研究者の世界が垣間見える“モンゴル時代史鶏肋抄”2025年05月31日

『クビライ・カアンの驚異の帝国:モンゴル時代史鶏肋抄』(宮紀子/ミネルヴァ書房)
 先々月の新聞広告で見た次の本が気になった。昨年Eテレで放映した『3か月でマスターする世界史』に出演していたモンゴル史研究者の新刊である。

 『クビライ・カアンの驚異の帝国:モンゴル時代史鶏肋抄』(宮紀子/ミネルヴァ書房)

 『モンゴル帝国の歴史』(デイヴィッド・モーガン)を読んで頭が少しモンゴル史モードになったので、この新刊を入手して読了した。

 宮紀子氏は1972年生まれの京大人文科学研究所助教、現役の研究者である。本文の前に巻末の「おわりに」を読み、研究現場の日常に圧倒された。研究者は、漢文・ペルシア語・イタリア語などの基本史料(『元史』『モンゴル秘史』『集史』『東方見聞録』など)をほとんど暗記するぐらいに読み込むのがベースのようだ。著者は『元史』を少なくとも二百回以上は通読し、ペルシア語やイタリア語の原典もボロボロらしい。

 本書は一般書である。ミネルヴァ書房のPR誌『究』に36回にわたって連載した記事をまとめたものである。私はこのPR誌を見たことはないが、PR誌連載記事なら読みやすそうだと思った。

 本書のサブタイトル「モンゴル時代史鶏肋抄」は雑誌連載時の表題である。「鶏肋」を辞書で引くと「鶏のあばらぼね。大して役に立たないが捨てるに惜しいもの」とある。論文にとりあげるほどの価値はないが棄てるには勿体ない小ネタを表している。歴史こぼれ話のような気楽なエピソード集だろうと予感した。だが、そんな生やさしい書ではなかった。

 36編の記事は確かに小ネタ集のようだが、想定以上に専門的で門外漢の私には歯が立たない記述が多い。原典史料の解説は研究入門者向けの雑談風講義のようでもあり、人名だか地名だが事項名だかよくわからないカタカナ単語に難儀した。読了したというよりは目を通しただけという気分である。でも、ハンコ偽造、ファッション、宴会料理、カラクリ時計など多岐にわたる興味深い話題が多く、十分に楽しめた。

 モンゴル帝国の首都カラコルムを訪れた西欧の使節としては修道士のカルピニやルブルクが有名である。彼らはカアンへの献上物を携えた使節ということで、モンゴル帝国のジャムチ(駅伝)を利用した無料で安全な往来ができたらしい。ルブルクの場合、手土産として葡萄酒・ビスケット・果物しか用意していなかったので各地で怒りや不満を買ったそうだ。面白いエピソードだ。

 本書の記事の何編かには、雑誌連載時の後に付加した「附記」がある。その一つに、ある研究者から記事の内容は自分の研究発表の剽窃とのクレームが来た話がある。著者は、記事の内容は研究者の間では以前からの共通認識であり、そんな初歩的なことがらを「発見」と自負する主張に驚いたと反論している。私には、このクレームや反論を評価・判断する能力はないが、研究者の世界の様子を垣間見ることができて面白かった。

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