半世紀以上昔のシベリア・中央アジア紀行記を読んだ2026年08月05日

『ユーラシア文明の旅』(加藤九祚/中公文庫/1993.4)
 加藤九祚は10年前(2016年9月)、ウズベキスタンで発掘調査中に倒れ、客死した。94歳だった。私がこの人物を知ったのは、その死後である。『中央アジア歴史群像』 『シベリア記』 『シルクロードの大旅行者たち』などの著書を読んだが、この人を把握できたわけではない。

 数カ月前、加藤九祚がネフスキーの評伝『天の蛇』で1976年(半世紀前だ)の大佛次郎賞を受賞していると知った。数年前、ネフスキーというロシアの東洋学者を知り、その著書『月と不死』(東洋文庫)を入手したが、未読棚に積んだままだ。

 さっそく『天の蛇』を古書で入手した。その際、他の著書が何点か検索で引っ掛かった。ネフスキー評伝の前に、加藤九祚が自身の見聞を語った本によって、この著者のことをもう少し知りたいと思った。で、30年以上前に出た中公文庫2冊(『ユーラシア文明の旅』『シルクロード文明の旅』)を古書で入手、その1冊目を読了した。

 『ユーラシア文明の旅』(加藤九祚/中公文庫/1993.4)

 この文庫本の原本は、著者52歳の1974年に出た新潮選書である。1963年から1972年にかけての数度にわたるシベリア、中央アジア旅行をベースにした紀行文・歴史エッセイで、旧ソ連時代の空気が伝わってくる。

 本書の原本を半世紀以上前に、あるいは文庫本を三十数年前にリアルタイムで読んでいれば、20代あるいは30代の私は、おそらく本書を読み通せなかっただろう。当時の私の関心領域と重ならないからだ。

 70代半ばを越えた私の関心領域は昔よりは拡がり、この古い文庫本を面白く読了できた。シベリアに行ったことはないが中央アジアへは2回行き、関連書も多少は読んできた。中央アジア諸国の旧ソ連時代の話に接し、妙な懐かしさを感じてしまう。

 前半の「学者の森――ソ連の旅」は、ハバロフスク、ノボシビルスク、モスクワ、レニングラードでの現地の学者たちとの交流を描いている。シベリア抑留時代にロシア語を習得し、何冊かの翻訳書も出している著者のエピソードが面白い。

 ホテルに迎えに来る知人が風邪をひき、代理の人物が現れる。その代理人の自己紹介を聞き、著者は「あなたがシムチェンコさんですか。これは不思議な縁ですね。私はあなたの本を翻訳しました。今月の20日に刊行されるはずです」と語る。相手も驚いたそうだ。

 著者は酒好きで、ソ連の学者たちと痛飲しているうちにロシア語が日本語になってしまうことがあるそうだ。深酒のうえで日本人俘虜に関して苦言を呈し、どなったりもしている。翌朝になって「あんな問題を出さなければよかった」と後悔している。著者の魅力的な人柄が伝わってくる。

 驚いたのは、1972年の旅でネフスキーの娘(44歳。医師)や孫娘(22歳。大学生)と会っていることだ。ネフフスキーの妻は日本人で、夫妻は戦時中に日本からソ連に帰国するが、スターリンの粛清時代に処刑されている(1945年)。娘との会見では、ネフスキーの妻の縁者に関する情報なども入手している。この頃、著者はすでにネフスキーの評伝の準備をしていたようだ(『天の虹』刊行は1976年)。

 「イスラム文化の背景と中央アジア」というエッセイでは、中央アジアのイスラム教をアラブ諸国のイスラム教と比較検討し、その特徴を分析している。メッカ巡礼より現地の廟への参詣が奨励され、スーフィ(神秘主義)が大きな勢力を持っているとの指摘に、ナルホドと思った。

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