石田幹之助の名著『長安の春』は読みにくくはなかった2021年01月27日

『増訂 長安の春』(石田幹之助/東洋文庫/平凡社)
 エクセルの読書リストを眺めていて、昨年9月に読んだ 『大唐の春(大世界史4)』(石田幹之助・他) が目に入り、後回しにしていた次の本を思い出した。

 『増訂 長安の春』(石田幹之助/東洋文庫/平凡社)

 名著と評判の本書の東洋文庫版は1967年初版だが、原本は1941年(真珠湾の年)の刊行、かなり昔の本だ。

 冒頭が漢詩の引用で、格調高い古雅な文章が続く。未知の漢語や難しい漢字が頻出し、「これは大変だ、性根を入れて取り組む本だ」と感じて敬遠していた。その気がかりだった書を、ついにひもといた。

 読み進めると思ったほど敷居が高くなく、比較的短時間で読了できた。初めのうちは漢和辞典や広辞苑を引いていたが、やがて面倒になり、多少の難解語は想像力でごまかし、強引に読み進めた。それでも面白く読めた。

 本書は歴史エッセイ集(18編)で、唐の都・長安の社会や風俗を、主に漢詩を材料にして描写している。

 巻頭の「長安の春」(十数ページ)に敷居の高さを感じたのだが、これは一編の詩のような作品で、その名調子に波長が合ってくると心地よく堪能できる。

 他のエッセイは読みやすい散文である。漢詩の引用は読み下し(直訳)で、親切な解釈文はない。著者自身、直訳について「分かつたやうな分からないやうな厄介なものですが、そこが賦といふものの身上かも知れません。」と述べている。およその雰囲気をつかめれば、それでいいのだと思った。

 ネット時代になり、有名な漢詩は作者・題名で検索するといろいろな訳文が出てくる。いくつかの引用漢詩はネット検索で訳文を参照しつつ、本書読み進めた。

 私はソグド人(中央アジアのソグディアナを故地とするイラン系の人)に関心があるので、「「胡旋舞」考」「當瀘の胡姫」などを興味深く読んだ。長安で活躍するソグド人女性のダンサーやホステスの話である。

 本書は全般的に、長安に流入している外来文化(特にイラン系)の様を描いていて、そこに魅力がある。華やかで艶やかな書だ。