猿之助不在の「六月大歌舞伎」を観た2023年06月08日

 歌舞伎座で「六月大歌舞伎」の昼の部と夜の部を通しで観た。当初は夜の部のみを観る予定だった。目当ては片岡仁左衛門の「いがみの権太」である。猿之助事件が発生し、猿之助が出演予定だった昼の部は代役で上演していると知り、昼の部も観たくなった。昼の部、夜の部ともに満席ではなく、チケットは容易に入手できた。

 演目は以下の通りである。

 [昼の部] 
  傾城反魂香
  (土佐将監閑居)(浮世又平住家)
  児雷也
  扇獅子
 [夜の部] 
  義経千本桜
  (木の実)(小金吾討死)(すし屋)(川連法眼館)

 猿之助出演予定だった「傾城反魂香」は私には未知の演目、わが本棚の『名作歌舞伎全集 第1巻 近松門左衛門集』を確認すると、しっかり冒頭に載っていた。チラシには「三代猿之助四十八撰の内」とある。市川中車と猿之助が主役夫婦(猿之助が女房)の予定だったが、猿之助に代わって中村壱太郎が中車の女房を演じた。

 芝居を観て、歌舞伎は主役級の役でも違和感なく代役が可能なのだとあらためて感心した。歌舞伎役者は誰でもがどの役でも演じることができると聞いたことがある。真偽のほどはわからない。

 「傾城反魂香」は吃りの絵師(中車)の話である。気迫を込めて絵に描いた動物や人物が実体化したり、絵から出てきた虎を気迫の筆で消去するという仕掛けが楽しい。

 「義経千本桜」の前半、片岡仁左衛門(80歳)の「いがみの権太」は色気があって声も姿も素晴らしい。私がこの役者の歌舞伎を初めて観たのは40年近く昔(当時は片岡孝夫)だと思う。その頃とあまり変わっていないのに驚く。

 この芝居で仁左衛門(80歳)、片岡孝太郎(55歳)、片岡千之助(23歳)の親子孫三代が共演している。役者の実年齢は役の年齢と無関係なのだ。芝居の魔術だと思う。

 「義経千本桜」の後半は狐忠信の話である。狐忠信は過去にいくつか観ている。尾上松緑の狐忠信は、私の記憶にある芝居とは少し印象が違い、新鮮だった。

 狐忠信を観ながら、猿之助の狐忠信を思い出した。建て替えた歌舞伎座に猿之助が初めて出演した時の演目が「川連法眼館」だった。猿之助だから宙乗りがある。それを観たくてチケットをゲットした。もちろん、松緑の狐忠信は空を飛ばないが、松緑のラストシーンを観ながら猿之助が二重写しになった。