ユーラシア史的視野の『軍と兵士のローマ帝国』2023年04月08日

『軍と兵士のローマ帝国』(井上文則/岩波新書/2023.3)
 1973年生まれの歴史研究者・井上文則氏の新刊新書を読んだ。

 『軍と兵士のローマ帝国』(井上文則/岩波新書/2023.3)

 本書の新聞広告を見て、すぐに購入しようと思った。以前に読んだ井上文則氏の『シルクロードとローマ帝国の興亡』(文春新書)や『岩波講座 世界歴史』収録の論文がとても面白かったからである。

 ローマ史では軍が新たな皇帝を決める場面が多い。ローマ帝国において軍が大きな影響力をもっていたのはわかるが、そのローマ軍がどのような人々で構成されていたのか、私には具体的なイメージがなかった。

 ローマ史を軍事の視点で概説した本書によって、ローマ軍の実態と変遷の概要をつかむことができ、ローマ史のイメージが少しくっきりした。あらためて、ローマ帝国が軍事帝国だったと認識した。

 共和政時代のローマ軍は武装を自弁できる有産市民で編成する市民軍だった。第二次ポエニ戦争(BC218-201)の頃から常備軍化が始まり、初代皇帝アウグストゥスの時代には常備軍となり、ローマ軍は給与を支払われる職業軍人になる。

 その後、属州駐留軍とは別に機動軍を編成、機動軍は地方にも配され、辺境防衛軍と協力して帝国を防衛する。やがて、兵員確保のために異民族をローマ軍に取り込むようになり、ローマ軍(特に機動軍)の異民族化が進んでいく。

 異民族の襲来を防ぐローマ軍に異民族がいて大丈夫かとも思うが、士気に問題はなかったらしい。異民族 vs 異民族でもきちんと戦うのである。時代が進むと、機動軍とは別に異民族集団をそのまま同盟部族軍として動員するようになる。同盟部族軍には帝国の領土内に居住地が与えられた。

 ローマ軍が同盟部族軍に依存せざるを得なくなって行く経過も興味深いが、本書で最も面白いのは「終章 ローマ軍再論――ユーラシア史のなかで」である。常備軍の維持に必要な膨大な経費はシルクロード交易の収益で負担していたという説を展開している。前著『シルクロードとローマ帝国の興亡』の内容にも重なり、数値的な裏付けにも説得力がある。

 仮説とは言え、シルクロード交易や気候変動によってローマ軍の変遷を説明する明解さに目を見張った。要点は、シルクロード交易の収益があった時期は常備軍を維持でき、それがなくなると常備軍の維持が難しくなり、軍の異民族化が進んだ、ということである。財源がなくなれば、土地を提供して同盟部族軍を引き入れることになる。同盟部族軍の導入は民族移動の波の一部を軍事的に柔軟に吸収し、西ローマ帝国滅亡を先延ばしにしたという説にナルホドと思った。

 著者は、東ローマ帝国が生き延びた理由やヘレニズム世界とローマ帝国の関係についても分析している。マクロな視点で歴史を眺める面白さを味わえた。

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