『コーランを知っていますか』(阿刀田高)は読みやすくて面白い ― 2026年08月22日
先日読んだ『中央アジアのイスラーム』が消化不良気味だったので、口直し気分で次の文庫本を読んだ。
『コーランを知っていますか』(阿刀田高/新潮文庫)
阿刀田氏の解説本シリーズは読みやすく、古典の眼目を把握した気にしてくれる。至芸だと思う。今後の人生でコーランを読むことはないと思っている私にとって、本書は手頃な解説書だ。
本文の前に読んだ巻末の解説で、イスラム研究者の池内恵氏が「要を得た入門書」「私自身がいつかこういう本を書いてみたかった」と太鼓判を押している。
本書を読むと、コーランが旧約聖書や新約聖書の内容をどのような形で取り込んでいるかがわかる。と言っても、コーランは旧約聖書や新約聖書に比べるとストーリー性が乏しいそうだ。
著者は「旧約聖書は古代ユダヤ王国の建国史」「新約聖書はイエス・キリストの伝記」としたうえで、「コーランは親父の説教」と喝破している。親父と言ってもただの親父ではない。「神」である。
親父の説教はくどい。あまり論理的でなく、いきなりドカンとくる。事実誤認や牽強付会もある。断片的な言いようは、わかりにくい。しかし、親の意見と冷酒はあとになって効く――こんな例えを読むだけで、コーランの世界が何となく見えてくる。
ナルホドと感心したのは「コーランは詩歌、神の音楽」という指摘である。このくだりで、万葉の女流歌人・額田王の歌を取り上げ、詩歌は内容が月並みで非論理的でも、言葉の美しさ、調子の快さ、イメージのすばらしさで名歌になると述べている。説得的だ。コーランのアラビア語からの翻訳が禁じられてきた理由もわかる。詩歌の翻訳は難しい。原語の朗誦でなければつかめないものがあるのだろうと思う。
本書はコーランの内容を紹介・解説しつつ、マホメッドの生涯を語り、正統カリフ時代からウマイヤ朝、アッバース朝へのイスラム史を概説し、スンニ派やシーア派などの成立にも言及している。行き届いた入門書だ。
原典に触れたことのない私が言うのは変だが、コーランの概要と雰囲気をつかめた気がした。
『コーランを知っていますか』(阿刀田高/新潮文庫)
阿刀田氏の解説本シリーズは読みやすく、古典の眼目を把握した気にしてくれる。至芸だと思う。今後の人生でコーランを読むことはないと思っている私にとって、本書は手頃な解説書だ。
本文の前に読んだ巻末の解説で、イスラム研究者の池内恵氏が「要を得た入門書」「私自身がいつかこういう本を書いてみたかった」と太鼓判を押している。
本書を読むと、コーランが旧約聖書や新約聖書の内容をどのような形で取り込んでいるかがわかる。と言っても、コーランは旧約聖書や新約聖書に比べるとストーリー性が乏しいそうだ。
著者は「旧約聖書は古代ユダヤ王国の建国史」「新約聖書はイエス・キリストの伝記」としたうえで、「コーランは親父の説教」と喝破している。親父と言ってもただの親父ではない。「神」である。
親父の説教はくどい。あまり論理的でなく、いきなりドカンとくる。事実誤認や牽強付会もある。断片的な言いようは、わかりにくい。しかし、親の意見と冷酒はあとになって効く――こんな例えを読むだけで、コーランの世界が何となく見えてくる。
ナルホドと感心したのは「コーランは詩歌、神の音楽」という指摘である。このくだりで、万葉の女流歌人・額田王の歌を取り上げ、詩歌は内容が月並みで非論理的でも、言葉の美しさ、調子の快さ、イメージのすばらしさで名歌になると述べている。説得的だ。コーランのアラビア語からの翻訳が禁じられてきた理由もわかる。詩歌の翻訳は難しい。原語の朗誦でなければつかめないものがあるのだろうと思う。
本書はコーランの内容を紹介・解説しつつ、マホメッドの生涯を語り、正統カリフ時代からウマイヤ朝、アッバース朝へのイスラム史を概説し、スンニ派やシーア派などの成立にも言及している。行き届いた入門書だ。
原典に触れたことのない私が言うのは変だが、コーランの概要と雰囲気をつかめた気がした。
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