忸怩たる思いにさせられる『世代の痛み』2017年11月12日

『世代の痛み:団塊ジュニアから団塊への質問状』(上野千鶴子・雨宮処凛/中公新書ラクレ)
 『世代の痛み:団塊ジュニアから団塊への質問状』(上野千鶴子・雨宮処凛/中公新書ラクレ)

 1948年生まれの団塊世代・上野千鶴子と1975年生まれの団塊ジュニア・雨宮処凛の対談本である。私は上野千鶴子と同い年、わが長女は雨宮処凛より一つ上、同世代であるゆえに『世代の痛み』というタイトルがイタイ。

 団塊世代論はもうタクサンだと思いつつ、団塊ジュニアとの絡みとなると現代につながる数十年の総括かと考え、つい手が伸びた。

 上野千鶴子はコワイ人なの敬して遠ざかるようにしていたのに、この対談を読んでしまい、あらためて叱責糾弾されている心地悪さを味わった。本書は「団塊世代」と「フェミニズム」に関わる対談で、私たち団塊のオトコは「いい気なオヤジ」となじられている。

 上野千鶴子は「全共闘→連合赤軍」がその後40年にわたる呪縛の時代を招来したと見ている。確かにそうかもしれない。わが世代の責任であり、その子の団塊ジュニアはロスジェネ世代と呼ばれるようになった。忸怩たる思いにならざるを得ない。

 「学生運動はどんどん遠隔目標を作り、一番遠いシンボルに革命という妄想があった」「遠隔目標を作れば作るほど、勝てない闘争になっていく。やはり、目の前の小さな勝利が大切ですね」と語る上野千鶴子はおそらく正しいのだろう。遠隔目標のある大きな物語にも妖しい魅力的はあるのだが…

 雨宮処凛の次のような発言にも身につまされた。

 「後になってインテリの人たちが、おまえらはバカで貧乏だから騙されて小泉に投票したんだ、みたいなことを言ったりもした。そういう言い方はひどいですね。すごく差別的だと思いました。バカで貧乏なやつは投票にいくな、みたいな。そこでまたリベラルな人が嫌いになった人もいる。」

 なんでこんな時代になったのだろうと思うことの多い昨今だ。だが、こんな時代にしたのは、私たち自身だという当然のことを想起させられる対談本だった。

最近の小説も読んでみた2017年11月08日

『年刊日本SF傑作選:行き先は特異点』(大森望・日下三蔵編/創元SF文庫)、『あとは野となれ大和撫子』(宮内悠介/角川書店)
 このところ、バルザック、ゾラ、デュマなど19世紀フランスの小説を続けて読んだ。年を取り、未読の古典文学を読んでおかなければという駆け込み意識が出てきたせいかもしれない。

 古典を読むのはある種の自己満足であり、そんなものばかり読んでいると世捨て人になりかねないとも思う。まだ現世を超越する心境にはなれず、同時代の小説も読まねばとも思い、次の本を読んだ。

 『年刊日本SF傑作選:行き先は特異点』(大森望・日下三蔵編/創元SF文庫)

 2016年に発表された短編SFのイヤーズ・ベスト20編(内漫画3編)が収録されている。20人の作家の中で私が知っている(読んだことがある)のは5人(円城塔、眉村卓、北野勇作、谷甲州、上田早夕里)に過ぎない。このアンソロジーには作品ごとに簡単な作者紹介が掲載されていて年齢もわかる。日本SF第1世代の眉村卓以外はみんな私よりかなり若い作家だ。

 頭から順に全作品を読み、確かに新しい小説だと感じつつも、私の感覚が時代からズレつつあるとの認識を新たにした。私にとっては全般的には期待外れで、昔のSFの方が面白かったと感じてしまう。ここ何年かは、若い作家の話題作を読んでも共感できないことが多いのだ。

 とは言ってもいくつかの作品には感心した。『行き先は特異点』(藤井太洋)はグーグルやアマゾンなどの扱いに近未来を感じた。『太陽の側の島』(高山羽根子)は不気味な雰囲気が漂う不条理異世界小説だ。『悪夢はまだ終わらない』(山本弘)はうまいと思った。

 『スモーク・オン・ザ・ウォーター』(宮内悠介)はいかにもSFらしい楽しい小品で、作者紹介によればSF大賞や三島賞も受賞しているベテラン作家だ。たまたまカミサンがこの作家の次の長編を読んでいて、面白いというので読んでみた。

 『あとは野となれ大和撫子』(宮内悠介/角川書店)

 この小説は直近の直木賞候補作(受賞は逸した)だそうだ。読み始めると止まらなくなり、一気に読んでしまった。内容はぶっ飛んでいて展開が早い。ハリウッドのノンストップ・アクション映画のようだ。

 書きっぷりは軽いが舞台と題材は重い。中央アジアのアラルスタンという架空の国で日本人の両親をテロで失った女の子が大活躍する話である。周辺の国々の歴史や政治は現実の情況をふまえた設定になっていて、巻末には中央アジア関連の文献が列挙されている。

 〇〇スタンという国々の多い中央アジアは私の意識の中では地球上で最も遠い場所であり、それ故にロマンを感じる。『見知らぬ明日』(小松左京)、『天山を越えて』(胡桃沢耕史)などの小説がこのあたりを舞台にしていたが「とても遠い所」という強い印象だけが残っている。

 そんな地域の政治経済を題材にしているのだから、料理の仕方によっては重厚で緻密な大冒険小説にも成りえた小説だ。それを女子高生の学園祭のようなノリの小説に仕上げている所が何ともすごい。この軽さは何だろうと考えてしまう。

 面白いのは確かだが、これを新しいというべきかどうかは判断できない。

バルザックに引きずりこまれ『ウジェニー・グランデ』も読んだ2017年11月06日

『ウジェニー・グランデ』(水野亮訳/世界文学全集5/河出書房新社)
 バルザックの『幻滅』を2冊にまたがる「世界文学全集」(河出のグリーン版)で読了し、2冊目の後半に収録されていた『ウジェニー・グランデ』(水野亮訳)を未読のまま放置するのも気持ち悪いので、ついでにそれも読んでしまった。

 2段組みで約200ページだから長編小説と言うべきだろうが、短編小説のような読後感だ。バルザックの濃密な世界に引きずりこまれた状態の頭で読むからそんな気分になるのかもしれない。

 フランスの田舎町(ソーミュール)を舞台に、吝嗇で守銭奴の資産家(元は樽屋の親方)の父親とその娘(ウジェニー・グランデ)を中心にした19世紀前半の約10年間の物語である。比較的シンプルなストーリーで登場人物もさほ多くはなく、途中からおよその展開が見えてくる。それ故に読みやすいし面白い。

 『ウジェニー・グランデ』は恋愛小説の形式をとった経済小説でもある。大多数の登場人物たちが金銭欲にまい進する姿にはあきれてしまう。社会を動かすエネルギーをそこに見出したのはバルザックの慧眼なのだろう。身も蓋もない物語のエネルギーを感じる。

バルザックの『幻滅』で小説世界を堪能2017年11月03日

『幻滅 ⅠⅡ』(バルザック/生島遼一訳/世界文学全集4、5/河出書房新社)
◎小さい活字の試練

 ついにバルザックの『幻滅』を読んだ。実家を処分するときに引き取った半世紀前の「世界文学全集」(河出書房新のグリーン版)に収録されているこの小説が気にはなっていた。2冊本の長編なので手を出しかねていたが、『谷間の百合』を読了してさらにバルザックを読んでみたいと思ったのだ。

 『幻滅 Ⅰ』(バルザック/生島遼一訳/世界文学全集4/河出書房新社)
 『幻滅 Ⅱ』(バルザック/生島遼一訳/世界文学全集5/河出書房新社)

 古い文学全集なので2段組で字が小さい上に印刷がかすれ気味のページもある。老眼が進行しつつあるわが眼球が若い頃に読んだこの文学全集の活字にまだ耐えられるかどうか試してみようとも思った。そして無事読了できた。2冊本と思って読み始めたが、2冊目の後半には別の小説(『ウジェニー・グランデ』)が収録されていて、実際は1冊半だった。とは言っても濃密な大長編である。

 私はこの長編を堪能できた。今までに読んだバルザックの小説(『ゴリオ爺さん』『従妹ベット』『谷間の百合』)の中では一番面白かった。

◎多くの人物、多様な呼称

 バルザックも4冊目なので、その「人間喜劇」の世界には少し慣れてきたが、登場人物の多さにはうんざりさせられる。

 このテの小説は登場人物が多いと覚悟はしていて、人物名とその属性をメモしながら読み進めた。そのメモ用紙がすぐにゴチャゴチャになるので、途中でパソコン入力してプリントしたものにさらに手書きで書き足すということを何回かくり返した。普通の小説は半分も進行すれば新たな人物はあまり登場しないが、この小説は後半になってもどんどん新たな人物が出てくる。

 登場人物が多いのも大変だが、一人の人物が場面によって異なる呼称で出てくるので混乱する。例えば主人公には「リュシアン・シャルドン」「リュシアン」「シャルドン」「リュシアン・ド・リュバンプレ」「リュバンプレ」などの呼称があり、場面によって使いわけられている。混乱せずに読み進めるには人物メモが必須だ。

 読了後、メモした人数を数えてみると92人だった。全登場人物をメモしたわけではない。バルザックの「人間喜劇」は複数の小説に同じ人物が登場する仕掛けになっていて、巻末の訳者解説によれば『幻滅』の再登場人物は116人だそうだ。驚くべき人数だ。私がメモした登場人物より多い。私自身が確認できた再登場人物は3人に過ぎない(以前に3作しか読んでいないから当然だが)。

◎登場人物に辛辣な作者

 この小説は野心を抱いた青年の挫折の物語である。『幻滅』というタイトルから推測できるように、ハッピーエンドの話ではなく、勧善懲悪の逆に近い物語である。と言っても、悲惨な目にあう主人公は決して善人ではない。いわゆるバルザック的人物である。

 バルザックは主人公に対しても辛辣だ。登場人物のその後の運命をあらかじめ予告するような表現も多い。物語の興をそぐことになりかねないそんな書き方を押し通していくところに、バルザックのブルドーザーのような迫力がある。この過剰なエネルギーにはかなわない。

◎ウンチクも面白い

 『幻滅』は19世紀フランスの出版業界や新聞業界の裏表を描いた小説であり、その部分だけでも十分に面白い。次のような表現は、メディアの普遍的な課題を指摘している。

 「ジャーナリズムはまだ子供さ。やがて大きくなるよ。十年もたてば、万事が広告に屈服するようになるだろう」

 「新聞はもはや世論の啓蒙のためにではなく、世論にこびるためにつくられているんだ」

 そんな予見的指摘に加えて、19世紀社会の実相を表していると思えるさまざまなウンチクが散りばめらているのもこの小説の魅力だ。たとえば印刷、製紙、手形、訴訟、ファッションなどについて多くの言葉が費やされている。

◎没頭すれば堪能できる

 バルザックの『幻滅』は読者を19世紀フランスの濃密な世界に引きずり込む。この小説を堪能するには、この世界に没入した時間を過ごす必要がある。だからこま切れ読みは難しい。現実世界と小説世界を行き来するにはかなりのエネルギーが必要なので、それを繰り返すのは疲れる。こういう長編を楽しむには、ある程度のまとまった時間の確保が望ましい。

 今回、多少の「こま切れ読み」を余儀なくされ、そんなことを思った。

最初はキツくて最後が鮮やか --- バルザックの『谷間の百合』2017年10月26日

『谷間の百合』(バルザック/石井晴一訳/新潮文庫)
 タイトルのみは昔から知っているバルザックの『谷間の百合』(石井晴一訳/新潮文庫)を読んだ。

 バルザックは、数年前に読んだ『ゴリオ爺さん』『従妹ベット』に続いて3つめだ。「人間喜劇」の世界にもう少し接してみたいと思ったのだ。

 読み始めてしばらくは苦痛だった。段落の少ない書簡体の小説で、一人称の過剰な表現の感情吐露と風景描写が延々と続く。この書簡がナタリーという伯爵夫人宛てなのは冒頭の記述でわかるが、筆者のフェリックスとこの夫人の関係が一向にわからない。

 途中で投げ出そうかなと思いつつ読み進め、全540ページの100ページを過ぎたあたりからやっと面白くなってきた。

 ほぼ全編が一つの書簡という体裁の恋愛小説で、そこにはかなり長い年月におよぶあれこれが書き込まれている。毎度のことながら、バルザックの世界とわれわれの世界の恋愛のモラルの違いにはあきれてしまう。過剰な感情にもついていけない。ほとばしる言葉のエネルギーにうんざりさせられもする。にもかかわらず、読者を引き込む魅力はある。

 また、当時の経済のディティールが書き込まれているのも興味深い。領地経営に苦闘する田舎貴族の姿や貴族とブルジョアとの交流に19世紀フランス社会の実相を垣間見た気がする。フランス人のイギリス観やカソリックのプロテスタント観も露呈されていて面白い。物語の背後の「社会」を感得できるのが「人間喜劇」の魅力のひとつだ。

 『谷間の百合』には自己批評的とも言える鮮やかで面白い結末が用意されていて、大いに感心した。いつの日か再読してもいいなと思った。

『筒井康隆入門』(佐々木敦)を読んで走馬燈がよぎる2017年10月22日

『筒井康隆入門』(佐々木敦/星海社新書)
 『筒井康隆入門』(佐々木敦/星海社新書)を半日で一気読みし、頭がクラクラしてきた。わが人生の最近50年(高校生時代から68歳まで)を半日の時間旅行で駆け抜けた気分になり、走馬燈がチラチラしている。

 著者は「はじめに」で次のように書いている。

 「本書は、筒井康隆の作品を、デビュー作から最新作に至るまで、小説を中心として、ほぼ発表順に読んでいくことで、この稀代の大作家の肖像を、出来るだけ総体的に描き出すことを目的としています」

 著者の佐々木敦氏は3年前に『あなたは今この文章を読んでいる:パラフィクションの誕生』を上梓した批評家で、私はこの本にかなりの刺激を受けた。筒井康隆氏が同書に共鳴して「メタパラの七・五人」という短編を書いたことも承知している。

 『筒井康隆入門』のオビには筒井康隆氏自身の推薦文もあり、筒井康隆ファンとしては読まないわけにはいかない。佐々木敦氏はこの新書を執筆するにあたって筒井康隆氏の全作品を読み返したそうだ。何とも羨ましい難行苦行だ。

 私は高校1年だった1964年以来の筒井康隆ファンであり、最初の短編集『東海道戦争』刊行(1965年10月)の前から、雑誌(『SFマガジン』『別冊宝石』)に載った筒井作品に惹かれていた。それから半世紀余り、ほぼすべての筒井作品を読んでいると思う。だから、本書を読んでいると、個々の筒井作品を読んだ時点のあれこれがよみがえってきてしまうのだ。

 佐々木敦氏は、私が初めて筒井作品に接した1964年生まれで、私より16歳若い。つまらない自慢ではあるが、読み始めたのは著者より早い。本書の「はじめに」でチラリと触れているように、デビュー時からのファンは当然ながらいまや「高齢者」なのである。そんな高齢者の目で見て、本書に些細な間違いも発見した。それは文末の蛇足に書く。

 閑話休題。一冊の新書本で筒井康隆氏が半世紀にわたって持続的に生み出してきた膨大な作品群を概観すると、あらためてこの作家の凄さがわかる。20代の初期作品から80代の最新作品に至るまで、その面白さは変わらないのに作風は千変万化、自己模倣に陥ることなく読者を驚かし続けている。

 本書を読むと、これまでに漠然としか把握できていなかった筒井ワールドの全貌が整理された形で見えてくる。その世界に「愛妻もの」というジャンルがあることも本書ではじめて認識し、言われてみればその通りだと得心した。

 本書の圧巻は2008年以降を対象にした最終章「GODの時代」である。次の指摘が面白い。

 「彼は自分が「後期高齢者」であるという紛れもない事実を受け入れる/演じてみせることで、ある意味ではそれを利用して、今なお、これまでやったことのない小説のあり方を模索しているのだと筆者には思えるのです。ここには、決して挑戦することをやめない全身実験小説家、生涯前衛作家の姿があります。」

 そして著者が提唱するパラフィクション論をふまえて「メタパラの七・五人」や『モナドの領域』を解説する部分は迫力があって引き込まれる。筒井康隆氏自身が「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」とオビに記した『モナドの領域』の読み解きには感心した。

 私自身、膨大な筒井作品の中のどれが最高傑作か、にわかに判断することはできない。記憶鮮明な作品も多いが、よく憶えていない作品もある。『筒井康隆入門』を読みながら遠い記憶がよみがえることもあった。いつか、筒井作品をすべて読み返してみたいとも思った。老後の楽しみである……すでに老後ではあるのだが。

【蛇足】

・P40の『幻想の未来・アフリカの血』の収録作品は間違い。1968年8月発行の南北社版の『幻想の未来・アフリカの血』と1971年8月発行の角川文庫『幻想の未来』を混同しているようだ。

・P41の覆面座談会の件りで、槍玉に挙げられた作家に星新一も入っているが、この座談会で星新一は非難されていない(ほめられている)。

・P45に「晋金太郎」を単行本収録作品でないとしているが、1969年4月発行の『筒井順慶』(講談社)に収録されている。

・P165でBBSの内容を『電脳筒井線』という題名で1冊の本にまとめたとしているが『電脳筒井線』は全3冊。

 重箱のスミをつつく小言幸兵衛だと思う。

デュマの『三銃士』の完訳版は面白かったが…2017年10月21日

『三銃士(上)(下)』(デュマ/生島遼一訳/岩波文庫)
 デュマの『三銃士(上)(下)』(生島遼一訳/岩波文庫)を読んだ。完訳版である。

 先月、『レ・ミゼラブル』の完訳版を読んだのを機に小学生時代に読んだ『ああ無情』を読み返し、ついでに同じ『少年少女世界文学全集26』に収録されていた『三銃士』を読み返した。その『三銃士』が駆け足のあらすじ紹介のような内容で楽しめなかったので、やはり完訳版を読まねばという気分になったのだ。

 さすがデュマはストーリーテラーである。背景が把握できず辻褄が納得できない物語であっても、いろいろ書き込んであるので面白く読ませてしまう。雑で乱暴なところもあるが十分に楽しめた。

 読了後、この話のあらすじを1ページ程度にまとめることを想像してみた。わけのわからない話になりそうな気がする。ディティールの情景を捨象してしまうと面白さが消えてしまうのだ。あらすじを読むだけではヘンテコな話だとの印象しか残らない歌舞伎に似ている。そんな歌舞伎も舞台を観ると十分に楽しめるのだ。

 『三銃士』は19世紀の新聞連載小説で舞台は17世紀初頭、当時の時代小説である。主人公のダルタニャンは宮本武蔵とほぼ同じ時代の人だ。19世紀のフランスの人々は、大正・昭和の日本人が吉川英治の『鳴門秘帖』や『宮本武蔵』(二つとも私は未読)の新聞連載を読むのと似た気分で『三銃士』を読んだのかもしれない。

 デュマの19世紀の読者に向けた次のような述懐が面白い。

 「(…)こんなことをするのは悪趣味である。今日の我々の道義心から見れば。唾棄すべき行為でもあろう。だが、その当時は今日ほど、行いを慎まなかったのだ。」

 「ある時代の人間の行動を別の時代の尺度ではかるのは少々無理であろう。今日でなら体面を重んじる人に恥辱と考えられることでも、その当時には何でもない普通のことであったので、(…)」

 現代の私から見れば19世紀の人々の考えや行動にも理解しがたいところがある。そんな19世紀のフランス人でも違和感をいだく部分が『三銃士』にはあるのだ。だから、フランスの歴史にも詳しくない私が納得できない部分があって当然だろう。

 『三銃士』はフィクションだが主人公にはモデルがあり、ルイ13世、リシュリユー枢機官(宰相)、アンヌ王妃など実在の人物も登場する。この実在の3人(国王、宰相、王妃)の関係がわかりにくい。対立しながら協調もしていて、歴史を知らない身には把握しにくい。だが、そこに歴史背景のリアルがあるのだと思う。その認識は『三銃士』を読んだ収穫のひとつだった。

 なお、私は『三銃士』の「全訳版」を読んだつもりだったが、そうではなかった。デュマはこの物語の続編を書いていて、『三銃士』は全3部からなる長大な『ダルタニャン物語』の第1部にすぎないそうだ。第1部の「完訳版」を読了したいま、続編を読む気力はない。デュマを読むなら『モンテクリスト伯』を再読したい。

ゾラの『制作』(岩波文庫)の表紙絵に違和感があったが…2017年10月15日

『制作(上)(下)』(エミール・ゾラ/清水正和訳/岩波文庫)
 ゾラの『制作(上)(下)』(清水正和訳/岩波文庫)を読んだ。ゾラの長編は5年前に代表作『居酒屋』『ナナ』『ジェルミナール』を読み、それで十分と思っていたが新たな長編に手を出したのは、先月、映画『セザンヌと過ごした時間』を観たからだ。ゾラとセザンヌの友情を描いたこの映画の感想は以前のブログに書いた。

 映画『セザンヌと過ごした時間』によって、ゾラが少年時代からの親友だったセザンヌとの交友を題材にした小説を書き、それがきっかけでセザンヌと疎遠になったという話を知った。その小説が『制作』だ。

 『制作』の主人公は必ずしもセザンヌだけをモデルにしているのではなくマネなど同時代の画家も反映されているという事前知識があった。だから、入手した岩波文庫版のカバーを見て多少の違和感を抱いた。『制作』は上下2冊に分かれていて、上巻の表紙はセザンヌの絵、下巻の表紙はモローの絵だ。上巻の表紙は妥当だが、下巻のモローがよくわからない。ここはマネの絵だろうと思った。

 マネの『青年ゾラの肖像』は上巻の口絵に載っているのでマネが無視されているわけではない。読む進めていくと、この翻訳版には随所に挿絵のような形で物語の情景に対応したマネ、セザンヌ、モネなどの風景画の写真が掲載されていてなかなか楽しい。物語のシーンを描いた版画も挿入されていて、これは原書の挿絵をそのまま掲載したと推測される。

 さて、問題のモローの絵である。私の違和感は小説読了後に訳者の「解説」を読んで解消された。清水正和氏の「解説」は読み応えのある力作だ。ゾラの生涯と作品の時代背景を要領よく解説すると同時に立派な「小説『制作』論」になっている。

 清水正和氏によれば、主人公のクロードにセザンヌやマネが反映されているのは小説の前半までで、後半のクロードは「全くゾラの自由な創造人物と化している」そうだ。後半の主人公については次のように述べている。

 「七〇年代の印象派全盛期すらも素通りして、むしろ八〇年代の美術界における象徴的神秘的傾向の台頭を反映しており、クロードがあのギュスターヴ・モローのような一種の幻想的寓意画家に変貌している」。

 ユニークな指摘だ。時代に反逆した若者たちが十数年の時間を経て挫折していくという普遍的な青春の物語を超える視点でもある。苦い結末で終わる青春小説という単純な読み方しかできなかった私には刺激的で勉強になった。この解説を読んで下巻の表紙にモローの絵を採用した理由がわかり、あらためて大胆な起用だと感心した。

『ハプスブルク帝国』の最終章「ハプスブルク神話」は面白い2017年10月08日

ハプスブルク帝国(岩崎周一/講談社現代新書)
 『ハプスブルク帝国』(岩崎周一/講談社現代新書)は出色の新書だった。1974年生まれの若い研究者による教科書風に密度の濃い本で、従来の見解を見直す最近の学説紹介も多い。

 私がハプスブルク家に興味をもったのは6年前だ。ウィーン、プラハ、ブダペストなどのハプスブルク都市へ観光旅行に行くのを機にハプスブルクという言葉が表題にある一般書を10冊ばかりまとめて読んだ。それだけでは1000年に近いハプスブルクの歴史を理解した気分にはならず、長大なドラマの粗筋に触れただけに感じた。その記憶もすでにおぼろだ。

 そんな時に本屋の店頭で本書が目に入り、おぼろな記憶を再生させるのに手頃に思えた。読み始めてみると、かつて私が読んだハプスブルク本(その大半は新書本)とは趣が違うと感じた。サラサラと速読できないのだ。

 本書は圧縮記述された教科書に近いので、一つひとつの文章の意味を咀嚼しながら読み進めないと前後の脈略がわからなくなる。また、ハプスブルク周辺の歴史(フランス、プロイセン、ロシア、イギリスなどの歴史)の基本は読者が把握しているという前提で記述されているので、知識があやふやな私などはたびたび電子辞書を引きながら読み進めねばならない。

 と言って、本書は無味乾燥な教科書的記述に終始しているわけではない。各時代ごとの政治・経済・文化を目配りよく概説しながら、随所に先人の興味深い述懐が引用されていて、つい引き込まれてしまう。

 本書によって蒙を啓かれた事柄は多く、特に啓蒙君主と呼ばれる人たちについてはあらためて興味を抱き、そもそも蒙を啓くとは何を意味し、啓蒙の時代をどう評価するかをじっくり考えてみたくなった。

 本書の圧巻は最終章『ハプスブルク神話』である。この章では第一次世界大戦でハプスブルク君主国が消滅してから直近の2017年までを扱っている。ハプスブルク君主国の後継国家(オーストリア、ハンガリー、チェコ、ルーマニナなど)とハプスブルク家の末裔に関する話は、私の知らない事項にあふれていて、とても興味深かった。

 ハプスブルクの時代を懐かしく肯定的に語るツヴァイク、シュンペーター、ミラン・クンデラなどの言説も興味深いが、末裔のオットーの人物像もなかなかである。

 欧州議会の議員で「パン・ヨーロッパ」運動の総裁でもあったオットーは、国民国家を超えたハプスブルクの伝統精神を欧州統合に活かした人物だろうと勝手に認識していたが、そんなに単純に評価できる人物ではなかったようだ。

 また、ハプスブルクを否定したはずのオーストリアが今やハプスブルクを観光資源にしているという指摘にも得心した。中欧への観光旅行でエリザベート(シシー)が観光の目玉になっていることに共感と違和感の混じった不思議な感慨を抱いたことを思い出し、その源泉が多少なりともつかめた気がした。

日本最西端の与那国島で「海の道」を感じた2017年10月05日

航空機から見た与那国島の祖納、久部良を眺望できる「日本国最西端の地」、『ナツコ 沖縄密貿易の女王』(奥野修司/文春文庫)
◎与那国島への関心の動機

 日本の最西端、与那国島に行った。那覇から約500㎞、プロペラ機で約1時間30分だ。台湾までは111㎞、那覇よりは遙かに近い。だが、与那国島と台湾の間の定期的な航路は現在はない。

 与那国島に行きたいと考えた動機は二つある。一つは今年4月に初めて台湾を訪れ、台湾への関心が高まり、日本で一番台湾に近い与那国島への興味が湧いたからだ。台湾は私の亡母が生まれた地である(ちなみに私の妻の亡母はサイパン生まれだ。私たちの親はそんな世代だったのだ)。もう一つの動機は『ナツコ 沖縄密貿易の女王』(奥野修司/文春文庫)という本を読んだことだ。終戦直後の台湾・香港と沖縄・本土にまたがる密貿易時代を活写したノンフィクションで、その中では与那国島が大きなウエイトを占めている。

 この二つの動機は台湾絡みという点では同じだ。与那国島はさいはての国境の島だが、海洋進出の最前線の島にも見える。

◎レンタカーなら1日で何周もできる人口1700人の島

 与那国島には1泊し、レンタカーを25時間借りて島のあちこちを巡った。1周約25㎞で主要な道路は舗装されている。車なら1日に何周もできる。私は全周した後、縦断道を使った西半周と東半周を1回ずつし、その間に部分的な往復を何度かした。それだけで島の全体的な様子はわかった気がした。

 この島には祖納、久部良、比川の3つの集落がある。町役場のある祖納に宿泊し、夕食前と朝食後に町内を散策した。それだけで路地の入り組んだこの町がわが庭のように感じられるようになった。

 与那国島の現在の人口は1,700人、戦前は5,000人以上いたそうだ。近年、人口は減少し続け1,500人台になったが、1年前に自衛隊の駐屯地(100人)ができて少し上向いた。自衛隊駐屯に関しては島を二分する論議になり、住民投票で受け入れ派が上回った。

 それはともかく、そんな与那国島にかつては人口2万人の時代があった。終戦後の1948年頃から約3年間の密貿易の時代である。物資不足の時代だったので密貿易が大きな利益を生み出し、その主な舞台になったのは台湾に最も近い港町、久部良だ。与那国島の久部良の狂騒の様子を『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で知り、この港町に強く惹かれた。

 レンタカーで訪れた久部良で人口2万人時代の痕跡を確認することはできなかった。だが、想像していた以上に立派な漁港だった。「日本最西端の地」の碑がある展望台からは久部良の全体を一望できる。コンパクトにまとまったいい町に見えた。

◎昔はおしゃれな島だった

 かつて台湾が日本の植民地だった頃、与那国島にとって台湾は身近な存在で多くの島民は台湾と行き来していた。日本は殖民地・台湾にかなりの規模の投資をしていたから、ある意味で内地以上に近代化された場所だった。

 那覇の書店で入手した『与那国台湾往来記』(松田良孝/南山舎)という本に戦前の面白いエピソードが載っていた。与那国島から那覇の高等女学校に進学した女学生は台湾経由で入手した物品を持参していたので、那覇の同級生から「おしゃれだから与那国はいいね」とうらやまれたそうだ。

 いまの与那国島はひなびた田舎で、那覇は中国からの観光客があふれるオシャレな都会に発展している。だが、かつては与那国島が那覇からうらやまれる時代もあったのだ。今回の与那国島訪問で、与那国島の栄華のよすがを偲べればと思っていたが、短い滞在だったのでそんな探索は果たせなかった。

◎海洋は道であると再認識

 与那国島の集落や墓地は石垣島や沖縄本島と似ている。同じ沖縄県であり、かつては琉球王国のテリトリーだったのだから当然かもしれない。だが、不思議でもある。沖縄本島と与那国島は500㎞も離れている。端から橋までの距離がこんなに遠い都道府県は他にはない。

 そんなに離れていても共通のローカル文化をもっているのは、遠い昔から人が交流していたからだ。対岸など見えるはずもない水平線だけの大海を果敢に航海する人々が昔からいたのだ。ある種の人間にとって海路は陸路以上に近い道だったのかもしれない。

 そんなことを考えると、9年前に客船で太平洋を横断したときの思いがよみがえってきた。約4000㎞も離れたイースター島とタヒチ島が同じポリネシア文化圏に含まれいることに驚き、遠い昔から広大な大洋を航行する人々がいたことに感動した。

 水平線しか見えない海が「道」に見えるということが人類の探求心の証であり人類進化の源泉のように思えてくる。与那国島を訪れて大海への船出の魅力を再認識し、そんなことを考えた。