『泣き虫なまいき石川啄木』はコミカルでシリアス2025年12月09日

 紀伊國屋サザンシアターでこまつ座公演『泣き虫なまいき石川啄木』 (作:井上ひさし、演出:鵜山仁、出演:西川大貴、北川理恵、山西惇、那須佐代子、深沢樹、眞島秀和)を観た。

 戯曲はかなり以前に読んだが、舞台を観るのは初めてである。一度聞いたら忘れられない秀逸な表題だ。石川啄木には確かに「泣き虫」「なまいき」というイメージがある。だが、この芝居の啄木は、さほど泣き虫でも生意気でもない。自己過信と過酷な実生活のあいだでもがく若者である。26歳で早世した啄木の晩年数年の家庭生活を描いている。

 啄木と妻・節子との間には幼い京子がいる。床屋の2階を間借りした住居には啄木の母・カツが同居している。カツと節子は不仲だ。朝日新聞校正係の職を得た啄木は、すでに『一握の砂』を出版している。だが生活は楽でない。新聞社に行く電車賃もない。そこへ無職の禅僧である父・一禎が転がり込んでくる。一禎とカツの夫婦仲も悪い。

 そんな家族をかかえた啄木に同情する。だが、啄木自身も頭デッカチの借金王である。何事かをなそうと夢想しつつ「実生活の白兵戦」に直面している。コミカルでシリアスな芝居だ。献身的な友人・金田一京助の姿が面白い。身勝手に禅僧ぶる父の人物造型も巧みだ。

 この芝居の初演は1986年、その上演期間中に、井上ひさしは記者会見を開く。座長だった妻・好子の座長退任と離婚の発表である。妻の不倫が原因の離婚らしい。この会見で、井上ひさしは次のように語ったそうだ。

 「私は物書きなので、自分の考えていることを言葉で、アドリブで話すのは苦手です。これまでの気持ちについては。『泣き虫なまいき石川啄木』に書いたつもりだし、読んでいただければ分かります。」(新潮文庫の扇田昭彦・解説より)

 井上家の家庭騒動に関しては何年か前に、元妻の本や娘の本を読んだことがあり、タイヘンな家族だなと思った。

 そんな知識による予断をもってこの芝居を観たので、妻への不信に苦悩する啄木は作者自身の反映にも思える。だが、浄化されすぎているようにも感じる。浄化こそが作者の思いとしてもいいのだが、記者会見の発言は作家らしい韜晦のように思える。この芝居は、私芝居というよりは作家精神を発揮した創作だと思う。