共和政ローマは「祖国」を発明した ― 2026年01月23日
ローマ史家・本村凌二氏の『地中海世界の歴史(全8巻)』は2024年4月に刊行が始まり、先月(2025年12月)完結した。私は昨秋までに次の前半4巻を読んだ。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
年明けの月末になって、積んだままの後半4巻に取り組もうという気分になった。前半4巻はオリエント史、ギリシア史だった。後半4巻は、いよいよ著者の専門のローマ史である。
『勝利を愛する人々:地中海世界の歴史5 共和政ローマ』(本村凌二/講談社選書メチエ)
本書はローマ建国(BC753年?)から第三次ポエニ戦争(BC146年)までを扱っている。頻出する言葉は「父祖の遺風」である。著者は、ローマ人の心性を特徴づけるものが「父祖の遺風」への固執だとしている。それは「武士道」にも通じる古来の伝統を重んじる精神で、子弟教育のよりどころだった。私には、いまひとつ把握しにくい概念である。
本書が興味深いのは、ギリシアやカルタゴとの比較でローマを論じている点である。タイトルの「勝利を愛する人々」はプラトンの『国家』に依拠しているそうだ。プラトンは「知を愛する人」「勝利を愛する人」「利得を愛する人」を人間の基本的な三分類とした。著者によれば、ギリシア人は「知を愛する人」、ローマ人は「勝利を愛する人」、カルタゴ人は「利得を愛する人」と見なせる。この見方をベースに、なぜローマのみが世界帝国へ発展したかを探っている。
ギリシア人は羊飼いの子孫で遊牧民的な尻軽さがあり、人口過剰になると海の彼方に植民都市を作る。カルタゴはフェニキアの植民地から発展した海洋通商国家である。ローマは愚直な農民の国で、何よりも故国の地にこだわった。人口が過剰になると、ねばり強く故国の地を広げていく。それが、帝国への序曲だった。ナルホドと思える。
共和政ローマの時代を記述した本書で、著者はローマの共和政を「共和政ファシズム」としている。この言葉の名づけ親は著者だそうだ。ファシズムという言葉はローマのファスケス(斧と棒の束)に由来する。「共和政ファシズム」はローマの強さを表す適切な用語だと思う。
ローマは、真善美を追究する文化では「知を愛する人」ギリシアには及ばなかった。だが、ギリシア人が創り出せなかったローマ人の発明品があったと著者は言う。それは「祖国」である。「祖国」こそがローマ人の唯一の発明品だと指摘している。ナショナリズムは近代以降の概念だと思っていたが、似たものが古代にもあったのかもしれない。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
年明けの月末になって、積んだままの後半4巻に取り組もうという気分になった。前半4巻はオリエント史、ギリシア史だった。後半4巻は、いよいよ著者の専門のローマ史である。
『勝利を愛する人々:地中海世界の歴史5 共和政ローマ』(本村凌二/講談社選書メチエ)
本書はローマ建国(BC753年?)から第三次ポエニ戦争(BC146年)までを扱っている。頻出する言葉は「父祖の遺風」である。著者は、ローマ人の心性を特徴づけるものが「父祖の遺風」への固執だとしている。それは「武士道」にも通じる古来の伝統を重んじる精神で、子弟教育のよりどころだった。私には、いまひとつ把握しにくい概念である。
本書が興味深いのは、ギリシアやカルタゴとの比較でローマを論じている点である。タイトルの「勝利を愛する人々」はプラトンの『国家』に依拠しているそうだ。プラトンは「知を愛する人」「勝利を愛する人」「利得を愛する人」を人間の基本的な三分類とした。著者によれば、ギリシア人は「知を愛する人」、ローマ人は「勝利を愛する人」、カルタゴ人は「利得を愛する人」と見なせる。この見方をベースに、なぜローマのみが世界帝国へ発展したかを探っている。
ギリシア人は羊飼いの子孫で遊牧民的な尻軽さがあり、人口過剰になると海の彼方に植民都市を作る。カルタゴはフェニキアの植民地から発展した海洋通商国家である。ローマは愚直な農民の国で、何よりも故国の地にこだわった。人口が過剰になると、ねばり強く故国の地を広げていく。それが、帝国への序曲だった。ナルホドと思える。
共和政ローマの時代を記述した本書で、著者はローマの共和政を「共和政ファシズム」としている。この言葉の名づけ親は著者だそうだ。ファシズムという言葉はローマのファスケス(斧と棒の束)に由来する。「共和政ファシズム」はローマの強さを表す適切な用語だと思う。
ローマは、真善美を追究する文化では「知を愛する人」ギリシアには及ばなかった。だが、ギリシア人が創り出せなかったローマ人の発明品があったと著者は言う。それは「祖国」である。「祖国」こそがローマ人の唯一の発明品だと指摘している。ナショナリズムは近代以降の概念だと思っていたが、似たものが古代にもあったのかもしれない。
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