『モンゴル帝国の興亡』(杉山正明)はモンゴル史の基本図書2019年09月07日

『モンゴル帝国の興亡(上)(下)』(杉山正明/講談社現代新書)
 今年1月に読んだ『全世界史』(出口治明)で杉山正明という歴史学者の名を知り、これまでに『クビライの挑戦』『遊牧民から見た世界史』『モンゴル帝国と長いその後』『大モンゴルの時代』(北川誠一氏と共著)を面白く読んだ。そして今回、次の本を読んだ。

 『モンゴル帝国の興亡(上)(下)』(杉山正明/講談社現代新書)

 この新書が刊行されたのは約四半世紀前の1996年、私が読んだ版は上巻が16刷(2016.11)、下巻が3刷(2017.8)、ロングセラーである。

 本書刊行後に杉山氏が著したモンゴル史の本を何冊か読んでいるので、何となくモンゴル史を把握した気になっていて、復習気分で読んだ。読み終えて、本書こそがモンゴルの歴史を知るための基本図書だと認識した。

 上巻に「軍事拡大の時代」、下巻に「世界経営の時代」というサブタイトルがついた本書は、テムジンがチンギス・カンと号してモンゴル・ウルスが誕生する1206年に始まり、クビライの末裔の大カアン殺害でクビライ王朝が滅亡する1388年に終わる200年弱の「モンゴル帝国興亡」を綴った通史である。

 モンゴル帝国はユーラシア大陸の東西に拡がり、この時代から人類は「世界史」の世に突入する。杉山氏が他の著書で主張している「中国視点や西欧視点を脱却したモンゴル評価」は本書にも十分に盛り込まれている。本書は、モンゴル帝国の通史であると同時に、国際化と多極化を描いたマクロな世界史の書である。

 クビライの時代、モンゴル帝国は軍事国家から通商国家へとシフトしていき、それを担ったのは「イラン系ムスリム商業勢力」と「ウイグル商業勢力」である。この二つの勢力に、かつての「ソグド商人」が溶解していった姿が重なって見えて興味深かった。

 別の本で「中央アジアにおいてモンゴルはトルコ化した」と読んだことがあるが、杉山氏は本書で「中央ユーラシアに住むトルコ系の人々のほとんどが『準モンゴル』になった」と表現している。見方の違いに思えて面白い。

 当然のことながら、モンゴルとヨーロッパとの交渉に関する記述も多い。この時代のヨーロッパは、神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世、教皇インノケンティウア4世、フランス王ルイ9世らが活躍した十字軍終幕期である。私は以前に塩野七生氏の『皇帝フリードリッヒ2世の生涯』を読んで、この近代人的な皇帝に共感していた。だが、本書でのフリードリッヒ2世は影が薄い。ラシード・アッディーンの『集史』にもとづいて次のように記述されている。

 「ヨーロッパ最大の権力者は、文句なくローマ教皇だとされる。それに次ぐのは、フランス王である。神聖ローマ皇帝という名のドイツ王の力は、モンゴルの目にはささやかなものに映った。おそらくそれが、現実の姿であった。」

 ヨーロッパ側からの東方への関心・交渉という視点ではこうなるのだろう。いずれにしても、当時のモンゴル帝国から見たヨーロッパは西の果ての後進地域である。世界がそんな姿の時代だったのである。

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