西欧視点の世界認識を脱却した歴史像とは……2024年04月23日

『ヨーロッパとイスラーム世界』(高山博/世界史リブレット/山川出版社)
 久々に大型書店に立ち寄り、世界史の書棚を眺めていて、先日読んだ『中世シチリア王国』の著者・高山博氏のブックレットを発見、読みやすそうなので購入した。

 『ヨーロッパとイスラーム世界』(高山博/世界史リブレット/山川出版社)

 著者が言う「ヨーロッパ」「イスラーム世界」は地理的区分ではない。歴史や文化、帰属意識を共有する集団である。そんな観点でヨーロッパとイスラーム世界がどのように形成されてきたかを概説し、最終章「統合 グローバル化」では現代世界の課題を提示している。

 本書で最も興味深いのは、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世をクローズアップしている点だ。第5回十字軍で交渉によって無血でイェルサレムを取り戻した皇帝、「最初の近代的な人間」と評される人物である。

 本書読了後、昨年読んだ『文明の道④』収録の記事で「いつかフリードリッヒ2世の伝記を書きたい」と述べていたのが高山博氏だったと思い出した。

 著者は、フリードリヒ2世の第5回十字軍がこれまで一般にあまり知られず、十字軍研究者から重視されてこなかった理由を概説したうえで、次のように述べている。

 「しかし、今、私たちは、キリスト教ヨーロッパの視点ではなく、二つの文化圏の接触(交流・衝突)という視点に立ち、このフリードリヒ2世十字軍に、他の十字軍にはない重要な意味を与えようとしている。(…)この視点の変化は、十字軍の歴史にたいする私たちの見方を大きく変えることになる。この変化は、私たちが生きている現代世界の政治力学の変化の反映であると同時に、これまで私たちが学んできたヨーロッパ中心主義的世界認識から、複数の文化圏が併存する世界認識への翁転換の反映であるともいえるのである。」

 著者は、十字軍がその後の歴史に及ぼした影響に関して、経済的・政治的影響はかつて言われたほどには大きくないが、次の三点が大きいと指摘している。

 1. イスラームを共通の敵と認識することで、キリスト教徒共同体の存在を多くの人々が共有し始めた。

 2. 攻撃されたイスラームの側の異教徒への不寛容が増大した。

 3. ラテン・カトリック文化圏とギリシア・東方正教文化圏のキリスト教徒のあいだの亀裂が拡大した。

 どれも、現代につながるマイナスの影響に思える。

 著者はハンチントンの「文明の衝突」という見方に批判的だ。「文明」という用語があいまいで恣意的に使われるからだ。「インダス文明」や「エジプト文明」のように過去の世界を表現する歴史概念として「文明」を用いることはできても、現代社会には、あえて言えば一つの「現代文明」しかないとし、次のように述べている。

 「異なる文化的背景をもつ人びとが頻繁に接触するようになった現在、近代国民国家や特定の集団を中心とした従来の歴史像は急速に意味を失いつつある。(…)私たちが必要としているのは、地球上に存在していた多様な人間集団がどのような社会を築き、どのようにそれを変化させてきたのか、それらの人間集団のあいだの関係がどのように変化して現代にいたっているのか、を説明できる複線的な歴史像である。」

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