デュマ『黒いチューリップ』は17世紀オランダが舞台2026年05月20日

『黒いチューリップ』(アレクサンドル・デュマ/宗左近訳/創元推理文庫)
 唐十郎の芝居『黒いチューリップ』を観て、この芝居の素材の一つであるデュマの同名の小説が気がかりになり、ネット古書店で入手して読んだ。

 『黒いチューリップ』(アレクサンドル・デュマ/宗左近訳/創元推理文庫)

 入手したのはカバーのない50年以上前の文庫本で、ページは日焼けて黄ばみ、活字も小さい。高齢者に薄め印字の小活字はつらいが、ハラハラドキドキのエンタメ小説なので読み通せた。

 アレクサンドル・デュマ、19世紀パリの王様の一人である。私がデュマの名を知ったのは小学生の頃だ。連続ラジオドラマで『デュマ原作、がんくつ王』というナレーションをくり返し聞き、とても面白い物語を書く人だと刷り込まれた。ジュニア向け『がんくつ王』や大人向け『巌窟王』で面白さを堪能したが、全訳『モンテクリスト伯』を読んだのは17年前の60歳頃だ。長い船旅を体験し、船の図書室にあった『モンテクリスト伯』(松下和則・松下彩子訳)を読んだ。『三銃士』の全訳を読んだの60代半ばの9年前である。デュマの小説はこの二つしか読んでいない。『黒いチューリップ』は三作目だ。

 『黒いチューリップ』は歴史恋愛小説である。読ませる工夫はあるが、やや単調な勧善懲悪譚で、面白さは『モンテクリスト伯』や『三銃士』に劣る。

 主人公の青年コルネリウスは親が残した資産で暮らすチューリップ愛好家である。黒いチューリップの栽培に心血をそそいでいる。当時、黒いチューリップを咲かせた者には莫大な賞金が約束されていた。コルネリウスは黒いチューリップの栽培に成功するが………という物語である。

 唐十郎の『黒いチューリップ』には「デュマは黒いチューリップの栽培法をあきらかにしていない」と語るシーンがあった。チューリップ栽培の蘊蓄はあるが黒い花を咲かせる秘訣は書いていない。ネット検索すると「漆黒のチューリップは存在しないが、光の加減で黒に見えるチューリップは存在する」とあった。現在、「ブラック・ヒーロー」「クィーン・オブ・ナイト」などの品種が黒いチューリップとされているそうだ。

 私がこの小説を興味深く感じたのは、黒いチューリップに関わる事柄よりは歴史背景にある。物語は1672年のデ・ウィット兄弟殺害事件を背景に展開する――と言っても、この事件を私が知っていたわけではない。小説の冒頭に事件のシーンがあり、3年前に読んだ『物語オランダの歴史』を繙いて確認した。

 私が『物語オランダの歴史』を読んだのは、法学者グロティウスについて知りたかったからであり、この本によって、投獄されたグロティウスが妻の機転で長櫃に隠れて脱獄するという痛快な逸話を知った。グロティウスの脱獄は1621年、デ・ウィット兄弟殺害の半世紀前である。

 『黒いチューリップ』の主人公は陰謀によって政治犯として投獄されるが、その監獄が何とグロティウスと同じなのだ。デュマは次のように書いている。

 「その部屋は、本をつめる箱に身を隠して、グロチュウスが脱出した部屋である。いまはだれでも知っているように、その妙案はグロチュウス夫人が考えついたものである」

 この先の主人公の恋愛の展開を示唆する設定であり、デュマのサービス精神を感じる。読者の私はそのサービスを享受した。