移動に着目すると世界史をダイナミックに俯瞰できて興味深い。「(1)印欧語族の大移動」はまさに世界史的大事件だと思うが、かなり遠い昔の話だ。「(2)五胡の大移動」「(3)ゲルマン民族大移動」は、ほぼ同じ時期に東西で呼応したかのように似た形の大移動が発生しているのが興味深い。
(2)(3)に比べて「(4)トルコ民族大移動」はかなり長期にわたる移動で、移動距離も長い。時期を「2世紀頃~15世紀頃」としたのは、本書の記述から私が判断したものである。長い時間をかけてジワジワと東から西へ移動しているので、その移動を具体的に辿るのは容易でない。
◎トルコ人の原郷と現在
トルコ族(トルコ語族)とは漢代に丁零(ていれい)と呼ばれた人々である。彼らが住んでいたモンゴル高原北辺部~シベリア南部~アルタイ山脈北麓がトルコ族の原郷である。紀元前3世紀頃から活躍していた匈奴の民族系統は不明で、トルコ族の可能性もあるらしい。匈奴がトルコ族だとすればモンゴル高原全体がトルコ族の原郷になる。
そのトルコ族が現在はどこにいるか。トルコ系の言語を公用語とする国・地域を西から列挙すれば、トルコ共和国、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギス、中国の新疆ウイグル自治区である。
トルコ族は長い年月をかけて、ユーラシア大陸の東から西の端にまで移動・拡散して行ったのである。
◎モンゴロイドからコーカソイド
原郷のトルコ族はモンゴロイドだったらしいが、現在のトルコ人はコーカソイドである。西進の過程で混血が繰り返されたからである。モンゴロイドやコーカソイドという人種区別は明瞭ではない。遺伝子からみた人種間の違いは極めて連続的だそうだ。人種間にはさまざまな中間段階が存在する。それにしても、一つの語族が移動と拡散の過程で別の人種に変わっていくのが興味深い。人間集団の可塑性の高さを再認識した。
◎トルコ族の国々
6世紀中頃までにはモンゴル高原の大部分はトルコ族の天下になった。同じ頃、シベリア南部~カザフスタン~カスピ海北岸の草原地帯にも鉄勒(トルコ系)に属する20ばかりの集団(オグル、オノグル、ブルガール、ペチェネーグ、シビル、トゥヴァとみなせる)が散在していた。セルジューク朝の始祖もこの集団の一部だと思われる。この集団の移動について、著者は次のように述べている。
「彼らはおそらく、紀元後の2世紀に匈奴が西方移動を開始し、4世紀にフン族として黒海北岸に姿を現すまでの間に雪ダルマ式に取り込まれて、トルコ族の原郷から連行される形で西方に移動したものであろう。」
本書はさまざまなトルコ族の国や集団に言及している。主要なものを年代順に列挙すれば以下の通りだ。
高車(4C~6C)
突厥第一帝国(552~630年)
突厥第二帝国(682~744年)
東ウイグル王国(744~840年)
甘州ウイグル王国(9C~1028年)
西ウイグル王国(866~13C末)
カラハン朝(840~1133年)
セルジューク朝(1038~1157年)
オスマン帝国(1299~1922年)
これらの国々を地図上の布置すれば西進のさまがよくわかる。現在のトルコ共和国は突厥第一帝国建国の552年を最初の建国としているそうだ。
◎ソグド系ウイグル商人
著者は古ウイグルの専門家で、本書もウイグルに関する記述が多い。トルファンのベゼクリク千仏洞の壁画に関する記述が興味深い。
著者は、西ウイグル王国時代の壁画に描かれたウイグル商人の容貌がコーカソイドなのに最初は戸惑ったそうだ。ウイグル人は元来モンゴロイドである。南宋時代の漢文資料に仏教徒ウイグル商人を「髪は巻いており、目は深く、眉はきれいで濃い。まつ毛のあたりから下に頬髭が多い」と表現しているのを見つけ、当時のウイグル商人がすでにコーカソイドの容貌になっていたと確認できた。
著者は、そんなウイグル商人をソグド商人の後裔の「ソグド系ウイグル商人」としている。印欧語族のソグド人はイラン系だが、10世紀頃には祖先のソグド語を忘れてウイグル語(トルコ語)をしゃべっていたようだ。

最近のコメント