馬仲英への興味からヘディンの探検記を読んだ2025年06月23日

『馬仲英の逃亡』(スヴェン・ヘディン/小野忍訳/中公文庫)
 胡桃沢耕史の小説『天山を越えて』に続いて彼のシルクロード紀行記2冊を読み、これらの本が言及している馬仲英という人物への興味がわいた。ウィキペディアの写真は馬賊の親分というよりは端整な青年将校のような姿だ。

 ウィキペディアによれば、スウェーデン人探検家ヘディンは新疆での馬仲英の戦いに巻き込まれ、詳細な記録を残したそうだ。その本を古書で入手し、読了した。

 『馬仲英の逃亡』(スヴェン・ヘディン/小野忍訳/中公文庫)

 2002年の中公文庫だが、翻訳の原版は1938年と古い。日中戦争が始まった頃に翻訳された本である。

 序言によれば、本書は1934年に実施した中央アジア探検の記録である。記録が多岐にわたるので「戦争」「道路」「湖水」という三つのテーマに分けた三部作とし、その第一部が本書『馬仲英の逃亡』である。第二部『シルク・ロード』、第三部『さまよえる湖』と続く。

 1934年時点のヘディンは69歳、すでに高名な探検家・地理学者だった。本書の舞台・中央アジアは、20代の頃から四十数年に渡って何度も探検している。その探検記は漢語でも出版され、本書の探検において読者に出会ったりもしている。

 この探検は南京の中央政府(蒋介石)の依頼により、中央アジアへの自動車道路設計の調査を目的にしている。乗用車1台、トラック4台を連ねた総勢15人の探検隊である。

 隊長ヘディン以下、メンバーはスウェーデン人の医師、地形学者、中国人学者(測量・天文)、中国人技師(鉄道・道路)2名、スウェーデン宣教師の息子である機械部員2名、モンゴル人運転手2名、料理人、召使4名である。

 車を連ねた探検隊はトルファン盆地北方をハミ→トルファン→カラ・シャール→コルラへと進んで行く。当時、この地帯は戦争状態だった。雑駁に言えば、南京政府のコントロールが及ばない半独立状態のなか、馬仲英と盛世才が覇権を争っていた。馬仲英に勢いがあったが、盛世才がソ連軍の支援を要請、ソ連軍の空爆によって馬仲英は劣勢になっていく。

 そんな状況のなか、馬仲英支配下の地域に踏み込んだ探検隊は大変な目に遭う。臨場感あふれる面白い記録である。馬仲英は高名なヘディンを歓迎すると言って、探検隊に「護衛」をつけるが、結局、ヘディンは馬仲英との会見は果たせない。

 ヘディンが伝聞で紹介する馬仲英像は複雑である。途方もなく勇敢で、前線で敵機の爆撃にも不適に身を晒す。人助けが好きで思いやりある人間的な側面と、占領地域の住民を殺戮する野蛮な面がある。不注意なほどにあけすけで、自分の計画を誰にでも話すが、彼が本当にしようと思っていることは本人以外誰も知らない――そんな人物だそうだ。

 当時24歳、回教徒だった彼は、現代におけるティムールの後継者として中央アジアの回教世界を支配下におくことを目指していたとも言われる。

 馬仲英の敗色が濃厚になった頃、探検隊は馬仲英軍の将軍から車両の提供を求められれる。ヘディンが拒否すると銃殺されそうになる。やむなく、馬仲英らの敗走のためのトラックと運転手を提供する。彼らが出発するとき、ヘディンは、運転手は殺されトラックも戻って来ないだろうと覚悟する。だが、意外にも、馬仲英らを送り届けた後、運転手とトラックは戻ってくる。

 そんなわけで、探検隊のメンバーの一人(スウェーデン宣教師の息子である機械部員)は、馬仲英を車の助手席に乗せて運転し、親しく会話を交わすという経験をする。ヘディンがこの隊員に馬仲英の様子を尋ねたときの返答は次の通りだ。

 「気持ちのいい男ですね。われわれはまるで学校友達みたいでしたよ。別れる時、あいつはこういいましたっけ、今までにこんな面白いことはなかったって。私もさようならをいうのがとても残念な気がしましたね。」

 ヘディンは新疆地域で多様な「民族」の人々に出会う。中国人、東干、トルコ人、トルグート、モンゴル人、タタール人、キルギス人、ロシア人などだ。あらためて多民族の地域だと認識した。トルコ人とは現在ウイグル人と呼ばれている人だろう。古代の「ウイグル」の名称を人為的に復活させたのは1935年だそうだ。この探検の翌年である。

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