南米に逃亡したナチスの医師メンゲレを描いた小説 ― 2026年03月04日
『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』という映画が先週公開された。映画公開に合わせて原作単行本が文庫になった。映画を観たいと思っているが、その前に新刊文庫を購入して読んだ。
『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』(オリヴィエ・ゲーズ/高橋啓訳/創元ライブラリ/東京創元社)
ヨーゼフ・メンゲレはアウシュヴィッツで残虐な人体実験を行った医師である。ナチス親衛隊の大尉だった。戦後、南米に逃亡し、西ドイツやモサドなどの探索から逃れ続ける。1979年、ブラジルで海水浴中に脳卒中で溺死。67歳だった。
メンゲレの逃亡生活を描いた本書は事実をベースにした小説である。本書のどこまでがノンフクションで、どこからが作者の想像なのか、私に判断はできない。事実関係の大半はノンフィクションに思えるが、メンゲレの心理や感情に立ち入って描写は創作だろう。
本書にはアイヒマンも登場する。メンゲレは南米でアイヒマンと接触している。アイヒマンはモサドに拘束されるが、メンゲレは逃げおおせる。小心で用心深かったからである。
本書の肝は、メンゲレの小心な卑小さと傲慢な無反省という二点の描出にある。それが人間の本性の典型のようにも感じられるのが怖い。
親衛隊大尉の医師はさほど大物とは言えないが、アウシュヴィッツ生還者の証言などから悪魔性が伝わり、逃亡を続ける身になる。本書が描くメンゲレは、人類学・優生学者としての自身の行動を肯定し、何の後悔もしていない。追われる身になった不運を自身で憐れんでいるだけである。
本書によって、戦後の南米に存在した旧ナチス擁護・支援ネットワークの一端を知ることができた。また、メンゲレの実家が小財閥とも言える実業家で、メンゲレの逃亡資金などを援助していたことも知った。
この文庫版には「訳者あとがき(2018年9月)」の他に「独仏の人間観ギャップを超える傑作セミドキュメンタリー小説!(2026年1月)」と題する解説が載っている。この文章がとても面白い。
この小説の作者はフランス人、描写対象はドイツ人である。その微妙なギャップを「ドイツ的」という視点で論じている。本書と同様にフランス人作家がナチスのドイツ人を描いて映画化された『HHhH』(映画は『ナチス第三の男』)やハンガリー系ドイツ移民2世が書いた『帰ってきたヒトラー』を比較対象に取り上げているのが興味深い。また、ハンナ・アーレントの言う「悪の凡庸さ」の意味の解説も勉強になった。
解説の筆者はマライ・メントライン。私には未知な人なのでネットで調べた。1983年ドイツ生まれ、日本在住の翻訳家・エッセイストで、『テレビでドイツ語』のキャスターも務めた女性である。「職業はドイツ人」と自称しているそうだ。
『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』(オリヴィエ・ゲーズ/高橋啓訳/創元ライブラリ/東京創元社)
ヨーゼフ・メンゲレはアウシュヴィッツで残虐な人体実験を行った医師である。ナチス親衛隊の大尉だった。戦後、南米に逃亡し、西ドイツやモサドなどの探索から逃れ続ける。1979年、ブラジルで海水浴中に脳卒中で溺死。67歳だった。
メンゲレの逃亡生活を描いた本書は事実をベースにした小説である。本書のどこまでがノンフクションで、どこからが作者の想像なのか、私に判断はできない。事実関係の大半はノンフィクションに思えるが、メンゲレの心理や感情に立ち入って描写は創作だろう。
本書にはアイヒマンも登場する。メンゲレは南米でアイヒマンと接触している。アイヒマンはモサドに拘束されるが、メンゲレは逃げおおせる。小心で用心深かったからである。
本書の肝は、メンゲレの小心な卑小さと傲慢な無反省という二点の描出にある。それが人間の本性の典型のようにも感じられるのが怖い。
親衛隊大尉の医師はさほど大物とは言えないが、アウシュヴィッツ生還者の証言などから悪魔性が伝わり、逃亡を続ける身になる。本書が描くメンゲレは、人類学・優生学者としての自身の行動を肯定し、何の後悔もしていない。追われる身になった不運を自身で憐れんでいるだけである。
本書によって、戦後の南米に存在した旧ナチス擁護・支援ネットワークの一端を知ることができた。また、メンゲレの実家が小財閥とも言える実業家で、メンゲレの逃亡資金などを援助していたことも知った。
この文庫版には「訳者あとがき(2018年9月)」の他に「独仏の人間観ギャップを超える傑作セミドキュメンタリー小説!(2026年1月)」と題する解説が載っている。この文章がとても面白い。
この小説の作者はフランス人、描写対象はドイツ人である。その微妙なギャップを「ドイツ的」という視点で論じている。本書と同様にフランス人作家がナチスのドイツ人を描いて映画化された『HHhH』(映画は『ナチス第三の男』)やハンガリー系ドイツ移民2世が書いた『帰ってきたヒトラー』を比較対象に取り上げているのが興味深い。また、ハンナ・アーレントの言う「悪の凡庸さ」の意味の解説も勉強になった。
解説の筆者はマライ・メントライン。私には未知な人なのでネットで調べた。1983年ドイツ生まれ、日本在住の翻訳家・エッセイストで、『テレビでドイツ語』のキャスターも務めた女性である。「職業はドイツ人」と自称しているそうだ。

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