「思考の言語化」に関する自問自答を言語化した作品2026年02月19日

『言語化するための小説思考』(小川哲/講談社)
 『言語化するための小説思考』(小川哲/講談社)

 ベストセラーリストに妙なタイトルの本書がランクインしていてヘェーと思っていたら、朝日新聞(2026.2.14)読書欄の「売れてる本」がこの本を取り上げていた。小川哲氏の小説は最近作の『火星の女王』など何点か読んでいるが、本書は小説ではなさそうだ。

 書店の店頭に平積みになっているのを手に取った。「まえがき」の次のセンテンスで買う気になった。

 「小説に限らず、(他者に読まれることを前提として書かれた)あらゆる文章表現に共通しているのは、その文章に価値があるかどうかを決めるのが「他者」という点である。文章は「他者のため」、より正確に言えば「作品のため」に書かれるべきであって、自分を大きく見せるために書かれるべきではない。文章は「自己表現」であると同時に、「その自己表現に他者がどれだけ感心したか」という側面を持つ。

 薄い新書版で、手軽に読めそうだ。「まえがき」を読めば文章表現のハウツー本にも思える。ベストセラーになった由縁かもしれない。判型は新書版だが新書のレーベルではない。「あとがき」の後に短編小説1編を収録して189ページ、不思議な形態の単行本である。

 本書は「小説を書く」という行為に関する作者自身の自問自答の書であり、「認知や思考の言語化」ということを言語化した新たな小川作品にも見える。小川哲氏には小説を書く生活をテーマにした『君が手にするはずだった黄金について』という小説がある。あの作品世界をさらに突きつめていくと本書のような「作品」になったのだろうか。

 本書にハウツー本としての価値がどれほどあるか、私にはよくわからないが、「アイデアは生みだすものではなく、見つけるもの――すなわち「視力」である」との指摘に共感・納得する。凡人にとっては、頭の中の茫漠を言語化する「書く」という行為こそが「思考」ではないかと私は感じている。ソクラテスのような「書かない哲学者」もいるが。

 本書の巻末には何の説明もなしに「エデンの東」という短編小説を収録している。若手作家の競作短編集『あえのがたり』 に収録していた小説である。本文に続けて小説を読むと、この小説が本文と一体になっていると了解できる。粋な構成だと思う。