太宰治の『新ハムレット』は面倒くさい人々の悲喜劇2023年06月16日

 パルコ劇場で『新ハムレット』(作:太宰治、上演台本・演出:五戸真理枝、出演:木村達成、島崎遥香、加藤諒、駒井健介、池田成志、松下由樹、平田満)を観た。

 『新ハムレット』は太宰治の最初の書き下ろし長編小説である。刊行は1941年7月、この年の12月には太平洋戦争が始まる。あんな時代にこんな本が出ていたのだ。

 私は昨年、「戯曲リーディング『ハムレット』」 を観たの機に少々ハムレットづいた。数十年ぶりに『新ハムレット』 を再読し、『謎解き『ハムレット』』 (河合祥一郎)を読んだ。今年3月に野村萬斎演出『ハムレット』 を観て一段落と思っていたが、思いがけなく『新ハムレット』まで観ることができた。

 『新ハムレット』は会話だけの戯曲風小説である。太宰治は「はしがき」で「戯曲のつもりで書いたのではない」と明言している。会話と言っても太宰風の饒舌で奔放な語りが多い。この小説を読んだとき、舞台化するのは至難だろうと感じた。

 今回の舞台、導入部が面白い。「スマホの電源を切ってください」の場内アナウンスで芝居が始まっていた。アナウンスしていたのはポローニヤスで、舞台中央でスマホを操作しているハムレットをたしなめる。続いて「はしがき」(文庫本3頁ほど)の朗読が始まる。「こんなものが出来ました、というより他に仕様がない。」の書き出しから「作者の力量が、これだけしかないのだ。じたばた自己弁解してみたところで、はじまらぬ。昭和16年夏」で終わる「はしがき」を役者全員がリレー形式で読み上げる。

 太宰治の世界に引き込んでいく見事な導入である。ハムレットだけでなく、すべての登場人物が太宰治的な面倒くさい人物の世界である。大人と若者が互いのいやらしさを指摘しあう。両者に大きな違いは感じられない。と言っても、ハムレットはスマホをいじるだけでなく「馬鹿だ 馬鹿だ 馬鹿だ 馬鹿だ 馬鹿だ」とラップを歌ったりもするのだが……。

 この舞台を観て、時局とは無縁に思えた『新ハムレット』に戦争が反映されていると気づいた。終盤に出てくるデンマーク対ノルウェイの戦争は、直前に迫った太平洋戦争を思わせる。そんな時代のなかに生きる家族のそれぞれが、アレコレ悩む姿を描いた悲喜劇である。

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