『モンゴル帝国の歴史』は訳者のツッコミが興味深い ― 2025年05月24日
何年か前、モンゴル史の碩学・杉山正明の一連の著作で「世界史」を作ったモンゴルの面白さを知った。だが、その知識もかなり霞んできている。モンゴル史の復習気分で、一昨年古書で入手した次の本を読んだ。
『モンゴル帝国の歴史』(デイヴィッド・モーガン/杉山正明+大島淳子訳/角川選書/1993.2)
この本は、ある若いモンゴル史研究者から「必読書です」と薦められたので入手した。読了して、その意味を了解した。訳者が述べているように「研究書に近い一般書」で、モンゴル史研究を目指す人のための手引書の趣もある。門外漢の私には多少歯ごたえがあったが、興味深く読了できた。
著者モーガンは1945年生まれの英国人研究者。原著の刊行は1986年である。訳者は1952年生まれの杉山正明(2019年没)。訳書が出た1993年2月、著者は47歳、訳者は40歳だった。
1993年当時、杉山正明の『大モンゴルの世界』(1992年)は刊行されていたが『モンゴル帝国の興亡』(1996年)はまだ出ていない。
「訳者あとがき」では、本書を「現時点で欧米における最良のモンゴル帝国史の概説書」と評価したうえで、次のようにも述べている。
「疑問点・問題点も、じつはかなりある。訳者にも、いろいろ異論があるところもある。しかし、それは当然のことであるし、またそれらに言及するのは別の機会にゆずりたい」
この文章を読み、この訳書以降に刊行された杉山正明の一般向けの一連の著作は、この訳書への異論の敷衍という意味があったのかもしれないと感じた。
モンゴル帝国にかかわる文献史料は、漢語とペルシア語の二大史料群をはじめ二十数か国語にわたるそうだ。日本・中国など「東方」の研究者は漢文史料などの「東方文献」を主に利用し、「西方」の研究者はペルシア語史料を中心にした「西方文献」を主に利用する。本書の著者は「西方」の研究者なので、訳者の眼で見て東方事情や元朝に関する部分が弱いそうだ。
よって、本書には本文中に[ ]でくくった訳者の異論が随所に挿入されている。短文のツッコミのようなコメントで、これが読書の刺激になって面白い。同時代の研究者である著者と訳者の見解が衝突しているのだ。簡単なコメントなので、その論拠を展開しているわけではない。訳者の他の著書で論拠を確認したくなる。
また、本書によって十字軍時代のモンゴル(イル・カン国)と西欧の交渉情況を知り、少々驚いた。西欧はイスラムに対抗するため、イル・カン国との提携をかなり本気で考えていたらしい。イル・カン国からはネストリウス派(古代キリスト教の一派)の教士が使節として西欧に赴き、フランスや英国の王に謁見し、教皇からも歓待されたそうだ。このとき、カトリックはネストリウス派を異端とは見なさなかった。この提携は、イル・カン国のイスラム化によって水泡に帰す。
『モンゴル帝国の歴史』(デイヴィッド・モーガン/杉山正明+大島淳子訳/角川選書/1993.2)
この本は、ある若いモンゴル史研究者から「必読書です」と薦められたので入手した。読了して、その意味を了解した。訳者が述べているように「研究書に近い一般書」で、モンゴル史研究を目指す人のための手引書の趣もある。門外漢の私には多少歯ごたえがあったが、興味深く読了できた。
著者モーガンは1945年生まれの英国人研究者。原著の刊行は1986年である。訳者は1952年生まれの杉山正明(2019年没)。訳書が出た1993年2月、著者は47歳、訳者は40歳だった。
1993年当時、杉山正明の『大モンゴルの世界』(1992年)は刊行されていたが『モンゴル帝国の興亡』(1996年)はまだ出ていない。
「訳者あとがき」では、本書を「現時点で欧米における最良のモンゴル帝国史の概説書」と評価したうえで、次のようにも述べている。
「疑問点・問題点も、じつはかなりある。訳者にも、いろいろ異論があるところもある。しかし、それは当然のことであるし、またそれらに言及するのは別の機会にゆずりたい」
この文章を読み、この訳書以降に刊行された杉山正明の一般向けの一連の著作は、この訳書への異論の敷衍という意味があったのかもしれないと感じた。
モンゴル帝国にかかわる文献史料は、漢語とペルシア語の二大史料群をはじめ二十数か国語にわたるそうだ。日本・中国など「東方」の研究者は漢文史料などの「東方文献」を主に利用し、「西方」の研究者はペルシア語史料を中心にした「西方文献」を主に利用する。本書の著者は「西方」の研究者なので、訳者の眼で見て東方事情や元朝に関する部分が弱いそうだ。
よって、本書には本文中に[ ]でくくった訳者の異論が随所に挿入されている。短文のツッコミのようなコメントで、これが読書の刺激になって面白い。同時代の研究者である著者と訳者の見解が衝突しているのだ。簡単なコメントなので、その論拠を展開しているわけではない。訳者の他の著書で論拠を確認したくなる。
また、本書によって十字軍時代のモンゴル(イル・カン国)と西欧の交渉情況を知り、少々驚いた。西欧はイスラムに対抗するため、イル・カン国との提携をかなり本気で考えていたらしい。イル・カン国からはネストリウス派(古代キリスト教の一派)の教士が使節として西欧に赴き、フランスや英国の王に謁見し、教皇からも歓待されたそうだ。このとき、カトリックはネストリウス派を異端とは見なさなかった。この提携は、イル・カン国のイスラム化によって水泡に帰す。
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