ビザンツのしたたかな強さを語る『ビザンツ帝国生存戦略の一千年』2024年04月10日

『ビザンツ帝国生存戦略の一千年』(ジョナサン・ハリス/井上浩一訳/白水社)
 先日読んだビザンツ史家による『ヨーロッパ史』はヨーロッパ史の精神的ベースとしてのビザンツを論じていたが、やや抽象的・哲学的で私には難解だった。一昨年から昨年前半にかけてビザンツ史がマイブームになり十数冊の一般書を読んだが、すでに記憶が薄れかけている。

 読んだ本の内容を忘れるのは仕方ないが、多少でも記憶を掘りおこす心づもりで次の本を読んだ。

 『ビザンツ帝国生存戦略の一千年』(ジョナサン・ハリス/井上浩一訳/白水社)

 著者は英国のビザンツ史研究者、約350頁の本書はビザンツ帝国の通史である。コンスタンティヌス大帝(在306-337)の時代から1453年のコンスタンティノープル陥落までの1000年を、どの時代にも満遍なく目配りして記述している。記述は面白く、読みにくくはないが、読了には思いのほかの時間を要した。さまざまな事象が繰り返される1000年の通史を読むのは疲れる。ぐったりした。

 著者は序章で、ギボンは『ローマ帝国衰亡史』において、ビザンツ帝国の「臆病と内紛」を強調していると指摘している。ギボン再読中の私も著者に共感する。18世紀啓蒙主義(ギボン)に限らず西欧のビザンツ観には偏見がある。「臆病と内紛」だけの帝国が1000年も持続するだろうか。本書は、ビザンツが1000年も続いた理由を解き明かす通史である。1000年続くには、したたかな生存戦略があった。書名通りの内容の本だった。

 帝国は軍事力だけでは維持できない。さまざまな外敵に囲まれ、首都の皇帝や官僚、地方の軍人貴族たちの緊張関係のなかで帝国を持続させるには、軍事力に加えて財力や文化の力(宗教?)をベースにした政治力が必要である。簒奪の繰り返しにも見えるビザンツ史には、複雑に変動する歴史の面白さがある。

 本書終章の末尾を引用する。

 「ビザンツ帝国は絶えず国境に押し寄せる人の波を、みずからの利益に変えようと努力した。そのために、お互いを戦わせたり、一部の者を国境内に取り込んでみずからの人的資源を強化したり、自分たちの宗教や文化に同化させたりした。(…)ビザンツ帝国の最大の遺産は、もっとも厳しい逆境にあっても、他者をなじませ統合する能力にこそ、社会の強さがあるという教訓である。」

 いくつかの本が、ビザンツへの偏見として「権謀術数」「お追従者」「画一的」「官僚的」「軟弱」「複雑怪奇」などを挙げていた。考えてみれば、これらの偏見は皮相的で浅薄なビザンツ観であり、その背後にあるリアルな戦略という本質が見えていなかったにすぎない。本書を読んで、そう認識した。

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