『ユーラシア文明の旅』に続いて『シルクロード文明の旅』を読んだ ― 2026年08月09日
先日読んだ『ユーラシア文明の旅』の続編にあたる次の文庫本を読んだ。
『シルクロード文明の旅』(加藤九祚/中公文庫/1994.3)
自家版『続・ユーラシア文明の旅』(1991年刊)に加筆した「書き下ろし」文庫である。ユーラシア大陸を西から東へカバーする次の5つの旅を記録している。
(1) オデッサからカルムィキアまでの旅(1989.5.9~6.27)
(2) アシュハバードからアルマ・アタへの旅(1991.4.19~6.17)
(3) 西域北道からパミール・ヒンドゥクシュの旅(1990.8.3~8.26)
(4) 青海から西域南道の旅(1992.7.29~8.18)
(5) サハリンと沿海州の旅(1991.3.1~3.18)
1989年から1992年にかけてのこれらの旅は、ソ連崩壊(1991.12)に続く中央アジア5カ国独立の時期に重なり、当時の現地の空気が感じられて興味深い。
著者が訪ねた地の大半は私には未知の場所である。と言っても、私もタジキスタン(ソグディアナ)、新疆ウイグル自治区、カザフ&キルギスなどへの観光旅行をしており、行ったことがある場所が多少は登場する。それが懐かしくて楽しい。
タジキスタンのペンジケント遺跡に関して、サマルカンドから近くて観光客が期待できるので整備すべきだと述べている。その通りだが、サマルカンドとペンジケントの間には国境があり、バスを乗り換えて徒歩で越える手続きが面倒だったなと思い出した。で、気づいた。著者が訪れた時、まだ国境がなくスムーズに通行できたのだ。
ホージェンド(タジキスタン)の「場ちがい」に豪華なコルホーズ宮殿を見学した著者は、一般のコルホーズ員の生活はどうなっているのだろうと考える。著者の28年後、私も同じ建物を見学し、「元コルホーズ事務所」と聞いて著者と似たことを思った。
本書には著者の人柄や個性が反映されている。(2)はユネスコ調査団の旅で各国の研究者が参加していた。旅の途中の報告会でイスタンブールから来た大学教授が、トルコ族を鼓吹するやや政治的発言をし、議論になる。その教授の発言を不愉快に感じた著者は、毅然として政治的発言をたしなめる。著者の気概が伝わってくる。
本書は旅行記であると同時に、シルクロード研究者たちの成果を紹介する解説書でもある。ソグド人やクロライナ(鄯善=楼蘭)の歴史について、かなり詳しく解説していて、勉強になる。研究の現状について次のような記述もある。
「(…)ソグド研究者たちはこれまでほとんど欧米露の学者であったが、今では日本でも吉田豊ら新進の研究者が育っていることは喜ばしい。また、ウイグル語でも森安孝夫、梅村坦らの人々が進出している。」
この分野の泰斗たちも34年前は新進だった。当然のことではあるが、感慨深い。
=========================
【追記】
旧ソ連時代、イシク・クル湖は外国人立ち入り禁止だった。加藤九祚は(2)の旅(ユネスコのシルクロード調査)で、1991年6月にイシク・クル湖を訪れている。『シルクロード 歴史地図の歩き方』(長澤和俊 監修、吉村貴 著)は、この地に初めて入った日本人を長澤和俊と田島信義としている。カザフとキルギスの招きで1992年に行ったそうだ。だが、その1年前に加藤九祚が行っていたようだ。
『シルクロード文明の旅』(加藤九祚/中公文庫/1994.3)
自家版『続・ユーラシア文明の旅』(1991年刊)に加筆した「書き下ろし」文庫である。ユーラシア大陸を西から東へカバーする次の5つの旅を記録している。
(1) オデッサからカルムィキアまでの旅(1989.5.9~6.27)
(2) アシュハバードからアルマ・アタへの旅(1991.4.19~6.17)
(3) 西域北道からパミール・ヒンドゥクシュの旅(1990.8.3~8.26)
(4) 青海から西域南道の旅(1992.7.29~8.18)
(5) サハリンと沿海州の旅(1991.3.1~3.18)
1989年から1992年にかけてのこれらの旅は、ソ連崩壊(1991.12)に続く中央アジア5カ国独立の時期に重なり、当時の現地の空気が感じられて興味深い。
著者が訪ねた地の大半は私には未知の場所である。と言っても、私もタジキスタン(ソグディアナ)、新疆ウイグル自治区、カザフ&キルギスなどへの観光旅行をしており、行ったことがある場所が多少は登場する。それが懐かしくて楽しい。
タジキスタンのペンジケント遺跡に関して、サマルカンドから近くて観光客が期待できるので整備すべきだと述べている。その通りだが、サマルカンドとペンジケントの間には国境があり、バスを乗り換えて徒歩で越える手続きが面倒だったなと思い出した。で、気づいた。著者が訪れた時、まだ国境がなくスムーズに通行できたのだ。
ホージェンド(タジキスタン)の「場ちがい」に豪華なコルホーズ宮殿を見学した著者は、一般のコルホーズ員の生活はどうなっているのだろうと考える。著者の28年後、私も同じ建物を見学し、「元コルホーズ事務所」と聞いて著者と似たことを思った。
本書には著者の人柄や個性が反映されている。(2)はユネスコ調査団の旅で各国の研究者が参加していた。旅の途中の報告会でイスタンブールから来た大学教授が、トルコ族を鼓吹するやや政治的発言をし、議論になる。その教授の発言を不愉快に感じた著者は、毅然として政治的発言をたしなめる。著者の気概が伝わってくる。
本書は旅行記であると同時に、シルクロード研究者たちの成果を紹介する解説書でもある。ソグド人やクロライナ(鄯善=楼蘭)の歴史について、かなり詳しく解説していて、勉強になる。研究の現状について次のような記述もある。
「(…)ソグド研究者たちはこれまでほとんど欧米露の学者であったが、今では日本でも吉田豊ら新進の研究者が育っていることは喜ばしい。また、ウイグル語でも森安孝夫、梅村坦らの人々が進出している。」
この分野の泰斗たちも34年前は新進だった。当然のことではあるが、感慨深い。
=========================
【追記】
旧ソ連時代、イシク・クル湖は外国人立ち入り禁止だった。加藤九祚は(2)の旅(ユネスコのシルクロード調査)で、1991年6月にイシク・クル湖を訪れている。『シルクロード 歴史地図の歩き方』(長澤和俊 監修、吉村貴 著)は、この地に初めて入った日本人を長澤和俊と田島信義としている。カザフとキルギスの招きで1992年に行ったそうだ。だが、その1年前に加藤九祚が行っていたようだ。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://dark.asablo.jp/blog/2026/08/09/9869961/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。

コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。