『シルクロードの古代都市』のテーマはバクトリア ― 2026年08月17日
加藤九祚の本を続けて読んだ(『シルクロードの大旅行者たち』 『ユーラシア文明の旅』 『シルクロード文明の旅』 『完本 天の蛇』)流れで、最晩年の新書を読んだ。
『シルクロードの古代都市:アムダリヤ遺跡の旅』(加藤九祚/岩波新書/2013.9)
加藤九祚、91歳のときの著書である。本書出版から3年後の2016年9月、加藤九祚はウズベキスタンの発掘現場で倒れ、客死する。加藤九祚は多くの著書・訳書を残しているが、私にとって本書は7冊目だ。
国立民族博物館教授、創価大学教授などを歴任した加藤九祚は、76歳(1998年)で大学を辞めた後、ウズベキスタンの考古学研究所と共同でウズベキスタン南部テルメズ郊外のカラテパ遺跡発掘に着手し、94歳で没するまで発掘作業を続けた。
本書は、加藤九祚が携わったカラテパ遺跡を語っているのだろうと推測していたが、少し違っていた。カラテパに近い三つの重要な遺跡(マルギアナ(メルヴ)、アイハヌム、タフティ-サンギン)について、同時代の学者たちの研究成果をふまえて紹介している。これらはすべてアムダリヤ(アム河、オクサス)流域の遺跡であり、共通テーマはバクトリアのようだ。
バクトリアは前6世紀中頃にアケメネス朝に征服され、アレクサンドロスの時代にはポリス風の都市が建設され、セレウコス朝の治下に入った後にバクトリア王国(グレコ・バクトリア)として独立する。アフガニスタン北部にあった典型的なヘレニズムの国である。中国資料では大夏と呼ばれ、前140年頃に大月氏に滅ぼされ、その後にクシャン王国が成立する。
青銅器時代の遺跡マルギアナ(トルククメニスタン)はバクトリアの西方にある。現在のアムダリヤはここを流れていないが、かつての大河アムダリヤはアラル海だけでなくカスピ海にも流れ込んでいて、この地もアムダリヤ流域だった。現在のアムダリヤはアラル海の手前で砂漠に消えている。青銅器時代からマルギアナとバクトリアには共通の文化があったらしい。
アイハヌムはグレコ・バクトリア期の都市遺跡で、ギリシア風の劇場跡や体育場跡があり、多くの美術品が出土している。加藤九祚は2001年から年刊の個人雑誌を発行していた。その雑誌のタイトルが『アイハナム』だった。
タフティ-サンギンにはオクス神殿跡がある。アムダリア河神に献げられた神殿である。アイハヌムはギリシア人の都市だったが、タフティ-サンギンにはバクトリア人とギリシア人が混在していたらしい。オクス神殿は荒涼たる河岸にあった。加藤九祚は、この地が渡河点だったことに大きな意味があると推測している。
初期ヘレニズム時代までのバクトリアはゾロアスター教の国で、オクス神殿でも拝火儀礼が行われていた。本書末尾では、原ゾロアスター教や宗教改革者ツァラトゥストラ(ゾロアスター)についてかなり詳しく解説している。この部分も興味深い。
バクトリアやヘレニズムを語る本書にカラテパ遺跡はほとんど登場しない。しかし、「あとがき」では、加藤九祚が「あざみの歌」の替歌として作詞した「カラテパ発掘のうた」を三番まで掲載している。やはり、愛嬌のある学者だ。
『シルクロードの古代都市:アムダリヤ遺跡の旅』(加藤九祚/岩波新書/2013.9)
加藤九祚、91歳のときの著書である。本書出版から3年後の2016年9月、加藤九祚はウズベキスタンの発掘現場で倒れ、客死する。加藤九祚は多くの著書・訳書を残しているが、私にとって本書は7冊目だ。
国立民族博物館教授、創価大学教授などを歴任した加藤九祚は、76歳(1998年)で大学を辞めた後、ウズベキスタンの考古学研究所と共同でウズベキスタン南部テルメズ郊外のカラテパ遺跡発掘に着手し、94歳で没するまで発掘作業を続けた。
本書は、加藤九祚が携わったカラテパ遺跡を語っているのだろうと推測していたが、少し違っていた。カラテパに近い三つの重要な遺跡(マルギアナ(メルヴ)、アイハヌム、タフティ-サンギン)について、同時代の学者たちの研究成果をふまえて紹介している。これらはすべてアムダリヤ(アム河、オクサス)流域の遺跡であり、共通テーマはバクトリアのようだ。
バクトリアは前6世紀中頃にアケメネス朝に征服され、アレクサンドロスの時代にはポリス風の都市が建設され、セレウコス朝の治下に入った後にバクトリア王国(グレコ・バクトリア)として独立する。アフガニスタン北部にあった典型的なヘレニズムの国である。中国資料では大夏と呼ばれ、前140年頃に大月氏に滅ぼされ、その後にクシャン王国が成立する。
青銅器時代の遺跡マルギアナ(トルククメニスタン)はバクトリアの西方にある。現在のアムダリヤはここを流れていないが、かつての大河アムダリヤはアラル海だけでなくカスピ海にも流れ込んでいて、この地もアムダリヤ流域だった。現在のアムダリヤはアラル海の手前で砂漠に消えている。青銅器時代からマルギアナとバクトリアには共通の文化があったらしい。
アイハヌムはグレコ・バクトリア期の都市遺跡で、ギリシア風の劇場跡や体育場跡があり、多くの美術品が出土している。加藤九祚は2001年から年刊の個人雑誌を発行していた。その雑誌のタイトルが『アイハナム』だった。
タフティ-サンギンにはオクス神殿跡がある。アムダリア河神に献げられた神殿である。アイハヌムはギリシア人の都市だったが、タフティ-サンギンにはバクトリア人とギリシア人が混在していたらしい。オクス神殿は荒涼たる河岸にあった。加藤九祚は、この地が渡河点だったことに大きな意味があると推測している。
初期ヘレニズム時代までのバクトリアはゾロアスター教の国で、オクス神殿でも拝火儀礼が行われていた。本書末尾では、原ゾロアスター教や宗教改革者ツァラトゥストラ(ゾロアスター)についてかなり詳しく解説している。この部分も興味深い。
バクトリアやヘレニズムを語る本書にカラテパ遺跡はほとんど登場しない。しかし、「あとがき」では、加藤九祚が「あざみの歌」の替歌として作詞した「カラテパ発掘のうた」を三番まで掲載している。やはり、愛嬌のある学者だ。
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