『謎の引っ越し少女』は唐十郎の初期モチーフ満載だった2025年06月19日

『謎の引っ越し少女』(唐十郎/學藝書林/1970.6)
 近日中に新宿梁山泊公演『愛の乞食』『アリババ』を観る予定である。唐十郎の初期作品の連続上演である。観劇前に戯曲を読み返そうと思い、『アリババ』を収録している『謎の引っ越し少女』を繙いた。戯曲再読を機に、この古い本を頭から読み返し、唐十郎の妄想迷宮にあてられて頭がクラクラした。

 『謎の引っ越し少女』(唐十郎/學藝書林/1970.6)

 初期戯曲3編の他に小説、エッセイ、鈴木志郎康との対談などを収録している。唐十郎30歳、4冊目の著作である。それ以前の著作は以下の通りだ。

 『腰巻お仙』(現代思潮社/1968.5/戯曲&特権的肉体論)
 『ジョン・シルバー』(天声出版/1969.2/戯曲3編&絵巻巷談)
 『少女仮面 唐十郎作品集』(學藝書林/1970.3/戯曲3編)

 いずれも私が学生時代にリアルタイムで読んできた本なのでなつかしい。學藝書林も天声出版もいい本を出していたが消えてしまった。

 本書は唐十郎の処女戯曲『24時53分“塔の下”行は竹早町の駄菓子屋の前で待っている』を収録している。後の唐作品の要素をいくつも胚胎した戯曲である。だが、かなり陰鬱なのがいかにも処女作だ。

 小説3編(「銀やんま」「ファンタジー ガラスのヴァギナ」「愛のハンコ屋」)とエッセイ6編(少女論、謎の引っ越し少女、他)を続けて読むと、それぞれの作品が混ざり合ってひとつの唐十郎迷宮に感じられる。エッセイは限りなくフィクションに近い。そもそも、「小説」「エッセイ」としたのは、目次の配置や内容から読み手の私が勝手にそう思っただけで、明に表記されているわけでない。書き手は、はなからそんな区別にとらわれてないかもしれない。

 エッセイと思われる文章を論旨を辿りながら読み解こうとすると、論理の飛躍と奔放なイメージの炸裂に頭がついて行けなくなる。小説や戯曲を読む気分に切り替えねばならない。つくづく、唐十郎は詐術師だと思うのだが、直観的に事象の本質を抉っていると感じられる箇所もあって、あなどれない。

 戦後東京下町の唐十郎の原風景に、古賀さと子、バシュラール、沖縄、ドストエフスキイ、中原中也、夢野久作、ルイス・キャロル、エーリッヒ・フロム、エミリー・ブロンテ、ジャンヌ・ダルク、つげ義春などなどが乱入して、あやうい伽藍を紡ぎ出す――そんな一巻である。

 ひさかたぶりに本書を読み返し、唐十郎の初期作品のモチーフ満載だと確認できた。