『シルクロードとローマ帝国の興亡』(井上文則)は刺激的な本だ2021年08月27日

『シルクロードとローマ帝国の興亡』(井上文則/文春新書)
 今月(2021年8月)出たばかりの次の新書、非常に面白く、一気に読了した。

 『シルクロードとローマ帝国の興亡』(井上文則/文春新書)

 私の世界史関心分野は「ローマ史」「シルクロード&中央ユーラシア史」「ナチス&ヒトラー」である。と言っても一般書を気ままにボチボチ読んでいるに過ぎない。

 遠い昔の中学生の頃、シルクロードとは中国の絹をローマに運ぶ道だったと習った気がする。それ以来、シルクロードは中国からはるかローマに至るロマンあふれる古代の道というイメージが焼き付いている。

 だが思い返してみると、シルクロード関連本でローマをきちんと論じているものに出会った記憶がない。ローマは西の彼方の都として軽く触れられているだけだ。また、ローマ史関連の本でシルクロードに言及したものも少ない。考えてみれば不思議なことなのに、本書を読むまで、その不思議さに気づいていなかった。

 ローマ帝国に関して「なぜ世界帝国になったのか」「帝国はなぜ衰亡したか」を考察する本は多い。本書もそんな本の一つで、論点がユニークである。シルクロードの繁栄がローマ興隆の一因であり、シルクロードの(ローマにとっての)目詰まりが衰亡の一因だとしている。

 これは「新説」の提示だと思った。ローマ史研究者の著者は、一般向け新書として本書を執筆した経緯を「あとがき」で語っている。専門的な論考は年末に刊行される「岩波講座」に載るそうだ。著者は本書の内容を「文字通りの試論、それも粗い試論」としたうえで、次のように述べている。

 《試論は試論と明言しておくことで、読者には批判的に拙著を検討してもらい、あわよくばご自身でも探求してみようという気を起こされれば、それでよいと開き直っているのである。》

 ローマ帝国の興亡にシルクロードが大きく関わっていたとする著者の試論は定説ではない。ローマ帝国はシルクロードから経済的政治的影響をさほど受けていない――それが定説のようだ。ローマ史の本がシルクロードにあまり言及していない由縁である。

 私にこの試論を評価する能力はないが、著者の見解に共感した。西ローマ帝国は476年に滅亡し、東ローマ帝国はその後千年生き延びる。その歴史的事実を了解しながらも、西が滅びたのに東はなぜ持続したか、その理由を深く考えたことはなかった。著者は、そこにもシルクロードの影響を見ている。なるほどと思った。

 本書によって、歴史を考察することの面白さをあらためて知った。今の昔も変わらぬ人間ドラマのくり返しの背景にある力学をどう見るか、それを考えるのが面白い。

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