67年ぶりに『さいごの授業』を再読した2026年03月12日

 ギボンの『ローマ帝国衰亡史』をチビチビと再読している。すでに終盤、11世紀の十字軍のあたりだ。そこで気になる表現に出会った。民衆十字軍の6万人の大衆が「フランスとロレーヌの国境」から集まってきたとある。

 ロレーヌと言えば「アルザス=ロレーヌ」、独仏の葛藤の場だ。現在はフランス領だが、ギボンが生きた18世紀はドイツ領だったのかと思って調べた。18世紀もフランス領だった。十字軍の頃は神聖ローマ帝国(ドイツ)の一部だったので、ギボンの言う「国境」は11世紀の話だろう。ギボンの頭の中には、ロレーヌはフランスではないという意識があったのでは、と思わなくもない。

 あらためて、歴史概説書やネット情報でアルザス=ロレーヌの歴史を調べ、独仏の間で領有が目まぐるしく変わってきたさまを再認識した。

 この地は、もともとドイツ系住民の地で、アルザス語はドイツ語の方言である。17世紀半ばまでは神聖ローマ帝国の傘下だったが、三十年戦争で神聖ローマ帝国が敗北し、フランス領になる(1648年)。それから、第二次世界大戦で自由フランスがナチス・ドイツからこの地を奪還(1944年)するまでの約300年の間、領有は何度も入れ替わる。

 アルザスと言えばドーデの『最後の授業』を想起する。普仏戦争でフランスが敗北、アルザスとロレーヌの東半分がプロイセン領となる(1871年)。そのときの「悲劇」をフランス視点で描いた短編である。かつて読んだ『世界史との対話』(小川幸司)がこの小説を論じていた。

 『最後の授業』は、祖国愛や国語愛うたった作品として日本の国語教科書にも採用された。だが近年、この作品の虚構性とイデオロギー性が指摘され、教科書から姿を消した。

 私は小学生のとき、講談社の『少年少女世界文学全集』で読んだ。それ以来読んでいないが、内容のあらましと印象は残っている。この大昔の全集は、いまも納戸の奥に積んである。それを引っ張り出して再読した。1959年刊行だから、小学5年のときに読んだのだと思う。67年ぶりの再読である。

 タイトルは仮名で『さいごの授業』だった。子供向けのリライト版か否かは不明だ。アメル先生が黒板に「フランス ばんざい」!」と書いて泣いている挿絵を見て、なつかしさが甦った。記憶に残る情景の挿絵だ。

 小学生だった私が何を思ったのかは定かでない。勉強をサボっていると後悔するぞという教訓めいたイヤな話だと感じたかもしれない。学校を追われるアメル先生を可哀そうに思ったのは確かだ。

 この小説の問題点を認識してから再読し、おかしな点を確認できた。フランス語の最後の授業に際して「ぼくは、まだろくに書くこともできなかったのだ」とあり、小学生の私は、主人公はずいぶんサボってたのだと思った。教室の奥のベンチで大人たちが受講している姿に、この大人たちは文盲だったのかと感じた気がする。彼らの母語がアルザス語(ドイツ語の方言)であり、フランス語がエリートのための公用語だったとは、小学生の私はまったく知らなかった。

 アメル先生は、アルザス語を母語とするアルザス人に対し、フランス語を「国語」として押しつける立場にあったのだ。この作品からは見えてこない背景である。

 『最後の授業』批判の根底には、国民を構成する要素は言語や人種だというドイツ的な考え方があるそうだ。それに対してフランスでは、国民の観念を「国家がかかげる基本原理を共有しようとする意志」に求める考え方が有力だそうだ(谷川稔『近代ヨーロッパの情熱と苦悩』より)。『世界史との対話』における小川幸司氏の『最後の授業』評価はフランス的な考えに近い。

 第一次世界大戦でドイツが敗北したとき、この地は『アルザス=ロレーヌ共和国』として独立を宣言した。だが、独立を認めないフランスに占領され、10日足らずで共和国は消滅した。この地に住む人々には、ドイツでもフランスでもない独自の存在だとの意識があるようだ。

 『最後の授業』の舞台はアルザスだが、ロレーヌはアルザスと同じような情況だったのだろうか。私にはよくわからない。国語や民族、「国民国家」をどう捉えるか、わかりにくいことばかりである。わかりにくいからこそ、探究しなければならないのだが。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
ウサギとカメ、勝ったのどっち?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://dark.asablo.jp/blog/2026/03/12/9841590/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。