ロングセラー『肉食の思想』は刺激的な本だった ― 2025年05月03日
56年前に出た『ヨーロパ中世(世界の歴史9)』(鯖田豊之)を読了し、この著者に次の話題書があると知った。古い本だがネット書店で注文できた。
『肉食の思想:ヨーロッパ精神の再発見』(鯖田豊之/中公新書)
1966年1月初版の中公新書である。私が入手したのは半年前の2024年10月に出た62版。初版以来58年間、改訂もせずに刊行が続いているようだ。驚きのロングセラーだ。1926年生まれの著者は2001年に亡くなっている。
本書のタイトルに懐かしさを感じた。本書が出た1966年頃、高校生の私は『〇〇の思想』という表題の本が流行していると思った。
『〇〇の思想』はありふれたタイトルかもしれないが、当時読んだ小松左京の「槍とヒョウタン――思想の流行について」(1966年9月刊行『未来図の世界』収録)というエッセイの印象が強いのだ。何冊もの『〇〇の思想』という本(『地図の思想』『戦後を拓く思想』『恥部の思想』『砂漠の思想』『饒舌の思想』『哄笑の思想』『テレビの思想』『核を創る思想』など)を取り上げたうえで、「思想の逆なでシリーズ」の続刊を提起し、「高橋和巳などの場合、『孤立無援の思想』より『思想の孤立無援』の方が、何やら彼のイメージがうかぶような気がします」と述べていた。
あの時代に『肉食の思想』が刊行されたのかと思うと感慨深い。
閑話休題。本書はとても面白かった。西洋中世史・比較史が専門の著者が、日本人とヨーロッパ人の考え方や感じ方の違いの由縁をマクロな視角で明解に論じている。目から鱗が落ちるようなスリリングな読書体験だった。ロングセラーなのも納得できる。
ヨーロッパ人は肉食、日本人は穀物食、その違いには地理的歴史的な理由があり、その違いが両者の精神構造の違いを形成している――というのが本書の骨子だ。食生活の違いから社会意識の違いを論じる手際は華麗なアクロバットのようでもある。読者である私は、あっけにとられて感心するばかりだ。
ヨーロッパは農業&牧畜、日本は農業のみ。その違いは気候にある。日本は温暖湿潤、それに比べてヨーロッパは寒冷だ。ヨーロッパと言えば三圃制だが日本に三圃制はないと思う。三圃制は春耕地、秋耕地、休耕地の3年周期であり、休耕地は牛などが草を食む牧畜地である。牧畜地は広い方が効率がいい。だからから耕地は集約されていく。
三圃制は連作障害を避ける手段である。だが、水田には連作障害はない。また、日本の気候では夏の雑草の繁茂が激しくて牧畜の餌にならない。ゆえに、日本は米という穀物が主食の文化になる。
日本に比べて牧畜のコストが低いヨーロッパでは農業と牧畜の併存が常態である。主食という概念もない。肉も乳も小麦も、入手可能なものは何でも食べる。小麦はそのままでは美味しくないので、粉にしてパンにして食べる。
牧畜が身近な肉食文化が、人間と動物を峻別し、人間だけが特別な存在だとする独善的な人間中心主義を生み出す。ナルホドと思った。結婚や愛情表現に関する指摘も面白い。牧畜が身近だと子供の頃から動物の性交渉を日常的に目にすることになり、それがおおっぴらな愛情表現につながるとともに、「結婚」を「キリスト教の秘蹟」として公認しコントロールする考えが生まれたそうだ。
そんな「人間中心主義のキリスト教」がヨーロッパの階層意識や社会意識を形成してきたと本書は説いている。人間中心主義は結構かもしれないが、その「人間」を「キリスト教徒のヨーロッパ人」だけと見なしているようなのだ。これはやっかいな問題である。
本書が展開する議論は非常に面白い。推論の積み重ねなので、その妥当性は私にはわからない。本書がどう評価されているかも知らない。しかし、ヨーロッパ社会と日本社会を比較検討するうえでの刺激的な材料になるのは確かだと思えた。
『肉食の思想:ヨーロッパ精神の再発見』(鯖田豊之/中公新書)
1966年1月初版の中公新書である。私が入手したのは半年前の2024年10月に出た62版。初版以来58年間、改訂もせずに刊行が続いているようだ。驚きのロングセラーだ。1926年生まれの著者は2001年に亡くなっている。
本書のタイトルに懐かしさを感じた。本書が出た1966年頃、高校生の私は『〇〇の思想』という表題の本が流行していると思った。
『〇〇の思想』はありふれたタイトルかもしれないが、当時読んだ小松左京の「槍とヒョウタン――思想の流行について」(1966年9月刊行『未来図の世界』収録)というエッセイの印象が強いのだ。何冊もの『〇〇の思想』という本(『地図の思想』『戦後を拓く思想』『恥部の思想』『砂漠の思想』『饒舌の思想』『哄笑の思想』『テレビの思想』『核を創る思想』など)を取り上げたうえで、「思想の逆なでシリーズ」の続刊を提起し、「高橋和巳などの場合、『孤立無援の思想』より『思想の孤立無援』の方が、何やら彼のイメージがうかぶような気がします」と述べていた。
あの時代に『肉食の思想』が刊行されたのかと思うと感慨深い。
閑話休題。本書はとても面白かった。西洋中世史・比較史が専門の著者が、日本人とヨーロッパ人の考え方や感じ方の違いの由縁をマクロな視角で明解に論じている。目から鱗が落ちるようなスリリングな読書体験だった。ロングセラーなのも納得できる。
ヨーロッパ人は肉食、日本人は穀物食、その違いには地理的歴史的な理由があり、その違いが両者の精神構造の違いを形成している――というのが本書の骨子だ。食生活の違いから社会意識の違いを論じる手際は華麗なアクロバットのようでもある。読者である私は、あっけにとられて感心するばかりだ。
ヨーロッパは農業&牧畜、日本は農業のみ。その違いは気候にある。日本は温暖湿潤、それに比べてヨーロッパは寒冷だ。ヨーロッパと言えば三圃制だが日本に三圃制はないと思う。三圃制は春耕地、秋耕地、休耕地の3年周期であり、休耕地は牛などが草を食む牧畜地である。牧畜地は広い方が効率がいい。だからから耕地は集約されていく。
三圃制は連作障害を避ける手段である。だが、水田には連作障害はない。また、日本の気候では夏の雑草の繁茂が激しくて牧畜の餌にならない。ゆえに、日本は米という穀物が主食の文化になる。
日本に比べて牧畜のコストが低いヨーロッパでは農業と牧畜の併存が常態である。主食という概念もない。肉も乳も小麦も、入手可能なものは何でも食べる。小麦はそのままでは美味しくないので、粉にしてパンにして食べる。
牧畜が身近な肉食文化が、人間と動物を峻別し、人間だけが特別な存在だとする独善的な人間中心主義を生み出す。ナルホドと思った。結婚や愛情表現に関する指摘も面白い。牧畜が身近だと子供の頃から動物の性交渉を日常的に目にすることになり、それがおおっぴらな愛情表現につながるとともに、「結婚」を「キリスト教の秘蹟」として公認しコントロールする考えが生まれたそうだ。
そんな「人間中心主義のキリスト教」がヨーロッパの階層意識や社会意識を形成してきたと本書は説いている。人間中心主義は結構かもしれないが、その「人間」を「キリスト教徒のヨーロッパ人」だけと見なしているようなのだ。これはやっかいな問題である。
本書が展開する議論は非常に面白い。推論の積み重ねなので、その妥当性は私にはわからない。本書がどう評価されているかも知らない。しかし、ヨーロッパ社会と日本社会を比較検討するうえでの刺激的な材料になるのは確かだと思えた。
19年前に出た唐十郎のムックを通読した ― 2025年05月06日
今週末、劇団唐組公演『紙芝居の絵の町で』を観劇予定である。この芝居の戯曲は次のムックに載っている。
『唐十郎 紅テント・ルネサンス!』(河出書房新社/2006.4)
19年前に出たムックだが、私が古書で入手したのは数年前だ。入手してパラパラといくつかの記事を読んだが、戯曲「紙芝居の絵の町で」は未読だった。観劇の機会に読めばいいと思った。その機会が巡ってきたのである。戯曲を読み、それを機にすべての記事を頭から通読した。
「紅テント・ルネサンス!」というタイトルが示すように、2006年頃は「唐十郎ブーム」だったらしい。当時、私は仕事が忙しく、劇場や映画館に行くこともほとんどなく、唐十郎ブームを感じることもなかった。
このムックを読むと、2006年頃に唐十郎が新たなピークを迎えていたとわかる。2005年に横浜国大教授(2001年に就任)を定年退職、劇団唐組以外のいろいろな所で唐作品が上演されていたそうだ。2006年、唐十郎66歳。転倒脳挫傷の6年前である。
このムックの約半分が2006年当時の記事で、それ以外は寺山修司との対談など古い記事の再録である。再録記事の数編(種村季弘、澁澤瀧彦、土方巽)は1974年に出た『別冊新評 唐十郎の世界』に載っていたもので、タイムカプセルを開いたような懐かしさを感じつつ再読した。
巻頭3編「新宿の人・唐十郎 扇田昭彦」「特別対談 坪内祐三・唐十郎」「唐十郎――流れ出す世界 室井尚」は、いずれも2006年当時の記事で、とても面白かった。
扇田昭彦が紹介する花園神社の優しい老宮司にホンワカした。唐十郎を横浜国大に招聘した室井尚は、唐十郎を「完全にオリジナルでどこにも似たものが見出せない奇蹟的な場所を生み出し続けている」と評価している。坪内祐三との対談では、福田善之との関連、寺山修司や別役実の唐十郎への眼差しなどを語っていて興味深い。
2006年当時は元気だった唐十郎、扇田昭彦、坪内祐三、室井尚は、いまではみな物故者になった。坪内祐三と室井尚は私より若い。19年前の記事に接し、しみじみした気分になる。
『唐十郎 紅テント・ルネサンス!』(河出書房新社/2006.4)
19年前に出たムックだが、私が古書で入手したのは数年前だ。入手してパラパラといくつかの記事を読んだが、戯曲「紙芝居の絵の町で」は未読だった。観劇の機会に読めばいいと思った。その機会が巡ってきたのである。戯曲を読み、それを機にすべての記事を頭から通読した。
「紅テント・ルネサンス!」というタイトルが示すように、2006年頃は「唐十郎ブーム」だったらしい。当時、私は仕事が忙しく、劇場や映画館に行くこともほとんどなく、唐十郎ブームを感じることもなかった。
このムックを読むと、2006年頃に唐十郎が新たなピークを迎えていたとわかる。2005年に横浜国大教授(2001年に就任)を定年退職、劇団唐組以外のいろいろな所で唐作品が上演されていたそうだ。2006年、唐十郎66歳。転倒脳挫傷の6年前である。
このムックの約半分が2006年当時の記事で、それ以外は寺山修司との対談など古い記事の再録である。再録記事の数編(種村季弘、澁澤瀧彦、土方巽)は1974年に出た『別冊新評 唐十郎の世界』に載っていたもので、タイムカプセルを開いたような懐かしさを感じつつ再読した。
巻頭3編「新宿の人・唐十郎 扇田昭彦」「特別対談 坪内祐三・唐十郎」「唐十郎――流れ出す世界 室井尚」は、いずれも2006年当時の記事で、とても面白かった。
扇田昭彦が紹介する花園神社の優しい老宮司にホンワカした。唐十郎を横浜国大に招聘した室井尚は、唐十郎を「完全にオリジナルでどこにも似たものが見出せない奇蹟的な場所を生み出し続けている」と評価している。坪内祐三との対談では、福田善之との関連、寺山修司や別役実の唐十郎への眼差しなどを語っていて興味深い。
2006年当時は元気だった唐十郎、扇田昭彦、坪内祐三、室井尚は、いまではみな物故者になった。坪内祐三と室井尚は私より若い。19年前の記事に接し、しみじみした気分になる。
かねてから観たかった『紙芝居の絵の町で』を観た ― 2025年05月09日
花園神社境内の紅テントで劇団唐組公演『紙芝居の絵の町で』(作:唐十郎、演出:久保井研+唐十郎、出演:藤井由紀、久保井研、大鶴美仁音、他)を観た。唐組の芝居は、昨年の唐十郎逝去(2024.5.4)の翌々日に観た『泥人魚』以来だ。
『紙芝居の絵の町で』を観るのは初めてである。3年前に『唐十郎のせりふ』(新井高子)を読んだとき、この芝居を観たいと思った。この本は、唐十郎の2000年代の戯曲15本をとり上げていて、そのうちの14本は私の知らない戯曲だった。論評を読んで、一番観たいと思ったのが『紙芝居の絵の町で』である。
この芝居の戯曲は『唐十郎 紅テント・ルネサンス!』というムックの載っていて、先日読んだばかりだ。
往年の紙芝居の作画家が今では落ちぶれて介護を受ける身になっている。そこに、使い捨てコンタクトレンズのセールスマンが通い続けている。紙芝居と使い捨てコンタクトレンズという突飛な取り合わせが、紙芝居世界と現実が溶融した不思議な世界を紡ぎ出していく。
使い終わったコンタクトレンズは水の入った大きな瓶に残され、それは「思い出瓶」と名付けらている。コンタクトレンズには、その時々の情景が付着しているのだ。それは、使い捨てられた紙芝居の一枚一枚の絵に通じる。
かつて体験した紙芝居世界のなかの人物を召喚し、登場人物全体が紙芝居のなかの人物になっていくような芝居である。と言っても、紙芝居を知らない世代をも惹きつける普遍的な魅力がある。もはや、76歳の私を含めて大半の観客が紙芝居をよく知らないのではなかろうか。
私は唐十郎より8歳年下で、瀬戸内海沿岸の田舎町で育った。自転車の荷台で紙芝居をするおじさんを見た記憶がかすかにあるが、紙芝居の内容は何も憶えていない。
そんな私だが、当時の紙芝居の内容は少しだけわかる。1995年に出た『アサヒグラフ別冊 紙芝居集成』のおかげである。『黄金バット』をはじめバラエティに富んだ百数十本の紙芝居を収録したお宝別冊で、当時の「キレイとは言えない絵」が紡ぐオハナシの雰囲気が伝わってくる。
『紙芝居の絵の町で』はこの『アサヒグラフ別冊 紙芝居集成』が主要な役割を担っている。コンタクトレンズのセールスマンが古本屋で入手した『紙芝居集成』に半分千切れた頁があり、その千切れた絵を探すという設定なのだ。30年前にこの本を新本で入手した私にとっては、ニヤリとしたくなる話だ。
『紙芝居の絵の町で』を観るのは初めてである。3年前に『唐十郎のせりふ』(新井高子)を読んだとき、この芝居を観たいと思った。この本は、唐十郎の2000年代の戯曲15本をとり上げていて、そのうちの14本は私の知らない戯曲だった。論評を読んで、一番観たいと思ったのが『紙芝居の絵の町で』である。
この芝居の戯曲は『唐十郎 紅テント・ルネサンス!』というムックの載っていて、先日読んだばかりだ。
往年の紙芝居の作画家が今では落ちぶれて介護を受ける身になっている。そこに、使い捨てコンタクトレンズのセールスマンが通い続けている。紙芝居と使い捨てコンタクトレンズという突飛な取り合わせが、紙芝居世界と現実が溶融した不思議な世界を紡ぎ出していく。
使い終わったコンタクトレンズは水の入った大きな瓶に残され、それは「思い出瓶」と名付けらている。コンタクトレンズには、その時々の情景が付着しているのだ。それは、使い捨てられた紙芝居の一枚一枚の絵に通じる。
かつて体験した紙芝居世界のなかの人物を召喚し、登場人物全体が紙芝居のなかの人物になっていくような芝居である。と言っても、紙芝居を知らない世代をも惹きつける普遍的な魅力がある。もはや、76歳の私を含めて大半の観客が紙芝居をよく知らないのではなかろうか。
私は唐十郎より8歳年下で、瀬戸内海沿岸の田舎町で育った。自転車の荷台で紙芝居をするおじさんを見た記憶がかすかにあるが、紙芝居の内容は何も憶えていない。
そんな私だが、当時の紙芝居の内容は少しだけわかる。1995年に出た『アサヒグラフ別冊 紙芝居集成』のおかげである。『黄金バット』をはじめバラエティに富んだ百数十本の紙芝居を収録したお宝別冊で、当時の「キレイとは言えない絵」が紡ぐオハナシの雰囲気が伝わってくる。
『紙芝居の絵の町で』はこの『アサヒグラフ別冊 紙芝居集成』が主要な役割を担っている。コンタクトレンズのセールスマンが古本屋で入手した『紙芝居集成』に半分千切れた頁があり、その千切れた絵を探すという設定なのだ。30年前にこの本を新本で入手した私にとっては、ニヤリとしたくなる話だ。
『アラブが見た十字軍』はイスラム世界のドタバタ劇か? ― 2025年05月11日
『中世ヨーロッパ』(堀米庸三)、『ヨーロパ中世』(鯖田豊之)の2冊を続けて読んで頭が 中世モードになり、未読棚の次の本を引っ張り出して読んだ。
『アラブが見た十字軍』(アミン・マアルーフ/牟田口義郎、新川雅子訳/ちくま学芸文庫)
著者は1949年レバノン生まれのジャーナリスト。私より1歳若い。原書はフランス語、1983年の刊行だ。タイトル通り、アラブ視点で十字軍襲来を描いている。
十字軍はヨーロッパ視点で語られることが多い。そもそも「十字軍」という概念や用語がヨーロッパ視点である。私は4年前に塩野七生の『十字軍物語』を読んだ。あの歴史小説も基本的にはヨーロッパ視点だが、イスラム側から見た十字軍の野蛮な後進性にも言及していた。
本書のタイトルから、西方から襲来する蛮族の侵略行為を描いた本だろうと思った。だが、少し違っていた。もちろん、フランク(ヨーロッパから来た十字軍をイスラム側はフランクと呼ぶ)の蛮行も描いているが、フランク襲来の時代のイスラム世界の混迷ぶりの描写がメインである。混迷の後にサラディンらによる統一と反撃があるのだが、全般に不条理なドタバタ劇の印象が強い。
最初の十字軍が小アジアに現れた1096年頃、セルジューク朝はすでに全盛期を過ぎ、分離傾向が強くなっていた。小アジアで最初に十字軍に対応したのは、バグダードから分離独立したルーム=セルジューク朝のスルタンである。
第一回十字軍がエルサレム占拠に成功し、いくつかの十字軍国家が成立したのは、十字軍に対応するイスラム世界がバラバラだったせいだとは聞いていた。その実態を本書で知り、少々驚き、あきれた。
本書の舞台となるイスラム世界は元来はアラブ人の土地で、セルジューク朝はトルコ系である。そんなところにもバラバラの要因があるだろうが、トルコ系の領主同士も相争っている。
割拠する領主たちは兄弟であっても敵なのである。領主同士の合従連衡はあるが、いつ裏切られかわからない。フランクと戦っている領主への支援に駆け付け、手のひら返しで戦わずに引き返したりもする。フランクの勝利が自身に有利と判断したのである。相手を倒すためには、フランクと組むこともいとわない。
バグダッドではセルジューク朝のスルタンが傀儡のカリフ(アッバース朝)を戴いている。このカリフが傀儡であることに不満で、支援者を糾合してスルタンに戦いを挑んだりもする。
ビザンツとフランクの関係も複雑だ。共にキリスト教なのに、フランクはギリシア正教の村を略奪する。ビザンツがイスラムと組んでフランクに対峙することもある。
イスラム世界には、ビザンツで弾圧された非カトリックのキリスト教徒(ヤコブ派、東方キリスト諸派)も住んでいる。イスラムは異教徒に寛容だからだ。彼らはフランクではなくイスラムを支援する。
フランクも団結しているわけでなく、フランク同士の争いもある。そんな争いの一方にイスラム側が加担することもある。
また、同じイスラムでもスンニ派のセルジューク朝とシーア派のファーティマ朝(エジプト)は敵対することが多い。そこに過激なシーア派の暗殺教団が絡み、スンニ派の要人を暗殺する。暗殺教団とフランクが組むこともある。
マクロに見れば、キリスト教世界の十字軍とイスラム世界の争いなのだが、ミクロに見ると敵と味方が入り乱れて何でもありのゴチャゴチャした世界だ。人間の集団は宗教という理念で動くのではなく、己の利害や感情で動くことが多く、それが自然だろうとの思いにかられる。不条理なドタバタ劇は歴史の常態に近いのかもしれない。
本書は面白いのだが、馴染みのない人名の頻出に難儀した。イスラムの似たような人名の識別が難しくて混乱するのだ。人名索引もない。仕方なく、主な登場人物をメモしながら読み進めた。読了後に数えるとイスラム側の人名だけで58人になった。そのうちの11名は、本書の記述のベースになった歴史家や年代記作家である。あらためて、当時のイスラム世界の文化レベルの高さを感じた。
『アラブが見た十字軍』(アミン・マアルーフ/牟田口義郎、新川雅子訳/ちくま学芸文庫)
著者は1949年レバノン生まれのジャーナリスト。私より1歳若い。原書はフランス語、1983年の刊行だ。タイトル通り、アラブ視点で十字軍襲来を描いている。
十字軍はヨーロッパ視点で語られることが多い。そもそも「十字軍」という概念や用語がヨーロッパ視点である。私は4年前に塩野七生の『十字軍物語』を読んだ。あの歴史小説も基本的にはヨーロッパ視点だが、イスラム側から見た十字軍の野蛮な後進性にも言及していた。
本書のタイトルから、西方から襲来する蛮族の侵略行為を描いた本だろうと思った。だが、少し違っていた。もちろん、フランク(ヨーロッパから来た十字軍をイスラム側はフランクと呼ぶ)の蛮行も描いているが、フランク襲来の時代のイスラム世界の混迷ぶりの描写がメインである。混迷の後にサラディンらによる統一と反撃があるのだが、全般に不条理なドタバタ劇の印象が強い。
最初の十字軍が小アジアに現れた1096年頃、セルジューク朝はすでに全盛期を過ぎ、分離傾向が強くなっていた。小アジアで最初に十字軍に対応したのは、バグダードから分離独立したルーム=セルジューク朝のスルタンである。
第一回十字軍がエルサレム占拠に成功し、いくつかの十字軍国家が成立したのは、十字軍に対応するイスラム世界がバラバラだったせいだとは聞いていた。その実態を本書で知り、少々驚き、あきれた。
本書の舞台となるイスラム世界は元来はアラブ人の土地で、セルジューク朝はトルコ系である。そんなところにもバラバラの要因があるだろうが、トルコ系の領主同士も相争っている。
割拠する領主たちは兄弟であっても敵なのである。領主同士の合従連衡はあるが、いつ裏切られかわからない。フランクと戦っている領主への支援に駆け付け、手のひら返しで戦わずに引き返したりもする。フランクの勝利が自身に有利と判断したのである。相手を倒すためには、フランクと組むこともいとわない。
バグダッドではセルジューク朝のスルタンが傀儡のカリフ(アッバース朝)を戴いている。このカリフが傀儡であることに不満で、支援者を糾合してスルタンに戦いを挑んだりもする。
ビザンツとフランクの関係も複雑だ。共にキリスト教なのに、フランクはギリシア正教の村を略奪する。ビザンツがイスラムと組んでフランクに対峙することもある。
イスラム世界には、ビザンツで弾圧された非カトリックのキリスト教徒(ヤコブ派、東方キリスト諸派)も住んでいる。イスラムは異教徒に寛容だからだ。彼らはフランクではなくイスラムを支援する。
フランクも団結しているわけでなく、フランク同士の争いもある。そんな争いの一方にイスラム側が加担することもある。
また、同じイスラムでもスンニ派のセルジューク朝とシーア派のファーティマ朝(エジプト)は敵対することが多い。そこに過激なシーア派の暗殺教団が絡み、スンニ派の要人を暗殺する。暗殺教団とフランクが組むこともある。
マクロに見れば、キリスト教世界の十字軍とイスラム世界の争いなのだが、ミクロに見ると敵と味方が入り乱れて何でもありのゴチャゴチャした世界だ。人間の集団は宗教という理念で動くのではなく、己の利害や感情で動くことが多く、それが自然だろうとの思いにかられる。不条理なドタバタ劇は歴史の常態に近いのかもしれない。
本書は面白いのだが、馴染みのない人名の頻出に難儀した。イスラムの似たような人名の識別が難しくて混乱するのだ。人名索引もない。仕方なく、主な登場人物をメモしながら読み進めた。読了後に数えるとイスラム側の人名だけで58人になった。そのうちの11名は、本書の記述のベースになった歴史家や年代記作家である。あらためて、当時のイスラム世界の文化レベルの高さを感じた。
『図説十字軍』は想定とやや違う内容だった… ― 2025年05月14日
『アラブが見た十字軍』で当時のイスラム世界の様子を概観し、西欧視点の十字軍についてもザーッと再確認しておこうと思い、次の本を読んだ。
『図説十字軍』(櫻井康人/ふくろうの本/河出書房新社)
著者は十字軍研究の歴史学者である。図版を多用した入門書のつもりで読み始めたが、少し勝手が違った。本書は、現在のおける十字軍史研究をふまえた概説書である。現在、十字軍は次のように定義されているそうだ。
「十字軍とはキリスト教会のために戦うことで贖罪を得ることであり、それは1095年からナポレオンによるマルタの占領(1798年)までの約700年間、いたる所で展開された。」
この定義は、私たちが普通に考える「第1回十字軍(1096-1099)から約200年間のエルサレム奪回軍事遠征」よりかなり広い。本書はこの広い定義に基づいて、約700年間のさまざまな十字軍を概説している。少々面食らったが勉強になった。
歴史家ピレンヌ(1862-1935)は、ヨーロッパの成立に関して「マホメットなくしてシャルルマーニュなし」というピレンヌ・テーゼを提唱した。本書冒頭、このテーゼは現在では否定されているとしている。驚いた。カロリング朝時代のイスラムの地中海進出が地中海貿易を途絶させ、ヨーロッパの貨幣経済は衰退し、自給自足的農業基盤生活となり、中世の封建社会が形成された、という説の否定である。現在では、イスラムの地中海進出によって地中海交易は活性化したと考えられているそうだ。
また、イベリア半島に侵入したイスラム勢力をフランク王国が押しとどめたトゥール・ポアティエ間の戦い(732年)の際、フランクは相手をイスラムとは認識せず、異教徒の蛮族と見ていたらしい。ヨーロッパがイスラムを本格的に認識したのは第1回十字軍の後だそうだ。ヘェーと思った。
十字軍に関しても「パレスチナの地に財産を求めて行った」「十字軍の参加者は家督を継げない次男・三男だった」という説を否定している。参加者の多くは、後に十字軍家系と呼ばれる特定の家系の者たちだったそうだ。その家系に属する者にとって、十字軍への参加は一種の通過儀礼であり、参加によって当該家系が多くの財産を失うことを承知で参加したという。認識を新たにする見解だ。
本書はフリードリヒ2世がアイユーブ朝のアル・カーミルとの交渉でエルサレムを回復した「東方遠征」について、フリードリヒが破門状態だったため「彼の東方遠征は贖罪価値を伴う十字軍ではなかった」としている。フリードリヒの遠征を「第6回十字軍」とする見方も多いと思うが、現在の定義では十字軍にあたらないらしい。本書はルイ9世の1回目の十字軍を「第6回十字軍」としている。
意外に感じたのは英仏百年戦争(1337~1453年)が十字軍戦争だとの指摘である。当時、教皇位が分裂し、ローマとアヴィニヨンに教皇が並立していた。それぞれの教皇が贖罪を得る十字軍特権を授けたため、百年戦争は互いに対する十字軍になったそうだ。
ややリゴリズムとも感じられる本書だが、聖地巡礼の黄金期に関する指摘は興味深い。パレスチナの十字軍国家が消滅した後の14~15世紀が聖地巡礼の黄金期だった。十字軍国家が存在していた時期の巡礼は危険で、パレスチナがイスラム世界になってはじめて安全な巡礼ができるようになったのだ。歴史の皮肉である。
『図説十字軍』(櫻井康人/ふくろうの本/河出書房新社)
著者は十字軍研究の歴史学者である。図版を多用した入門書のつもりで読み始めたが、少し勝手が違った。本書は、現在のおける十字軍史研究をふまえた概説書である。現在、十字軍は次のように定義されているそうだ。
「十字軍とはキリスト教会のために戦うことで贖罪を得ることであり、それは1095年からナポレオンによるマルタの占領(1798年)までの約700年間、いたる所で展開された。」
この定義は、私たちが普通に考える「第1回十字軍(1096-1099)から約200年間のエルサレム奪回軍事遠征」よりかなり広い。本書はこの広い定義に基づいて、約700年間のさまざまな十字軍を概説している。少々面食らったが勉強になった。
歴史家ピレンヌ(1862-1935)は、ヨーロッパの成立に関して「マホメットなくしてシャルルマーニュなし」というピレンヌ・テーゼを提唱した。本書冒頭、このテーゼは現在では否定されているとしている。驚いた。カロリング朝時代のイスラムの地中海進出が地中海貿易を途絶させ、ヨーロッパの貨幣経済は衰退し、自給自足的農業基盤生活となり、中世の封建社会が形成された、という説の否定である。現在では、イスラムの地中海進出によって地中海交易は活性化したと考えられているそうだ。
また、イベリア半島に侵入したイスラム勢力をフランク王国が押しとどめたトゥール・ポアティエ間の戦い(732年)の際、フランクは相手をイスラムとは認識せず、異教徒の蛮族と見ていたらしい。ヨーロッパがイスラムを本格的に認識したのは第1回十字軍の後だそうだ。ヘェーと思った。
十字軍に関しても「パレスチナの地に財産を求めて行った」「十字軍の参加者は家督を継げない次男・三男だった」という説を否定している。参加者の多くは、後に十字軍家系と呼ばれる特定の家系の者たちだったそうだ。その家系に属する者にとって、十字軍への参加は一種の通過儀礼であり、参加によって当該家系が多くの財産を失うことを承知で参加したという。認識を新たにする見解だ。
本書はフリードリヒ2世がアイユーブ朝のアル・カーミルとの交渉でエルサレムを回復した「東方遠征」について、フリードリヒが破門状態だったため「彼の東方遠征は贖罪価値を伴う十字軍ではなかった」としている。フリードリヒの遠征を「第6回十字軍」とする見方も多いと思うが、現在の定義では十字軍にあたらないらしい。本書はルイ9世の1回目の十字軍を「第6回十字軍」としている。
意外に感じたのは英仏百年戦争(1337~1453年)が十字軍戦争だとの指摘である。当時、教皇位が分裂し、ローマとアヴィニヨンに教皇が並立していた。それぞれの教皇が贖罪を得る十字軍特権を授けたため、百年戦争は互いに対する十字軍になったそうだ。
ややリゴリズムとも感じられる本書だが、聖地巡礼の黄金期に関する指摘は興味深い。パレスチナの十字軍国家が消滅した後の14~15世紀が聖地巡礼の黄金期だった。十字軍国家が存在していた時期の巡礼は危険で、パレスチナがイスラム世界になってはじめて安全な巡礼ができるようになったのだ。歴史の皮肉である。
マルケスの『族長の秋』に圧倒された ― 2025年05月16日
かなり以前に古書で購入し、書棚で眠っていたマルケスの『族長の秋』をやっと読んだ。
『族長の秋』(ガルシア・マルケス/堤直訳/集英社/1983.6)
本書と並んで書棚で眠っていた『百年の孤独』を読んだのは5年前のコロナ籠城中だった。あのとき、続けて本書も読めばよかったのだが、果たせなかった。
昨年、『百年の孤独』は新潮文庫になって売り上げを伸ばし、話題になった。単行本を持っている私もこの文庫本を購入した。いずれ再読したい小説なので、その際には活字が多少大きい文庫本がいいと思ったのだ。この文庫本の筒井康隆氏の解説は、次の文で結ばれている。
「『百年の孤独』を読まれたかたは引き続きこの『族長の秋』もお読みいただきたいものである。いや。読むべきである。読まねばならぬ。読みなさい。読め。」
この強迫的一節で『族長の秋』が気がかりな本となり、読まねばと思いつつ時日が経ち、今年になってこの小説も新潮文庫になり、書架のハードカバーが急に古色を帯びて見え、その古色に「早く読め」と急かされ、ついに頁を開いた。
読み始めると、濃密な文章が紡ぎ出す鮮烈なイメージに圧倒され、引き込まれた。だが、改行なしの文章がいつまでも続き、頭が疲れてくる。読書の息継ぎをするタイミングをつかみ難い。息切れで中断して再開するとき、その頁のどこまで読んだかわからなくなり、少し遡って、重複部分の記憶を確認しながら読み始めることになる。
この長編小説は六つの段落でできている。つまり、改行は五つしかない。時系列やストーリーに沿って話が進行するのではなく、多声的な記録と記憶が織りなす魔宮世界を提示している。
冒頭、われわれは禿鷹が群がる荒廃した大統領府に押し入り、独裁者である大統領らしき老人の死体を発見する。そこから小説は始まる。語り手の「われわれ」が誰かが不明のまま、一人称は「わたし」にも「わし」に変容していく。人称だけでなく時間も不安定である。過去と現在を奔放に往来しながら世界が立ち上がってくる。
死体となった独裁者が本当に死んでいるかどうかも定かでない。過去に生き返ったことがあるからだ。独裁者の年齢は百七歳とも二百歳とも言われている。この小説は、死に瀕した独裁者のパノラマ視のようでもである。混濁した意識が眺める己の生涯には超現実的な場面も混じり、何故かそのパノラマは多様な人々によってランダムに語られる。時間と場面はどんどん転換していく。
この小説のセンテンスが紡ぎ出すイメージは鮮明かつ異様で魅力的だ。大統領府から見える美しい海は、借金のカタにアメリカに持ち去られている。そんな光景を頭のなかに思い浮かべるには、いくばくかの想像力を要する。言葉からイメージが立ち上がるまでに多少の時間がかかる。だから、さらさらと速読はできない。そんな読書時間は至福の時間でもある。
本書を読み進める途中で、この小説は再読するべきだと感じた。小説全体を読了した後、再び味読すれば面白さが倍加すると思えたのだ。起承転結の物語ではなく世界の姿そのものを読む小説だからである。いつの日かの再読に備えて、この小説も活字が多少大きい文庫本を書い足そうかと思った。
『族長の秋』(ガルシア・マルケス/堤直訳/集英社/1983.6)
本書と並んで書棚で眠っていた『百年の孤独』を読んだのは5年前のコロナ籠城中だった。あのとき、続けて本書も読めばよかったのだが、果たせなかった。
昨年、『百年の孤独』は新潮文庫になって売り上げを伸ばし、話題になった。単行本を持っている私もこの文庫本を購入した。いずれ再読したい小説なので、その際には活字が多少大きい文庫本がいいと思ったのだ。この文庫本の筒井康隆氏の解説は、次の文で結ばれている。
「『百年の孤独』を読まれたかたは引き続きこの『族長の秋』もお読みいただきたいものである。いや。読むべきである。読まねばならぬ。読みなさい。読め。」
この強迫的一節で『族長の秋』が気がかりな本となり、読まねばと思いつつ時日が経ち、今年になってこの小説も新潮文庫になり、書架のハードカバーが急に古色を帯びて見え、その古色に「早く読め」と急かされ、ついに頁を開いた。
読み始めると、濃密な文章が紡ぎ出す鮮烈なイメージに圧倒され、引き込まれた。だが、改行なしの文章がいつまでも続き、頭が疲れてくる。読書の息継ぎをするタイミングをつかみ難い。息切れで中断して再開するとき、その頁のどこまで読んだかわからなくなり、少し遡って、重複部分の記憶を確認しながら読み始めることになる。
この長編小説は六つの段落でできている。つまり、改行は五つしかない。時系列やストーリーに沿って話が進行するのではなく、多声的な記録と記憶が織りなす魔宮世界を提示している。
冒頭、われわれは禿鷹が群がる荒廃した大統領府に押し入り、独裁者である大統領らしき老人の死体を発見する。そこから小説は始まる。語り手の「われわれ」が誰かが不明のまま、一人称は「わたし」にも「わし」に変容していく。人称だけでなく時間も不安定である。過去と現在を奔放に往来しながら世界が立ち上がってくる。
死体となった独裁者が本当に死んでいるかどうかも定かでない。過去に生き返ったことがあるからだ。独裁者の年齢は百七歳とも二百歳とも言われている。この小説は、死に瀕した独裁者のパノラマ視のようでもである。混濁した意識が眺める己の生涯には超現実的な場面も混じり、何故かそのパノラマは多様な人々によってランダムに語られる。時間と場面はどんどん転換していく。
この小説のセンテンスが紡ぎ出すイメージは鮮明かつ異様で魅力的だ。大統領府から見える美しい海は、借金のカタにアメリカに持ち去られている。そんな光景を頭のなかに思い浮かべるには、いくばくかの想像力を要する。言葉からイメージが立ち上がるまでに多少の時間がかかる。だから、さらさらと速読はできない。そんな読書時間は至福の時間でもある。
本書を読み進める途中で、この小説は再読するべきだと感じた。小説全体を読了した後、再び味読すれば面白さが倍加すると思えたのだ。起承転結の物語ではなく世界の姿そのものを読む小説だからである。いつの日かの再読に備えて、この小説も活字が多少大きい文庫本を書い足そうかと思った。
“21世紀の『三人姉妹』”はかなり苦い ― 2025年05月18日
PARCO劇場で『星の降る時』(作:ベス・スティール、翻訳:小田島則子、演出:栗山民也、出演:江口のり子、那須凛、三浦透子、段田安則、秋山菜津子、他)を観た。現代イギリスの劇作家の新作翻訳劇である。
チラシからはどんな芝居かよくわからない。新聞記事で「チェーホフの『三人姉妹』の変奏曲」と紹介しているのを読んで食指が動いた。
ロンドン近郊のかつて栄えた炭鉱町の家族の話である。炭鉱労働者だった父(段田安則)には三人の娘がいる。長女(江口のり子)は働きながら一家を支えている。亭主は失業中、娘が二人いる。次女(那須凛)は結婚と離婚をくり返し、今は実家を出ている。本日は三女(三浦透子)の結婚式。相手はポーランド移民の若い事業家である。
結婚式には家族が集合する。姉妹の母は故人だが、にぎやかでやっかいな叔父や叔母もやって来る。移民の新郎の家族は来ない。三女の結婚式の一日を描いた家庭劇は、結婚式準備で慌ただしい日常から始まり、家族崩壊をはらんだ三姉妹の乱舞で終わる。
緊張感とユーモアが錯綜する舞台には観客を引き付ける力がある。当然ながら、19世紀のチェーホフ世界とはかなりかけ離れている。にもかかわらず、21世紀と19世紀に通底する「鬱屈した生きにくさ」が伝わってくる。それは、時代の変転に翻弄されながら生きる人々がつくる社会が生み出す普遍的な姿かもしれない。
英国の炭鉱町は米国のラストベルトを連想させる。失業や偏見などは現代的な課題だと気づき暗然とする。
芝居の軸は長女ヘーゼルである。主婦でありながら倉庫で働く労働者であり、移民への偏見も抱いている。彼女は失業中の夫の妻であり、二児の母だが、妻や母という立場より「長女」としての存在感にウエイトがある。
この芝居を観て、「三人姉妹」という取り合せの面白さと強靭さをあらためて感じた。三姉妹の配剤を多様に駆使すれば世界を捉えることができそうな気がする。乱舞するしかない三姉妹という不思議な幕切れを観ながら、そんな幻覚を抱いた。
チラシからはどんな芝居かよくわからない。新聞記事で「チェーホフの『三人姉妹』の変奏曲」と紹介しているのを読んで食指が動いた。
ロンドン近郊のかつて栄えた炭鉱町の家族の話である。炭鉱労働者だった父(段田安則)には三人の娘がいる。長女(江口のり子)は働きながら一家を支えている。亭主は失業中、娘が二人いる。次女(那須凛)は結婚と離婚をくり返し、今は実家を出ている。本日は三女(三浦透子)の結婚式。相手はポーランド移民の若い事業家である。
結婚式には家族が集合する。姉妹の母は故人だが、にぎやかでやっかいな叔父や叔母もやって来る。移民の新郎の家族は来ない。三女の結婚式の一日を描いた家庭劇は、結婚式準備で慌ただしい日常から始まり、家族崩壊をはらんだ三姉妹の乱舞で終わる。
緊張感とユーモアが錯綜する舞台には観客を引き付ける力がある。当然ながら、19世紀のチェーホフ世界とはかなりかけ離れている。にもかかわらず、21世紀と19世紀に通底する「鬱屈した生きにくさ」が伝わってくる。それは、時代の変転に翻弄されながら生きる人々がつくる社会が生み出す普遍的な姿かもしれない。
英国の炭鉱町は米国のラストベルトを連想させる。失業や偏見などは現代的な課題だと気づき暗然とする。
芝居の軸は長女ヘーゼルである。主婦でありながら倉庫で働く労働者であり、移民への偏見も抱いている。彼女は失業中の夫の妻であり、二児の母だが、妻や母という立場より「長女」としての存在感にウエイトがある。
この芝居を観て、「三人姉妹」という取り合せの面白さと強靭さをあらためて感じた。三姉妹の配剤を多様に駆使すれば世界を捉えることができそうな気がする。乱舞するしかない三姉妹という不思議な幕切れを観ながら、そんな幻覚を抱いた。
コンパクトな概説書で十字軍の基本情報を整理 ― 2025年05月21日
『アラブが見た十字軍』と『図説十字軍』を続けて読んだ流れで、「知の再発見」双書の『十字軍』も読んだ。
『十字軍:ヨーロッパとイスラム・対立の原点』(ジョルジュ・タート/池上俊一監修/「知の再発見」双書/創元社)
カラー図版中心のコンパクトな概説書で読みやすい。十字軍200年の歴史の基本情報の整理になる。
本書は多様で細かな図版の他に見開きの写実的な絵画8点を掲載している。十字軍のさまざまな情景を描いた19世紀の西欧絵画である。4年前、ドレの精緻な版画をまとめた『絵で見る十字軍物語』に惹かれたが、カラー図版の油絵も迫力がある。歴史の一場面を描いた映像によって歴史が身近に感じられ、記憶の定着につながる。
と言っても、これらの絵画は記録写真ではない。後世の画家の想像力が紡ぎ出した情景であり、フィクションに近いと思う。そこには、西欧から見た十字軍のイメージが反映されている。
西欧絵画は読者を惹きつけるが、本書はヨーロッパ側とイスラム側の双方の視点からバランスよく十字軍を描いている。本書後半の資料編の最終章「十字軍に関する見解のまとめ」では『アラブが見た十字軍』のラストを紹介している。現代のアラブ視点による「十字軍が残した傷跡」の総括である。
この資料編には、アラビアのロレンスが残したクロッキーも載っている。考古学者ロレンスは十字軍がシリアやパレスティナに築いた要塞をペン書きや鉛筆書きで記録している。興味深い絵だ。
ビザンツ人やアラブ人にとってフランク(西欧)人は粗野で乱暴で無知な存在だった。当時のフランクの騎士は、文盲がよしとされ、教養は精神の堕落になると蔑視していたと、本書の記述で初めて知った。
ビザンツ文化やイスラム文化は文書を基盤とするが、フランクは違った。両者の溝は深かった。第4回十字軍でコンスタンティノープルを占領したフランク兵は、さかんに筆を動かすふりをしながら街を歩き回ったそうだ。書くという行為は愚弄の対象だった。十字軍はそんな時代の出来事である。
本書によれば、二つの文化(ビザンツ&イスラム文化とフランク文化)の溝が埋まり始めたの十字軍後半の13世紀から14・15世紀にかけてである。西欧は徐々に粗野・乱暴・無知を克服していったのである。
『十字軍:ヨーロッパとイスラム・対立の原点』(ジョルジュ・タート/池上俊一監修/「知の再発見」双書/創元社)
カラー図版中心のコンパクトな概説書で読みやすい。十字軍200年の歴史の基本情報の整理になる。
本書は多様で細かな図版の他に見開きの写実的な絵画8点を掲載している。十字軍のさまざまな情景を描いた19世紀の西欧絵画である。4年前、ドレの精緻な版画をまとめた『絵で見る十字軍物語』に惹かれたが、カラー図版の油絵も迫力がある。歴史の一場面を描いた映像によって歴史が身近に感じられ、記憶の定着につながる。
と言っても、これらの絵画は記録写真ではない。後世の画家の想像力が紡ぎ出した情景であり、フィクションに近いと思う。そこには、西欧から見た十字軍のイメージが反映されている。
西欧絵画は読者を惹きつけるが、本書はヨーロッパ側とイスラム側の双方の視点からバランスよく十字軍を描いている。本書後半の資料編の最終章「十字軍に関する見解のまとめ」では『アラブが見た十字軍』のラストを紹介している。現代のアラブ視点による「十字軍が残した傷跡」の総括である。
この資料編には、アラビアのロレンスが残したクロッキーも載っている。考古学者ロレンスは十字軍がシリアやパレスティナに築いた要塞をペン書きや鉛筆書きで記録している。興味深い絵だ。
ビザンツ人やアラブ人にとってフランク(西欧)人は粗野で乱暴で無知な存在だった。当時のフランクの騎士は、文盲がよしとされ、教養は精神の堕落になると蔑視していたと、本書の記述で初めて知った。
ビザンツ文化やイスラム文化は文書を基盤とするが、フランクは違った。両者の溝は深かった。第4回十字軍でコンスタンティノープルを占領したフランク兵は、さかんに筆を動かすふりをしながら街を歩き回ったそうだ。書くという行為は愚弄の対象だった。十字軍はそんな時代の出来事である。
本書によれば、二つの文化(ビザンツ&イスラム文化とフランク文化)の溝が埋まり始めたの十字軍後半の13世紀から14・15世紀にかけてである。西欧は徐々に粗野・乱暴・無知を克服していったのである。
『モンゴル帝国の歴史』は訳者のツッコミが興味深い ― 2025年05月24日
何年か前、モンゴル史の碩学・杉山正明の一連の著作で「世界史」を作ったモンゴルの面白さを知った。だが、その知識もかなり霞んできている。モンゴル史の復習気分で、一昨年古書で入手した次の本を読んだ。
『モンゴル帝国の歴史』(デイヴィッド・モーガン/杉山正明+大島淳子訳/角川選書/1993.2)
この本は、ある若いモンゴル史研究者から「必読書です」と薦められたので入手した。読了して、その意味を了解した。訳者が述べているように「研究書に近い一般書」で、モンゴル史研究を目指す人のための手引書の趣もある。門外漢の私には多少歯ごたえがあったが、興味深く読了できた。
著者モーガンは1945年生まれの英国人研究者。原著の刊行は1986年である。訳者は1952年生まれの杉山正明(2019年没)。訳書が出た1993年2月、著者は47歳、訳者は40歳だった。
1993年当時、杉山正明の『大モンゴルの世界』(1992年)は刊行されていたが『モンゴル帝国の興亡』(1996年)はまだ出ていない。
「訳者あとがき」では、本書を「現時点で欧米における最良のモンゴル帝国史の概説書」と評価したうえで、次のようにも述べている。
「疑問点・問題点も、じつはかなりある。訳者にも、いろいろ異論があるところもある。しかし、それは当然のことであるし、またそれらに言及するのは別の機会にゆずりたい」
この文章を読み、この訳書以降に刊行された杉山正明の一般向けの一連の著作は、この訳書への異論の敷衍という意味があったのかもしれないと感じた。
モンゴル帝国にかかわる文献史料は、漢語とペルシア語の二大史料群をはじめ二十数か国語にわたるそうだ。日本・中国など「東方」の研究者は漢文史料などの「東方文献」を主に利用し、「西方」の研究者はペルシア語史料を中心にした「西方文献」を主に利用する。本書の著者は「西方」の研究者なので、訳者の眼で見て東方事情や元朝に関する部分が弱いそうだ。
よって、本書には本文中に[ ]でくくった訳者の異論が随所に挿入されている。短文のツッコミのようなコメントで、これが読書の刺激になって面白い。同時代の研究者である著者と訳者の見解が衝突しているのだ。簡単なコメントなので、その論拠を展開しているわけではない。訳者の他の著書で論拠を確認したくなる。
また、本書によって十字軍時代のモンゴル(イル・カン国)と西欧の交渉情況を知り、少々驚いた。西欧はイスラムに対抗するため、イル・カン国との提携をかなり本気で考えていたらしい。イル・カン国からはネストリウス派(古代キリスト教の一派)の教士が使節として西欧に赴き、フランスや英国の王に謁見し、教皇からも歓待されたそうだ。このとき、カトリックはネストリウス派を異端とは見なさなかった。この提携は、イル・カン国のイスラム化によって水泡に帰す。
『モンゴル帝国の歴史』(デイヴィッド・モーガン/杉山正明+大島淳子訳/角川選書/1993.2)
この本は、ある若いモンゴル史研究者から「必読書です」と薦められたので入手した。読了して、その意味を了解した。訳者が述べているように「研究書に近い一般書」で、モンゴル史研究を目指す人のための手引書の趣もある。門外漢の私には多少歯ごたえがあったが、興味深く読了できた。
著者モーガンは1945年生まれの英国人研究者。原著の刊行は1986年である。訳者は1952年生まれの杉山正明(2019年没)。訳書が出た1993年2月、著者は47歳、訳者は40歳だった。
1993年当時、杉山正明の『大モンゴルの世界』(1992年)は刊行されていたが『モンゴル帝国の興亡』(1996年)はまだ出ていない。
「訳者あとがき」では、本書を「現時点で欧米における最良のモンゴル帝国史の概説書」と評価したうえで、次のようにも述べている。
「疑問点・問題点も、じつはかなりある。訳者にも、いろいろ異論があるところもある。しかし、それは当然のことであるし、またそれらに言及するのは別の機会にゆずりたい」
この文章を読み、この訳書以降に刊行された杉山正明の一般向けの一連の著作は、この訳書への異論の敷衍という意味があったのかもしれないと感じた。
モンゴル帝国にかかわる文献史料は、漢語とペルシア語の二大史料群をはじめ二十数か国語にわたるそうだ。日本・中国など「東方」の研究者は漢文史料などの「東方文献」を主に利用し、「西方」の研究者はペルシア語史料を中心にした「西方文献」を主に利用する。本書の著者は「西方」の研究者なので、訳者の眼で見て東方事情や元朝に関する部分が弱いそうだ。
よって、本書には本文中に[ ]でくくった訳者の異論が随所に挿入されている。短文のツッコミのようなコメントで、これが読書の刺激になって面白い。同時代の研究者である著者と訳者の見解が衝突しているのだ。簡単なコメントなので、その論拠を展開しているわけではない。訳者の他の著書で論拠を確認したくなる。
また、本書によって十字軍時代のモンゴル(イル・カン国)と西欧の交渉情況を知り、少々驚いた。西欧はイスラムに対抗するため、イル・カン国との提携をかなり本気で考えていたらしい。イル・カン国からはネストリウス派(古代キリスト教の一派)の教士が使節として西欧に赴き、フランスや英国の王に謁見し、教皇からも歓待されたそうだ。このとき、カトリックはネストリウス派を異端とは見なさなかった。この提携は、イル・カン国のイスラム化によって水泡に帰す。
シェイクスピアの翻案劇『昭和から騒ぎ』は面白い ― 2025年05月26日
世田谷パブリックシアターでシスカンパニー公演『昭和から騒ぎ』(原作:シェイクスピア、翻訳:河合祥一郎、翻案・演出:三谷幸喜、出演:大泉洋、宮沢りえ、竜星涼、松本穂香、峯村リエ、松島庄汰、高橋克実、山崎一)を観た。シェイクスピアの喜劇を戦後の鎌倉を舞台に翻案したラブコメである。
私はこれまで『から騒ぎ』の舞台を観たことはない。今回の観劇に先立って河合祥一郎訳の原作を読んだ。二組の恋愛を描いた喜劇である。
一組目は互いにののしり合っている口達者で気の強い男女だ。男と女は周囲の計略で互いに「相手は本当はあなたに恋している」と吹き込まれ、最終的には恋が成就してしまう。内心では好きなのに会えば罵倒するという心理は有り勝ちで、普遍的なコメディの構造だと思う。
もう一組の恋愛は、相思相愛の若いカップルの男が、悪い知人から「君の相手には別の愛人がいる」と聞かされ、それを信じてしまう話だ。はやい話が間抜けな男の話である。
『昭和から騒ぎ』は原作のストーリーをほぼそのままに、登場人物を原作の約20人から8人に減らし、1時間45分のテンポのいいコメディにまとめている。一組目の男女を演じる大泉洋と宮沢りえの芸達者に魅了された。
登場人物を減らしているので、原作の複数の人物を一人にまとめたりしている。山崎一が演じる巡査は、原作の悪人と善人を一人にしているので支離滅裂な変な人物である。そこから新たな喜劇の要素が生まれているのに感心した。
原作には、現代のわれわれが見てかなり不自然な設定がある。シェイクスピア作品に有り勝ちな強引な無理筋である。そんな設定は、翻案劇では省略か改変しているだろうと想定した。だが、この芝居はそんな無理筋を採用し、役者の台詞でうまく切り抜けている。主人公(大泉洋)は「ひねくり過ぎでしょう」「そんなややこしいことを…」などの台詞で事態の展開を批判しながら無理筋の状況に巻き込まれていく。メタフィクション的コメディとも言える。面白かった。
私はこれまで『から騒ぎ』の舞台を観たことはない。今回の観劇に先立って河合祥一郎訳の原作を読んだ。二組の恋愛を描いた喜劇である。
一組目は互いにののしり合っている口達者で気の強い男女だ。男と女は周囲の計略で互いに「相手は本当はあなたに恋している」と吹き込まれ、最終的には恋が成就してしまう。内心では好きなのに会えば罵倒するという心理は有り勝ちで、普遍的なコメディの構造だと思う。
もう一組の恋愛は、相思相愛の若いカップルの男が、悪い知人から「君の相手には別の愛人がいる」と聞かされ、それを信じてしまう話だ。はやい話が間抜けな男の話である。
『昭和から騒ぎ』は原作のストーリーをほぼそのままに、登場人物を原作の約20人から8人に減らし、1時間45分のテンポのいいコメディにまとめている。一組目の男女を演じる大泉洋と宮沢りえの芸達者に魅了された。
登場人物を減らしているので、原作の複数の人物を一人にまとめたりしている。山崎一が演じる巡査は、原作の悪人と善人を一人にしているので支離滅裂な変な人物である。そこから新たな喜劇の要素が生まれているのに感心した。
原作には、現代のわれわれが見てかなり不自然な設定がある。シェイクスピア作品に有り勝ちな強引な無理筋である。そんな設定は、翻案劇では省略か改変しているだろうと想定した。だが、この芝居はそんな無理筋を採用し、役者の台詞でうまく切り抜けている。主人公(大泉洋)は「ひねくり過ぎでしょう」「そんなややこしいことを…」などの台詞で事態の展開を批判しながら無理筋の状況に巻き込まれていく。メタフィクション的コメディとも言える。面白かった。
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