那覇市の映画館で『アラビアの女王』を観た2017年04月15日

 今週前半は沖縄・那覇市で過ごした。県庁前の「パレットくもじ」9階の映画館「シネマパレット」で『アラビアの女王』を上映中だった。東京で見逃した映画だ。

 『アラビアのロレンス』の女性版で、実話に基づいた「イラク建国の母」の物語と聞いていたので、欧州・中東の近代史の勉強になりそうで興味があった。その映画を那覇で観ることができた。期待したような歴史物語ではなく恋愛映画に近い作りではあったが、20世紀中東史への関心を喚起する話だった。

 この映画の主人公は、アラビアのロレンスより20歳年長の英国の貴婦人・ガートルード・ベルである。私はこの映画で初めてアラビアで活躍したこの女性のことを知った。

 映画は史実をベースにしたフィクションだが、砂漠のシーンに魅了された。砂漠と言えば『アラビアのロレンス』と『眼には眼を』が印象深いが、そんな過去の映画を彷彿とさせる砂漠の映像だ。

 主演はニコール・キッドマンで、美しき女親分が従者を引き連れて砂漠の部族を歴訪する話だ。その歴訪を観ていると往年のテレビ番組「兼高かおる世界の旅」を連想し、ガートルード・ベルが兼高かおるに重なって見えてきた。

 また、「西のかた陽関を出ずれば故人なからん」という漢詩や「蒙古放浪の唄」などが醸し出す大時代的砂漠ロマンの世界も想起され、砂漠へと旅立つシーンにうっとりした。

 と言っても、この映画の歴史的な背景にはサイクス=ピコ協定などイギリスの二枚舌、三枚舌外交がある。砂漠を旅行く駱駝の隊列にロマンを感じても、この映画に登場するイギリス人たちの活躍に素直に納得するわけにはいかない。『アラビアの女王』はあえてそんな葛藤を避けた内容になっているのだが…

 沖縄の地でこの映画を観ていると、20世紀の中東と21世紀の沖縄に通底するものがあるように思えてきた。

ホロコーストを掘り下げた『ブラックアース』は啓蒙の書だ2017年04月04日

『ブラックアース:ホロコーストの歴史と警告(上)(下)』(ティモシー・スナイダー/池田年穂訳/慶應義塾大学出版会)
 米国の歴史家ティモシー・スナイダーの『ブラッドランド:ヒトラーとスターリン大虐殺の真実(上)(下)』を読んだので、その続編的な位置づけの次の本を半ば義理のような気分で読んだ。

 『ブラックアース:ホロコーストの歴史と警告(上)(下)』(ティモシー・スナイダー/池田年穂訳/慶應義塾大学出版会)

 著者は1969年生まれ、原著は2015年9月、翻訳版は2016年7月刊行。比較的若い学者の最近の著作で、従来の観方を更新する新たな見解の本に思える。

 『ブラッドランド』と『ブラックアース』、タイトルも翻訳版の表紙の雰囲気もよく似ている(出版社は異なる)。扱っている時代も地域もほぼ同じだ。前者は、1933年から1945年の間にドイツとソ連に挟まれた地域で発生した約1,400万人にのぼる「大量殺人」の史実を描いている。その1,400万人の内の540万人がホロコーストで殺されたユダヤ人だった。後者はこのホロコーストの内実を描いている。

 ホロコーストの歴史は『ブラッドランド』においてもかなり語られている。ホロコーストについて新たに大部の著作を書くのは材料の二重売りではないか、正直言って読む前にはそんな気もした。続けて読むと多少の重複感があるのは確かだ。しかし『ブラックアース』は『ブラッドランド』とは切り口の異なる本で、著者があえて本書を世に問う動機が了解できた。

 本書はホロコーストの実態とその由縁を丁寧に掘り起こし、21世紀の世界においてもホロコーストに似た事態が発生する可能性を警告している。

 ナチス時代にドイツのユダヤ人がドイツ人に大量に殺されたのがホロコーストではない、というのが本書の一つの指摘だ。殺されたユダヤ人の大半はドイツ以外の地域に在住していた人々であり、ドイツ以外の場所で殺されている。その殺害にはドイツ人以外の多くの人々が関わっている。

 大量殺害を可能にした大きな要因が「国家の破壊」にあるという見解が本書の眼目だ。大規模なホロコーストはナチスやソ連によって国家が破壊された地域で発生している。傀儡政権であってもまがりなりにも国家の形が存続していた地域のユダヤ人の生存率は、国家が破壊された地域の生存率よりかなり高かったそうだ。

 本書には「アウシュヴィッツの逆説」という章がある。アウシュヴィッツだけを観ていてはホロコースト全体を見誤るというのが著者の指摘だ。アウシュヴィッツで殺されたユダヤ人は約100万人で、収容者の生存率は約10パーセントだ。ホロコースト全体で540万人が殺されている。アウシュヴィッツはホロコースト後期の一部を担っているに過ぎず、アウシュヴィッツ以前にすでに大量のユダヤ人が殺害されていた。

 アウシュヴィッツのガス室という秘密めいた場所にホロコーストを押し込めると「そんなことになっているとは知らなかった」という主張の裏付けになる。だが、ガス室以前に大量のユダヤ人が銃殺されており、多くの一般の人々がそれを感知していたらしい。アウシュヴィッツだけに注目すると、国家の破壊による無法地域の発生というホロコーストの前提条件が観えにくくなるとも著者は指摘している。

 生存率10パーセントをどう観るかも微妙だ。著者は次のように述べている。

 「アウシュヴィッツに送られるとされていたドイツ支配下のユダヤ人の方が、アウシュヴィッツに送られるとされていなかったドイツ支配下のユダヤ人たちより生き延びる可能性が高かった。これが「アウシュヴィッツの逆説」であるし、国家がどのように破壊されたか、ないし破壊されなかったかを考慮して、はじめてその逆説を解明できる。」

 啓蒙的で興味深い見解である。

『ブラッドランド』で20世紀前半の「大量殺人」に暗然とする2017年03月15日

『ブラッドランド:ヒトラーとスターリン大虐殺の真実(上)(下)』(ティモシー・スナイダー/布施由紀子訳/筑摩書房)
 本日(2017年3月15日)投票のオランダ下院選挙では「イスラムはナチスより悪質」と主張する極右政党がどこまで伸びるか注目されている。選挙結果はまだわからないが、そんな日に、ヒトラーとスターリンの怖ろしさが伝わってくる次の本を読了した。

 『ブラッドランド:ヒトラーとスターリン大虐殺の真実(上)(下)』(ティモシー・スナイダー/布施由紀子訳/筑摩書房)

 ドイツとソ連に挟まれたポーランドとその周辺地域において、1933年から1945年の間に発生したヒトラーとスターリンによる「大量殺人」を描いた本である。現在のポーランド、ウクライナ、ベラルーシ、バルト三国にまたがるこの地域を著者はブラッドランド(流血地帯)と名付けている。

 この地域における大量殺人はドイツがポーランドに侵攻した第二次世界大戦勃発によって始まったのではない。ロシア革命の後、スターリンが権力の座につき、工業国家建設のためにウクライナの農地と農民を活用しようとしたときから始まったのである。それは人為的に飢餓を発生させる政策になり、ウクライナでは330万人の餓死者が出た。

 330万人という死者数は実感しにくいし、想像の範囲を超える。大量殺人という言葉でイメージできるのは数十人程度からせいぜい数百人までで、それを超えると個々の死の積み重ねを想像しにくくなる。新聞の死亡者リスト掲載も難しくなる。

 大災害になると犠牲者の規模は大きくなる。東日本大震災の死者は2万人弱、関東大震災の死者は10万人余りで、この数字でも途方に暮れる。戦争の犠牲者で見ても、広島原爆が約20万人、長崎原爆が約14万人。それと桁が違う330万人の餓死者はとんでもない数字である。石碑に名簿を刻むのも困難な数字だ。

 だが、330万人はブラッドランドにおける大量殺人のはじまりに過ぎず、その後1945年までの間に総計1,400万人が殺されたのだ。これは戦死を含まない数字で、人為的餓死、銃殺、ガス殺などの犠牲者の数だ。人間の文明がこれだけの数の人を殺したという事実に暗然とするしかない。

 著者が推計した1,400万人の内訳は以下の通りだ。

  ・ソ連の政策で餓死させられたウクライナにのソ連国民 330万人
  ・ソ連で政策的に処刑された70万人の内、西部のソ連国民 30万人
  ・独ソの軍隊に射殺されたポーランド国民(主に指導層) 20万人
  ・ドイツ占領下で餓死させられたソ連国民 420万人
  ・ドイツにガス殺または射殺されたユダヤ人 540万人
  ・ベラルーシ、ワルシャワでドイツに殺害された民間人 70万人

 その詳細は本書で詳しく語られている。ヒトラーが主にユダヤ人や敵国民を殺害しているのに対してスターリンは自国民も大量に殺害している。この地帯に住む人々の民族意識・政治信条・国籍はさまざまでアイデンティティも複雑だから、大量殺人の実相は多様だ。著者はこの大量殺人を「数」に還元するのではなく個々の人々の死であることを繰り返し強調している。

 ホロコーストと言えばアウシュヴィッツを連想するが、アウシュヴィッツは生き残った人々の証言が多いために有名になったのであり、ブラッドランドにおける大量殺人の一部に過ぎない。そのことをあらためて認識した。

 本書を読めば、ヒトラーもスターリンも悪魔的に怖い人物に思えてくるが、ほんの数十年前に発生した大量殺人の責任をこの二人だけに負わせるわけにはいかない。人類は犠牲者ではなく加害者だとの視点が必要だ。歴史から学ぶべきことは多い。

『台湾海峡一九四九』は読み応えのある歴史ルポ2017年03月08日

 『台湾海峡一九四九』(龍應台/天野健太郎訳/白水社)
 最近、私的に台湾への関心が高まり、関連本を何冊か立て続けに読み、『非情城市』『湾生回家』などの映画も観た。先月末の2月28日は白色テロ二・二八事件から70周年の節目で新聞でも関連記事が掲載されていて、興味深く読んだ。

 そんなマイブームの中で読んだ『台湾海峡一九四九』(龍應台/天野健太郎訳/白水社)は読み応えがあった。タイトルを見るとハードボイルド小説にも見えるが、台湾と中国の現代史を扱ったルポルタージュだ。原題は『大江大海一九四九』、2009年に発行され台湾と香港で大ベストセラーになり、中国では禁書扱いだが海賊版が売れているそうだ。私は、そんなことを最近まで知らなかった。

 著者は1952年生まれの女性作家・評論家で、台湾の文化省の初代大臣、夫はドイツ人で息子はドイツで暮らしているそうだ。19歳になるその息子から「家族の歴史を知りたい」と言われたのをきっかけに執筆したのが『台湾海峡一九四九』だ。

 1949年とは蒋介石の国民党が台湾に撤退した年であり、中華人民共和国ができた年でもある。著者はこの年に焦点を当て、1945年の日本敗戦から国共内戦を経て1949年に至る歴史変動に翻弄されたさまざまな人の物語をレポートしている。

 私より4歳若い1952年生まれの著者が1949年を体験しているわけではないので、自分の親も含めた多くの年長者への取材や記録をベースにいろいろな物語を紡ぎだしている。著者の家族の話ではなく、台湾と中国の地に生きた多様な人々の歴史物語になっている。

 本書で私が初めて知った歴史事象も多い。日中戦争さなかの学生の大規模な集団疎開の話には驚いた。教師に引率された学生たちは広大な大陸を集団で放浪しながら時に勉強するという生活を続け、その中で多くの学生や教師の命が失われていくのだ。また、国共内戦における長春包囲戦の凄惨さにも驚く。中国で禁書扱いになっている理由も分かる。

 著者は台湾の外省人だ。国共内戦の敗者でありながら台湾の支配層となった人々の末裔である。そのせいか、視点が複眼的で柔軟だ。日本敗戦のとき、台湾の人々は自分たちが勝者なのか敗者なのか判然としなかった、つまり、世代によって感じ方が違っていたという話も面白い。

 そもそも、歴史事象には勝者と敗者を容易には判定できないケースも多そうだ。視座によって見え方が違ってくることもある。そう思うと同時に、本書を読みながら勝者と敗者のパラドックスのようなものも感じた。勝者の歴史認識は硬直化し貧困になり、敗者の歴史認識は柔軟になり豊かになるように思える。

『アウシュヴィッツを志願した男』は不条理小説のようなノンフィクション2017年02月07日

『アウシュヴィッツを志願した男:ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬ』(小林公二/講談社)
 ポーランドのピレツキ大尉という人物は未知の人だった。先日読んだ小説『また、桜の国で』にちょっとだけ名前が出てくる。そのピレツキ大尉に関する次の本が面白いと聞き、読んでみた。

 『アウシュヴィッツを志願した男:ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬ』(小林公二/講談社)

 確かに面白いノンフィクションだ。一気に読んだ。この本、タイトルもサブタイトルも長い。内容を伝えたいという意気込みはわかるが、もう少しコンパクトで適切なタイトルがなっかったかと思う。「三度死ぬ」という惹句は気合の入れすぎでかえってわかりにくい。

 ピレツキ太尉は「三度死ぬ」と呼びたくなる数奇な運命を辿ったポーランド軍人で、勇敢で志の高い人物だったようだ。その数奇な運命は以下の通りだ。

 1939年9月、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発、ポーランド全土をナチスが占領し、ポーランド政府はフランス(後にイギリス)に亡命する。その時、38歳の騎兵少尉ピレツキはAK(国内軍)としてワルシャワで地下活動に従事する。

 1940年6月、ナチスはポーランド砲兵宿舎を強制収容所に改造しアウシュヴィッツと名付ける。そこにはユダヤ人やポーランド兵が収容された。ピレツキは収容所の実態を調査し収容所内に地下組織を作るため、自ら志願して囚人としてアウシュヴィッツに潜入、収容所内から独自のルートで報告書を発信する。彼がアウシュヴィッツにいたのは1940年9月から1943年4月までの948日、最後は身に危険が迫ったと察知し二人の仲間と共に脱走する。

 アウシュヴィッツを脱出したピレツキはワルシャワに戻りAKの大尉となり、再び地下活動に従事し、1944年8月のワルシャワ蜂起に参戦する。ワルシャワ蜂起は失敗に終わり、ピレツキは逮捕されドイツの収容所に入れられるが、ベルリン陥落によって解放される。

 ピレツキがドイツで自由の身になった頃、祖国ポーランドはソ連赤軍によって「解放」され、イギリスにあった亡命政府ではなくソ連の影響下にある社会主義者による政権が誕生し、AKは非合法化されていた。ピレツキは社会主義政権を抑圧者とみなし、祖国に潜入し諜報活動を開始するが、逮捕され、拷問による尋問を受ける。

 このとき、面会に来た妻にピレツキが呟いた次の言葉がすごい。

 「ここでの拷問に比べれば、アウシュヴィッツなど子供の遊びだ」

 ピレツキを拷問で取り調べたポーランド軍人はナチス占領時代を共産主義者として生き抜いたユダヤ人だった。

 そして、かつては同志だった人々による裁判でピレツキは死刑を宣告され、1948年5月、極秘裏に銃殺される。

 ピレツキの家族(妻と息子、娘)がピレツキの処刑を知ったのは40年以上が経過した1989年で、1990年にはピレツキは名誉回復される。その後、切手になったり、多くの学校にピレツキの名が冠されたりしているそうだ。
 
 本書はそんな有為転変のノンフィクションだから面白くないわけがない。ヒトラーも怖いが、スターリンはそれ以上に怖い。そんな気分になる。だが、そんな単純発想だけで片付けてはいけないだろう。英米も十分にずるいし、ポーランド亡命政府やAKが正義とも言い切れない。さまざまな立場の人や組織がそれぞれ己の条理を通そうとしていて、その絡み合いが人々に不条理を課している。

 ポーランドの現代史は、人の世の不条理の教科書のように見える。

台湾の歴史と現状がこんなに「面白い」とは…2017年02月03日

『台湾:四百年の歴史と展望』(伊藤潔/中公新書)、『台湾とは何か』(野嶋剛/ちくま新書)
◎新書2冊で台湾入門

 私の亡母は日本統治下の台湾生まれで、小学低学年まで台湾で過ごしたそうだ。子供の頃、母や祖母から台湾の話を聞かされた記憶はあるが、台湾への関心が高まったわけではない。高校日本史と新聞ナナメ読みで得た断片的な知識しかない。

 ふと、自分が台湾についてあまり知らないことに気づき、台湾について少し勉強しようと思いたち、次の2冊の新書を読んだ。

 『台湾:四百年の歴史と展望』(伊藤潔/中公新書)
 『台湾とは何か』(野嶋剛/ちくま新書)

 この2冊、どちらも抜群に面白い。日本の隣、沖縄のすぐ先にこんなにも興味深い「国」が存在しているのに、今までその「面白さ」に気づかなかった。

◎中国や日本との絡む宿命

 『台湾:四百年の歴史と展望』は20年以上前の1993年8月初版で、私の読んだのは2016年9月の22版、ロングセラーだ。著者は台湾で生まれて日本に帰化した歴史学者、本書は16世紀の大航海時代から李登輝による民主化進展までの台湾の歴史を記述している。

 台湾の歴史が興味深いのは、それがひとつの島国の歴史ではなく、隣接する中国や日本と絡んだ複雑な様相を呈するからだ。

 中国の王朝が明から清に替わる頃の台湾の状況が、第二次世界大戦終結後、毛沢東に敗れた蒋介石が中華民国ごと逃げ込んできたときの様子と重なり、似たようなことがくり返されるこの島の宿命を感じた。

 日本の敗戦で日本統治が終わってから後の台湾の歴史は圧巻だ。一通りのことは知っているつもりだったが、こんなにもいろいろな事象が絡み合っていたとは知らなかった。その歴史を「面白い」と言うのは不謹慎かもしれない。大変だったと言うべきか。

 本書の「あとがき」で著者は次のように記述している。

 「小著は12章からなり、「終章」はない。台湾を故郷とする私の願いを込めてのことであり、台湾が永遠にこの地球に在りつづけることを、心から希求してやまないからである。」

 台湾ならではの切実なメッセージだ。

◎台湾の玄妙な現状が把握できる『台湾とは何か』

 『台湾:四百年の歴史と展望』の記述は、李登輝が登場して民主化が進む1990年代の初めで終わっている。その後の台湾の状況を描いたのが2016年5月刊行の『台湾とは何か』だ。著者は元朝日新聞記者で、台北支局長も務めた台湾通だ。

 蒋介石の息子・蒋経国の死去によって1988年に総統になった李登輝は、1996年には初の総統直接選挙を実施して総統に当選し、2000年まで総統を務める。その後の総統は、陳水扁(民進党)が8年、馬英九(国民党)が8年、2016年からは蔡英文(民進党)と政権交代をくり返している。

 本書は台湾の現代史をふり返りつつ台湾の現状を中国・日本との絡みを交えて詳しくレポートしている。台湾の民主化進展と中国の経済発展、そして必然的な世代交代によって台湾の状況が昔とは大きく変化している。だが、将来展望はあくまで「現状維持」というのが微妙だ。台湾に住む人のアイデンティティの分析も興味深い。「例外」と「虚構」を現実とせざるを得ない事情は何とも不思議で複雑で玄妙な現実である。

 『台湾:四百年の歴史と展望』とは異なり『台湾とは何か』には「終章」がある。そのタイトルは「日本は台湾とどう向き合うべきか」だ。著者が本書で告発しているのは、日本人の多くが台湾に関して「思考停止」になっている点だ。私自身にも思い当たるふしがある。

◎失念していた隣国

 先日読んだ小説『また、桜の国で』はポーランドの近代史をふまえた物語だった。ポーランドは地図上から何度も消えた国だ。ポーランドに限らず、大国と地続きで隣接するヨーロッパの国々は歴史の動きに翻弄されて大変だなあと思い、島国わが日本は何はともあれハッピーだったなどと感じた。

 2冊の新書を読んで、はるかヨーロッパにまで思いを馳せなくても、すぐ隣国に大国や歴史の波に翻弄されている島国があることに気づき、それを失念したことを反省した。

 日本史を単一民族の歴史と捉えるのではなく、樺太や千島列島から沖縄、台湾までを視野に入れて展望しなければ、21世紀の世界のありようも見えてこない。

直木賞落選の『また、桜の国で』は骨太で面白い2017年01月30日

『また、桜の国で/須賀しのぶ/祥伝社』
 先日発表になった第156回直木賞に落選した『また、桜の国で/須賀しのぶ/祥伝社』を読んだ。直木賞を逃した理由がわからないでもないが、私には凡百の受賞作よりは面白く読め、感服した。

 この小説の値打は題材だ。舞台はポーランドのワルシャワ、時代は1938年のミュンヘン会談から1944年のワルシャワ蜂起までの6年間。ただし、その前後の話も少しだけある。1920年、シベリアにいたポーランド孤児を日本が救出した逸話と大戦終結から8年経った1953年の後日談だ。主人公はワルシャワの日本大使館に勤務する若き外交官・棚倉慎、彼の母親は日本人だが父親はロシア革命で亡命を余儀なくされたロシア人だ。

 構えの大きいこの舞台設定がいい。最初のシーンはベルリンからワルシャワに向かう夜行列車だ。赴任地に向かう主人公は車内でドイツ系ポーランド人のユダヤ人青年と知り合いになる。壮大な近代史ドラマを予感させる書き出しだ。

 その予感通り物語は以下の史実を組み込みながら展開していく。

  1938.9.28 ミュンヘン会談でズデーデン地方のドイツへの割譲決まる
  1939.8.23 ドイツとソ連が不可侵条約調印
  1939.8.28 独ソ不可侵条約により平沼内閣総辞職
  1939.9.1 ドイツ軍がポーランドに侵攻。第二次大戦終勃発
  1939.9.3 イギリス、フランスがドイツに宣戦
  1939.9.17 ソ連軍がポーランドに侵攻
   1939.9.27 ポーランドがドイツに降伏
  1940.6.14 ドイツ軍がパリ占領
  1940.9.27 日独伊三国同盟調印
  1941.6.22 ドイツ軍、ソ連侵攻。独ソ戦開始
  1942.7.22 ワルシャワ・ゲットーでユダヤ人虐殺
  1943.2.27 カチンの森事件発覚(ポーランド将校の大量の遺体発見)
  1944.8.1 ワルシャワ蜂起

 この小説を読んでいると、これらの歴史的事件をリアルタイムに体験している気分になり、近代史のおさらいになる。と言っても、歴史小説というよりは冒険小説に近い。やや感傷的で甘い感情に流れる部分もある。直木賞の選考委員たちからは文学性が低くて通俗的と見なされたのかもしれない。だが、物語に大きな破綻はなく、人種・民族・国家を問う今日的テーマも秘めらている。骨太で直球勝負の気持ちよさがある小説だ。

 もっとハードボイルドに仕立てた方がより面白くなったように思える。

 ◆◆◆注意!! 以下、ネタバレあり◆◆◆

 この小説の背景には、かつて日本がポーランド孤児を救出した話がある。私はこの小説を読むまでこの史実を知らなかったが、書籍やマンガにもなっているようだ。ロシア革命後の1919年、ポーランドとソビエトの戦争が始まり、シベリアに多くのポーランド孤児が残された。その孤児を救済したのが日本だった。1920年から1922年にかけて765名のポーランド孤児を受け入れ、孤児たちは日本各地で1年ほど生活した後、ポーランドへ帰還した。

 小説では、主人公の棚倉慎は幼少期に同年代のこのポーランド孤児と接する。巧みな仕掛けだ。

 主人公の父親はロシアから亡命者した植物学者で、自宅のピアノでショパンの『革命のエチュード』を奏でるような人だ。ショパンはポーランドを代表する作曲家である。日本の外交官である主人公の風貌は日本人離れしていてスラブ系に近い。ユニークな設定だ。

 私はこの小説の途中から、主人公の父親は実はロシア人ではなくポーランド人だろうと推理した。ロシア革命の時に日本に亡命してきたロシア人の中には、ロシア人を偽装したポーランド人も多数含まれていたという記事を読んだことがあるからだ。父親は息子に自分がポーランド人であることを秘匿しているが、息子はどこかの時点からそれに気付いていた。そして最後にそのことが明かされるという展開を予想していた。

 しかし、その推理と予想は外れた。残念だ。ロシア人としてロシア語を話すがショパンを奏でる父親が実はポーランド人だった、とした方がより面白くなったと思うのだが……

歴史の実相が垣間見える『天佑なり:高橋是清・百年前の日本国債』2017年01月23日

『天佑なり:高橋是清・百年前の日本国債(上)(下)』(角川文庫
 『高橋是清自伝』を読むと、半生ではなく一生を記述した伝記も読みたくなり、幸田真音氏の『天佑なり:高橋是清・百年前の日本国債(上)(下)』(角川文庫)を読んだ。

 幸田真音氏の小説はかなり以前に『日本国債』を読んだ記憶があり、債券ディーラー出身で金融に明るい人との認識がある。本書は2013年に出版された単行本の文庫版で、金融経済史をふまえた高橋是清伝だと推察し、現代の視点で俯瞰的に高橋是清を総括した伝記だろうと期待した。

 その期待は半分ぐらいは満たされた。前半はやや期待外れだった。生い立ちから日銀副総裁になるまでの前半は、自伝をなぞっているだけの感じだ。波瀾万丈の前半生なので、自伝を読んでいなければ十分に面白く読めたとは思うが、自伝を読んだ直後だと重複のくり返しで退屈する。後世の作家の俯瞰的な目による独自の見解があまり感じられない。

 日露戦争に関連して海外で日本国債を発行するあたりからは面白くなる。日露戦争の頃から高橋是清の人生が日本の金融経済史と密接にからんでくるので、歴史の動きの実相を垣間見ている気分になってくる。

 やはり、高橋是清の人生の中でいちばん面白いのは日露戦争時の資金調達のくだりだ。一般会計歳入が2億6千万円の時代に戦費支出は18億7千万円、その膨大な戦費の約半分を高橋是清が欧米で調達したのだ。「天佑なり」というタイトルは、ロンドンで日本国債発行にこぎ着けたとき高橋是清が発した言葉であり、自伝では「私は一にこれ天佑なりとして大いに喜んだ」と語っている。

 それにしても、日露戦争が日本の国力をはるかに超えた戦争であり、外貨がいかに逼迫していたかを知っている国民はいなかった。マスコミも把握していなかった。政府中枢と一般国民との意識の乖離からポピュリズムが生まれ、講和条件に反対する暴動につながる。後世からは愚かに見える事象だが、そんなことは現代に到るまでくり返されている。学ぶべきことは多い。

 日露戦争以降の後半三分の一は日本激動の時代であり、高橋是清の人生も激動する。日銀総裁、大蔵大臣、総理大臣、さらに何度も大蔵大臣を歴任し、政治の中枢に関わる人生になる。日露戦争(1904年)時に49歳だった高橋是清が二二六事件(1936年)で暗殺された時は81歳、この間の32年は自伝では語られていない後半生だ。

 この後半32年間の記述は確かに面白い。しかし物足りない。第一次大戦、関東大震災、金融恐慌など多事多難の時代で、政党政治が定着し、そして崩壊し、軍部が台頭してくる時代である。この32年の歴史はどれほどページを費やしても語りきれない疾風怒濤の濃い時代だ。その時代の実相を高橋是清の伝記だけから把握するのは無理であり、それを求めるのはないものねだりだろう。

 だが、いわゆる「政治家」ではなかった高橋是清に沿って明治・大正・昭和の政党政治を批判的により掘り下げて検証する内容になり得たのではないかとも思える。

『高橋是清自伝』で浩然の気を養う2017年01月15日

『高橋是清自伝(上)(下)/高橋是清・上塚司編/中公文庫』
◎ショーペンハウアーに導かれて…

 年初の読書には自伝がふさわしい。そんな気分になって『高橋是清自伝(上)(下)/高橋是清・上塚司編/中公文庫』を読んだ。自伝を読みたくなったのは、年末にたまたまショーペンハウアーの次の言葉に接したからでもある。

 「人間の本質を認識するという点から見れば、伝記、ことに自伝が、歴史書よりも大きな価値がある」

 ショーペンハウアーの真意を理解したわけではないが、自分の生涯を振り返って総括する自伝には、人間の本質につながるさまざまな事柄が反映されているということのようだ。

 なぜ『高橋是清自伝』か。年末に孫の『週刊マンガ日本史93号 高橋是清』という薄いマンガ冊子に目を通し、以前に購入したまま未読の『高橋是清自伝』を想起したからである。

◎人生は前半の方が面白い

 自伝はその人の一生の記録にはなり得ない。功成り名遂げた人が晩年に著わしたとしても、生涯の記録ではなく半生記に近いものも多い。

 『高橋是清自伝』は是清の晩年の口述を上塚司氏(大蔵大臣秘書官だった人)が筆記したもので、冒頭の「序」は是清自身が書いている。その日付は何と昭和11年1月だ。是清が二二六事件で殺害される前月である。ということは、ほぼ全生涯にわたる記録かと思った。残念ながらそうではなく、52歳で終わっていた。

 82歳で殺害された是清の後半生30年は語られていない。しかし、前半生だけで充分に面白い。この自伝にない52歳以降の後半30年で是清は日銀総裁になり、大蔵大臣になり、総理大臣になり、その後も何度も大蔵大臣に就任する。最晩年まで要職を歴任した後半生ではあるが、人生の面白さは前半が後半を凌駕しているように思える。

 振り返れば後半より前半の方が面白い、というのは大多数の人の人生にあてはまることだと思う。成長曲線の前半と後半を比べれば前半の曲線の方が物語として面白くなるのは当然だ。

◎あきれた楽天家

 是清の前半生は波瀾万丈であり、子供時代を語った冒頭部分の次の記述が是清の人生全体の雰囲気を表している。

 「そういうわけで私は子供の時から、自分は幸福者だ、運のいい者だということを深く思い込んでおった。それでどんな失敗をしても、窮地に陥っても、自分にはいつかよい運が転換してくるものだと、一心になって努力した。今になって思えば、それが私を生来の楽天家たらしめたる原因じゃないかと思う。」

 仙台藩の足軽の養子が勉学のため13歳で渡米するも、仲介人に騙されて奴隷として売られる。この有名なエピソードは以前から知っていて、苦労した人だと思っていた。しかし、本書を読むと奴隷時代の話にもさほど悲惨さは感じられず、むしろナマイキで勝手気ままに威張っている少年の姿が浮かんでくる。

 若い頃から酒や芸妓にうつつをぬかし、反省と放蕩をくり返す姿にはあきれてしまう。それでも何となったのは、利発で愛嬌があったからだろう。せっかく手に入れた職を簡単に手放してしまうのは、楽天家であると同時に信念を重んじたからだと思われる。

 上巻最後の「ペルー銀山の失敗とその後の落魄時代」という章は特に面白い。銀山の失敗は自分のせいではないという弁明は、当時の是清への風当たりの強さも感じられ納得できる。だが、その後も銀山の失敗を補填しようと鉱山に手を出してまた失敗するのにはあきれる。果敢な楽天家というしかない。

◎歴史を実感できる

 この自伝の後半は日露戦争の戦費調達のためにロンドンやニューヨークでの外債募集に奔走する話だ。あの時代に何度も渡航して活躍する姿に、あらためて明治の人の気概と意気の高さを感じた。

 日清戦争から日露戦争に到る経緯や日露戦争の講和に反発した暴動などは歴史教科書で一応知ってはいるが、この自伝で同時代の人の体験記として読むと、時代の雰囲気に触れて歴史の事象を実感した気分になり、歴史への理解が深まった気がしてくる。これは自伝を読む効用のひとつだろう。
 
 また、是清の生涯からは逸れるが、この自伝を読んで、幕末から明治にかけて海外に渡航した人々が学徒や要人だけでなく、芸人たちもすでに幕末から海外に雄飛していたことをあらためて確認できた。往時の日本人の活力に敬服する。

テレビと読書のシンクロで忠臣蔵の史実を考えた2016年12月12日

『忠臣蔵:その成立と展開』(松島栄一/岩波新書)、『忠臣蔵:赤穂事件・史実の肉声』(野口武彦/ちくま新書)、『赤穂浪士の実像』(谷口眞子/吉川弘文館)、『これが本当の「忠臣蔵」:赤穂浪士討ち入り事件の真相』(山本博文/小学館101新書)
◎読書の直後にテレビで「実況中継」

 一昨日(2016年12月10日)、テレビ朝日の『古舘伊知郎トーキングヒストリー〝忠臣蔵〟吉良邸討入り実況中継』という番組を観た。「新事実続々」と銘打って討入りの「史実」を再現し、俗説との違いを明らかにするという企画だ。歴史学者・磯田道史氏も出演している。

 たまたま忠臣蔵の史実の概説書を読み比べた直後だったので、この番組を十分に楽しめた。読み比べたのは次の4冊だ。

(1)『忠臣蔵:その成立と展開』(松島栄一/岩波新書/1964.11)
(2)『忠臣蔵:赤穂事件・史実の肉声』(野口武彦/ちくま新書/1994.11)
(3)『赤穂浪士の実像』(谷口眞子/吉川弘文館/2006.7)
(4)『これが本当の「忠臣蔵」:赤穂浪士討ち入り事件の真相』(山本博文/小学館101新書/2012.4)

 上記は発行年月順で、(1)(2)は以前に読んだものを再読、(3)(4)は最近入手して読んだ。

◎史実の基本はおさえておきたい

 忠臣蔵の面白さは歴史上の事件とフィクションが融合した「忠臣蔵文化」にある。それを楽しむ前提として史実の基本は把握しておきたいが、史料の山に挑んで研究しようと思うほど熱中はしていない。新書本で把握できる程のレベルで、何が史実と見なされているかをつかめればいい。

 その意味では野口武彦氏の(2)『忠臣蔵:赤穂事件・史実の肉声』が適切で、これで十分と思っていた。かなり以前に読み、最近再々読した。

 だが、この本以降に歴史学者による(3)(4)が出ていることを知り、読み比べてみたくなった。野口武彦氏は歴史学者ではなく国文学者・文芸評論家である。(1)はかなり昔の定評ある解説書で、著者は歴史学者だ。再読したのは、その見解が後続書でどう変遷しているか興味があったからだ。

◎討入りの史実は面白いが…

 まずは、一昨日のテレビで「実況中継」された討入りである。上記の4冊で討入りの「史実」の概要は把握しているつもりだったが、これらの本に載っていない「新事実」もテレビで紹介されていて興味深かった。

 テレビ出演の磯田道史氏が「このシーンは初めてですね。こういうのを見たかったんです」と感心していたのが、長屋をカスガイで封鎖するシーンだ。確かにこの件は上記の本には載っていない。だが、かなり以前に読んだ池宮彰一郎氏の『四十七人の刺客』には長屋を釘付けするシーンがあったと記憶している。

 印象深い重要な場面だと思われるので、上記の本が触れていない理由がよくわからない。

 実況テレビでは上野介の孫で吉良家当主・吉良左兵衛が登場しなかったのが不満だ。浪士と切り結ぶも負傷し、後に幕府に処分されるこの若者こそは一連の事件の最大の被害者とも言える。末路が哀れなのであえて無視したのかもしれない。

 寺坂吉右衛門が表門と裏門の伝令として実況テレビで活躍していた。討入り後、寺坂はなぜ姿を消したかは諸説ある。(1)(2)は大石内蔵助の密命を受けて離脱したとしている。(4)は『寺坂私記』を信用できないとし、単に逃げたのでないかとしている。(3)は諸説を紹介するのみで結論を出していない。寺坂は『仮名手本忠臣蔵』で活躍する人物だ。

 寺坂問題に限らず不明の事柄は多くあり、(3)の「あとがき」で著者・谷口眞子氏は次のように述べている。

 「日本史研究者は、これほど史実と物語とが混在して語られる世界に足を踏み入れるのを躊躇している感がある」

 忠臣蔵研究は歴史学者には不人気らしい。

◎わかるのは事象だけ

 4冊の概説書を読んで、松の廊下から討ち入りに至るまでに発生した事柄のあらましはつかめた。刃傷事件、内匠頭切腹、赤穂城明渡し、討入りなどの事実は確かだし、東西の人々の動きや会合なども記録が残っている分は事実だろう。元禄14年以降約2年間に発生した事実の羅列でかなりの分量の年表ができそうだ。

 また、これらの本によって、浅野内匠頭が名君とは言いがたい問題児だったこと、内匠頭切腹直前の家臣との面会や辞世はフィクションの可能性が高いこと、大石内蔵助がお金持ちだったこと、祇園で派手に遊んだかどうかは不明なことなどはわかった。だが、その先がわからない。

 外から見える事象は把握できても、さらに踏み込んでその意味を知るのは至難だ。事実の背景にある「人の思い」はわからない。社会学的に時代風潮を検討して事件の社会背景にアプローチできたとしても、なぜ、内匠頭が刃傷事件を起こしたかは謎だし、大石内蔵助が当初から討入りを目的にしていたかどうか不明だ。

◎発端の謎が「忠臣蔵文化」を作った

 「討入り」の史実は明らかであり、トリビアルなあれこれはあっても、そこに大きな謎はない。俗説を引き剥がして「史実」を解明すべきは「松の廊下の刃傷事件」である。発端の重大事件だ。

 だが、「刃傷事件」の真相を解明するのはもはや不可能だと思う。浅野や吉良の人物像を推測できても、彼らが何を考えていたのかはわかりようがない。刃傷事件の理由・背景は諸説を羅列するしかない。

 テレビで「松の廊下の刃傷事件」の「実況中継」があったとしても、それだけでは何もわからない。さらに踏み込んだ「調査報道」が必要なのだが、おそらくその材料はないだろう。

 後の「討入り事件」に照射されて注目度が上がった「刃傷事件」は、その理由が不明だからこそ、フィクションによるさまざまな粉飾が容易だったのだと思う。