Bunkamura製作『アリババ』『愛の乞食』は怪優たちのスペクタクル2025年09月03日

 世田谷パブリックシアターでBunkamura製作『アリババ』『愛の乞食』(作:唐十郎、演出:金守珍、出演:安田章大、壮一帆、風間杜夫、伊原剛志、伊東蒼、他)を観た。今年6月の新宿梁山泊テント公演と同じ演目で、演出(金守珍)と主演(安田章大)も同じだ。テントとは演出を変えた大仕掛けの華麗な舞台だった。壮大なスペクタルになった唐十郎世界に、テントとは別種の陶酔感を得た。

 私がBunkamura製作、金守珍演出の唐作品を観るのは『唐版 風の又三郎』『泥人魚』『少女都市からの呼び声』に続いて4本目だ。Bunkamuraは唐作品を蜷川幸雄演出でも上演しており、本作で8本目の唐作品だそうだ。大劇場(テントに比べて)の華麗な舞台に展開する唐十郎世界を観ていると、金守珍が言うように「唐作品は現代歌舞伎」の趣を感じる。

 テント公演と同様に『アリババ』『愛の乞食』の順で連続上演し、二つの芝居が一体の演出になっている。『愛の乞食』の主人公「朝日生命の田口」(安田章大)は『アリババ』の主人公「宿六」(安田章大)のその後の姿に見えてくる。

 前回のテント公演で認識したのだが、安田章大は元アイドル(関ジャニ)で、観客の大半は彼目当ての女性ファンである。あたかもコンサート会場のように、彼の仕草や歌唱に対応して歓声や拍手が起こる。そんな客席と舞台の一体感を眺めながら、こんな芝居もアリだろうと思えてきた。テント空間とはまた違うライブ感である。

 今回の公演は、台詞をすべて関西弁に変えている。幕開けで「あっ、関西弁だ」と思っただけで、ほとんど違和感なく観劇した。関西弁の方がコミカルな要素が強調される。唐戯曲にはコミカルな台詞が随所に盛り込まれているので、その部分はより面白くなっているかもしれない。唐十郎独特の幻視的異世界も関西弁で構築可能なようだ。

 台詞は関西弁だが「朝は海の中、昼は丘~」などの劇中歌は戯曲通りである。「七十五人で船出をしたが、帰ってきたのはただ一人~」の歌声は、テントのときと同様に唐十郎本人の野太い歌声が流れて、役者たちの合唱になった。一瞬、冥界の唐十郎が降臨したように思えた。

 かつての状況劇場(紅テント)は怪優たちの圧倒的な存在感が魅力だった。今回の芝居を観て、かつての紅テントとは異質だが、役者たちの怪演・熱演に引き込まれた。『アリババ』の「女」を演じた壮一帆は、元宝塚男役らしい堂々たる存在感がある。もはや唐芝居の常連となった風間杜夫は齢を重ねて怪優の魅力が増大している。『愛の乞食』の「ミドリのおばさん実は元海賊の尼蔵」を演じた伊原剛志のハジケ振りには感心した。『愛の乞食』の「少女万寿シャゲ」を演じた伊東蒼の恐いもの知らずの奔放な演技には驚いた。若干20歳の役者だそうだ。

 今後も唐十郎作品はさまざまな役者によって多様な世界を紡ぎ出していくのだと思う。

朝ドラに『ボオ氏』が出てきた2025年09月05日

 古い知人から朝ドラの『あんぱん』を観てますか、とのメールが届いた。私は観ていないし、どんな内容かも知らない。この朝ドラの関連で、私が12年前に書いたブログがSNSで話題になっているそうだ。びっくりした。

 『あんぱん』はやなせたかし氏をモデルにしたドラマで、そのなかで、やなせ氏が懸賞マンガに応募して入選する話が放映されたそうだ。私は12年前のやなせ氏逝去の際に書いたブログで、週刊朝日の百万円懸賞連載マンガ(1967年)に『ボオ氏』が入選した件に触れた。それがSNSの一部で注目されたようだ。

 NHKプラスで9月4日の『あんぱん』を観た。やなせたかしや手塚治虫が、それとわかる別名で出てきた。『ボオ氏』はそのままの名だ。忘れられた作品だと思っていた『ボオ氏』がテレビドラマに登場したのに感動した。

 私は『ボオ氏』全26回の切り抜きを保存している。あらためて58年前の入選発表記事を読み返してみた。審査員は岡部冬彦(マンガ家)、佐藤忠男(評論家)、永田力(画家)、なだいなだ(作家)と週刊朝日編集長である。

 最終的にはやなせたかし、梅田英俊、森町長子の三人の争いとなった。いずれもプロのようだ。審査員で唯一のマンガ家・岡部冬彦氏は「アハハオホホと他意なく笑って過ごす平均的読者のために描く平均的マンガ家が出てほしかった」と不満を漏らしている。永田力氏は「プロの心得がある、やなせ・たかしが入選と決まったときは、ひそかに新しい人を期待していた私は正直いってがっかりだった」と述べている。

 この記事を読みながら、またひとつ遠い記憶がよみがえった。やなせ氏と争った梅田英俊氏の『アーネスト0(ゼロ)氏の場合』は、後に『アサヒグラフ』に連載されたと思う。本屋で立ち読みしただけだが、私はやなせ氏よりは梅田氏の方が好みだった。

地図専門の「ぶよお堂」で地図購入2025年09月07日

 日本橋に「ぶよお堂」という地図専門店があると最近知った。今月、「西域シルクロード紀行」というツアーに参加予定なので、西域のやや詳しい地図を探していたが、大型書店の棚でも手頃な地図は見つからなかった。

 で、先日「ぶよお堂」に出向いた。日本橋高島屋に近い通りのビルの地下2階にある。そのビルの名は「ぶよおビル」、テナントでなくオーナーのようだ。ビルの入り口のエレベーターで地下2階に下り、扉が開けば店舗だった。コンパクトな書店で、地球儀や地形図模型なども置いている。カウンターの前に大きなテーブルがあり、これは地図を広げるためのスペースである。地図専門店ならではの配慮だ。

 店内の棚を物色した後、店の人に「新疆ウイグル自治区の地図はありますか」と尋ねると、すぐに中国語の現代地図が出てきた。タクラマカン砂漠がA3よりやや広く、かなり詳しい(1:2 550 000)。表記が中国語なので解読が難しいが購入した(税別1700円)。

 ホームページで調べると、ぶよお堂は株式会社武揚堂の関連会社で、武揚堂は1897年(明治30年)創業の古い会社だ。創業時に「陸軍参謀本部陸地測量部発行地図元売捌の権利を取得」とある。現在の事業は「地理空間情報コンテンツ制作」だそうだ。各種地図の制作をしているようだ。

 武揚堂という名から、わが推しの榎本武揚と関係があるのだろうかと推測した。ホームページをよく読むと「創業に際して同名の榎本武揚に使用許可を求め快諾を得たとの逸話が残る」とあった。

『シェイクスピア物語』で20編の筋書きをまとめ読み2025年09月09日

『シェイクスピア物語(上)(下)』(ラム姉弟/安藤貞雄訳/岩波文庫)
 猛暑の日々の暑さしのぎ気分で、家の中でゴロゴロしながら次の文庫本を読んだ。

 『シェイクスピア物語(上)(下)』(ラム姉弟/安藤貞雄訳/岩波文庫)

 この文庫本は私が購入したものではない。数年前102歳で逝った伯父が残した山積みの本のなかから見つくろって持ち帰ったものだ。自分であえて買おうとは思わないが目を通してみたい――そんな本のひとつであり、冥界の伯父からのプレゼントである。

 私は小学生時代に『少年少女世界文学全集』(講談社)でシェイクスピアの『ハムレット』や『マクベス』に接した。あのとき読んだのはラムのシェイクスピア物語だったのだと思う。その後、シェイクスピアは劇作家で、その戯曲を子供向きの物語にリライトしたのがラム姉弟と知った。

 子供向けにリライトしたのは主要作品だけと思っていたが、本書2冊で20作品もある。ラムは『リチャード3世』などの史劇を除外している。シェイクスピアの全34作品から史劇を除くと25作なので、そのほとんどをリライトしているのだ。

 ラムの20作品中、私が戯曲や舞台で知っているのは次の12作だった、  『あらし』『真夏の夜の夢』『から騒ぎ』『お気に召すまま』『ベニスの商人』『リア王』『マクベス』『終わりよければすべてよし』『しっぺい返し(尺には尺を)』『ロメオとジュリエット』『ハムレット』『オセロー』

 次の8作品は戯曲も読んでいないと思う。今回はじめて内容を知った。

 『冬物語』、『ベローナの二紳士』、『シンベリーン』、『じゃじゃ馬ならし』、『まちがいの喜劇』、『十二夜』、『アテネのタイモン』、『ペリクリーズ』

 シェイクスピアの筋書きを20編まとめて読むと頭の中がゴチャゴチャになる。死んだふりをして騙す、女性が男装して騙す、同じ顔の別人が混乱を引き起こすなど、似たような話が多く、頭の中で混ざってしまう。強引な展開も多い。400年以上昔の物語だと思うと、人間の物語作成能力の基本は400年前からさほど進歩していないようにも思えてくる。

 シェイクスピアの作品では、登場人物の心理や態度があっけなく変転することがある。人の心理を丁寧に描こうとする近代の文学ではありえない展開に見える。だが、人間の心の可塑性を冷徹に表現し、面倒くさい近代人を超えているようにも思えてくる。猛暑のなかで20編の筋書きを読みながら、そんなことを妄想した。

 戯曲を読んでいない『じゃじゃ馬ならし』と『アテネのタイモン』に驚いた。かなりぶっ飛んだ話で、シュールなブラックコメディのようでもある。いずれ戯曲を読んでみたい。

 本書を読みながら、この筋書きに続けて戯曲を読むという読み方がよさそうに思えた。筋を追う気分から離れて戯曲の台詞を多様に味わえそうな気がする。

タクラマカン砂漠に環状鉄道が開通していた2025年09月12日

 数カ月前、NHK BSで放映した『疾走!タクラマカン砂漠鉄道~冬のシルクロードをゆく』という番組には驚いた。タクラマカン砂漠を1周する鉄道が開通しているとは知らなかった。「空には飛ぶ鳥なく、地には走獣なし」と言われた死の砂漠が様変わりしている。

 1980年放映のNHKの『シルクロード』は天山南路で建設中の「南疆鉄道」を映していたが、いつの間にか西域南道にまで及ぶ環状鉄道が完成していたのだ。どんなルートだろうかと、グーグルマップでタクラマカン砂漠を調べた。不思議なことに道路は詳しく載っているのに鉄道の表示がない。

 先日、地図専門の「ぶよお堂」で新疆ウイグル自治区の地図を購入したのは、この鉄道のルートを確認したかったからでもある。だが、この地図の鉄道表示は、コルラ→クチャ→カシュガル→ホータンまでだった。タクラマカン砂漠を半周しているだけだ。1989年出版、2018年1月改訂の地図なので、その時点では半周だったようだ。

 調べてみると、コルラ→カシュガル(南疆線)の開通が1999年12月、カシュガル→ホータンの開通が2011年6月で、地図にはここまでが反映されている。その後、コルラ→チャルクリクが2020年12月に開通。3年前の2022年6月には砂漠を高架橋で走るホータン→チャルクリクが開通し、2700キロメートルの環状鉄道になったそうだ。ネット検索で、この環状鉄道の簡単な路線図を見つけた。

 この鉄道は単線である。NHKの番組によれば1日8本だそうだ。おそらく、1周するには何度か乗り継いで、何日もかかるのだろうと思う。

 私は「西域シルクロード紀行」というツアーに明日(2025.9.13))出発する。この鉄道には乗らないが、バスでタクラマカン砂漠を縦断する予定だ。

西域旅行記(1)――タクラマカン砂漠縦断2025年09月22日

 「西域シルクロード紀行」というツアーに参加し、本日(2025.9.22)午後帰国した。広州、ウルムチを経由してクチャまでが空路、クチャからはバスでアラール、ホータン、カシュガルと巡る旅だった。

 クチャは往年の亀慈で、近くにはキジル千仏洞がある。アラールはタクラマカン砂漠の西北部にある比較的新しい農業生産都市である。ゴビ(礫が広がる乾燥地)を八路軍の湖南省旅団が開拓したそうだ。屯田兵が建設した都市である。

 アラールに一泊し、翌日はホータンまで1日がかりでタクラマカン砂漠をバスで縦断した。100年以上昔、大谷探検隊の橘瑞超が32日を要して生死の境をさまよいながらラクダで踏破したタクラマカン砂漠縦断である。タクラマカン砂漠の面積は32万平米、日本の面積(37.8万平米)に近い巨大な流動砂漠である。タクラマカンはウイグル語で死を意味する。古来「空には飛ぶ鳥なく、地には走獣なし」と言われた砂漠だ。

 今回の旅行は、このタクラマカン砂漠縦断が目玉だと思っていた。だが、やや期待外れだった。砂丘が連なる荒涼たる光景を思い描いていたが、車窓から眺める砂漠は意外に緑が多い。道路の両脇は流砂を防ぐために植林されているのだ。葦を格子状に植えた流砂止めの向こうにはタマリスク、ソウソウ、胡楊などの灌木を植林している。考えてみれば、道路が流砂で埋まらないための当然の措置である。

 縦断道路の所々には駐車スペースがある。靴の上から防砂用オーバーシューズを履き、しばしの砂漠見物ができた。砂紋のある砂丘を眺めることができたが、植林による防風措置のためか、さほど雄大ではない。砂漠らしい砂漠を眺めるには、四駆かラクダで奥地に入らなけらばならないのかもしれない。

 道路わきの砂漠の多くには低い柵が延々と続いている。立ち入り禁止だそうだ。現在のところ、タクラマカン砂漠の光景を観光資源にするという発想はあまりなさそうだ。

 アラールを出発した直後、タリム河を渡った。意外に大きな河なので驚いた。天山山脈の西方を水源にタリム盆地を西から東にロプノールまで流れる大河である。ロプノールの湖はすでに涸れていると思っていたが、ガイドの話では、ロプノールの水量は増加しているそうだ。

 地図を見ると、タクラマカン縦断道路はホータン河に沿っている。崑崙山脈を水源に南から北に流れて砂漠に消える尻なし河である。タクラマカン砂漠縦断中、車窓からホータン河を確認することはできなかった。道路からは多少の距離があるようだ。ホータンに近づいたあたりでホータン河を渡った。玉(ぎょく)の採取で有名なこの河も大河である。

 タクラマカン砂漠は砂嵐が発生する流動砂漠である。砂の流動を抑えることができれば、砂漠を緑地に変えることも可能らしい。砂漠と言っても地下水はあるのだ。中国は遠い将来のタクラマカン砂漠農地化を見据えているのかもしれない。

 タクラマカン環状鉄道は、3年前のホータン、チャルクリク間の開通で完成した。ガイドは、ディーゼルで走るこの鉄道について「車掌の数が乗客より多い」と述べていた。目先の採算を度外視した開発にチャレンジする中国の姿は不気味でもある。

西域旅行記(2)

西域旅行記(2)――新疆ウイグル自治区という観光地2025年09月22日

 今回の西域旅行では他の日本人グループに会うことはなかった。9月は抗日戦争勝利80周年記念行事などもあり、日本人旅行者が少なかったのかもしれない。カシュガルに着いた9月18日は柳条湖事件(満州事変)の日で、日本大使館から日本人は外出を控えるようにとの要請も出ていた。そんな理由もあるだろうが、この地域にまで足を伸ばす日本の観光客はまだ少ないようだ。

 だが、中国人の観光客は非常に多かった。近年、豊かな中国人が増え、国内旅行をする人が増加している。今年は新疆ウイグル自治区発足70周年だそうで、いたる所に「新疆ウイグル自治区成立70周年を心から祝う」という意味の表示があった。新疆ウイグル自治区の人々にとってどれほど目出たいかは微妙だが、中国全体にとっては記念すべき年だそうだ。

 クチャのキジル千仏洞は中国人観光客で混雑していた。各堂には中国人のガイドがいて、中国語で解説をしている。敦煌は中国人観光客で混雑していると聞いたことがあり、敦煌を敬遠しているのだが、キジル千仏洞にもそれなりの集客力があるようだ。

 中国最西端のカシュガル地区の人口は480万人で、その9割はウイグル族だそうだ。トルコ系コーカソイドのウイグル族は漢族や日本人とはあきらかに風貌が異なる。このカシュガルにも中国人(漢族)観光客が押し寄せている。車で何日もかけて来る人も少なくない。中国人(漢族)にとってウイグル族の多い新疆ウイグル地区は疑似海外旅行のようなエキゾチックで魅力的な観光地なのかもしれない。

 私たち日本人も観光客なので、行く先々で中国人(漢族)観光客と一緒になり、ウイグル族の地域なのに漢族が多いな、という印象をいだいてしまう。京都を訪れた西洋人が着物姿で練り歩くように、ウイグルの民族衣装で嬉々として闊歩している漢族の若い女性観光客もいる。現地の人と混同してしまう。

 クチャ、ホータン、カシュガルでは博物館をいくつか訪れた。いずれも比較的最近になってオープンした博物館で設備は立派だ。CG映像などを駆使した展示も多く、見せる工夫をしている。だが、魅力的な現物はさほど多くない。レプリカや写真の展示が多い。約百年前、英国、フランス、ドイツ、日本などの探検隊が目ぼしい文物を持ち出したせいだろうと思った。

西域旅行記(1)

10年ぶりに『菅原伝授手習鑑』を通しで観た2025年09月24日

 今月(2025年9月)の歌舞伎座は『菅原伝授手習鑑』の通し狂言でAプロとBプロがある。菅丞相(菅原道真)をAプロでは仁左衛門、Bプロでは幸四郎が演じる。幸四郎の菅丞相は初役だそうだ。

 仁左衛門はすでに81歳、いまのうちに観ておきたいという気分でAプロのチケットを取ろうと思った。前売券発売開始時にサイトにアクセスしたが混雑でつながらず、ようやくつながったときには、仁左衛門が出演するAプロ昼の部は完売になっていた。

 9月は10日間の西域旅行を予定していてスケジュールが厳しく、出発の前日(12日)に夜の部(Aプロ)、帰国の翌日(23日)に昼の部(Bプロ)を観た。昼→夜の順に連続して観たかったが、10日をへだてて逆順で観ることになった。

 私は10年前に『菅原伝授手習鑑』を通しで観ている。あのときに菅丞相を演じた仁左衛門の姿は少し憶えている。と言っても、木像の菅丞相が動きだす超現実的なシーンの印象が残っているだけで、他はほとんど忘れている。「車引」は3年前にも観ているが、情景がかすかに浮かぶだけだ。全体的な話の内容は憶えていない。

 今回の演目は以下の通りで、10年前と同じだ。

 〔昼の部〕
   加茂堤
   筆法伝授
   道明寺
 〔夜の部〕
   車引
   賀の祝
   寺子屋

 通しと言ってもこれで全てではない。観劇に先立って『名作歌舞伎全集』の台本にザーッと目を通した。私にとって歌舞伎の台本は、観劇前に読んでも頭に入りにくい。 観劇後に読めば舞台の記憶がよみがえり、情景や状況がつかみやすくて楽しい。

 全6幕のうち、印象に残るのは「道明寺」と「寺子屋」だった。「寺子屋」は『義経千本桜』の「すし屋」と似た仕掛けの話で頭の中で混ざりそうになる。作者(竹田出雲、三好松洛、並木千柳)が同じということもあるが、歌舞伎に仕立てるとどれも似たような話になるのかもしれない。シェイクスピアも似た仕掛けをくり返し使っている。

 幸四郎の菅丞相の姿は仁左衛門に重なって観えた。やはり、生身の人間が木像として動く姿が面白い。