『レ・ミゼラブル』を読んだ2017年09月17日

『「レ・ミゼラブル」の世界』(西永良成/岩波新書)、『レ・ミゼラブル (1)(2)(3)(4)(5)』(西永良成/ちくま文庫)、『「レ・ミゼラブル」百六景』(鹿島茂/文春文庫)
◎あの長い小説を読んだわけ

 小学生の頃、『がんくつ王』を読み、その元が『モンテクリスト伯』という長大な物語だと知り、いつかはそれを読んでみたいと思った。同じ頃、『ああ無情』を読み、その元が『レ・ミゼラブル』という長大な物語だと知ったが、それを読みたいとは思わなかった。『がんくつ王』も『ああ無情』も面白かったが、前者が文句なしに面白いのに対し、後者には美談仕立ての説教くささを感じたからだと思う。

 『モンテクリスト伯』の完訳版は、還暦を迎えた8年前に読んだ。そして先日、『レ・ミゼラブル』を次の完訳版で読んだ。

  『レ・ミゼラブル (1)(2)(3)(4)(5)』(西永良成/ちくま文庫)

 さほど意欲が湧かなかった『レ・ミゼラブル』を読む気になったのにはいくつかの動機がある。一つはピケティなどの「21世紀は19世紀の再現になるかもしれない」という言説に接し、19世紀の小説を読んで19世紀の様相を断片的にでも把握したいと考えたからだ。その関心から次の新書を手にした。

 『「レ・ミゼラブル」の世界』(西永良成/岩波新書)

 これを読んだのが完訳版を読む直接のきっかけになった。新聞記事で「『レ・ミゼラブル』は途中で投げ出す人が多く、通読した人が少ない」という一節を目にしたのも挑戦意欲をそそった。

◎デザート本で余韻を楽しむ

 『「レ・ミゼラブル」の世界』による事前知識で、「哲学的部分」(作者の脱線気味の演説)が多い小説だと覚悟していたおかげで、さほど面食らうこともなく読了できた。大長編にもかかわらずあまり長さを感じなかった。読了後、食後のデザート気分で次の本も読んだ。

 『「レ・ミゼラブル」百六景』(鹿島茂/文春文庫)

 この本は原版の挿絵紹介の本で、230葉の挿絵が掲載されている。全ページの半分が挿絵で残りの半分はその挿絵の解説を交えた『レ・ミゼラブル』の要約の文章である。大長編読了後に物語を反芻して余韻を楽しむにはうってつけの本で、堪能できた。

◎覚悟を決めれば読みやすい 

 読んでいる途中では、あざといストーリー展開のメロドラマと感じることも多かったが、読み終えたときには、19世紀の文豪の圧倒的な力業に屈したような爽快感を覚えた。やはり、面白いのだ。『レ・ミゼラブル』は、ユゴーの蘊蓄長口舌につきあう覚悟と度量さえあれば、ディティールを楽しめる古典の味わいがあるエンタメ長編である。

 この小説には、本編の展開とはあまり関連のない演説が延々と続く場面が随所にある。ハラハラドキドキの物語を小出しにしながら作者のおしゃべりを繰り返すのは、「私の演説を聞かなければ、このお話しの続きは教えないよ」という老獪な戦術にも見えるが、そこに可愛げもある。

 作者の長口舌に読者がうんざりしているだろうと作者自身が自覚しているふしもあり、それでもおしゃべりを続けるのだから、そのエネルギーと執念に読者は屈服するしかない。ゆったりした気分で聞くなら、その長口舌にも味わいがありそうだ。

 ということは、『レ・ミゼラブル』を十分に堪能するには2度読むのがいいのである。どんな小説でも再読した方が堪能できるのは当然だが、『レ・ミゼラブル』の場合は1度目は物語の展開を楽しみ、2度目はユゴーの演説をじっくり拝聴するという読み方になるだろう。と言っても、私は当面、再読する元気はない。

◎パリの貫禄

 『レ・ミゼラブル』は1862年に60歳のユゴーが発表した小説で、その内容は主に1815年から1833年までの物語である。発表時の近過去を舞台にしたフィクションにはユゴーが生きた同時代のさまざまな事象が反映されている。

 この小説は、次の二つと重ねて読むと一層興味深く読み進めることができる。
  
  (1)18世紀から19世紀のフランスの歴史
  (2)その時代を生きたユゴーの生涯

 私自身はこの2点に不案内だったが、事前に新書の『「レ・ミゼラブル」の世界』を読んでいたので、ある程度は興味深い重ね読みができた。

 今回の読書で、パリという町が「恋と革命」という盤石で永遠の青春テーマの背景にふさわしい町だと、あらためて気づいた。1789年の大革命から1960年代の5月革命まで、パリには繰り返しバリケードが築かれ市街戦が展開された。歴史が作られる町なのだ。私は行ったことはないが…。

 『レ・ミゼラブル』はバリケード蜂起小説でもあり、この小説によって年季の入ったパリの貫禄を感じさせられた。

「社会主義」や「リベラル」はどうなるのだろうか2017年09月09日

『僕らの社会主義』(國分巧一郎・山崎亮/ちくま新書)、 『リベラルという病』(山口真由/新潮新書)
 次の新書を読んだ。

 『僕らの社会主義』(國分巧一郎・山崎亮/ちくま新書/2017.7.10)
 『リベラルという病』(山口真由/新潮新書/2017.8.20)

 『週刊朝日(2017.9.8)』の書評で斎藤美奈子が『僕らの社会主義』を「少しだけ希望が湧く本」と紹介していたので興味を抱き、駅前の本屋の新書コーナーで探しが見当たらず(駅前で入手できそうな本はネットを使わないようにしているのに…)、後日、都心の大型書店で入手した。その大型書店にも1冊しかなかった。

 『僕らの社会主義』を購入したとき、平積みになっている『リベラルという病』が目に入り、それも購入した。リベラルと社会主義は同一ではないが似たイメージなので、それを擁護していると思われる新書と批判していると思われる新書を読み比べるのも一興と思ったのだ。

 2冊ともオビに著者の写真があり、みな若い(私から見れば)。『僕らの社会主義』の國分巧一郎氏は1974年生まれの哲学者、山崎亮氏は1973年生まれのコミュニティデザインの専門家(大学教授)、『リベラルという病』の山口真由氏は1983年生まれの元財務官僚の弁護士だ。

 現代では不人気な「社会主義」を現役世代の若い人がどのように論じているか興味があり、リベラル不人気の由縁も知りたいと思った。だが、2冊とも私が想定した内容とはかなり違っていた。

◎楽しげな対談本だが

 『僕らの社会主義』は二人の論者の対談本で、そこで楽しげに語られている主な話題は建築・土木・装飾・まちづくり・起業などで、いささか面食らった。もちろん社会主義についても触れられているが、著者たちの関心はエンゲルスによって「空想的」と批判された社会主義にあり、19世紀イギリスのウィリアム・モリス、トマス・カーライル、ロバート・オウエンなどを熱く論じている。

 建築・土木も19世紀イギリスの社会主義も私にはまったく不案内な領域だ。勉強にも刺激にもなったが、対談本という形なので話題が散漫になり勝ちで十分には咀嚼できなかった。

 著者たちが19世紀の社会主義に関心を抱いているのは、21世紀の社会状況が19世紀に近づいているとの認識があるからだ。これは、ピケティが『21世紀の資本』で「21世紀には19世紀の格差社会が再現する危険性がある」と述べた警告に似ている。だが、本書ではピケティへの言及はなく、格差問題を中心に据えているわけでもない。

 私なりに把握した本書の眼目は次の2点である。

 ・「楽しさ」という価値基準の提示
 ・「主義」という硬直した思考パターンの否定

 これらはかなり新鮮な考え方であり、共感できる。

◎米国のリベラルの問題点

 『リベラルという病』はハーバード・ロースクール卒の著者が留学体験をふまえて米国の現状を「リベラル vs コンサバ(コンサーバティブ)」という視点で解説している。米国を「リベラル vs コンサバ」という単純化した図式でとらえるのに多少の疑問も感じるが、著者によればそれが米国の実態だそうだ。

 著者が指摘するリベラルの「病」とは傲慢さである。リベラルはコンサバに比べて理性的なのだが、理性を信じる態度が理性への「信仰」にまでエスカレートし、傲慢で宗教的になっていると指摘している。行き過ぎたPC(ポリティカル・コレクトネス)などがその例にあげられている。わかりやすい話で、リベラルの問題点はわかるが、コンサバに乗り換えれば解決する問題ではない。

 リベラルに批判的な著者がコンサバかと言えば、そこは明確ではなく、やはり日本人なのだ。著者は米国の状況をふまえた上で日本のリベラル(民進党?)もやり玉にあげている。だが、日本の状況は図解困難に思われる。

 本書の「あとがき」は次の文章で締めくくられている。

 「日本が日本にあったリベラリズムを(それがリベラリズムと呼ばれるべきなのかは定かではないが)手に入れられるのはいつなのか。模索は続く。」

◎2冊の著者たちに共通しているもの

 『僕らの社会主義』と『リベラルという病』はかなり異質な本で、比較検討してもかみあうところが少なく、読書前の目論見ははずれたと感じた。しかし、よく考えてみると、この2冊には似ているところがある。それは、「一貫した正しさ」というものへの疑問と不信である。この感覚は、普通に生活している人が思考の言語化以前に感じているものに通じている。

40年後の「解説」で『日本の歴史』を楽しむ2017年09月07日

中公文庫版の『日本の歴史 第13巻 第14巻 第15巻』
 市立図書館の書架に中公文庫の『日本の歴史』全26巻が並んでいた。1965年から1967年にかけて刊行された中央公論社のベストセラー叢書『日本の歴史』の文庫版だ。私は数年前に元版の函入ハードカバー版全31冊(別巻5冊を含む)を5千円で購入し、ボチボチ読んでいる。

 図書館の文庫版を手にすると「解説」が付加されていた。この文庫版の刊行は2005年なので、原著刊行の約40年後に書かれた「解説」だ。40年という年月は世代交代には十分な時間で、見晴らしのいい時点からの「解説=評価」が期待できる。その「解説」を読んでみたいと思い、最近読んだ第13巻、第14巻、第15巻を借り出した。

 この3冊の解説者とその肩書は以下の通りだ。

 『第13巻 江戸開府/根岸茂夫(國學院大学教授)』
 『第14巻 鎖国/池内敏(名古屋大学大学院教授)』
 『第15巻 大名と百姓/青木美智男(専修大学教授)』

 解説者は原著者の弟子あるいは後輩にあたる研究者のようだ。この3編の「解説」は史学の門外漢である私には難しかった。十分には理解できないが、読み応えはあった。研究者が学界における研究動向のあれやこれやを解説しているので話が専門的になってしまう。それでも学界の議論の雰囲気が伝わってきて、それなりに面白かった。

 3人の解説者はそれぞれに原著の意義を評価しつつ、その後の研究によって見直しが必要になってきた事項や新たに重視されはじめてきた事柄などを指摘している。例えば次のような指摘だ。

 ・近世の朝廷という存在への着目が高まり、朝幕関係の研究が進んだ。
 ・あまり評価されていなかった秀忠の政治の評価が高まった。
 ・対外関係史におけるアイヌ、琉球、朝鮮との関係の研究が進んだ。
 ・第14巻で述べられている「鎖国」理解は、現在では乗り越えられている。
 ・慶安御触書は慶安期には存在しなかった。

 他にもいろいろあり、興味深い事項も多いが簡単にまとめるのは難しい。

 3つの「解説」を読み、約半世紀前の『日本の歴史』と約40年後の「解説」をセットで読むのは「当たり」だと思った。新たに刊行された通史や概説書を読むより、時間を経た二種類の文章を読む方がダイナミックで面白い。今後、書架の『日本の歴史』のどれかを読むときは、続けて市立図書館の文庫版の「解説」も読もうと思う。

 この「解説」自体すでに10年以上昔のものだから最新の研究動向はまた変わっているかもしれない。それは、とりあえず気にしない。10年前の視点で50年前を見るだけでも十分に興味深い。

『江戸開府』を補完する『鎖国』『大名と百姓』を読む2017年09月03日

『日本の歴史14 鎖国』(岩生成一/中央公論社) 、『日本の歴史15 大名と百姓』(佐々木潤之助/中央公論社)
◎三巻でワンセットとは言うものの…

 先日読んだ中央公論版『日本の歴史13 江戸開府』(辻達也)の「はしがき」で著者は次のように書いていた。

 「わたしが江戸幕府を中心に述べるこの巻と、海外との関係を中心とする「鎖国」の巻と、諸藩および農村の歴史を中心とする「大名と百姓」の巻と、この三巻によって近世の社会全体が確立してゆく過程が叙述されるわけである。通例この三巻に相当する部分はひとまとめにされるものであるが、あえて三巻に分け、それだけページ数を多く割り当てたことは、『日本の歴史』全二十六巻の構成における一つの特色といいうるであろう。」

 つまり、三巻でワンセットだと述べているのだ。『江戸開府』を読んだだけでは中途半端だと言われているようで落ち着かない。強制された気分で次の続巻も読んでしまった。

  『日本の歴史14 鎖国』(岩生成一/中央公論社)
  『日本の歴史15 大名と百姓』(佐々木潤之助/中央公論社)

 読んでみると、『鎖国』『大名と百姓』の2巻は『江戸開府』とはかなりトーンが異なる内容だった。三巻ワンセットとは言うものの、第13巻の『江戸開府』には鎖国や百姓への言及もあり、江戸初期の歴史を把握するには第13巻だけで十分だったと思えた。もちろん、第14巻、第15巻がつまらなかったわけではないが…。

◎鎖国以前の国際化を再認識

 『鎖国』は、むしろタイトルを「近世海外交流史」とでもした方が適切な内容で、1543年の鉄砲伝来から鎖国後の1700年までの1世紀半を描いている。史料の紹介や引用が多く、海外から日本に来た人々や日本から海外へ行った人々の姿が具体的に描かれている。臨場感があり、ロマンも感じる。

 本書では、海外にできた日本町に関して著者の実地調査をふまえてかなり詳しく述べている。あらためて、往時の日本人の海外雄飛のさまに感心した。海外貿易の規模が意外に大きかったことも知り、認識を新たにした。

 キリシタンに関する叙述も面白い。イエズス会の他にもフランシスコ会、ドミニコ会などいろいろ渡来し複雑だ。禁教で弾圧されることを承知であえて日本上陸を目指す宣教師たちにも驚かされる。また、天正少年使節(1582年出航、1590年帰国)と支倉常長遣欧使(1613年出航、1620年帰国)の経緯・てんまつの比較も興味深い。

 最近の教科書では「鎖国」という語をあまり使わず「四つの口(長崎、対馬、琉球、松前)」の説明がなされているそうだが、1966年刊行の本書には当然ながらそんな記述はない。とは言え、鎖国の時代にも海外とつながっていたというトーンにはなっている。「鎖国」という言葉は1802年になってはじめた使われたとの説明もある。

◎農村の古文書解読で社会の変容を解明

 『大名と百姓』は難儀な本だった。『鎖国』には大量の史料が引用されていたが、『大名と百姓』はそれ以上に古文書解読のオンパレードだ。一般人向けの歴史概説書と言うよりは、大学の史学科学生向けの研究現場からのレポート披露の趣がある。紹介史料にまつわる研究者の名前もたくさん出てくる。

 本書で紹介されるメインの古文書は農村の旧家に眠っていた文書で、検地・年貢など農村の実態を伝えている。著者はその解読を通じて百姓の具体的な姿を描き出すとともに大きなトレンド(家父長的農業→自立した小百姓)も解明しようとしている。

 読み始めてすぐに面くらい、途中で投げ出そうかとも思ったが、大名家のお家騒動や佐倉宗吾伝説の紹介・分析など興味深い話もあり、何とか通読した。と言っても古文書に出てくるさまざまな数字の細か検討などは読み飛ばした。検討結果を大雑把につかめればいいという気分の読書時間だった。

 江戸時代の百姓の実態への興味が高揚し、時間ができたとき、じっくり精読すればかなり面白く読める本だろうと思った。

歴史小説の補完に歴史概説書『江戸開府』を読む2017年08月26日

『日本の歴史13 江戸開府』(辻達也/中央公論社)
◎家康・秀忠・家光の50年史

 『関ヶ原』(司馬遼太郎)を皮切りに家康関連の歴史小説(『影武者徳川家康』『城塞』『覇王の家』を続けて読み、これを機に小説ではない歴史書で史実のあらましを掴んでおこうという気分になり、次の本も読んでみた。

  『日本の歴史13 江戸開府』(辻達也/中央公論社)

 半世紀前に出版されたベストセラー歴史叢書の1冊だ。古い本だが、最近の学説を知りたいという大それた動機はなく、300年以上昔の出来事の概要を知るには十分だと思った。

 この巻はおおむね関ヶ原から家光死去までのの50年、つまり家康・秀忠・家光の徳川三代50年を幕政中心に叙述している。50年というのは本書が刊行されてから現在までの時間とほぼ同じであり、68歳になった私から見れば長くもあり短くもある時間で、1巻の歴史概説書に収めるには手ごろな時間に思える。

◎やはり家康は狸親父

 小説でないにもかかわらず、本書を読み終えると江戸開府50年に歴史ドラマを感じた。小説のネタになりそうなドラマチックなあれこれが散りばめれている。本書の前半は大阪の陣までで、大きな出来事はそこまでのように思えるが、その後の約20年間の出来事も興味深い。

 本書のメイン登場人物はやはり家康であり、著者の家康像は「狸親父」に近い。家康が狸親父といわれたのは、家康73歳のときの大阪の陣での狡猾なやりかたに由来するそうだが、その50年前、家康23歳のときの三河一向一揆への対応で「その狸ぶりは遺憾なく発揮されている」と著者は指摘している。また、家康の性格を示す「忍」は忍耐であるとともに残忍の忍であるとも述べている。

 家康の多大な業績を評価した上での寸評だが、家康はやはり嫌われキャラだ。

◎普遍的な「文吏派 vs 武功派」

 本書で面白く思ったのは、石田三成と本多正信・正純が類似しているとの指摘だ。石田三成は豊臣家の文吏派で武功派の加藤清正、福島正則らから嫌われ、豊臣家の武功派が家康に与したために関ヶ原で敗れた。本多正信・正純の親子は家康と秀忠のブレーンで、いわば徳川家の文吏派である。彼らは関ヶ原や大阪の陣で徳川を勝利に導いた功労者だが、その後失脚する。

 秀吉の近習である武功のない三成が赫々たる武功のある家臣から嫌われ、家康・秀頼の近習だった本多正信・正純が徳川家の古くからの家臣から嫌われる…確かに似た構造だ。

 著者は三成に対する武功派の反発を中央専制指向への抵抗と見ている。天下一統は中央専制だが家康を含む武将たちはそれに抵抗したのだ。納得できる見解だ。

 三成らの中央専制に反発した家康も関ヶ原以降は専制的中央政権指向になる。自分が「中央」になったのだから当然だ。そして幕政の基礎固めを始める。この段階で本多正信が逝去し正純が失脚したのは、個人の時代から組織の時代へと移行したからだと著者は説明している。ナルホドと思った。

 権力者に近いブレーンと実績を積み上げてきた現場との対立は現代の企業にも見られる普遍的構造に見える。オーナー社長の世代交代の際には周辺を巻き込んだドラマが発生することも多い。そこには妬みなどの心理的理由を超えたさまざまな内実がある。江戸開府の頃の歴史を読みながら、歴史は人間ドラマの繰り返しだという感が強まった。

◎現代の「かぶき者」は…

 本書の末尾近くに「かぶき者」に関する記述があり、次のように書かれている。

 「現今でいえば、先年流行した太陽族とか、近ごろ話題となったみゆき族など、さしずめ「かぶきたる体」である。」

 1966年3月刊行の時代を感じさせる例えで、私は非常に面白く読んだ。私の世代にはわかりやすいが21世紀の若い人に伝わるだろうか。

 1950年代の「太陽族」や1960年代の「みゆき族」を現代の何に置き換えればいいのか考えてみたが思い浮かばない。「かぶき者」がいない時代になったのか、私がすでに時代から取り残されて現状を把握できないのか、どちらなのかよくわからない。

司馬遼太郎の『城塞』『覇王の家』で家康像を探る2017年08月21日

司馬遼太郎の『城塞』『覇王の家』で家康像を探る
 先月、『関ヶ原』(司馬遼太郎)、『影武者徳川家康』(隆慶一郎)を読んだので、その印象が残っているうちに家康関連の歴史小説を読んでおこうと思い、次の2編を読んだ。

 『城塞(上)(中)(下)』(司馬遼太郎/新潮文庫)
 『覇王の家(上)(下)』(司馬遼太郎/新潮文庫)

 『城塞』は関ヶ原後の大阪冬の陣・夏の陣、『覇王の家』は家康そのものを描いた小説である。

 元来、私は徳川家康にさほどの関心はなく、老獪なタヌキ親父という通俗的イメージと「経営者のアイドル」という胡乱なイメージを持っていただけだ。私が十代の頃(半世紀前)、山岡壮八の『徳川家康』という長大な小説(現在、文庫本26巻になっている)が「経営者の指南書」としてブームになった。私はその現象を冷ややかに眺め、若者には無縁の本だと思っていた。

 つい最近、大学時代の友人と飲んでいて、私と関心領域が重なっていると感じていた理系の彼が高校時代に山岡壮八の『徳川家康』を読破していたと知った。驚愕・感心すると同時に人間の多様性とおのれの狭量を再認識した。

 『関ヶ原』を読んだとき、国民作家・司馬遼太郎が家康を権謀術数のイヤな人物に描いているのを少し意外に思った。狡猾な人物という印象だけが残り、「経営者のアイドル」という要素が感じられなかったからだ。『城塞』と『覇王の家』で司馬遼太郎が家康をどう観ているか再確認したいと思った。

 『城塞』の家康のイメージは『関ヶ原』と連続した老獪なタヌキ親父だった。だが、『覇王の家』の家康像はやや異なっている。律義な合理主義者でありながら狂気を帯びることもあったと述べられている。家臣を無条件で信頼するという美徳を持っていたという指摘や「人のあるじ」であることの不自由さを自覚し、自分をそんな存在だと規制していたとの見解も示されている。これらは「経営者の指南書」につながるかもしれない。

 ちなみに、これらの作品の発表年は『関ヶ原』が1966年、『城塞』が1972年、『覇王の家』が1973年である。作者の家康観が年とともに変化したわけではなく、作品のスタイルによって叙述の視点や濃淡が異なっているのだと思われる。

 『関ヶ原』と『城塞』は、「関ヶ原の戦い」「大阪冬の陣・夏の陣」という大事件を巡って蠢く人々の人間ドラマであり、主人公らしき人物はいるものの基本的には群像劇だ。そこに作者の多様な人物論がおりこまれている。『覇王の家』は家康の生涯を検証しながら、その後幕末までの時代精神も俯瞰しようとした史談である。物語としての面白さは『関ヶ原』『城塞』にあり、歴史を鳥の目で見る妙味は『覇王の家』にある。

 司馬遼太郎は『覇王の家』において家康の「農民性」「閉鎖性」「独創性のなさ」などを指摘し、それがその後の日本の気風を形成したとみなしている。次のような記述もある。

 「信長や秀吉は貨幣経済に力点を置き、さらに国家貿易を考え、国家そのもを富ましめようとしたが、家康の経済観は地方の小さな農村領主の域から一歩も出ず、結局この家康の思想が徳川政権のつづくかぎりの財政体質になり、財政の基礎を米穀に置きつづけるようになり、勃興してくる商業経済に対抗するのにひたすら節約主義をもってし、そのまま幕末までつづく。」

 「徳川幕府は、進歩と独創を最大の罪悪として、三百年間、それを抑制しつづけた。あらたに道具を発明する者があればそれを禁じ、新説に対しては妖言・異説としてそれを禁じた。異とは独創のことである。異を立ててはならないというのが徳川幕府をつらぬくところの一大政治思想であり、そのもとはことごとく家康がつくった。家康の性格がそうさせたものとみていい。」

 手厳しい見解である。どこまで当たっているか、私には判断できない。家康の影響も大きかったろうが、それに対抗する精神活動も育まれたのではなかろうかとも思えるのだが…。

 『覇王の家』はやや尻切れトンボの小説である。家康誕生以前の三河の情況概説から始まり、小牧・長手久の事後処理の家康45歳までが語られ、次の章はいきなり「その最期」というタイトルで、74歳で家康が没する場面になる。没するまでの30年間(その間に家康の関東入国、秀吉逝去、関ヶ原、大阪の陣など大事件が続く)はバッサリと省略されている。『関ヶ原』『城塞』と重複するから飛ばしたのだろうか。45歳までで家康像は語り尽くせたと作者が判断したのかもしれない。

 いずれにしても『関ヶ原』『城塞』『覇王の家』と続けて読んだのは正解だったと密かに自己満足した。

ヘンテコな小説が新たにヘンテコな映画に……『美しい星』2017年08月11日

『美しい星』映画のチラシと単行本
 今年5月に封切られた映画『美しい星』(監督・吉田大八)をキネカ大森で観た。封切り時に観ようと思いつつ2カ月以上が経過し、東京ではこの小さな映画館で夜だけの上演になっていた。上演状況を見ると興行的にはイマイチなのかもしれない。

 私が三島由紀夫の『美しい星』(新潮社)を読んだのは半世紀前の高校生の頃だ。SF少年だった私は、『金閣寺』に圧倒されてもいたので、純文学のスター作家のSFということで身構えて読んだ。読み始めてすぐ、これは通常のSFではなく思弁小説だと了解した。ヘンテコなものを読んだという読了時の印象だけが残り、月日の経過とともに内容の大半は失念した。

 今回、映画を観るのに先立って小説を半世紀ぶりに再読した。その読後感は10代の時とさほど変わらないと思う(記憶が霞んでいるので確言できない)。

 文体は格調高くて思わせぶりだが、登場人物の多くはどこか卑小で、カラマーゾフの大審問官を彷彿させる大議論のシーンもパロディに見えてくる。フルシチョフ、ケネディ、池田勇人など当時の政治家の固有名詞が出てくるアップ・ツー・デートな小説でもある。作者はややコミカルで軽薄とも思われる線を狙っていたようにも思える。

 この小説には三島由紀夫という固有名詞も登場する。白鳥座61番星という「不吉な」星を故郷とする悪役一行が歌舞伎座の十一代團十郎襲名披露興行の「暫」や「勧進帳」を観劇する。続いて上演される三島由紀夫の新作については「こんな小説書きの新作物なんか見るに及ばない」と言って席を立って銀ブラをするのだ。作家が楽しんで書いている。

 そんな具合に肩を抜いた通俗に見せながら、作家の抱いている暗い哲学を潜り込ませているようなので、やっかいでヘンテコな小説なのだ。

 映画を観るために小説を再読し、あらためてこの小説の映画化は容易でないと感じた。そして、どんな映画になっているのか興味が高まった。

 映画は時代設定を現代に移行させ、原作では大学教授風の高等遊民だった主人公をテレビの気象予報士に変えている。だから、冒頭からの展開は原作からはかけ離れていて、三島由紀夫の世界とは別の物語を観ている気分になった。

 映画の展開はどんどんヘンテコになっていくが、それは小説から受けたヘンテコさとは異質に思えた。脈絡をつかみにくい、わけのわからないヘンテコさなのだ。にもかかわらず、映画が進行するに従って映画の世界が三島由紀夫世界に次第に近づいていくように感じられた。

 映画はコミカルでシュールでわかりにくい箇所もある。観終えて、この映画は1962年を舞台にした原作のヘンテコさを2017年を舞台に再現したものだと思え、小説と映画は通底していると感じられた。小説もコミカルでシュールだったと気づいたのだ。

 「ヘンテコ」とは、にわかには面白いかつまらないかの判断ができず、解釈が難しく評価困難ということであり、咀嚼に時間がかかるということでもある。軽薄さと重厚さ、フィジカルとメタフィジカルをほぼ同じ比重で表現するからこんな作品になる。わかりやすさを目指していないので読み解くのは大変だ。

 三島由紀夫は『美しい星』執筆後、ドナルド・キーン宛ての手紙で「これは実にへんてこりんな小説なのです。しかしこの十ヶ月、実にたのしんで書きました」と述べているそうだ。この映画の監督・吉田大八も「実にへんてこりんな映画を作りました」とだれかに語っているのかもしれない。

十数年前に買った『青春の終焉』をついに読了2017年08月08日

『青春の終焉』(三浦雅士/講談社)、朝日新聞夕刊(2017年7月26日)
◎新聞記事がきっかけで…

 十数年前に購入して書架の片隅で眠っていた『青春の終焉』(三浦雅士/講談社)を読んだ。

 きっかけは先月(2017年7月26日)の朝日新聞夕刊に載っていた「時代のしるし」という記事だ。三浦雅士氏が2001年刊行の『青春の終焉』について語ったインタビュー記事で、『「若さ」を軸に解いた社会と文学』という見出しがついている。

 この記事を読み、未読で気がかりのまま十数年が経過していたた本書に取り組む気になった。読み始めてみると、想定したほどに固い内容ではなく、比較的短時間で面白く読了できた。

◎サブタイトルは「1960年代試論」

 本書には「1960年代試論」というサブタイトルが付されている。しかし、表紙や扉にサブタイトルの表記はなく、目次の前のページに表記されているだけだ。冒頭の「はしがき --- 1960年代か?」で、サブタイトルへの言及がある。要は、本書の背景には「1960年代試論」という必然的目論見があるが、本書全体は1960年代論ではない、そういうことのようだ。

 1948年生まれの私にとって、学生として生きた1960年代の記憶は鮮明で、思い入れのある時代だ。著者の三浦雅士氏は私より2歳上の1946年生まれ、若くして異能の編集者と呼ばれ、30代に『私という現象』でデビューした評論家である。30年以上前に『私という現象』を読んで感心した記憶があり、ほぼ同世代の三浦雅士氏が1960年代を語るなら面白くなりそうだと期待して読み始めた。

◎「当たり前」を否定する奇説

 どんな人にも青春はあり、齢を重ねれば終わる --- それはいつの時代にも繰り返されてきた当たり前のことに思える。その「当たり前」を否定し、「青春」とは18世紀に発生し1960年代に終焉した特殊な現象だとするのが本書の主張である。驚くべき奇説だ。読む前からそんな主旨の本だとは了解してたが、どんな論理展開で読者を説得するのか興味があった。

 本書は全15章に「はしがき」と「あとがき」がついて484ページの長編評論である。やや厚い本ではあるが、冒頭の「はしがき」と最初の章「青春の終焉」を読めば主張のあらましは把握できる。後の章は材料を変えた変奏曲で、繰り返し感がある。しかし、退屈はしない。多様な作家や思想家の作品を援用しながら手を変え品を変えの知的力業には感心する。名人芸を観ているようだ。

 「青春という現象」とはブルジョア階級の勃興によって18世紀ヨーロッパに発生した。それは「青春という病」とも言えるもので、伝染病のようにロシア、日本、中国に伝播し、19世紀から20世紀の思想・文学を席巻し、1960年代に終焉した.。そんな主張を裏付けるために動員された小説・評論家の数はおびただしい。

 本書に登場する主な作家・評論家・思想家の一部を羅列すると、小林秀雄、三島由紀夫、中村光夫、大岡昇平、江藤淳、平野謙、夏目漱石、柳田国男、本多秋五、ドストエフスキイ、バフチン、太宰治、吉本隆明、花田清輝、山崎正和、小田切秀雄、色川大吉、吉田健一、丸谷才一、石川淳、坪内逍遥、滝沢馬琴、大田南畝、吉川英治、唐木順三、和辻哲郎、ニーチェ、ヘーゲル、マルクス、サルトル、フーコー、レヴィストロース、川端康成、石原慎太郎、村上龍、村上春樹、ルカーチ、ベルジャーエフ、大江健三郎、廣松渉、谷川俊太郎、ベンヤミン、手塚治虫などなどで、言及されている固有名詞はこれに倍する。

 もちろん私は本書で言及されている作品の大半を読んでいないし、人生の残りも少ないのでそれらに手を伸ばすことはないだろう。

◎文学史+思想史+出版業史

 『青春の終焉』におびただしい固有名詞が登場するのは、著者が編集者的手腕で18世紀以降の文学史・思想史の一種の整理・総括を試みているからである。それが文学史・思想史にとどまらず出版業史にもなっているところが興味深い。『朝日ジャーナル』の変遷、講談社と岩波書店の役割分担、かつて流行した文学全集各巻への作家の割り当ての変遷、文学全集の編集に誰が関わっていたかなど、面白い視点だ。

◎馬琴に一章

 また、本書で少々異様に感じたのは滝沢馬琴が大きく取り上げられていることだ。分量としてはドストエフスキイと同格だ。

 作者は「馬琴の影」という一章を費やして『南総里見八犬伝』が青春の書である論証を試みている。そして、江戸と明治の文学に断絶を観るのではなく連続を観るべきだと主張している。私は、政治や文化に関しては同様のことを感じていながら、近代文学は明治に始まったと思い込んでいたので、蒙を啓かれた気がした。

◎私の青春が終わっているのは確かだが…

 本書を読了して、18世紀に発生した「青春」が1960年代の終わったという著者の主張を十分に理解・納得できたわけではなく、強引な展開に思えるところもあった。

 しかし、現代の状況をあらためて把握できた気分にもなった。1948年生まれの私は、私たちが若い頃(1960年代だ!)に熱中したアレヤコレヤ(本、etc)に21世紀の若い人たちが無関心なことに軽い苛立ちを覚えていた。それは、古代から現代に至るいつの時代にも繰り返されてきた「いまの若者は…」という嘆き、ありふれた世代間確執に思えていた。だが、本書の主張が正しければ、そんなに普遍的なものではなく、1960年代に青春とその終焉を体験した私たち世代だけが感じる大きな段差ということになる。本当だろうか。自分だけが特殊だと思い込むのはまさに「青春という病」の症例だと思われるが…。

『関ヶ原』(司馬遼太郎)と『影武者徳川家康』(隆慶一郎)をセット読み2017年07月30日

『関ヶ原(上)(中)(下)』(司馬遼太郎/新潮文庫)、『影武者徳川家康(上)(中)(下)』(隆慶一郎/新潮文庫)
◎猛暑日には司馬遼太郎?

 猛暑日が続くとグッタリして読書意欲も減退する。そんな中で手が伸びたのが司馬遼太郎の『関ヶ原(上)(中)(下)』(新潮文庫)だった……そんな動機は司馬遼太郎に失礼だろうか。だが、その語り口には猛暑に喘ぐ読者をも引き込んでいく独特の飄々とした力がある。今回、『関ヶ原』を読んで、あらためてそう感じた。

 『関ヶ原』全3巻はかなり以前に古書で入手し書架に積んでいた。その隣には『影武者徳川家康(上)(中)(下)』(隆慶一郎/新潮文庫)も積んでいる。この二つはいずれセットで読むつもりで並べていたのだ。

 隆慶一郎が面白いと友人から薦められたのは20年以上昔で、気がかりな作家だったがアッという間に年月は流れた。彼の代表作とおぼしき『影武者徳川家康』を古書で入手したのが1年近く前。タイトルからおよその内容は推測できるが、家康に関してさほどの知識もないので、小説を楽しむには事前に司馬遼太郎の『関ヶ原』あたりを読んでおくのがいいと考え、同じ時期に『関ヶ原』も購入した。

 そんな事情で書架に積んでいた『関ヶ原』に手が伸びたのは猛暑に加えて、来月末に映画が公開されると知ったのもきっかけだった。

 『関ヶ原』は雑事をこなしつつも1日1冊の快調なペースで読了した。続いて取り組んだ『影武者徳川家康』は予想した以上に歯ごたえのある面白い小説で、多少の時間を要した。

◎暗い政治手法は徳川家の家風?

 『関ヶ原』は石田三成に焦点を当てた歴史小説で、徳川家康は悪役に近い。家康は老獪な権謀術数のタヌキ、三成は横柄で器量はないが魅力的な人物に描かれている。司馬遼太郎の歴史小説は人物論エッセイに近く、そこが面白い。

 この小説は「石田三成+謀臣・島左近」vs「徳川家康+謀臣・本多正信」という構図になっていて、冒頭近くで徳川側について以下のように述べられている。

 「密偵、暗殺などの暗い政治手段は、徳川家の家風にしみついた固有のしみというべきもので、この悪癖は幕末までなおらなかった。
 家康の性格といっていい。
 あるいは、家康をたすけ、家康の気質をのみこんで謀(はかりごと)をたてている参謀筆頭の本多正信のこのみでもあったろう。」

 なかなか手厳しい見解であり、司馬遼太郎は家康が好きでなかったと思われる。そんな家康が元・豊臣家臣たちを取り込んで周到に「東軍」を形成していくのに対し、三成側の「西軍」は内部に不協和があり、これでは「西軍」が勝てるわけはないと思えてくる。

 短時間で終了した決戦では「西軍」に勝機があったものの、作者が魯鈍と見なす小早川秀秋の寝返りで「東軍」が征する。戦さとは実際にやってみなければ結果がわからないものだ。

 本書の最終章は、それまではあまり登場しなかった黒田如水に関する記述で幕を閉じる。如水は『関ヶ原』を機に密かに天下取りを狙っていたという踏み込んだ話になっている。やや意外な面白い終幕だと思った。

◎『影武者徳川家康』は緻密で大胆な深い小説

 『影武者徳川家康』では、司馬遼太郎の『関ヶ原』で活躍した島左近や本多正信が中心人物として活躍する。それだけで、セット読みは正解であったとひそやかに満足した。

 『影武者徳川家康』の冒頭は関ヶ原である。そこで家康は暗殺され、影武者が家康に入れ替わる。その影武者が関ヶ原以後の16年間を家康として采配をふるい、生を全うするまでの物語である。そんな大胆な設定ではあるが、荒唐無稽な面白小説ではなく律義に史料をふまえた歴史小説になっているのに驚いた。

 家康入れ替わり説は以前からあったそうだが、隆慶一郎はそれを緻密に検証し己の推理を交えて一篇の歴史小説に仕上げている。文庫本の解説(縄田一男)によれば、作者は小説執筆前に歴史学者・小和田哲也氏から「影武者説に関しては正しいと断言することはできないが、また違うと断じる確たる証拠もない。あなたがそういう作品を書くことは、今日の歴史学にとっても大いに刺激になるだろう」という見解を得ていたそうだ。

 そんな「史実らしさ」に加えて網野義彦の史学が大いに取り込まれていて、小説の中に「公界」「無縁」「アジール」などという言葉が出てくるのにも驚いた。家康に入れ替わった影武者の出自は「無縁」であり、家康に入れ替わってからは「公界」の実現を目指していたとう話になっている。司馬遼太郎の指摘する「徳川家の暗い政治手法」を体現するのは2代将軍秀忠家であり、それに対抗するのが影武者家康である。読みようによってはかなり深い物語だ。

◎誰も加齢には勝てない

 『関ヶ原』と『影武者徳川家康』を読了してあらためて認識したのは、秀吉や家康のように野望を達成したように見える人間も、結局のところ加齢に勝つことはできなかったという事実だ。彼らの若い敵方から見れば、どうにも勝てない相手に対しては時間が最終的解決手段になる。いつの時代にも通用する厳然たる現実である。それが69歳を目前にした私の感慨でもある。

『サピエンス全史』を読んで小松左京の『未来の思想』を想起2017年07月10日

『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福(上)(下)』(ユヴァル・ノア・ハラリ/柴田裕之訳/河出書房新社)
 ベストセラーと喧伝されている『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福(上)(下)』(ユヴァル・ノア・ハラリ/柴田裕之訳/河出書房新社)を読んだ。評判通りの面白い本だった。

 『サピエンス全史』という邦訳タイトルから人類史の概説書と思ったが、科学エッセイ風でとても読みやすい。冒頭に近い「不面目な秘密」という項では、かつてはホモ・サピエンスと時代を共にしていたホモ・サピエンス以外の「人類」(ネアンデルタール人など)がなぜ生き延びなかったを解説している。興味深い視点の考察で引き込まれる。本書にはこのようなツカミが随所にあり、読者を飽きさせない。

 本書は次の4部構成になっている。

   第1部 認知革命
   第2部 農業革命
   第3部 人類の統一
   第4部 科学革命
 
 つまり、歴史をマクロな視点で俯瞰しているのだ。地球上のあちこちで発生した様々な出来事や歴史的局面がすっきりと整理整頓統合されていて、普通の歴史書では得られない景色が見えてくる。数百万年という時間を見晴らしよく一望した気分になれるのは得難い体験だ。

 また、本書はわかりやすい「共同幻想論」でもある。ホモ・サピエンス進化の引金となった「認知革命」とは「共同幻想」の発生に他ならない。神話にはじまり、宗教、貨幣、国民、資本主義、共産主義、帝国などをすべて似たような概念(共同幻想)として記述しているのは、把握しやすい整理だと思う。

 「第2部 農業革命」の最初の章のタイトルは「農耕がもたらした繁栄と悲劇」で、狩猟採集から農耕への移行は人口拡大という繁栄をもたらしたが、個々の人々の生活は悪化したと述べている。多くの人々は狩猟採集の時代より不幸になったというのだ。意外な指摘だ。にわかには信じがたいが、著者の論述を読んでいると、そうだったのかなという気になってくる。

 著者がなぜそんな指摘をしたかは、終わり近くの「文明は人類を幸福にしたか」を読むと納得できる。ただし、この章の問題提起は回答のない課題に思われる。

 本書を読んでいてジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』を連想した。だが、読み終える頃には、むしろ小松左京の『未来の思想:文明の進化と人類』(中公新書)が想起された。

 半世紀前に読んだ『未来の思想』の内容を憶えているわけではない。ただ、「汝ら何ものか? いずこより来たりしか? いずこへ行くか?」というエピグラフは記憶に刻まれている(ゴーギャンの絵を知ったのは後日だ)。そして、人類の文明史全般をコンパクトに要領よくまとめ、その未来像を情報化革命を踏まえて模索するマクロ思考に感心した印象は残っている。『サピエンス全史』の読後感は半世紀前に『未来の思想』に抱いた感慨に似ている。