『ディアナの森』は地理的紀行が知的迷宮に変転する書 ― 2024年05月18日
一昨年12月、89歳で亡くなった前田耕作先生の次の本を読んだ。先生の尊称を付すのは、カルチャーセンターなどで講義をいくつか受講し、一緒にシチリア旅行をしたこともあり、前田先生と表記しないとしっくりこないからである。
『ディアナの森:ユーロアジア歴史紀行』(前田耕作/せりか書房/1998.7)
本書は互いに絡みあった20編のエセー集成である。私はかなり以前に本書を購入したが、何編かを拾い読みしただけだった。研究者の随想なので未知の固有名詞が頻出し、サラサラとは読めなかったのだ。今回、意を決して頭から通して読んだ。
前田先生は「あとがき」で次のように述べている。
「文字通りのエセー、私語、試考の類で、私の漂流ぶり、パラムナード(漂歩)のさまをより多くの人にみてもらおうと書きかさねたものである。これらのエセーの間隙に書いた『バクトリア王国の興亡』と『宗祖ゾロアスター』とを合わせて読んでいただければ、私が奈辺を漂っているか、およそ察していただけよう。」
昨年2月に開催された追悼シンポジウム「前田耕作先生の業績を語る会」で、後輩学者の一人が「<夢想・歴史・神話/宗教>を結ぶ“前田学”」ということを語っていた。私に難しいことはわからないが、本書によってあらためて、さまざまな遺物や遺跡をベースにアジア・ヨーロッパの異文化交流や精神史を追究した人だったと思った。
ギボンやプルタルコスの史書の講義のとき、先生は史書に出て来る地名をいちいち地図で確認しながら話を進め、その地を訪れた逸話に触れることも多かった。先生の行動範囲の広さに驚いた。古跡巡りの旅行をご一緒したとき「何も残っていなくても、その現場に立ってみることが大事だ」とおっしゃっていた。現場に立てば、書斎で得られないものが見えてくるのだと思う。
「ユーロアジア歴史紀行」のサブタイトルがある本書は、地理的紀行が時間紀行と脳内紀行に変転していくエセー集である。旅行譚のつもりで読み始めるといつの間にやら知的時空の迷宮に引きずりこまれ、知識も知力も乏しい私は途方に暮れそうになる。そんな体験にも一種の心地よさがあり、前田先生の後ろ姿を遠く眺めながら漂流している気分になる。本書に現場の空気が流れているせいだろう。
本書には多くの学者の名が出てくる。私の知らない人が多い。頻出するのは『金枝篇』のフレイザーである。原始宗教・儀礼・神話・習慣などを比較研究した『金枝篇』を私は読んだことがない。大部な書だから読む予定もない。面白そうな世界だろうとは思うが、底なし沼のようでもあり、近づくのがこわい。
『ディアナの森:ユーロアジア歴史紀行』(前田耕作/せりか書房/1998.7)
本書は互いに絡みあった20編のエセー集成である。私はかなり以前に本書を購入したが、何編かを拾い読みしただけだった。研究者の随想なので未知の固有名詞が頻出し、サラサラとは読めなかったのだ。今回、意を決して頭から通して読んだ。
前田先生は「あとがき」で次のように述べている。
「文字通りのエセー、私語、試考の類で、私の漂流ぶり、パラムナード(漂歩)のさまをより多くの人にみてもらおうと書きかさねたものである。これらのエセーの間隙に書いた『バクトリア王国の興亡』と『宗祖ゾロアスター』とを合わせて読んでいただければ、私が奈辺を漂っているか、およそ察していただけよう。」
昨年2月に開催された追悼シンポジウム「前田耕作先生の業績を語る会」で、後輩学者の一人が「<夢想・歴史・神話/宗教>を結ぶ“前田学”」ということを語っていた。私に難しいことはわからないが、本書によってあらためて、さまざまな遺物や遺跡をベースにアジア・ヨーロッパの異文化交流や精神史を追究した人だったと思った。
ギボンやプルタルコスの史書の講義のとき、先生は史書に出て来る地名をいちいち地図で確認しながら話を進め、その地を訪れた逸話に触れることも多かった。先生の行動範囲の広さに驚いた。古跡巡りの旅行をご一緒したとき「何も残っていなくても、その現場に立ってみることが大事だ」とおっしゃっていた。現場に立てば、書斎で得られないものが見えてくるのだと思う。
「ユーロアジア歴史紀行」のサブタイトルがある本書は、地理的紀行が時間紀行と脳内紀行に変転していくエセー集である。旅行譚のつもりで読み始めるといつの間にやら知的時空の迷宮に引きずりこまれ、知識も知力も乏しい私は途方に暮れそうになる。そんな体験にも一種の心地よさがあり、前田先生の後ろ姿を遠く眺めながら漂流している気分になる。本書に現場の空気が流れているせいだろう。
本書には多くの学者の名が出てくる。私の知らない人が多い。頻出するのは『金枝篇』のフレイザーである。原始宗教・儀礼・神話・習慣などを比較研究した『金枝篇』を私は読んだことがない。大部な書だから読む予定もない。面白そうな世界だろうとは思うが、底なし沼のようでもあり、近づくのがこわい。
別役実とつかこうへいを繋ぐ『象』を観た ― 2024年05月20日
上野ストアハウスという小さな劇場で9PROJECT公演『象』(作:別役実、演出:渡辺和徳、出演:小川智之、井上裕朗、高野愛、浦島三太朗、瑠音)を観た。
別役実の初期有名作品『象』は戯曲を読んだはずだが舞台を観ていない。半世紀以上昔の学生時代、別役実は気がかりな劇作家だったが、舞台は観ていない。その心残りのせいか、今頃になって、別役作品の上演があれば、観たくなるのだ。
「9PROJECT」という演劇ユニーットを今回初めて知った。「北区つかこうへい劇団」出身者が、つかこうへい作品を上演するために立ち上げたそうだ。その9PROJECTがなぜ別役実の作品を上演するのか。つかこうへいが別役実の『象』にインスパイアされていたからである。チラシにはつかこうへいの次の言葉を掲載している。
「別役実さんは、私の最も尊敬する人である。(中略)『初級化革命講座飛龍伝』は、『象』の盗作だし、他にも『郵便屋さんちょっと』など盗作ばかりである。」
私は別役実やつかこうへいの芝居もさほど観ていないし、つかこうへいの戯曲はほとんど読んでいない。そんな乏しい経験で語るのは気が引けるが、別役実とつかこうへいの繋がりを感じたことはなかった。『飛龍伝』の舞台は観ているが、別役実を連想することはなかった。
しかし、今回の『象』を観て、これは確かにつかこうへいに通じる舞台だと思った。少しアレンジすれば、つかこうへい作品としてもおかしくないかもしれない。いままでの私の読みの浅さを知った。
『象』は別役実作品には珍しく「被爆者」「原水爆禁止大会」など具体名が出てくる。もちろんリアリズムの芝居ではなく、不思議な空間の不条理劇である。背中のケロイドを見世物にして喝采を浴びることにこだわる主人公は、つかこうへい的だ。だが、静謐で沈鬱な空気が流れている。
『象』の初演は、別役実25歳のときの1962年である(自由舞台=後の早稲田小劇場で上演)。つかこうへいは14歳の中学生だった。私はつかこうへいと同い年だが、別役実の名を知ったのは大学時代の1970年頃だと思う。
私より11歳年長の別役実は60年安保世代である。政治の季節が終わったであろう1962年発表『象』の舞台を観て、「終わった」という当時の空気が色濃く刻印されているように感じた。
別役実の初期有名作品『象』は戯曲を読んだはずだが舞台を観ていない。半世紀以上昔の学生時代、別役実は気がかりな劇作家だったが、舞台は観ていない。その心残りのせいか、今頃になって、別役作品の上演があれば、観たくなるのだ。
「9PROJECT」という演劇ユニーットを今回初めて知った。「北区つかこうへい劇団」出身者が、つかこうへい作品を上演するために立ち上げたそうだ。その9PROJECTがなぜ別役実の作品を上演するのか。つかこうへいが別役実の『象』にインスパイアされていたからである。チラシにはつかこうへいの次の言葉を掲載している。
「別役実さんは、私の最も尊敬する人である。(中略)『初級化革命講座飛龍伝』は、『象』の盗作だし、他にも『郵便屋さんちょっと』など盗作ばかりである。」
私は別役実やつかこうへいの芝居もさほど観ていないし、つかこうへいの戯曲はほとんど読んでいない。そんな乏しい経験で語るのは気が引けるが、別役実とつかこうへいの繋がりを感じたことはなかった。『飛龍伝』の舞台は観ているが、別役実を連想することはなかった。
しかし、今回の『象』を観て、これは確かにつかこうへいに通じる舞台だと思った。少しアレンジすれば、つかこうへい作品としてもおかしくないかもしれない。いままでの私の読みの浅さを知った。
『象』は別役実作品には珍しく「被爆者」「原水爆禁止大会」など具体名が出てくる。もちろんリアリズムの芝居ではなく、不思議な空間の不条理劇である。背中のケロイドを見世物にして喝采を浴びることにこだわる主人公は、つかこうへい的だ。だが、静謐で沈鬱な空気が流れている。
『象』の初演は、別役実25歳のときの1962年である(自由舞台=後の早稲田小劇場で上演)。つかこうへいは14歳の中学生だった。私はつかこうへいと同い年だが、別役実の名を知ったのは大学時代の1970年頃だと思う。
私より11歳年長の別役実は60年安保世代である。政治の季節が終わったであろう1962年発表『象』の舞台を観て、「終わった」という当時の空気が色濃く刻印されているように感じた。
西欧中心史観でない世界史を追究した『世界史序説』 ― 2024年05月24日
先月(2024年4月)からEテレで始まった『3か月でマスターする世界史』を視聴している。西欧中心史観ではない世界史を概説する番組である。かなり面白い。番組講師・岡本隆司氏(東洋史、近代アジア史の研究者)への関心から次の著書を読んだ。
『世界史序説:アジア史から一望する』(岡本隆司/ちくま新書/2018.7)
新書本1冊で語るザックリした世界史である。東洋史学の視点からの新たな世界史像を提示する熱気が伝わってくる。ウォーラーステインの「世界システム論」も依然として西洋中心であるとし、次のように述べている。
「(西欧中心史観の)脱却が叫ばれて久しい。筆者の見聞するかぎりでも、ウォーラーステインで脱却し、フランクでまた脱却、グローバル・ヒストリーでまたまた脱却した、といわれた。これで閲すること三十年、けっきょく脱却できていない。」
脱却できないのは、近代以前の東洋史の検討が不十分ということもあるが、歴史学そのものが近代西欧でできた学問であるという難しい事情もあるようだ。
著者は新たな世界史像を描くにあたって、梅棹忠夫が提示した「生態史観」の「梅棹地図」を援用している。楕円中央の右上から左下に乾燥地帯ベルトが斜めに走り、その周囲を湿潤地帯とし、楕円内に東・南・西アジアを配している。楕円の両端に西ヨーロッパと日本がある。『文明の生態史観』を読んだのは半世紀以上昔の学生時代で、その内容はほとんど失念しているが、日本と西欧がひとまとめだった印象が残っている。その「生態史観」が本書でよみがえっているのに驚いた。同時になるほどと思った。
遊牧と農耕の関わりをキイに歴史を描くのが東洋史を視点にした世界史のポイントのようだ。「遊牧と農耕という世界」の埒外にあるのが、東西の辺境である西欧と日本ということになる。
西欧中心史観の見直しは私の関心領域である。以前に読んだ『遊牧民から見た世界史』(杉山正明)、『世界史の誕生』(岡田英弘)、『シルクロード世界史』(森安孝夫)などによって、中央ユーラシアを視点にした歴史の見方の面白さを知った。本書も中央ユーラシアにウエイトを置いた世界史で、上記の著者や著作にも言及している。
本書で面白いと思ったのはオリエント世界の捉え方である。ギリシア・ローマや地中海までもオリエント世界と見なしている。テレビ番組の講座では、ローマ史家の井上文則氏がローマをオリエントと見ることに異論を呈していた。いろいろな見方があると思うが、ギリシア・ローマが発展して西欧世界になったとするのが短絡的なのは確かだと思う。
私が興味を抱いている人物の一人である神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世についての著者の見解も面白い。「最初の近代人」と呼ばれたこの人物を次のように見ている。
「リアルタイムな視点からかれを呼ぶなら、むしろシチリア人・地中海人、あるいはオリエント人というべきだろう。」
そして、宗教的に寛容な都会人がオリエント人、農村を根拠地に異教徒の排斥に勤しむのを西欧人とし、オリエント人だったフリードリヒ2世が西欧世界(キリスト教世界)のリーダーたる神聖ローマ皇帝としてふるまわねばならなかったことの矛盾について述べている。とても興味深い。
『世界史序説:アジア史から一望する』(岡本隆司/ちくま新書/2018.7)
新書本1冊で語るザックリした世界史である。東洋史学の視点からの新たな世界史像を提示する熱気が伝わってくる。ウォーラーステインの「世界システム論」も依然として西洋中心であるとし、次のように述べている。
「(西欧中心史観の)脱却が叫ばれて久しい。筆者の見聞するかぎりでも、ウォーラーステインで脱却し、フランクでまた脱却、グローバル・ヒストリーでまたまた脱却した、といわれた。これで閲すること三十年、けっきょく脱却できていない。」
脱却できないのは、近代以前の東洋史の検討が不十分ということもあるが、歴史学そのものが近代西欧でできた学問であるという難しい事情もあるようだ。
著者は新たな世界史像を描くにあたって、梅棹忠夫が提示した「生態史観」の「梅棹地図」を援用している。楕円中央の右上から左下に乾燥地帯ベルトが斜めに走り、その周囲を湿潤地帯とし、楕円内に東・南・西アジアを配している。楕円の両端に西ヨーロッパと日本がある。『文明の生態史観』を読んだのは半世紀以上昔の学生時代で、その内容はほとんど失念しているが、日本と西欧がひとまとめだった印象が残っている。その「生態史観」が本書でよみがえっているのに驚いた。同時になるほどと思った。
遊牧と農耕の関わりをキイに歴史を描くのが東洋史を視点にした世界史のポイントのようだ。「遊牧と農耕という世界」の埒外にあるのが、東西の辺境である西欧と日本ということになる。
西欧中心史観の見直しは私の関心領域である。以前に読んだ『遊牧民から見た世界史』(杉山正明)、『世界史の誕生』(岡田英弘)、『シルクロード世界史』(森安孝夫)などによって、中央ユーラシアを視点にした歴史の見方の面白さを知った。本書も中央ユーラシアにウエイトを置いた世界史で、上記の著者や著作にも言及している。
本書で面白いと思ったのはオリエント世界の捉え方である。ギリシア・ローマや地中海までもオリエント世界と見なしている。テレビ番組の講座では、ローマ史家の井上文則氏がローマをオリエントと見ることに異論を呈していた。いろいろな見方があると思うが、ギリシア・ローマが発展して西欧世界になったとするのが短絡的なのは確かだと思う。
私が興味を抱いている人物の一人である神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世についての著者の見解も面白い。「最初の近代人」と呼ばれたこの人物を次のように見ている。
「リアルタイムな視点からかれを呼ぶなら、むしろシチリア人・地中海人、あるいはオリエント人というべきだろう。」
そして、宗教的に寛容な都会人がオリエント人、農村を根拠地に異教徒の排斥に勤しむのを西欧人とし、オリエント人だったフリードリヒ2世が西欧世界(キリスト教世界)のリーダーたる神聖ローマ皇帝としてふるまわねばならなかったことの矛盾について述べている。とても興味深い。
58年ぶりに民藝公演『オットーと呼ばれる日本人』を観た ― 2024年05月26日
紀伊国屋サザンシアターで劇団民藝公演『オットーと呼ばれる日本人』(作:木下順二、演出:丹野郁弓、出演:神敏将、千葉茂則、他)を観た。劇団民藝の芝居を観るのは数十年ぶりだ。この芝居を観ようと思ったのは、懐かしかったからである。私が生まれて初めて観た新劇が『オットーと呼ばれる日本人』なのだ。半世紀以上昔の高校生の頃だった。
私が高校生だった1960年代、宇野重吉や滝沢修が率いる劇団民藝は新劇界をリードする輝かしい存在に見えた。同じクラスの親友が演劇部員で役者志望だったので、彼の影響から新劇という世界を知り、新劇なるものを一度は観たいと憧れた。
そして、初めて入手した新劇のチケットが劇団民藝の『白い夜の宴』(作:木下順二、演出:宇野重吉)だった。ところが、直前になって演目が『オットーと呼ばれる日本人』に変更になった。木下順二が新作を書き上げることができず、旧作の上演になったのだと思う。このときのチケットを保存しているので、1966年8月28日に都市センターホールで観劇したとわかる。高校三年の夏休みだった。
新劇初体験の印象は残っている。主演の滝沢修の抑えたような台詞回しに、これが新劇かと感じ入った。言い方はヘンだが、有難いものを拝見したという気分だった。その後、私も友人も反新劇へ関心が移っていくのだが……。
『オットーと呼ばれる日本人』とは尾崎秀実のことで、この芝居はゾルゲ事件を扱っている。58年ぶりに観る『オットーと呼ばれる日本人』の展開はほとんど失念していたが、記憶に残っている台詞が少しあった。やはり、新劇初体験の17歳のときに刻み込まれた記憶は消えにくいようだ。
この芝居、上演時間は3時間40分(2回の10分休憩を含む)と、かなり長いが、退屈することなく観劇できた。丁寧に造った舞台で役者たちは達者に演じる。面白い芝居だとは思うものの、内容や演技にどこか古臭さ(懐かしさでもある)を感じないわけにはいかない。私の偏見かもしれないが……。
ゾルゲ事件に関しては、この芝居を観た後に書籍や映画で新たな情報が上書きされている。そのせいだろうが、芝居の半ば過ぎ当たりでオットーは検挙され、その後は獄中の話になるような気がしていた。だが、いつまで経ってもオットーは検挙されない。
終幕前の場面転換でエピローグの獄中シーンになる。長尺の芝居のなかでエピローグは約10分に過ぎない。58年前に観たエピローグの印象が強く、芝居のかなりの部分を獄中シーンが占めていたように記憶が捏造されていたのだ。
私が高校生だった1960年代、宇野重吉や滝沢修が率いる劇団民藝は新劇界をリードする輝かしい存在に見えた。同じクラスの親友が演劇部員で役者志望だったので、彼の影響から新劇という世界を知り、新劇なるものを一度は観たいと憧れた。
そして、初めて入手した新劇のチケットが劇団民藝の『白い夜の宴』(作:木下順二、演出:宇野重吉)だった。ところが、直前になって演目が『オットーと呼ばれる日本人』に変更になった。木下順二が新作を書き上げることができず、旧作の上演になったのだと思う。このときのチケットを保存しているので、1966年8月28日に都市センターホールで観劇したとわかる。高校三年の夏休みだった。
新劇初体験の印象は残っている。主演の滝沢修の抑えたような台詞回しに、これが新劇かと感じ入った。言い方はヘンだが、有難いものを拝見したという気分だった。その後、私も友人も反新劇へ関心が移っていくのだが……。
『オットーと呼ばれる日本人』とは尾崎秀実のことで、この芝居はゾルゲ事件を扱っている。58年ぶりに観る『オットーと呼ばれる日本人』の展開はほとんど失念していたが、記憶に残っている台詞が少しあった。やはり、新劇初体験の17歳のときに刻み込まれた記憶は消えにくいようだ。
この芝居、上演時間は3時間40分(2回の10分休憩を含む)と、かなり長いが、退屈することなく観劇できた。丁寧に造った舞台で役者たちは達者に演じる。面白い芝居だとは思うものの、内容や演技にどこか古臭さ(懐かしさでもある)を感じないわけにはいかない。私の偏見かもしれないが……。
ゾルゲ事件に関しては、この芝居を観た後に書籍や映画で新たな情報が上書きされている。そのせいだろうが、芝居の半ば過ぎ当たりでオットーは検挙され、その後は獄中の話になるような気がしていた。だが、いつまで経ってもオットーは検挙されない。
終幕前の場面転換でエピローグの獄中シーンになる。長尺の芝居のなかでエピローグは約10分に過ぎない。58年前に観たエピローグの印象が強く、芝居のかなりの部分を獄中シーンが占めていたように記憶が捏造されていたのだ。
別役実の初期戯曲を読み返し、不思議世界往還 ― 2024年05月29日
別役実の『象』を観劇したのを機に彼の第一戯曲集と第二戯曲集を読み返した。
『マッチ売りの少女/象 別役実戯曲集』(別役実/三一書房/1969.7)
『不思議の国のアリス 別役実第二戯曲集』(別役実/三一書房/1970.6)
この2冊の戯曲集の刊行は1969-1970年、別役実32-33歳のときだ。2冊で11編の戯曲を収録している。第一戯曲集の巻末には「それからその次へ(あとがきにかえて)」と題した16頁のやや難解なエッセーが載っている。結びは以下の通りだ。
「状況が「戯曲」を「戯曲」として確定し、「劇作家」を「劇作家」として疑わない現在、この戯曲集を刊行するに当って私の出来る事は、これらの作品が「戯曲」であり、私が「劇作家」である事に、一定の疑念を留保することであり、今後の創作活動に於いても続けてそうすることであり、そこにこそかすかな可能性があるのだと、信ずることである。」
こんな文章を読むと、1960年代末の空気を感じてしまう。
第二戯曲集の「あとがき」には「この二冊に収録された11の作品が、これまでに発表された私の戯曲の全てである」としたうえで、11作品の初演記録を掲載している。作品名は以下の通りだ。
『AとBと一人の女』(1961年作、1961年初演)
『象』(1962年作、1962年4月初演)
『或る別な話』(1962年作、1968年初演)
『門』(1966年作、1966年5月初演)
『堕天使』(1966年作、1966年9月初演)
『マッチ売りの少女』(1966年作、1966年11月初演)
『カンガルー』(1967年作、1967年7月初演)
『赤い鳥の居る風景』(1967年作、1967年9月初演)
『スパイものがたり』(1969年作、1970年4月初演)
『不思議の国のアリス』(1970年作、1970年5月初演予定)
『アイ・アム・アリス』(1970年作、1970年5月初演予定)
私が古書店でこの2冊を入手したのは大学生時代の1970年頃だと思う。別役実は気がかりな劇作家だったが、当時、その舞台を観る機会はなかった。三畳1間のアパートに住んでいた役者志望の友人から、『アイ・アム・アリス』を闇録音した合唱部分を狭くて窮屈な部屋で聞かせてもらった記憶はある。それが別役実初体験だった。
戯曲でしか別役実作品を知らなかった私がその舞台を観るようになったのは70歳を過ぎたこの数年である。この2冊の11編で舞台を観たのは先日の『象』の他には『マッチ売りの少女』と『不思議の国のアリス』だけである。
別役実の初期作品11編を読み返して、カフカやベケットがご近所に越して来たような、身近で不気味なメルヘンにも見える不思議世界を感じた。このテの不条理劇にはくり返しの体験(読むor観る)を強いる魔性がある。
11編の中で私が面白いと思ったのは『AとBと一人の女』『堕天使』『マッチ売りの少女』『アイ・アム・アリス』である。なかでも『アイ・アム・アリス』には「嗚呼!60年代」という感慨を抱いた。
この初期作品11編には、裸舞台に電信柱1本という「電信柱のある宇宙」はまだ登場しない(『スパイものがたり』には受話器がブラ下がった電信柱が立っているが…)。その後、別役実は百数十編の戯曲を書くことになる。
『マッチ売りの少女/象 別役実戯曲集』(別役実/三一書房/1969.7)
『不思議の国のアリス 別役実第二戯曲集』(別役実/三一書房/1970.6)
この2冊の戯曲集の刊行は1969-1970年、別役実32-33歳のときだ。2冊で11編の戯曲を収録している。第一戯曲集の巻末には「それからその次へ(あとがきにかえて)」と題した16頁のやや難解なエッセーが載っている。結びは以下の通りだ。
「状況が「戯曲」を「戯曲」として確定し、「劇作家」を「劇作家」として疑わない現在、この戯曲集を刊行するに当って私の出来る事は、これらの作品が「戯曲」であり、私が「劇作家」である事に、一定の疑念を留保することであり、今後の創作活動に於いても続けてそうすることであり、そこにこそかすかな可能性があるのだと、信ずることである。」
こんな文章を読むと、1960年代末の空気を感じてしまう。
第二戯曲集の「あとがき」には「この二冊に収録された11の作品が、これまでに発表された私の戯曲の全てである」としたうえで、11作品の初演記録を掲載している。作品名は以下の通りだ。
『AとBと一人の女』(1961年作、1961年初演)
『象』(1962年作、1962年4月初演)
『或る別な話』(1962年作、1968年初演)
『門』(1966年作、1966年5月初演)
『堕天使』(1966年作、1966年9月初演)
『マッチ売りの少女』(1966年作、1966年11月初演)
『カンガルー』(1967年作、1967年7月初演)
『赤い鳥の居る風景』(1967年作、1967年9月初演)
『スパイものがたり』(1969年作、1970年4月初演)
『不思議の国のアリス』(1970年作、1970年5月初演予定)
『アイ・アム・アリス』(1970年作、1970年5月初演予定)
私が古書店でこの2冊を入手したのは大学生時代の1970年頃だと思う。別役実は気がかりな劇作家だったが、当時、その舞台を観る機会はなかった。三畳1間のアパートに住んでいた役者志望の友人から、『アイ・アム・アリス』を闇録音した合唱部分を狭くて窮屈な部屋で聞かせてもらった記憶はある。それが別役実初体験だった。
戯曲でしか別役実作品を知らなかった私がその舞台を観るようになったのは70歳を過ぎたこの数年である。この2冊の11編で舞台を観たのは先日の『象』の他には『マッチ売りの少女』と『不思議の国のアリス』だけである。
別役実の初期作品11編を読み返して、カフカやベケットがご近所に越して来たような、身近で不気味なメルヘンにも見える不思議世界を感じた。このテの不条理劇にはくり返しの体験(読むor観る)を強いる魔性がある。
11編の中で私が面白いと思ったのは『AとBと一人の女』『堕天使』『マッチ売りの少女』『アイ・アム・アリス』である。なかでも『アイ・アム・アリス』には「嗚呼!60年代」という感慨を抱いた。
この初期作品11編には、裸舞台に電信柱1本という「電信柱のある宇宙」はまだ登場しない(『スパイものがたり』には受話器がブラ下がった電信柱が立っているが…)。その後、別役実は百数十編の戯曲を書くことになる。
つかこうへい『初級革命講座飛龍伝』の熱量に圧倒された ― 2024年05月31日
下北沢OFF・OFFシアターで『初級革命講座飛龍伝』(作:つかこうへい、演出:マキノノゾミ、出演:武田義晴、吉田智則、木下智恵)を観た。
この芝居を観ようと思ったきっかけは、先日観た『象』(作:別役実)である。あの芝居のチラシに、つかこうへいの「『初級化革命講座飛龍伝』は、『象』の盗作だし…」という言葉が載っていた。私は数十年前に『飛龍伝』の戯曲を読んだ記憶があり、4年前には『飛龍伝2020』を観ている。しかし、『象』との類似に気づかなかった。
たまたま、下北沢で『初級革命講座飛龍伝』を上演していると知り、『象』の影響を確認したくなり、チケットを手配した。
『象』の観劇から10日ほど後に『初級革命講座飛龍伝』を観て、つかこうへいが「盗作」と述べた理由を了解した。確かに『象』の設定を借用したシーンがある。もちろん、別役ワールドとつかワールドはかなり異なる。
今回の観劇で驚いたのは、4年前に観た『飛龍伝2020』とはほとんど別の芝居だったことである。つかこうへいが一つのモチーフの改訂を続けていたことは承知していたが、何となく同じ話だと思っていたのだ。私が昔読んだ戯曲は、いま手元にないので確認できないが、『初級革命講座飛龍伝』とも『飛龍伝2020』とも異なっていた気がする。
ネット検索で調べてみた。『初級革命講座飛龍伝』の初演は1973年で、その後改稿をくり返しながら何度も上演し、2010年の『飛龍伝2010』公演から数カ月後、つかこうへいは肺がんで帰らぬ人になった。私が観た『飛龍伝2020』は没後10年の上演だから、さらに改訂されていたのかもしれない。
今回観た『初級革命講座飛龍伝』は、おそらく最も初期のバージョンだと思う。4 年前の『飛龍伝2020』よりも面白かった。パロディを超えた破天荒な熱量を感じた。
この芝居を観ようと思ったきっかけは、先日観た『象』(作:別役実)である。あの芝居のチラシに、つかこうへいの「『初級化革命講座飛龍伝』は、『象』の盗作だし…」という言葉が載っていた。私は数十年前に『飛龍伝』の戯曲を読んだ記憶があり、4年前には『飛龍伝2020』を観ている。しかし、『象』との類似に気づかなかった。
たまたま、下北沢で『初級革命講座飛龍伝』を上演していると知り、『象』の影響を確認したくなり、チケットを手配した。
『象』の観劇から10日ほど後に『初級革命講座飛龍伝』を観て、つかこうへいが「盗作」と述べた理由を了解した。確かに『象』の設定を借用したシーンがある。もちろん、別役ワールドとつかワールドはかなり異なる。
今回の観劇で驚いたのは、4年前に観た『飛龍伝2020』とはほとんど別の芝居だったことである。つかこうへいが一つのモチーフの改訂を続けていたことは承知していたが、何となく同じ話だと思っていたのだ。私が昔読んだ戯曲は、いま手元にないので確認できないが、『初級革命講座飛龍伝』とも『飛龍伝2020』とも異なっていた気がする。
ネット検索で調べてみた。『初級革命講座飛龍伝』の初演は1973年で、その後改稿をくり返しながら何度も上演し、2010年の『飛龍伝2010』公演から数カ月後、つかこうへいは肺がんで帰らぬ人になった。私が観た『飛龍伝2020』は没後10年の上演だから、さらに改訂されていたのかもしれない。
今回観た『初級革命講座飛龍伝』は、おそらく最も初期のバージョンだと思う。4 年前の『飛龍伝2020』よりも面白かった。パロディを超えた破天荒な熱量を感じた。






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