アシモフはネロ再評価を予見したか?2021年08月24日

『ローマ帝国:アシモフ選集歴史編4』(岩田一男訳/共立出版
 アシモフの 『ローマ共和国』に続いて『ローマ帝国』を読んだ。

 『ローマ帝国:アシモフ選集歴史編4』(岩田一男訳/共立出版)

 原著は1967年、訳書は1969年刊行である。初代皇帝アウグストゥスから西ローマ帝国消滅後の6世紀初頭までの物語で、一般向け解説書にしては多様な事項をかなり詰め込んでいる。約500年の歴史を一気に読むと頭の中が朦朧となりクラクラしてくる。

 ローマ史もアウグストゥスから哲人賢帝マルクス・アウレリウスあたりまでは頭に入りやすいが、その後には人物が目まぐるしく入れ替わってゴチャゴチャしてくる。部下に暗殺される短命な皇帝が続出し、四分統治制が始まると同時に皇帝4人(副帝を含む)だから人名が増加し、さらに多様な蛮族とその指導者が陸続と登場し、皇帝に替わって活躍する将軍も多い。固有名詞のオンパレードである。

 本書で興味深いのは、元老院派の歴史家が残した歴史書のバイアスの指摘だ。皇帝たちの時代になって元老院が形骸化していくなかで、記録を書き残した歴史家には元老院議員も多い。その記録は、元老院に融和的な皇帝の評価は高く、元老院に対立した皇帝の評価が低い。アシモフは次のように述べている。

 《元老院派歴史家の本の中に(したがって今日の人々の心の中に)描かれる皇帝たちの姿は、ひとりの例外もなく、不当な歪曲をうけていると思われる。》

 そんな元老院派歴史家の筆頭にあげられているのが高名なタキトゥスである。この指摘を読んで、先月(2021年7月25日)の朝日新聞の記事を思い出した。大英博物館で開催中の特別展「ネロ 虚像に覆われた男」の紹介に絡んだ記事で、近年ネロの評価が「実は名君だった」と大きく変わってきたという内容だった。この記事は、ネロが元老院など支配階級と対立するポピュリストだったため元老院議員だった歴史家タキトゥスらに暴君のレッテルを貼られたと述べている。

 アシモフは半世紀以上前に近年のネロ再評価を予見していた――と言いたいところだが、本書が描くネロはやはり暴君である。決して名君ではない。

 ローマ帝国の歴史は皇帝を中心にした記述になりがちだが、アシモフは哲学者や文学者にも目配りし、宗教にも相応のページを割いている。キリスト教が普及していく過程で太陽崇拝のミトラ教を取り入れてきたと指摘し、ドラマの要素を補うために聖母マリアや聖人・殉教者の物語を強調したと述べている。何となくギボンを連想した。

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