小室直樹『日本人のための宗教原論』は頭がクラクラする奇書2024年05月09日

『日本人のための宗教原論』(小室直樹/徳間書店/2000.6)
 橋爪大三郎氏の宗教社会学入門書『世界は四大文明でできている』を読み、橋爪氏の師匠にしてケタ外れの学者・小室直樹の宗教入門書を思い出した。かなり以前に入手したまま積んでいた本である。

 『日本人のための宗教原論』(小室直樹/徳間書店/2000.6)

 比較宗教学のような内容で、キリスト教、仏教、イスラム教、儒教を縦横に語っている。面白いが易しくはない。目から鱗の話も多い。終盤は日本の現状を憂う怪気炎になり、頭がクラクラしてくる。勉強になるが奇書に近い。

 小室直樹という在野の学究については、11年前に読んだ『小室直樹の世界』(橋爪大三郎編著)によって奇矯な怪人のイメージが脳裏に焼き付いている。橋爪大三郎、宮台真司、大澤真幸をはじめ錚々たる学者が薫陶を受けた人物である。

 京大で数学、阪大大学院で経済学を学んだ後、フルブライト留学生として渡米、ミシガン大、MIT、ハーバードで研究し、帰国後は東大の法学政治学研究科に入る。その後始めた自主ゼミで、若い研究者たちに経済学、法社会学、比較宗教学、線型代数学、統計学、抽象代数学、解析学などを幅広く教授したそうだ。

 宗教入門書である本書にも突如として数学・物理学・経済学などが顔を出す。例えば仏教の唯識論や「空(くう)」の解説に「質点の力学」「ケインズ・モデル」「非ユークリッド幾何学」を援用している。

 マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の援用も多く、宗教社会学に沿った解説になっている。私はヴェーバーのキリスト教に関する考察をほとんど理解できなかったが、本書を熟読したうえでヴェーバーに再挑戦すれば多少は理解が深まるかもしれない。そんな機会は巡ってこないと思うが…

 それにしても、キリスト教に関する次のような解説は鋭い。

 「救世主による新契約(契約の更改)とは世界(秩序)を根底からくつがえし、賤民が主となるという思想である。革命思想の事始めであり、資本主義・デモクラシー・近代法を生み、また、マルクシズムの根源ともなった。」

 著者は、キリスト教の根本教義は「救世主の受難」だと指摘し、キリストの贖罪死によって無条件、無限の愛(アガペー)が発動、原罪は赦されたという教義を「摩訶不思議」と形容している。確かに不思議な教義だと思う。

 四つの宗教を比較解説した本書は、キリスト教のキーワードは「予定説」、仏教のキーワードは「空(くう)」、イスラム教のキーワードは「コーラン」、儒教のキーワードは「官僚制度」としている。わかりやすい。

 特に「予定説」と「空(くう)」について力を入れて詳しく解説している。これは難解である。わかりやすいとは言えない。

 中世において、イスラム教国の学問レベルはヨーロッパのキリスト教国を凌駕していた。しかし、近代における資本主義化では遅れをとる。著者は、キリスト教が近代を作った宗教的要因を、パウロが「内面(信仰)と外面(行動)」を峻別したことにあると指摘している。慧眼だと思った。