コンパクトな概説書で十字軍の基本情報を整理2025年05月21日

 『十字軍:ヨーロッパとイスラム・対立の原点』(ジョルジュ・タート/池上俊一監修/「知の再発見」双書/創元社)
 『アラブが見た十字軍』『図説十字軍』を続けて読んだ流れで、「知の再発見」双書の『十字軍』も読んだ。

 『十字軍:ヨーロッパとイスラム・対立の原点』(ジョルジュ・タート/池上俊一監修/「知の再発見」双書/創元社)

 カラー図版中心のコンパクトな概説書で読みやすい。十字軍200年の歴史の基本情報の整理になる。

 本書は多様で細かな図版の他に見開きの写実的な絵画8点を掲載している。十字軍のさまざまな情景を描いた19世紀の西欧絵画である。4年前、ドレの精緻な版画をまとめた『絵で見る十字軍物語』に惹かれたが、カラー図版の油絵も迫力がある。歴史の一場面を描いた映像によって歴史が身近に感じられ、記憶の定着につながる。

 と言っても、これらの絵画は記録写真ではない。後世の画家の想像力が紡ぎ出した情景であり、フィクションに近いと思う。そこには、西欧から見た十字軍のイメージが反映されている。

 西欧絵画は読者を惹きつけるが、本書はヨーロッパ側とイスラム側の双方の視点からバランスよく十字軍を描いている。本書後半の資料編の最終章「十字軍に関する見解のまとめ」では『アラブが見た十字軍』のラストを紹介している。現代のアラブ視点による「十字軍が残した傷跡」の総括である。

 この資料編には、アラビアのロレンスが残したクロッキーも載っている。考古学者ロレンスは十字軍がシリアやパレスティナに築いた要塞をペン書きや鉛筆書きで記録している。興味深い絵だ。

 ビザンツ人やアラブ人にとってフランク(西欧)人は粗野で乱暴で無知な存在だった。当時のフランクの騎士は、文盲がよしとされ、教養は精神の堕落になると蔑視していたと、本書の記述で初めて知った。

 ビザンツ文化やイスラム文化は文書を基盤とするが、フランクは違った。両者の溝は深かった。第4回十字軍でコンスタンティノープルを占領したフランク兵は、さかんに筆を動かすふりをしながら街を歩き回ったそうだ。書くという行為は愚弄の対象だった。十字軍はそんな時代の出来事である。

 本書によれば、二つの文化(ビザンツ&イスラム文化とフランク文化)の溝が埋まり始めたの十字軍後半の13世紀から14・15世紀にかけてである。西欧は徐々に粗野・乱暴・無知を克服していったのである。

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