追悼・つげ義春2026年03月28日

 つげ義春の訃報がニュースで流れた。3月3日に入院先の病院で亡くなり、親族のみの葬儀を終えたそうだ。

 調布市文化会館の「つげ義春のいるところ展」(1月29日~3月22日)の開催中に逝ったことになる。つげ義春は調布市在住だった。ニュースには昨年から体調を崩していたとあるから、この展覧会に出向くことはなかったと思う。体調にかかわらず来なかったかもしれないが。

 私はこの無料の展覧会に3回行った。会場まで電車を使って30分弱、徒歩で40分弱、同じ市内だから行きやすいのである。

 1回目に観たときの感想をブログに書いた。2回目に行ったのは、調布を舞台にしたマンガのシーンを再確認するためだった。

 3回目はTシャツを買うためである。1回目に行ったとき、『ねじ式』のTシャツに食指が動いたが売り切れだった。2回目に行ったとき、陳列しているこのTシャツに「土日のみ販売」の札が下がっていた。私が行ったのは平日である。他のTシャツやグッズは普通に販売しているのに、何故かこのTシャツのみ販売日を限定しているのだ。で、数日後の日曜日に出向き、無事ゲットできた。

 つげ義春の訃報に接し、頑張って入手したTシャツをあらためて広げてみた。まだ寒いので着ていないが、今年の夏には何度か着用すると思う。その頃までに全集をゆっくりと読み返したい。

日経コラムが取り上げた『2001年宇宙の旅』の狩猟仮説は?2026年03月19日

 本日(2026年3月19日)の日経新聞の「春秋」が1968年公開の映画『2001年宇宙の旅』を取り上げている。公開時に観て感動した私にとっては、オールターム・ベスト1の映画だ。すばらしい映画だが、現代の学説では否定されている設定のシーンがあると知ったのは10年ほど前である。

 問題のシーンは、日経のコラムが紹介している冒頭にある。人類の祖先が動物の骨を利用した「こん棒」という道具を発見し、それを使って獲物を狩り、他の部族を襲う。相手を倒した「骨という道具」を空中高く放り投げると、骨は宇宙船に変貌する。人類の進化を印象づける名シーンである。

 この設定は、狩猟行動によって人類が進化したという狩猟仮説に基づいている。その狩猟仮説が否定されていると私が知ったのは、『家族進化論』(山極寿一)を読んだときだ。ウィキペディアの「狩猟仮説」にも、『2001年宇宙の旅』の冒頭シーンのベースになった狩猟仮説は現在は否定されているとある。

 日経新聞のコラムは、狩猟仮説に基づいた冒頭シーンを取り上げ、「こん棒を振り回す猿」に現代のわれわれの姿を重ねている。コラムの主旨には同感できるし、あのシーンを取り上げたくなった気持ちもわかる。だが、『2001年宇宙の旅』の冒頭シーンを紹介するなら、狩猟仮説が否定されていることを述べてほしかった。それによって、より深まったと思う。

イラン旅行中止2026年01月13日

 2月末に予定したイラン旅行が中止になった。残念だが仕方ない。

 私がイラン旅行を検討していた昨年11月頃、一般の旅行会社のイランツアーはなかった。外務省が出す危険レベルは3(渡航中止勧告)だった。だが、友人のツテでイラン旅行の企画があると知り、参加を決めた(参加者は8人)。外務省は昨年は11月26日、イランの危険レベルを3(渡航中止勧告)から2(不要不急の渡航はやめろ)に引き下げた。

 イランは古代からの長い歴史をもつ国で、日本との関わりも深い。調べるほどに魅力的な国だと思えた。イラン旅行への参加を決め、頭の中はイラン・モードになり、『バンダルの塔』『イランを知るための65章』などの関連書も読んだ。

 昨年6月にイスラエルとの12日間戦争があったが、当分は小康状態が続くと思っていた。だが、見通しは外れた。イラン通貨の急速な下落が引き金で抗議活動が始まったのは昨年12月28日、それが体制変換を迫る動乱にまで発展する可能性があるという。イラン国民の多くが現体制には批判的で、政権も一枚岩ではないらしい。そこにイスラエルや米国などの外部勢力がいろいろな形で介入し、先行きは不透明である。

 外務省は一昨日(2022年1月11日)、イランの危険レベルを2から3に引き上げた。今後の情勢を注視していくしかない。私の老体が動くうちにイラン旅行が実現することを期待しているが。

19世紀のロシアの牡蠣2025年12月27日

 昨日(2025.12.26)の日経新聞の春秋がチェーホフの「牡蠣」という小説に触れていた。短篇だと思うが、私はこの小説を読んでいない。いつか読んでみたいと思った。

 このコラムによると、19世紀のロシアで牡蠣は西欧から輸入する高級珍味だったそうだ。ナルホドと思った。

 現在、私は江川卓訳の『カラマーゾフの兄弟』を読書中である。この長編を読むのは4回目だ。「第8編 ミーチャ」の「5 突然の決心」に牡蠣が登場する。長男ドミートリイが散財を決意し、モークロエへの出発準備中の場面である。

 「旦那さま方、牡蠣はいかがでございます、入荷しましたばかりの最上等の牡蠣でございますが」と店の者がすすめた。

 この場面を読んだ直後に日経のコラムを読み、19世紀ロシアの牡蠣の事情を知った。コラムが私の読書の後押しをしてくれている気分になった。

ブログは衰退しつつあるそうだが…2025年10月03日

 昨日(2025.10.2)の朝日新聞の「天声人語」がブログの栄枯盛衰に触れていた。2000年代初頭に広まったブログは衰退期にあり、googleブログが11月で閉鎖、LINE やYahoo!はすでにサービスをやめているという。

 そんな話を聞くと、このアサブロがいつまで続くか心配になる。利用者としては、当分は続けてほしいのだが…。

 私はブログを情報発信や公開日記とは考えていない。自分自身のための備忘録である。この何年か、読了した本の読後感をブログに書いている。読了したすべての本について書いているわけではないが、なるべく書こうと努力している。

 読後感を書く理由は忘却への抵抗である。年を取ってから読んだ本の内容はすぐに忘れてしまう。読んだことさえ忘れることも多い。だから、十数年前から読了した本の書名、著者名、読了日などをEXCELに記録している。これで、読んだか否かは確認できるが、書名を思い出してもその内容が甦ってくるわけではない。

 内容を思い出せない本でも、読後感の文章が残っていれば助かる。何を書いた憶えていない読後感を読み返すと、その本の内容がある程度甦ってくる。読後感に書いていないことまで思い出すこともある。
 
 読後感ブログを書くようになってからは、何年か前の読後感を読み返して「そうだ、そうであった」と記憶の底をさらう体験を何度もしてきた。読後感を書いてもその本の内容はすぐに忘れてしまう。だが、読後感が内容を思い出すキーになるのは確かであり、それは私にとって有効で有益なキーである。

 芝居を観た記録をできる限りブログに残しているのも、思い出すキーになるからである。

 そんなわけで、私は私自身のためにブログを書いている。ならば、ブログでなくて私的な文書として残せばいいのだが、それがなかなか難しい。他人に読んでもらうのが目的でないと言いつつも、ブログの方がモチベーションが多少上がるのは確かだ。だから、ブログサービスはいつまでも続けてほしいと思う。

タクラマカン砂漠に環状鉄道が開通していた2025年09月12日

 数カ月前、NHK BSで放映した『疾走!タクラマカン砂漠鉄道~冬のシルクロードをゆく』という番組には驚いた。タクラマカン砂漠を1周する鉄道が開通しているとは知らなかった。「空には飛ぶ鳥なく、地には走獣なし」と言われた死の砂漠が様変わりしている。

 1980年放映のNHKの『シルクロード』は天山南路で建設中の「南疆鉄道」を映していたが、いつの間にか西域南道にまで及ぶ環状鉄道が完成していたのだ。どんなルートだろうかと、グーグルマップでタクラマカン砂漠を調べた。不思議なことに道路は詳しく載っているのに鉄道の表示がない。

 先日、地図専門の「ぶよお堂」で新疆ウイグル自治区の地図を購入したのは、この鉄道のルートを確認したかったからでもある。だが、この地図の鉄道表示は、コルラ→クチャ→カシュガル→ホータンまでだった。タクラマカン砂漠を半周しているだけだ。1989年出版、2018年1月改訂の地図なので、その時点では半周だったようだ。

 調べてみると、コルラ→カシュガル(南疆線)の開通が1999年12月、カシュガル→ホータンの開通が2011年6月で、地図にはここまでが反映されている。その後、コルラ→チャルクリクが2020年12月に開通。3年前の2022年6月には砂漠を高架橋で走るホータン→チャルクリクが開通し、2700キロメートルの環状鉄道になったそうだ。ネット検索で、この環状鉄道の簡単な路線図を見つけた。

 この鉄道は単線である。NHKの番組によれば1日8本だそうだ。おそらく、1周するには何度か乗り継いで、何日もかかるのだろうと思う。

 私は「西域シルクロード紀行」というツアーに明日(2025.9.13))出発する。この鉄道には乗らないが、バスでタクラマカン砂漠を縦断する予定だ。

地図専門の「ぶよお堂」で地図購入2025年09月07日

 日本橋に「ぶよお堂」という地図専門店があると最近知った。今月、「西域シルクロード紀行」というツアーに参加予定なので、西域のやや詳しい地図を探していたが、大型書店の棚でも手頃な地図は見つからなかった。

 で、先日「ぶよお堂」に出向いた。日本橋高島屋に近い通りのビルの地下2階にある。そのビルの名は「ぶよおビル」、テナントでなくオーナーのようだ。ビルの入り口のエレベーターで地下2階に下り、扉が開けば店舗だった。コンパクトな書店で、地球儀や地形図模型なども置いている。カウンターの前に大きなテーブルがあり、これは地図を広げるためのスペースである。地図専門店ならではの配慮だ。

 店内の棚を物色した後、店の人に「新疆ウイグル自治区の地図はありますか」と尋ねると、すぐに中国語の現代地図が出てきた。タクラマカン砂漠がA3よりやや広く、かなり詳しい(1:2 550 000)。表記が中国語なので解読が難しいが購入した(税別1700円)。

 ホームページで調べると、ぶよお堂は株式会社武揚堂の関連会社で、武揚堂は1897年(明治30年)創業の古い会社だ。創業時に「陸軍参謀本部陸地測量部発行地図元売捌の権利を取得」とある。現在の事業は「地理空間情報コンテンツ制作」だそうだ。各種地図の制作をしているようだ。

 武揚堂という名から、わが推しの榎本武揚と関係があるのだろうかと推測した。ホームページをよく読むと「創業に際して同名の榎本武揚に使用許可を求め快諾を得たとの逸話が残る」とあった。

朝ドラに『ボオ氏』が出てきた2025年09月05日

 古い知人から朝ドラの『あんぱん』を観てますか、とのメールが届いた。私は観ていないし、どんな内容かも知らない。この朝ドラの関連で、私が12年前に書いたブログがSNSで話題になっているそうだ。びっくりした。

 『あんぱん』はやなせたかし氏をモデルにしたドラマで、そのなかで、やなせ氏が懸賞マンガに応募して入選する話が放映されたそうだ。私は12年前のやなせ氏逝去の際に書いたブログで、週刊朝日の百万円懸賞連載マンガ(1967年)に『ボオ氏』が入選した件に触れた。それがSNSの一部で注目されたようだ。

 NHKプラスで9月4日の『あんぱん』を観た。やなせたかしや手塚治虫が、それとわかる別名で出てきた。『ボオ氏』はそのままの名だ。忘れられた作品だと思っていた『ボオ氏』がテレビドラマに登場したのに感動した。

 私は『ボオ氏』全26回の切り抜きを保存している。あらためて58年前の入選発表記事を読み返してみた。審査員は岡部冬彦(マンガ家)、佐藤忠男(評論家)、永田力(画家)、なだいなだ(作家)と週刊朝日編集長である。

 最終的にはやなせたかし、梅田英俊、森町長子の三人の争いとなった。いずれもプロのようだ。審査員で唯一のマンガ家・岡部冬彦氏は「アハハオホホと他意なく笑って過ごす平均的読者のために描く平均的マンガ家が出てほしかった」と不満を漏らしている。永田力氏は「プロの心得がある、やなせ・たかしが入選と決まったときは、ひそかに新しい人を期待していた私は正直いってがっかりだった」と述べている。

 この記事を読みながら、またひとつ遠い記憶がよみがえった。やなせ氏と争った梅田英俊氏の『アーネスト0(ゼロ)氏の場合』は、後に『アサヒグラフ』に連載されたと思う。本屋で立ち読みしただけだが、私はやなせ氏よりは梅田氏の方が好みだった。