岩波新書の『ナポレオン』は読みやすくて面白い2023年12月20日

『ナポレオン:最後の専制君主、最初の近代政治家』(杉本淑彦/岩波新書)
 フランス革命の概説書(『革命と皇帝』『フランス革命』)を読んだ流れでナポレオンの本を読んだ。いま公開中の映画『ナポレオン』の影響もある。近いうちにこの映画を観たいと思っている。

 『ナポレオン:最後の専制君主、最初の近代政治家』(杉本淑彦/岩波新書)

 研究者による読みやすい評伝である。「はじめに」で次のように述べている。

 「本書は、歴史研究のこれまでの成果を取り入れながら、文学者のひそみにならい、人物の心理に踏みこもうとした。したがって、歴史研究では忌避されることが多い、おもしろさが先だっている裏話や逸話も、あえて取り上げた。」

 ナポレオンは普通は4年程かかる士官学校を11カ月という最短記録で卒業し、16歳で少尉になる。勤勉で優秀だったが、経済的事情で早く任官したらしい。数学が得意で歴史書を耽読、文学や美術への関心は薄かった。ヴォルテール、モンテスキュー、ルソーなど啓蒙思想家の著作を読んでいる。

 本書は冒頭で、近代民主主義論の古典と評価されるルソーの『社会契約論』を紹介し、ルソーの「一般意思」が「独裁」につながる可能性を指摘している。フランス革命の継承・伝道から独裁に至ったナポレオンは、彼が若い頃に読んだルソーの思想を体現したのかもしれない。

 ナポレオンは「時代に遅れていると同時に、時代に先駆けてもいた人物」と評される。本書は、サブタイトル「最後の専制君主、最初の近代政治家」にあるように、評価が錯綜する人物の生涯を逸話をまじえて興味深く描いている。

 肖像画などの絵画を自己宣伝に利用した話が面白い。初期の肖像画『アルレコ橋のボナパルト将軍』を発注したのはジョセフィーヌで、当初、ナポレオンは乗り気でなかったらしい。ナポレオンが熱愛して結婚した年長の貴族婦人ジョセフィーヌは、若い夫を政界に売り込むプロデューサーだった。

 ジョセフィーヌを含めて当時の貴族社会の女性に愛人が多いのにあきれるが、本書の次の指摘を読んで納得した。

 「夫とはべつに愛人を持つというのは、彼女が育ったフランス貴族社会では特段とがめられることでもなかった」

 考えてみれば、バルザックの小説はどれもそんな世界だった。そんな貴族社会に馴染んでいなかった新参者には大変な世界だったのかもしれない。エルバ島の領主に封じられたナポレオンは、エルバ島を訪れた愛人を追い返して、2番目の妻マリー=ルイーズ(ハプスブルク家皇女)の到着を待つ。だが、マリーは護衛の貴族と愛人関係になりエルバ島行きを取りやめる。ナポレオンがちょっと気の毒になる。