井上靖はソグド人遺跡「ペンジケント」を書いていた2021年11月19日

『崑崙の玉/漂流』(井上靖/講談社文芸文庫)
 井上靖の短篇集『楼蘭』に続いて短篇種『崑崙の玉/漂流』を読んだ。

 『崑崙の玉/漂流』(井上靖/講談社文芸文庫)

 本書には10篇が収録されている。井上靖の「西域モノ」をチェックしておこうとひも解いたが、中国や中央アジアを舞台にした小説は表題作を含めて3篇だけだ。

 『崑崙の玉』という題名は、数年前に再放送で観たNHKのシルクロードで新疆ウイグル自治区のホータン(于闐)を紹介する際に言及があり、それ以来気がかりだった。ホータンは古代から玉(ぎょく)の産地として有名で、その玉は「ホータンの玉」あるいは「崑崙の玉」と呼ばれたそうだ。テレビには、いまも(取材時の1980年頃)も農作業の片手間に河原で玉を探す人の姿が映っていた。

 『崑崙の玉』は千年以上昔の五代時代の物語である。玉を探し求める話だと思って読み始めたが、途中から黄河の水源を探る話になり、ロブ湖がからんでくる。遠い時代の遠い地理を多少は身近に感じることができ、面白かった。

 この短篇集で感激したのは別の西域モノ『古代ペンジケント』である。私は2年前にタジキスタンの ペンジケント遺跡を訪問している。ペンジケントはソグド人の都市遺跡である。ソグド人に関心があった私は、旅行前にペンジケントに関する資料を集めて目を通したが、この小説の存在は知らなかった。迂闊だった。

 本書の目次を開いたとき「古代ペンジケント」という文字が目に飛び込み、驚いた。この小説は井上靖を思わせる「私」がペンジケントを訪れる話である。小説ではなく紀行文かなと思いながら読み進めたが、やはり小説だった(実話の可能性がないわけではないが…)。

 巻末の年譜を見ると井上靖は1965年(58歳)にソ連領中央アジアを旅行している。その際にペンジケントに行ったのだろう。

 この小説のメインは、現地ガイド(本職はタイル業、考古学が趣味で発掘の手伝いをしている青年)の大演説である。それはソグド人の歴史物語であり、発掘物語でもある。その基本的内容は史料に基づいたもので、とても勉強になった。半世紀以上昔に井上靖はこんなにわかりやすい「史料解説」を書いていたのだ。

 つくづく、一昨年の旅行の前にこの小説を読んでおけば、と悔やまれる。