『レ・ミゼラブル』を読んだ2017年09月17日

『「レ・ミゼラブル」の世界』(西永良成/岩波新書)、『レ・ミゼラブル (1)(2)(3)(4)(5)』(西永良成/ちくま文庫)、『「レ・ミゼラブル」百六景』(鹿島茂/文春文庫)
◎あの長い小説を読んだわけ

 小学生の頃、『がんくつ王』を読み、その元が『モンテクリスト伯』という長大な物語だと知り、いつかはそれを読んでみたいと思った。同じ頃、『ああ無情』を読み、その元が『レ・ミゼラブル』という長大な物語だと知ったが、それを読みたいとは思わなかった。『がんくつ王』も『ああ無情』も面白かったが、前者が文句なしに面白いのに対し、後者には美談仕立ての説教くささを感じたからだと思う。

 『モンテクリスト伯』の完訳版は、還暦を迎えた8年前に読んだ。そして先日、『レ・ミゼラブル』を次の完訳版で読んだ。

  『レ・ミゼラブル (1)(2)(3)(4)(5)』(西永良成/ちくま文庫)

 さほど意欲が湧かなかった『レ・ミゼラブル』を読む気になったのにはいくつかの動機がある。一つはピケティなどの「21世紀は19世紀の再現になるかもしれない」という言説に接し、19世紀の小説を読んで19世紀の様相を断片的にでも把握したいと考えたからだ。その関心から次の新書を手にした。

 『「レ・ミゼラブル」の世界』(西永良成/岩波新書)

 これを読んだのが完訳版を読む直接のきっかけになった。新聞記事で「『レ・ミゼラブル』は途中で投げ出す人が多く、通読した人が少ない」という一節を目にしたのも挑戦意欲をそそった。

◎デザート本で余韻を楽しむ

 『「レ・ミゼラブル」の世界』による事前知識で、「哲学的部分」(作者の脱線気味の演説)が多い小説だと覚悟していたおかげで、さほど面食らうこともなく読了できた。大長編にもかかわらずあまり長さを感じなかった。読了後、食後のデザート気分で次の本も読んだ。

 『「レ・ミゼラブル」百六景』(鹿島茂/文春文庫)

 この本は原版の挿絵紹介の本で、230葉の挿絵が掲載されている。全ページの半分が挿絵で残りの半分はその挿絵の解説を交えた『レ・ミゼラブル』の要約の文章である。大長編読了後に物語を反芻して余韻を楽しむにはうってつけの本で、堪能できた。

◎覚悟を決めれば読みやすい 

 読んでいる途中では、あざといストーリー展開のメロドラマと感じることも多かったが、読み終えたときには、19世紀の文豪の圧倒的な力業に屈したような爽快感を覚えた。やはり、面白いのだ。『レ・ミゼラブル』は、ユゴーの蘊蓄長口舌につきあう覚悟と度量さえあれば、ディティールを楽しめる古典の味わいがあるエンタメ長編である。

 この小説には、本編の展開とはあまり関連のない演説が延々と続く場面が随所にある。ハラハラドキドキの物語を小出しにしながら作者のおしゃべりを繰り返すのは、「私の演説を聞かなければ、このお話しの続きは教えないよ」という老獪な戦術にも見えるが、そこに可愛げもある。

 作者の長口舌に読者がうんざりしているだろうと作者自身が自覚しているふしもあり、それでもおしゃべりを続けるのだから、そのエネルギーと執念に読者は屈服するしかない。ゆったりした気分で聞くなら、その長口舌にも味わいがありそうだ。

 ということは、『レ・ミゼラブル』を十分に堪能するには2度読むのがいいのである。どんな小説でも再読した方が堪能できるのは当然だが、『レ・ミゼラブル』の場合は1度目は物語の展開を楽しみ、2度目はユゴーの演説をじっくり拝聴するという読み方になるだろう。と言っても、私は当面、再読する元気はない。

◎パリの貫禄

 『レ・ミゼラブル』は1862年に60歳のユゴーが発表した小説で、その内容は主に1815年から1833年までの物語である。発表時の近過去を舞台にしたフィクションにはユゴーが生きた同時代のさまざまな事象が反映されている。

 この小説は、次の二つと重ねて読むと一層興味深く読み進めることができる。
  
  (1)18世紀から19世紀のフランスの歴史
  (2)その時代を生きたユゴーの生涯

 私自身はこの2点に不案内だったが、事前に新書の『「レ・ミゼラブル」の世界』を読んでいたので、ある程度は興味深い重ね読みができた。

 今回の読書で、パリという町が「恋と革命」という盤石で永遠の青春テーマの背景にふさわしい町だと、あらためて気づいた。1789年の大革命から1960年代の5月革命まで、パリには繰り返しバリケードが築かれ市街戦が展開された。歴史が作られる町なのだ。私は行ったことはないが…。

 『レ・ミゼラブル』はバリケード蜂起小説でもあり、この小説によって年季の入ったパリの貫禄を感じさせられた。

十数年前に買った『青春の終焉』をついに読了2017年08月08日

『青春の終焉』(三浦雅士/講談社)、朝日新聞夕刊(2017年7月26日)
◎新聞記事がきっかけで…

 十数年前に購入して書架の片隅で眠っていた『青春の終焉』(三浦雅士/講談社)を読んだ。

 きっかけは先月(2017年7月26日)の朝日新聞夕刊に載っていた「時代のしるし」という記事だ。三浦雅士氏が2001年刊行の『青春の終焉』について語ったインタビュー記事で、『「若さ」を軸に解いた社会と文学』という見出しがついている。

 この記事を読み、未読で気がかりのまま十数年が経過していたた本書に取り組む気になった。読み始めてみると、想定したほどに固い内容ではなく、比較的短時間で面白く読了できた。

◎サブタイトルは「1960年代試論」

 本書には「1960年代試論」というサブタイトルが付されている。しかし、表紙や扉にサブタイトルの表記はなく、目次の前のページに表記されているだけだ。冒頭の「はしがき --- 1960年代か?」で、サブタイトルへの言及がある。要は、本書の背景には「1960年代試論」という必然的目論見があるが、本書全体は1960年代論ではない、そういうことのようだ。

 1948年生まれの私にとって、学生として生きた1960年代の記憶は鮮明で、思い入れのある時代だ。著者の三浦雅士氏は私より2歳上の1946年生まれ、若くして異能の編集者と呼ばれ、30代に『私という現象』でデビューした評論家である。30年以上前に『私という現象』を読んで感心した記憶があり、ほぼ同世代の三浦雅士氏が1960年代を語るなら面白くなりそうだと期待して読み始めた。

◎「当たり前」を否定する奇説

 どんな人にも青春はあり、齢を重ねれば終わる --- それはいつの時代にも繰り返されてきた当たり前のことに思える。その「当たり前」を否定し、「青春」とは18世紀に発生し1960年代に終焉した特殊な現象だとするのが本書の主張である。驚くべき奇説だ。読む前からそんな主旨の本だとは了解してたが、どんな論理展開で読者を説得するのか興味があった。

 本書は全15章に「はしがき」と「あとがき」がついて484ページの長編評論である。やや厚い本ではあるが、冒頭の「はしがき」と最初の章「青春の終焉」を読めば主張のあらましは把握できる。後の章は材料を変えた変奏曲で、繰り返し感がある。しかし、退屈はしない。多様な作家や思想家の作品を援用しながら手を変え品を変えの知的力業には感心する。名人芸を観ているようだ。

 「青春という現象」とはブルジョア階級の勃興によって18世紀ヨーロッパに発生した。それは「青春という病」とも言えるもので、伝染病のようにロシア、日本、中国に伝播し、19世紀から20世紀の思想・文学を席巻し、1960年代に終焉した.。そんな主張を裏付けるために動員された小説・評論家の数はおびただしい。

 本書に登場する主な作家・評論家・思想家の一部を羅列すると、小林秀雄、三島由紀夫、中村光夫、大岡昇平、江藤淳、平野謙、夏目漱石、柳田国男、本多秋五、ドストエフスキイ、バフチン、太宰治、吉本隆明、花田清輝、山崎正和、小田切秀雄、色川大吉、吉田健一、丸谷才一、石川淳、坪内逍遥、滝沢馬琴、大田南畝、吉川英治、唐木順三、和辻哲郎、ニーチェ、ヘーゲル、マルクス、サルトル、フーコー、レヴィストロース、川端康成、石原慎太郎、村上龍、村上春樹、ルカーチ、ベルジャーエフ、大江健三郎、廣松渉、谷川俊太郎、ベンヤミン、手塚治虫などなどで、言及されている固有名詞はこれに倍する。

 もちろん私は本書で言及されている作品の大半を読んでいないし、人生の残りも少ないのでそれらに手を伸ばすことはないだろう。

◎文学史+思想史+出版業史

 『青春の終焉』におびただしい固有名詞が登場するのは、著者が編集者的手腕で18世紀以降の文学史・思想史の一種の整理・総括を試みているからである。それが文学史・思想史にとどまらず出版業史にもなっているところが興味深い。『朝日ジャーナル』の変遷、講談社と岩波書店の役割分担、かつて流行した文学全集各巻への作家の割り当ての変遷、文学全集の編集に誰が関わっていたかなど、面白い視点だ。

◎馬琴に一章

 また、本書で少々異様に感じたのは滝沢馬琴が大きく取り上げられていることだ。分量としてはドストエフスキイと同格だ。

 作者は「馬琴の影」という一章を費やして『南総里見八犬伝』が青春の書である論証を試みている。そして、江戸と明治の文学に断絶を観るのではなく連続を観るべきだと主張している。私は、政治や文化に関しては同様のことを感じていながら、近代文学は明治に始まったと思い込んでいたので、蒙を啓かれた気がした。

◎私の青春が終わっているのは確かだが…

 本書を読了して、18世紀に発生した「青春」が1960年代の終わったという著者の主張を十分に理解・納得できたわけではなく、強引な展開に思えるところもあった。

 しかし、現代の状況をあらためて把握できた気分にもなった。1948年生まれの私は、私たちが若い頃(1960年代だ!)に熱中したアレヤコレヤ(本、etc)に21世紀の若い人たちが無関心なことに軽い苛立ちを覚えていた。それは、古代から現代に至るいつの時代にも繰り返されてきた「いまの若者は…」という嘆き、ありふれた世代間確執に思えていた。だが、本書の主張が正しければ、そんなに普遍的なものではなく、1960年代に青春とその終焉を体験した私たち世代だけが感じる大きな段差ということになる。本当だろうか。自分だけが特殊だと思い込むのはまさに「青春という病」の症例だと思われるが…。

ロシアにはロシア文学の名残があった2017年06月15日

左上:プーシキン像、右上:ドストエフスキー像、左中:プーシキン、右中:ゴーゴリー、左下:ドストエフスキー、右下:トルストイ
 モスクワ2泊、サンクトペテルブルグ3泊のロシア観光ツアーに参加、あわただしくアッという間に終わり、足が疲れた。初めてのロシア旅行で特に自分に課したテーマはなく、知らない寒い国の様子を垣間見たいと思った。

 モスクワもサンクトペテルブルグも予想したほどに寒くはなかった。1週間前は雪だったそうだが、半袖でもOKの気候で、準備したダウンジャケットの出番はなかった。帰国した6月13日の東京はロシア以上に寒く、ロシアで不要だったダウンを着るはめになった。

 見学したのは主に旧宮殿とロシア正教の教会だ。クレムリンもエルミタージュ美術館も元は宮殿だし、トレチャコフ美術館は商人の元邸宅とは言え教会を併設している。

 豪壮な宮殿を観て回ると、あらためて帝政時代のロシア皇帝への富の偏在が実感される。また、教会を観て回ると、社会主義時代にも生き延びたロシア正教の根深さを感じる。

 そんな感想とは別に、ロシアにはやはりロシア文学の名残が色濃く残っているのが意外だった。私も大学時代にはロシア文学に魅かれた時期があり、人並みにロシア文学には関心があるが、今回のツアーとロシア文学つなげて考えてはいなかった。一般の観光旅行のつもりだった。それでも、行く先々で文学者の銅像(ドストエフスキー、プーシキンなど)や肖像画(プーシキン、ゴーゴリー、ドストエフスキー、トルストイなど)に遭遇し、軽い感動を憶えた。

 サンクトペテルブルグ市内をバスで観光しているとき、日本語ガイドのロシア人女性が「ここから見える通りが『罪と罰』のラスコリーニコフが住んでいた場所です」と案内してくれた。もちろん、ラスコリーニコフは実在の人物ではない。だが、かつての住人として人々の記憶に定着しているのかもしれない。

 しばらく行くと「左手に見えるのがゴーゴリのハナの家です」と案内してくれた。「ハナ」が「花」に聞こえ、ゴーゴリーに「花」という作品があったかなあと考えているうちにバスは現場を通過し、ハッとした。その家のドアの上には立派な「鼻」のオブジェが飾られていた。それを見て、ゴーゴリーに『鼻』という珍妙な短篇があったと思い出した。自分の体から分離した鼻が上司になる話だったと思う。もちろん、実話である筈がない。でも、その家は実在していた。

 ラスコリーニコフの家も「鼻」の家もバスの車窓か眺めただけで、写真も撮れなかった。いつの日か、ロシア文学をテーマにロシアの街歩きをするのも一興だと思えた。と言っても、かつて読んだロシア文学の大半は忘れてしまっているし、あの重厚長大な作品群を読み返す元気はない…今のところ。

 ロシアで着なかったダウンを東京で着るはめになったように、忘却していた宿題を持ち帰ってしまったような気分だ。

「仮名手本忠臣蔵」観劇気分を盛り上げるつもりだったが…2016年11月16日

『忠臣蔵 元禄十五年の反逆』(井沢元彦/新潮社)、『浅野内匠頭刃傷の秘密:精神科医の見た赤穂事件』(中島静雄/メディカル・パブリシティ)
◎歌舞伎を観て昔のミステリーを想起

 忠臣蔵の史実も面白いが当面は「仮名手本忠臣蔵」の面白さを追求したいという気分から、20数年前に読んだ次のミステリーを再読した。 

 『忠臣蔵 元禄十五年の反逆』(井沢元彦/新潮社/1988.12.15)

 出版直後に読んだものの内容はほとんど失念している。だが、一箇所だけ憶えている。「仮名手本忠臣蔵」は徳川綱吉への反逆を含意した芝居だと主人公が指摘し、その証拠として「松切りの場」が「松平を切る」を意味していると主張するシーンだ。この場面以外は何も記憶に残っていない。

 先月、国立劇場の「仮名手本忠臣蔵 第一部」で「松切りの場」を観たとき、このミステリーの記憶が甦った。それがきっかけで「仮名手本忠臣蔵」観劇を盛り上げる材料を期待して再読した。

 この小説の冒頭は、昭和61年(1986年)11月、国立劇場での「仮名手本忠臣蔵」全段上演を主人公が観劇するシーンである。この上演は私も記憶してる。観劇はしていないがテレビ放映を録画した。期待が高まる書き出しである。だが、その期待は期待倒れに終わった。

 『忠臣蔵 元禄十五年の反逆』は歴史上の事件の謎に挑戦する歴史ミステリーとしては面白く、それなりの論が展開されている。しかし、地の物語が安直で薄っぺらく、そのため歴史ミステリーの謎解き部分も怪しげに見えてしまう。おのれの記憶力を棚に上げて、私が内容の大部分を失念したのもむべなるかなと思えた。

◎論評小説でもある

 『忠臣蔵 元禄十五年の反逆』は実在の事件と芝居を扱っているので、実在の書籍の紹介や引用が多い。たとえば前半に出てくるものは以下の通りだ。

 『忠臣蔵:その成立と展開』(松島栄一/岩波新書)
 『日本の歴史16 元禄時代』(児玉幸多/中央公論社)
 『国文学 昭和61年12月号 忠臣蔵・日本人の証明』 
 『忠臣蔵とは何か』(丸谷才一/講談社)、その後の諏訪春雄・丸谷才一論争

 この他にもいろいろな文献の引用があり、後半のメイン書籍は次の本である。

 『浅野内匠頭刃傷の秘密:精神科医の見た赤穂事件』(中島静雄/メディカル・パブリシティ)
 
 登場人物たちがこれらの書籍を読んだり論評しながら歴史の謎を追究していく展開である。芝居や赤穂事件に関する解説や推論を小説仕立ての会話で延々と記述しているので、やや煩わしくも感じる。単なる評論文にすればかなりコンパクトになる内容だ。

◎ユニークな説を提示

 この小説で展開している主張は次の二点である。

 (1) 「仮名手本忠臣蔵」の高師直は吉良上野介ではなく徳川綱吉を表している。
 (2) 松の廊下の刃傷事件の理由は浅野内匠頭の精神病にあり、吉良には何の落ち度もない。

 どちらも通説とは異なるユニークな説であり、その論証もある程度は説得的で、感心しながら読んだ。面白い謎解きだと思う。しかし、これらの説を受け容れたわけではない。

 これらのユニークな説は、本来は国文学者や歴史学者が評価するべきものだろうが、実は誰にも当否の判断ができないものに思える。

 (1)に関して、「仮名手本忠臣蔵」という創作物をどう読み解くかは、作者の意図とは関係なく受け手にゆだねられるもので、それは多様だ。受け手には誤読の自由もあり、正解があるわけでもない。高師直=徳川綱吉も一つの読み方だと思う。

◎精神科医の見た赤穂事件

 (2)の刃傷事件は創作物ではなく歴史的事件に関わる事なので、真相の追究に意味があるとは思う。私が把握している限り、刃傷事件の理由は不明でいくつかの説がある。

 精神病説についてはよく知らないので、この小説で取り上げている『浅野内匠頭刃傷の秘密:精神科医の見た赤穂事件』を古書で入手し、読んでみた。

 精神科医の書いたこの本は、1982年に発生した日航機羽田沖墜落事故(精神異常の機長が逆噴射装置を作動させたのが原因)の機長と浅野内匠頭の類似点を指摘し、松の廊下の刃傷事件の原因は浅野内匠頭が精神病を発症したことにあると結論づけている。

 この指摘を読む限り、乱心が原因に思えてくる。ただし、本書は浅野内匠頭の診断にとどまらず、赤穂事件全般にまで筆が及び、吉良への同情からか討ち入りした赤穂浪士たちへの批判なども展開していて、バイアスを感じてしまう。冷静な浅野診断書に留めておいた方が評価が得られたのではと思う。

 刃傷事件の理由は信頼できる史料をベースに判断するしかなく、多くの学者たちが検討を重ねても不明とするしかなかった案件である。精神病の蓋然性はあるだろうが一つの説でしかない。不明なものは依然として不明で、如何ともしがたいのではなかろうか。

 「仮名手本忠臣蔵」観劇の気分を盛り上げようと昔のミステリーを再読したのだ、かえって「史実」への関心の方が高まってしまった。困ったことだ。

『ユリウス・カエサル氏の商売』(ブレヒト)のカエサルはオポチュニスト2016年10月09日

『ユリウス・カエサル氏の商売』(ベルトルト・ブレヒト/岩淵達治訳/河出書房新社)
 小説『カエサルを撃て』(佐藤賢一)に続けて次の小説を読んだ。

 『ユリウス・カエサル氏の商売』(ベルトルト・ブレヒト/岩淵達治訳/河出書房新社)

 本書の存在を知ったのは塩野七生氏の『ローマ人の物語』での言及だ。塩野氏はシェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』は評価していないが、ブレヒトのこの作品をかなり高く評価していた。

 そんな記憶があったので、カエサルを扱った文学作品を読むなら本書を外せないだろうと思っていた。訳書は1973年刊行で古書はかなり高い。ブレヒト戯曲全集を検索しても収録されていない。仕方なく、相対的に安い古書を購入した。

 本書を手にしてわかったことは、『ユリウス・カエサル氏の商売』が戯曲ではなく小説で、しかも未完の作品だということだ。ブレヒト作品だから戯曲だろうと思い込んでいた。戯曲全集にないのは当然だ。

 タイトルの印象で、カエサルを戯画化した芝居を想像したが、読んでみるとなかなか重厚な歴史小説だった。未完なのが惜しい。

 本書の舞台はカエサルが暗殺されて20年後のイタリア、語り手である「わたし」は伝記作家である。カエサルの伝記を書くため、カエサルと親交があった老銀行家(かつては執達吏)を訪ねる。彼がカエサルの秘書の日記を所有していると知り、その日記を借り出して読むのが目的である。

 というわけで、この小説の枠組みは「わたし」と老銀行家やその周辺の人々とのやりとりである、その中でカエサルの思い出話もいろいろ出てくる。だが、この小説の大部分は「わたし」が借り出した秘書の日記そのもので、それは紀元前63年から数年間の日記である。

 この日記の部分を読んでいると、本物の史料を読んでいる気分になる。三頭政治以前の時代の日記で、この日記で描かれている大事件といえばカティリナの陰謀で、ローマ史全体から見ればさほど大きな出来事ではない。しかし、そのディティールから歴史解釈が浮かび上がってくるところが面白い。

 ブレヒトは当初この作品を戯曲として計画したそうだが、戯曲には収まりきれないと気づき小説として一九三八、九年頃に書き始めたが、第二次大戦の勃発による亡命や他作品の執筆などで中断し、ついに未完に終わったそうだ。

 もし未完でなければ、どの時代まで書き進める予定だったのかはわからないが、三頭政治以前の短い期間を扱った本書だけでもブレヒトの意図は十分に表現されている。巻末に収録されている岩淵達治氏による詳細な解説も本書を読み解くにはとても有益だった。

 ブレヒト作品だから唯物史観で独裁者カエサルを批判的に描いているのだろうとは想像していたが、それほど単純に図式化した話ではなかった。近代の視点で意図的にデフォルメしているにもかかわらず、古代ローマのひとつのリアルが感じられる小説だ。

 この小説ではカエサルの膨大な借金の由来と対処に焦点をあてているのがユニークで面白い。カエサルが若い頃に海賊に捕えられた経緯の「真実」を明かす話も面白いし、カティリナの陰謀に関わる裁判におけるカエサルの有名な死刑反対演説の背景の説明も面白い。ここで表現されているカエサルは政治家であると同時にビジネスマンであり、多面的なオポチュニスト親父である。

 佐藤賢一氏は『カエサルを撃て』でカエサルを小心な二流の男に描き、ブレヒトは本書でカエサルをオポチュニスト親父に描いている。もちろん、真実は不明であり、残された史料を手がかりに推測するしかない。歴史学者に比べて小説家はより奔放に自由に推測することが許されている。そんな作品を読むのも、素人にとっては歴史を知る楽しみの一つであり、歴史解釈の一端と考えてみたくなる。

 歴史上の人物にとどまらず世の中のさまざまな事項にいろいろな見方があるのは当然であり、多様な見方を知った上で自分の考えを紡ぐしかない。

『カエサルを撃て』(佐藤賢一)のカエサルは薄毛を気にする中年男2016年10月07日

『カエサルを撃て』(佐藤賢一/中公文庫)
 『王妃の離婚』で直木賞を受賞した佐藤賢一氏はフランス中世を舞台にした小説を書く人だと思っていたが、古代ローマを題材にした作品を三つも書いていると知った。まずは次の小説を読んだ。

 『カエサルを撃て』(佐藤賢一/中公文庫)

 私は以前に『王妃の離婚』を読んだだけで、この作家の小説を読むのは本書ガ2作目だ。主人公は『ガリア戦記』の最後の方に登場する蛮族の指導者ウェルキンゲトリクスである。普通の日本人にはあまり馴染みのない人物に思えるが、フランスでは有名人らしい。第三共和国の教科書の冒頭にフランスの歴史上最初の英雄として登場するそうだ。フランス史に詳しい佐藤賢一氏らしい目のつけ所だ。

 私はこの人物を塩野七生氏の『ローマ人の物語』で初めて知った。その後、カエサルの『ガリア戦記』も読んだので、多少の印象は残っている。その印象とは、バラバラなガリア諸民族を束ねて決起し強大なローマ軍に立ち向かい、最後は破れるにしてもカエサルを追い詰めて苦しめた「敵ながらアッパレな奴」といったものだ。

 ローマに協力する蛮族を味方、反抗する蛮族を敵とみなすのはカエサルやローマという文明に感情移入しているせいだが、『ローマ人の物語』や『ガリア戦記』を読んでいると、どうしてもそんな気分になってしまう。

 だが本書はその裏返しで、ガリア側視点の『ガリア戦記』である。当事者であるカエサルが書いた『ガリア戦記』を読んでいても、ガリア地域に文明と平和をもたらすためにローマが進出するというのは、部族割拠のガリアの人々にとっては大きなお世話であり、ローマの侵略に見えてくる。だから、ガリア側から抵抗運動を描いた方が痛快で説得力がある物語になるように思える。

 ところが、『カエサルを撃て』は痛快なレジスタンス小説とは言えない。カエサルは十分に悪役だが、対峙するウェルキンゲトリクスもなかなかに野蛮で感情移入しにくく、エンタメ英雄譚にはなっていない。猥雑でややえげつない古代世界を生々しく描いた小説で、著者がウェルキンゲトリクスに惚れ込んで描いたわけではないように思える。

 興味深いのは、この小説におけるカエサル像だ。薄毛を気にする小心な中年男、陽気で優しくて思いやりにも長けたお人好の二流の男、大成するには何かが足りない男として描かれている。

 そんな男が何故その後、ローマ帝国の創始者とも呼ばれる大人物になったのか。それは、若きウェルキンゲトリクスと対峙したからである…というのが本書の歴史解釈のミソである。何とかウェルキンゲトリクスを破りガリア総決起を抑えることができたとき、カエサルは別人への変貌を遂げたというのである。本書の末尾近くに次のような記述がある。

 「(カエサルは)確かに別人になっていた。ガリアの若き野生に魅せられ、もうローマの醜い中年男はいなかった。やはり、カエサルは撃たれたのだ。」

 ユニークで面白い見方だ。だが、本書全編を費やしても、この回心を説得的に展開しているとは言いにくい。もちろん、人間が別人に変貌を遂げることはあるだろうが、そんなに容易に変われるわけではなく、人間の回心を説得的に描くのは容易ではない。

「パルチザン伝説」の桐山襲への世代的共感と違和感2016年07月26日

『テロルの伝説桐山襲烈伝』(陣野俊史/河出書房新社)、『パルチザン伝説:桐山襲作品集』(桐山襲/作品社)
 先日(2016年7月17日)の日経新聞で『テロルの伝説桐山襲烈伝』(陣野俊史/河出書房新社)の書評を読むまで桐山襲(きりやまかさね)という作家の存在を知らなかった。1949年生まれで1992年に夭逝した作家で、三菱重工爆破事件や浅間山荘事件を題材にした作品を残したそうだ。天皇制打倒を目指すパルチザンを描いたため、右翼からの圧力で出版が中止されるという事件もあったそうだ。

 1949年生まれということは私より一歳下の同世代だ。息苦しそうな本だなあと思いつつ『テロルの伝説桐山襲烈伝』を読んでみたくなった。また、桐山襲のデビュー作『パルチザン伝説』(作品社)もネットの古本屋で入手した。

 『烈伝』を読む前に『パルチザン伝説』を読んだ。『文藝』1983年10月号に掲載された文藝賞候補作で、河出書房新社から単行本化される予定だったが右翼の圧力で出版中止となり、後日、作品社から刊行された本だ。この小説には連続企業爆破と連合赤軍がナマに扱われていて、そこに日本の終戦に関する「パルチザン」の話が絡んでいる。かなり無理がある未昇華小説だと感じた。

 この小説を読んでから大部の『テロルの伝説桐山襲烈伝』にとりかかった。この本は桐山襲が残したほんどすべての小説の内容を「解題」としてかなり詳しく紹介し、続いて小論を付すという体裁を基本に、年代記的に桐山襲の活動を描いている。これを読めば、桐山襲の作品を読んでいなくても全集(存在しない)を読んだ気分になる。同時に、筆者・陣野俊史氏の熱気が伝わってくる。

 本書によれば、桐山襲(ペンネーム)は早稲田の社青同解放派(反帝学評)の活動家で、卒業後は東京都教育庁に就職、1992年に逝去するまで公務員として勤務しながら作家活動を続けていたそうだ。社会人になってからも反資本主義・反帝国主義的な思想を持続しながら作家としての表現活動を展開した人だ。

 わが同世代にこういうタイプの人がいるだろうとは予感していたが、私はこの作家の存在を知らなかった。桐山襲が作家として活躍した1983年から1992年、30代後半から40代前半の時代、私は小説をまったく読まなかったわけではないが、この作家は視野に入らなかった。それぞれが社会人として多忙を極めていた頃なのだ。後にバブルと呼ばれるこの時代に、桐山襲は全共闘、新宿騒乱罪、連合赤軍、東アジア反日武装戦線、南島としての沖縄、南方熊楠、永山則夫などへの関心をベースに、それらを風俗ではなく思想の素材として小説を紡いでいた。

 いま、あの頃をふりかえり、情況の射程を21世紀の現代にまで広げると、往時茫茫の感慨を超えて、封印していたものがあふれ出てくるような苦しさが湧き出てくる。『テロルの伝説桐山襲烈伝』を読んで、世代的共感と違和感が同時に噴出し、濃厚と淡泊が錯綜する。

『伯爵夫人』の三島由紀夫賞受賞で時代の減速を感じた2016年07月03日

『伯爵夫人』(蓮實重/彥新潮社)、『新潮 2016年7月号』
◎炎上商法に乗せれた

 第29回三島由紀夫受賞作が元東大総長の評論家・蓮實重彥氏(80歳)の『伯爵夫人』に決まり、「受賞はうれしくない。迷惑だ」などの蓮實氏の発言が話題になった。新人賞である三島賞を80歳の老文学者に授賞するのに違和感があるとは言え、受賞者の一連の発言は「炎上商法」のようなものだ。そう思いつつまんまと乗せられて『伯爵夫人』(新潮社)を購入し、読んでしまった。

◎雑誌を買い、単行本も買った

 実は、単行本を購入する前に「三島由紀夫賞発表」と銘打った『新潮 2016年7月号』も購入した。書店の店頭で目次を眺め、選考委員たちの選評や受賞者のインタビューに加えて『伯爵夫人』の本文まで掲載されていると知り、これは買い得だと思って購入したのだ。しかし、私の早トチリだった。

 雑誌掲載の『伯爵夫人』を意外と短い小説だなと思いつつ読み進めると、それは冒頭部分だけの抜粋だった。再確認すると目次には『伯爵夫人(一部掲載)』となっている。小さい活字の「一部掲載」を見落とした私が迂闊であったが、この雑誌の発売は単行本発売の前で、件の小説は短篇だと思い込んでしまったのだ。冒頭部分を読んでしまったので、後日刊行された単行本を仕方なく買うはめになった。

◎何ともヘンな小説

 高名な評論家・蓮實重彥氏の本を、私はこれまでに読んだことがない。新聞や雑誌に掲載された文章のいくつかに接して、アクロバット的もってまわった文章に驚嘆し、その芸風に感嘆した記憶がある。

 『伯爵夫人』は何ともヘンな小説である。「なんじゃこれは」と思いつつ読了してしまった。クラシックで心地よい雰囲気で始まるが、しだいにポルノ小説まがいになっていき、とんでもない小説ではないかと思っているうちに、何とか律儀に着地する。状況に翻弄される主人公が「夢の中だからに違いない」と感得するシーンが臆面もなく繰り返されるのが面白い。

 『伯爵夫人』は主人公が異常な白日夢のような体験をする1日を描いた小説で、その日は太平洋戦争勃発の日である。「帝國・米英に戰線を布告す」という夕刊の見出しを主人公が眺めるシーンがラストだ。

 作者自身がインタビューの中で「「十二月八日」なんて、あざといといえばいかにもあざといでしょう」と述べている。正鵠を得ているだけに、読者としては、はぐらかされたような不思議な気分になる。

◎元東京外語大学長の小説も候補作

 私は小説そのものへの関心から『伯爵夫人』を手にしたわけではない。現役作家である選考委員たちが、自分たちよりかなり年長の元東大総長の小説を「新人賞」に選んだという事態に興味をもったのだ。

 『新潮 2016年7月号』によれば、今回の三島賞の候補作には、元東京外語大学長のロシア文学者・亀山郁夫氏の『新カラマーゾフの兄弟』もノミネートされている。私は昨年末『新カラマーゾフの兄弟』(上)(下)を読んでいる。これも何ともヘンな小説で、「なんじゃこれは」と思いつつ読了した。だから、三島賞の選考委員たちがこのヘンな小説をどう評価しているかにも興味があった。

 同じようにヘンな小説であっても『伯爵夫人』と『新カラマーゾフの兄弟』は全く趣向の異なる小説だ。熟れた新人の小説と青臭い新人の小説と言えるぐらいの違いがある。それにしても、功成り名を遂げた文学者が書いた小説が2編もノミネートされていて、選考委員たちはとまどっただろうと推察する。

◎年長者の作品を若い作家が選考する時代

 今回の三島賞の選考委員は辻原登氏(70歳)、高村薫氏(63歳)、川上弘美氏(58歳)、町田康氏(54歳)、平野啓一郎氏(40歳)の5名で、全員が80歳の蓮實重彥氏より若い。元東京外語大学長の亀山郁夫氏は67歳(私と同い年)だから、蓮實重彥氏よりかなり若いとは言え、選考委員の大半よりは年長だ。

 本来、青年や少年の書いた小説を大家や中堅作家が評価して授賞するのが新人文学賞だ。しかし、これからの新人文学賞は、一仕事を終えた老人が書いた小説をより若い作家たちが選考するというおかしな事態が増えてきそうな予感がする。

 これは、昔に比べて世代間の感性の違いが減少しているということでもある。親子の間の距離は昔に比べて現在の方が縮まってきていて、それは時代が減速している証左である、という社会学者の見解を聞いたことがある。一見、時代の変化は激しくなっているように感じられるが、見方を変えれれば、現代は時代が減速する停滞期に入っているようにも思える。

 蓮實重彥氏や亀山郁夫氏の小説がノミネートされ、選考委員と候補者の年齢が接近を通り越して逆転した三島賞の選評を読みながら、時代の減速を感じた。選考委員たちの選評の中では高村薫氏の見解に最も共感した。

『コインロッカー・ベイビーズ』が音楽劇になった2016年06月09日

 村上龍が1980年に発表した長編小説『コインロッカー・ベイビーズ』が舞台になると知り、少し驚いた。36年前のあの尖った小説が21世紀の現代に再登場するのが意外だった。私は村上龍ファンではあるが、時代は村上龍より村上春樹の方に振れているように感じられるからだ。

 前売券を購入したときは普通の芝居だと思っていたが、後で「音楽劇」だと知った。音楽がかなりの役割を担っている小説だからそんな料理法もありか、と思いつつ劇場に足を運んだ。

 場所は赤坂ACTシアター。開場前に到着すると劇場前に若い女性たちの群れができていた。開場するとその女性たちが4列になって延々と入場して行く。私のようなオジサンはほとん見当たらない。場違いな所に迷い込んだ気分になった。女性たちの列が途切れてから入場した。

 出演者は私の知らない役者ばかりで、主演の二人はジャニーズJr.のミュージシャンだそうだ。観客の大半はジャニーズのコンサートのつもりで集まってきているようだ。村上龍の芝居だと思ってやって来たオジサンは、得がたい異空間を体験できた。

 音楽劇『コインロッカー・ベイビーズ』は、出演者たちが歌って踊る舞台だった。かなり激しいロック調の歌と踊りで最後まで退屈することはなかった。私はミュージカルやオペラはほとんど観ない。芝居に歌が挿入されるのは効果的だと思うが、科白を歌いあげるのには違和感があり、滑稽に感じてしまうのだ。滑稽を狙った効果なら受け容れられるのだが…

 『コインロッカー・ベイビーズ』は、もちろん滑稽な話ではない。わかりやすい話でもない。28歳の村上龍が己の紡いだイメージを奔放に文章化しながら突っ走った小説だ。手元にある当時の単行本を手にしてみると、オビには「初の書下ろし長編」「衝撃の近未来小説」の惹句が踊っている。オビ掲載の20行ほどの推薦文は上巻が埴谷雄高、下巻が筒井康隆だ。すごい人選だと思う。純文学とSFに跨る若き才能・村上龍の迫力が伝わってくる。

 あの奔放な長編小説が数時間の舞台でどう表現できるか、それが私の関心事だった。歌と踊りで進行する音楽劇『コインロッカー・ベイビーズ』は、小説のいくつかのシーンを取り上げ、粗筋を追えるようになっていて、あらためて「そうか、こんな話だったのか」と思ったりもした。だが、それは後景にすぎない。この舞台のメインは、世界に対峙する若者の焦燥と衝動という普遍的なものをニューロティックに表現していることだと感じた。

 そう感じると『コインロッカー・ベイビーズ』という小説はロックコンサートのような小説だったのだと思えてきた。

辻邦生の『背教者ユリアヌス』を読んで60年代を想う2016年04月10日

『背教者ユリアヌス』(辻邦生/中央公論社)
◎読み始めると面白くて一気読み

 いずれ読もうと古書店で購入したまま書架に眠っていた『背教者ユリアヌス』(辻邦生/中央公論社)をついに読んだ。二重函入り二段組み720ページ(二千枚)の大著で、読み始めるには気合が必要だったが、導入部から物語の世界にひきずりこまれ、ほぼ一気に読み終えた。

 この本を購入したのは5年前、塩野七生の『ローマ人の物語』(薄い文庫本で43冊)を読了した直後だった。読み始める機を逸し、その後、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』に取りかかったので、辻邦生は後回しになった。

 『背教者ユリアヌス』の刊行は1972年10月、連合赤軍あさま山荘事件や日本赤軍テルアビブ空港乱射事件があった年で、私の大学生活最後の年だった。その頃、この分厚い本を書店で手にしたが、購入しようとは思わなかった。古代ローマ史には暗くユリアヌスは未知の人だったし、辻邦生という理知的なイメージの作家にもさほどの関心はなかった。この直方体の箱のような本に接して「何とも浮き世離れした小説のようだなあ」との感慨を抱いた。

 この小説が記憶に刻印されたのは「背教者」という異様な修飾語のせいである。このタイトルに接して以降、ユリアヌスは気がかりな人物の一人になった。そして、『ローマ人の物語』や『ローマ帝国衰亡史』を読んでからは、私にとってユリアヌスは「気がかりな人物」から「魅力的で興味深い人物」へ転換した。

◎哲学青年から皇帝になって夭折

 ユリアヌスは数奇な運命をたどり、32歳で戦死したローマ皇帝である。キリスト教を公認したコンスタンティヌス大帝の甥として生まれ、幼少の頃に親族が粛清され、幽閉生活の中で成長する。ホメロスやプラトンなどを愛読する勉学好きの哲学青年で、政治への野心はなかった。しかし、はからずも副帝に任命されると、さほど期待されていなかった軍事的才覚を発揮、ついには皇帝にまで登りつめる。だが、在位1年半で夭折する。

 当時のローマ帝国では公認のキリスト教が一大勢力となり、古来の多神教は廃れかけていた。ギリシア哲学の徒だったユリアヌスは、皇帝になるとローマ帝国古来の宗教の復活に着手する。キリスト教を弾圧したわけではなく、ワン・オブ・ゼムの宗教と見なし、キリスト教批判も展開する。それが「背教者(アポスタタ)」と呼ばれる所以だ。キリスト教から見た蔑称が今日に至るまでユリアヌスの修飾語になったのだ。

 辻邦生の『背教者ユリアヌス』では、ユリアヌスは感性豊かな理性の人と描かれていて、キリスト教者の多くは頑迷で打算的で蒙昧な人々と描かれている。コンスタンティヌス大帝がキリスト教を公認した情況の中では、身すぎ世すぎでキリスト教に改宗した人も多かったし、皇帝権力に接近して権謀術数でキリスト教の勢力拡張を図る司教もいた。だから、小説とはいえ、辻邦生の見方は当時の宗教情況を巧みに描いているように私には思えた。キリスト教の信者には受け容れ難い見方かもしれないが…。

◎ギボンの見方

 キリスト教徒だったギボンはユリアヌスをどう見ているか。18世紀の啓蒙家ギボンは『ローマ帝国衰亡史』において辛辣なキリスト教批判を開陳している。刊行当時、蜂の巣をつついたような騒ぎを起こしたそうだ。そんなギボンだから、ユリアヌスの勇気、知能、努力を高く評価し、十分に魅力的に描いている。ただし、辻邦生の小説のように、ユリアヌスを理性の人、キリスト教者を蒙昧な人ととらえているのではない。ユリアヌスが古代の神々の復活に執心したことを妄想的信仰と見なして批判している。さすが、啓蒙思想の人である。

◎塩野七生の評価

 排他的な一神教に批判的な塩野七生はユリアヌスをどう見ているか。『ローマ人の物語』でユリアヌスはかなり魅力的に描かれてはいるが、やや突き離しているような印象も受ける。反キリスト教「改革」の稚拙さに関して「ユリアヌスには、ローマ文明がわかっていたのかと疑ってしまう。」とも述べている。

 しかし、ユリアヌスに関する章の末尾部分では以下のように評価している。

 「ユリアヌスについて深くも考えていなかった頃の私は、この若き皇帝を、アナクロニズムの代表のように見ていたのである。(略)思慮の浅い人物だろうと思いこんでいたのだった。」「しかし、今はそのようには見ていない。それどころか、もしも彼の治世が、十九ヵ月ではなくて十九年であったとしたら、その後のローマ帝国はどうなっていたのだろう、と考えてしまうのである。」「宗教が現世をも支配することに反対の声をあげたユリアヌスは、古代ではおそらく唯一人、一神教のもたらす弊害に気づいた人ではなかったか、と思う。」

 一神教のもたらす弊害は現代にいたるまで克服されず、21世紀になってますます顕在化している。そう考えると、『背教者ユリアヌス』はきわめて今日的な課題を秘めた小説に見えてくる。

◎やはり同時代小説

 そんな感想を抱いて、この小説が刊行された1972年頃のことを思い起こすと、この小説に「何とも浮き世離れした小説のようだなあ」と感じたのは見当はずれだったと思えてくる。そんなノンキな小説ではなく、1960年代の狂騒と残照を反映した物語のように見えるのだ。ラストシーンは1960年代を見送る挽歌のようでもある。この小説の数年前に刊行された似たような長さの長編小説『邪宗門』(高橋和巳)に通底するものも感じる。

 挫折した革命(世直し)物語ととらえるのは安易すぎるし、キリスト教にマルクス主義を重ねて見るのはうがちすぎだが、古代ローマの叙事詩に1960年代の空気がひそやかに流れているように感じてしまうのだ。