半世紀近く昔のアフガニスタン紀行記を飛んだ ― 2025年12月19日
現在、アフガニスタンは外務省の危険レベル4(退避勧告)である。一般人が行きにくい国だが、1979年のソ連侵攻以前は、かの地に赴く好事家も少なくなかった。高峰秀子・松山善三夫妻も、1978年にアフガニスタンの遺跡巡りをしている。その旅行記を古書で入手して読んだ。
『旅は道づれガンダーラ』(高峰秀子・松山善三/中公文庫)
この文庫本の原著が出たのは1979年5月、ソ連のアフガニスタン侵攻半年前である。シルクロード・ブームの契機となったNHKの『シルクロード』放映開始は、ソ連侵攻後の1980年4月、取材班はアフガニスタンには入れなかった。
本書は、アフガニスタン旅行が可能だったよき時代の貴重な記録である。高峰秀子と松山善三の掛け合いエッセイで、読みやすくて面白い。
松山善三は、井上靖、加藤九祚、樋口隆康らの「クシャーン王朝の旅」に誘われ、すぐに行く気になる。そして、そんな旅には関心のなさそうな女房・高峰秀子を説得して3週間のツアーに参加する。
総勢9名(ガイド、運転手を除く)のツアーである。そのときの主なメンバーの年齢は下記の通りだ。
井上靖(1907-1991) 71歳
加藤九祚(1922-2016)56歳
樋口隆康(1919-2015)59歳
高峰秀子(1924-2010)54歳
松山善三(1925-2016)53歳
みな既に故人だが、いまの私(77歳)から見れば、みんな若い。
アフガニスタンとパキスタンを訪れる旅である。アフガニスタンで発掘調査中の樋口隆康は現地で合流する。
善三のやや思索的で諧謔的な文章と秀子の身辺雑記的ユーモラスな文章が交互にくり返される紀行文である。カラー写真やモノクロ写真も多数収録していて、1978年頃のアフガニスタンの様子がわかる。
本書のタイトルはガンダーラとなっているが、ガンダーラ地方の話は後半の三分の一ぐらいで、メインはアフガニスタンである。やはり、バーミアンの話が興味深い。
善三は秀子のことを「近眼、乱視、斜視で、ほとんど遠景が見えないから、風景には興味を示さない。その点、子供に似ている。自分の周囲、せいぜい三十メートルくらいのことにしか関心と注意がゆきとどかない。」と述べている。
その秀子は次のように語っている。
「バーミアンの巨大な大仏の迫力にはさすがに私も圧倒されました。(…)でも、あくまで現実的にできている私は、八世紀の昔にいったいどんな方法でこの巨大な仏像の面(おもて)をソギ落とした? という方が気になってしかたない。」
7世紀に玄奘が見た大仏は、8世紀頃にはイスラムの侵攻を受け、その頃に顔面が削ぎ落とされた。でも、その迫力ある威容は20世紀までは保たれていたのだ。タリバンによってダイナマイトで粉々に破壊されたのは2001年3月である。
秀子は上記の文章に続いて、次のように綴っている。
「当時、ダイナマイトなんてものが存在したとは、いくらアホの私でも考えられないし、(…)」
この文章を書いたとき、23年後には現実にダイナマイトが使われることになろうとは夢にも考えなかったはずだ。ため息が出る。
『旅は道づれガンダーラ』(高峰秀子・松山善三/中公文庫)
この文庫本の原著が出たのは1979年5月、ソ連のアフガニスタン侵攻半年前である。シルクロード・ブームの契機となったNHKの『シルクロード』放映開始は、ソ連侵攻後の1980年4月、取材班はアフガニスタンには入れなかった。
本書は、アフガニスタン旅行が可能だったよき時代の貴重な記録である。高峰秀子と松山善三の掛け合いエッセイで、読みやすくて面白い。
松山善三は、井上靖、加藤九祚、樋口隆康らの「クシャーン王朝の旅」に誘われ、すぐに行く気になる。そして、そんな旅には関心のなさそうな女房・高峰秀子を説得して3週間のツアーに参加する。
総勢9名(ガイド、運転手を除く)のツアーである。そのときの主なメンバーの年齢は下記の通りだ。
井上靖(1907-1991) 71歳
加藤九祚(1922-2016)56歳
樋口隆康(1919-2015)59歳
高峰秀子(1924-2010)54歳
松山善三(1925-2016)53歳
みな既に故人だが、いまの私(77歳)から見れば、みんな若い。
アフガニスタンとパキスタンを訪れる旅である。アフガニスタンで発掘調査中の樋口隆康は現地で合流する。
善三のやや思索的で諧謔的な文章と秀子の身辺雑記的ユーモラスな文章が交互にくり返される紀行文である。カラー写真やモノクロ写真も多数収録していて、1978年頃のアフガニスタンの様子がわかる。
本書のタイトルはガンダーラとなっているが、ガンダーラ地方の話は後半の三分の一ぐらいで、メインはアフガニスタンである。やはり、バーミアンの話が興味深い。
善三は秀子のことを「近眼、乱視、斜視で、ほとんど遠景が見えないから、風景には興味を示さない。その点、子供に似ている。自分の周囲、せいぜい三十メートルくらいのことにしか関心と注意がゆきとどかない。」と述べている。
その秀子は次のように語っている。
「バーミアンの巨大な大仏の迫力にはさすがに私も圧倒されました。(…)でも、あくまで現実的にできている私は、八世紀の昔にいったいどんな方法でこの巨大な仏像の面(おもて)をソギ落とした? という方が気になってしかたない。」
7世紀に玄奘が見た大仏は、8世紀頃にはイスラムの侵攻を受け、その頃に顔面が削ぎ落とされた。でも、その迫力ある威容は20世紀までは保たれていたのだ。タリバンによってダイナマイトで粉々に破壊されたのは2001年3月である。
秀子は上記の文章に続いて、次のように綴っている。
「当時、ダイナマイトなんてものが存在したとは、いくらアホの私でも考えられないし、(…)」
この文章を書いたとき、23年後には現実にダイナマイトが使われることになろうとは夢にも考えなかったはずだ。ため息が出る。

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