『国盗り物語』は斎藤道三と二人の分身の物語 ― 2026年05月05日
司馬遼太郎の長編はかなり読んだ気がするが未読作品も多い。私は戦国モノより幕末維新モノが好みで、代表作『国盗り物語』も読んでいなかった。ふとした気まぐれで『国盗り物語』を古書で入手し、やや厚い文庫本全4冊を4日で読了した。やはり、司馬遼太郎の小説は読みやすくて面白い。
『国盗り物語(1)(2)(3)(4)』(司馬遼太郎/新潮文庫)
この長編、前半2冊は「斎藤道三編」、後半2冊は「織田信長編」となっている。信長は道三の娘婿なので戦国二代記かなと思ったが、3冊目の半ばまで道三は存命で、後半の主人公は信長ではなく明智光秀だった。本能寺の変と光秀の最期までを描いている。
著者の「あとがき」によれば、雑誌連載の際に斎藤道三のみを書くつもりで題を『国盗り物語』とし、編集部から「もっと書け」と言われ、道三の娘婿である織田信長まで書き進めたそうだ。これを読んで得心した。『国盗り物語』は道三の物語であり、道三の死後、道三が自身の後継者と見なしていた二人の若者(信長と光秀)が道三の分身として活躍して相果てる物語である。道三の生涯と見果てぬ夢のてんまつを描いた道三の壮大夢幻な一代記とも言える。
この小説、前半が面白い。寺をとびだして還俗した乞食坊主・庄九郎(後の道三)が「国主」になりたいとの大望をいだいて成り上がっていく権謀術数のサクセス・ストーリーである。庄九郎は国盗りの足がかりとして、まず、京都の大店である油屋の婿におさまる。油屋の亭主として商売を拡張させながら、その財力を活用して美濃の国(岐阜)の乗っ取りを企て、実現させてしまう。
シュリーマンを連想させる話だ。だが、油屋の次に国主になるのではなく、油屋と並行の二重生活で成り上がっていくのである。どこまで史実をベースにしているのか知らないが、スーパーマン庄九郎を描いた面白いストーリーである。時たま美濃から京都に戻って油屋の亭主になった際、庄九郎は油屋の女房に「いずれ将軍として京に戻る」と語る。だが、美濃の国主になったとき「美濃取りに時間がかかり過ぎた。将軍として京に戻るのは難しそうだ」と嘆く。道三が期待をかけた次世代が、姻戚の優秀な若者・明智光秀と娘(濃姫)婿の織田信長である。光秀は濃姫のイトコにあたる。
当初、道三は娘の婿を光秀と考えており、光秀も密かにそれを期待していた。しかし、織田家から縁談話が来たとき、道三は政治的判断でその縁談を受ける。史実か否かは知らないが、よくできた光秀・信長の因縁の端緒だ。
司馬遼太郎の小説はエッセイ風の語りが随所に織り込まれる。道三とほぼ同時代のマキャベリの言説で道三を解説するのが面白い。油の原料が荏胡麻(えごま)から菜種へと技術革新していくさまで時代の変転を語っているのも興味深い。
『国盗り物語(1)(2)(3)(4)』(司馬遼太郎/新潮文庫)
この長編、前半2冊は「斎藤道三編」、後半2冊は「織田信長編」となっている。信長は道三の娘婿なので戦国二代記かなと思ったが、3冊目の半ばまで道三は存命で、後半の主人公は信長ではなく明智光秀だった。本能寺の変と光秀の最期までを描いている。
著者の「あとがき」によれば、雑誌連載の際に斎藤道三のみを書くつもりで題を『国盗り物語』とし、編集部から「もっと書け」と言われ、道三の娘婿である織田信長まで書き進めたそうだ。これを読んで得心した。『国盗り物語』は道三の物語であり、道三の死後、道三が自身の後継者と見なしていた二人の若者(信長と光秀)が道三の分身として活躍して相果てる物語である。道三の生涯と見果てぬ夢のてんまつを描いた道三の壮大夢幻な一代記とも言える。
この小説、前半が面白い。寺をとびだして還俗した乞食坊主・庄九郎(後の道三)が「国主」になりたいとの大望をいだいて成り上がっていく権謀術数のサクセス・ストーリーである。庄九郎は国盗りの足がかりとして、まず、京都の大店である油屋の婿におさまる。油屋の亭主として商売を拡張させながら、その財力を活用して美濃の国(岐阜)の乗っ取りを企て、実現させてしまう。
シュリーマンを連想させる話だ。だが、油屋の次に国主になるのではなく、油屋と並行の二重生活で成り上がっていくのである。どこまで史実をベースにしているのか知らないが、スーパーマン庄九郎を描いた面白いストーリーである。時たま美濃から京都に戻って油屋の亭主になった際、庄九郎は油屋の女房に「いずれ将軍として京に戻る」と語る。だが、美濃の国主になったとき「美濃取りに時間がかかり過ぎた。将軍として京に戻るのは難しそうだ」と嘆く。道三が期待をかけた次世代が、姻戚の優秀な若者・明智光秀と娘(濃姫)婿の織田信長である。光秀は濃姫のイトコにあたる。
当初、道三は娘の婿を光秀と考えており、光秀も密かにそれを期待していた。しかし、織田家から縁談話が来たとき、道三は政治的判断でその縁談を受ける。史実か否かは知らないが、よくできた光秀・信長の因縁の端緒だ。
司馬遼太郎の小説はエッセイ風の語りが随所に織り込まれる。道三とほぼ同時代のマキャベリの言説で道三を解説するのが面白い。油の原料が荏胡麻(えごま)から菜種へと技術革新していくさまで時代の変転を語っているのも興味深い。
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