精神世界の大転換を考察した『地中海世界の歴史』最終巻2026年02月04日

『人類と文明の変容:地中海世界の歴史8 「古代末期」という時代』(本村凌二/講談社選書メチエ)
 ローマ史家・本村凌二氏の『地中海世界の歴史(全8巻)』の最終巻を読了した。全8巻を読み終えてホッとした気分だ。前半4巻はボチボチと気ままに読み、後半4巻は続け読みだった(4冊で約2週間)。

 『人類と文明の変容:地中海世界の歴史8 「古代末期」という時代』(本村凌二/講談社選書メチエ)

 本村氏は本書のなかで、シリーズ全体について次のように述べている。

 「本シリーズでは、「心性史」を基軸とする「社会史」を重視する歴史叙述に注目する立場をとってきた。だが、それを掘りおこす歴史叙述はかんたんではないのだ。」

 あらためて、なるほどやはりそうであったのかと感じた。

 本書が扱う時代は、3世紀の軍人皇帝マクシミヌスから6世紀の東ローマ皇帝ユスティニアヌスまでである。ローマ帝国は軍人皇帝時代の混乱からディオクレティアヌス帝の四分割統治(293年)を経て東西分裂が決定的(395年)となり、西ローマ帝国は滅亡(476年)し、東ローマ帝国が存続する。この間にキリスト教を公認(313年)し、国教とする(392年)。

 心性史という観点では、キリスト教の普及が最大のポイントである。本村氏はそれを「多神教世界が一神教世界に転換するという人類史上の大事件」と捉え、その内実を考察している。それは、人間が個人として突き放され、それぞれが「自分で考える」ことを求められる精神世界の変化であり、「文明の変容」とも呼べるものだという。

 面白く思ったのは、コンスタンティヌス大帝のキリスト教公認後に登場したユリアヌス帝の評価である。キリスト教嫌いで、古来の神々への回帰を推進し、「背教者」と呼ばれた皇帝だ。私は10年前に辻邦生の歴史小説『背教者ユリアヌス』を読んで、この皇帝に魅力を感じた。

 本村氏は、ユリアヌスを時代の逆行者と見なしているのではなく、逆に「彼はある意味ではもっとも時代のムードを身におびていた人物であったかもしれない」としている。ユリアヌスは、人間の内面を見つめる一神教世界の精神性をおびていたが故に、権力に保護されて堕落したキリスト教を嫌悪したというのである。そういう見方もあるのかと驚いた。目から鱗だ。

 本書の「はじめに」では、ピーター・ブラウンが1971年に著した『古代末期の世界』を、この半世紀あまりで最も影響力があった書と高く評価している。私は7年前、本村氏の概説書でこの本を知って読んだが、その内容はほとんど失念している。本書の結論めいた部分はブラウンの「古代末期」をふまえた考察になっていて、次のように述べている。

 「古代末期をながめる視座も多様であるが、現在考えられるかぎりにおいては、もはや衰退・没落史観だけから見ない方に傾いているだろう。むしろ、禁欲思想に現れるような宗教や文化を中心としながら、その当時の民衆の心性に注目しているのである。3世紀から7世紀までの期間は、一つの新しい秩序・考え方・感じ方が生まれた時代と理解されるのではないだろうか。そのようにとらえるのが偏見のない見方であり、それは現在の主流になりつつあると言っていいだろう。」

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『地中海世界の歴史(全8巻)』の既読分は以下の通り。

 (1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
 (2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
 (3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
 (4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
 (5)共和政ローマ『勝利を愛する人々』
 (6)地中海世界帝国の成立『「われらが海」の覇権』
 (7)パクス・ローマーナ『平和と繁栄の宿命』