カザフスタン映画『女王トミュリス』を観た2021年01月18日

 マッサゲタイ族の女王を題材にしたカザフスタン映画が上映されていると聞いて驚いたのは昨年(2020年)秋だった。マッサゲタイは高校世界史には出てこないマイナーな存在だ。ヘロドトスの『歴史』の最初の方に登場する遊牧民で、アケメネス朝のキュロス2世はマッサゲタイとの戦いで戦死する。

 この珍品歴史映画をぜひ観たいと思ったが、渋谷の小さな映画館での単館上映はすでに終了していた。ネットで予告編の迫力ある動画だけを観た。その映画『女王トミュリス』が Prime Video に入っているのを発見し、レンタル料550円で観た。

 私はヘロドトスの『歴史』を『世界の名著』(中央公論)収録の抄編で読み、やはり全編を読まねばと岩波文庫の全3冊を購入した。その上巻だけを読んで中断したままだ。キュロス王とマッサゲタイのトミュリスとの戦いは上巻に出てくる。文庫本で10頁足らずの話で、『世界の名著』の抄編ではこの箇所を割愛している。

 映画『女王トミュリス』の展開はヘロドトスが描いた内容とはかなり違っていた。話をふくらませ、わかりやすい歴史スペクタクルになっている。広大な草原を疾駆する騎馬遊牧民軍団の映像は見応えがある。

 トミュリスは紀元前6世紀の人だが、映画は10世紀のダマスカスで始まる。歴史家と思しき人物が過去の出来事を執筆しているシーンに「ヘロドトスの『歴史』で不滅となった物語、真実の物語を書き記そうと思う」というナレーションに重なり、紀元前6世紀のカスピ海東側の草原地帯を駆け巡る遊牧民の物語が始まる。

 10世紀のイスラムの文人と遠い昔の遊牧民の組み合わせに、西欧中心に近いヘロドトスを相対化したうえで、遠い御先祖の遊牧民英雄を顕彰しようというカザフスタンの心意気を感じた。

 現在のカザフ人の先祖がマッサゲタイかどうか私にはわからない。旧ソ連の中央アジアの国々が、広場の中心にあったレーニン像の代替を求めている情況はわかる。そんなシンボルの一つがトミュリスかもしれない。日本の神功皇后(神話に近い人だ)を連想するが、トミュリスはそれよりはるかに昔(日本では縄文時代)の人である。