「岩波講座 世界歴史」の第3巻『ローマ帝国と西アジア』を読んだ2022年01月08日

『ローマ帝国と西アジア 前3~7世紀(岩波講座世界歴史03)』(岩波書店)
 昨秋から刊行が始まった 「岩波講座 世界歴史」の第3回配本を読了した。

 『ローマ帝国と西アジア 前3~7世紀(岩波講座世界歴史03)』(岩波書店)

 この巻は10編の論文と5編のコラムを収録している。従来の「岩波講座」は函入りで、月報を挟み込んでいたが、今回の「岩波講座」は函なしで月報もない。随所に挿入されている見開きのコラムは月報の代替だと思う。挟み込みの月報は紛失しやすいので、この方がいい。

 この巻の巻頭論文の筆者は南川高志氏である。私はこれまでに南川高志氏の著書を3冊( 『新・ローマ帝国衰亡史』『ユリアヌス:逸脱のローマ皇帝』 『ローマ五賢帝』)読んでいて、どれも面白かった。巻頭論文を読んでいると、いくつかの箇所で過去に読んだ3冊の記憶が少し甦ってきて、多少は理解の助けになった。

 巻頭論文(展望)のタイトルは「ローマ帝国と西アジア:帝国ローマの盛衰と西アジア大国の躍動」である。ローマ帝国史を西アジアとからめて概説し、その後の時代が古代ローマ帝国をどう捉えてきたかを検証し、研究の現況も簡潔に報告している。

 巻頭論文は巻全体の総括的解説でもあり、この巻が扱う時間と空間の意味を明解に述べている。本書が扱う時代区分(前3~7世紀)はローマが「帝国」になった時期から「帝国」でなくなるまでの期間である。ローマの「帝国」としての歴史とは、世界史的意義で捉えるローマ史である。

 過去に2回刊行された「岩波講座 世界歴史」は、ローマとギリシアを「古典古代」の「地中海世界」とまとめて1巻とし、西アジアへの視点は希薄だったそうだ。「古典古代」「地中海世界」という西欧の価値観に偏った見方を超えたのが今回の新機軸である。ナルホドと納得した。ローマ帝国史が中央ユーラシア史やイスラム史に連結して見えてくる。この巻頭論文では最終節の「ローマ帝国の記憶と表象」が面白かった。

 本書収録の各論文は門外漢の私には目新しい事項や難解な事項が多い。研究者たちがどんな課題に取り組んでいるかを覗うことはできた。

 実は、本書を手に取る前から注目していた論文が一つあった。井上文則氏の「三世紀の危機とシルクロード交易の盛衰」である。昨年8月に興味深く読んだ 『シルクロードとローマ帝国の興亡』(井上文則/文春新書)の「あとがき」で、井上文則氏が「岩波講座」掲載予定の本論文を予告していたからである。

 井上氏の20ページほどの論文は基本的には文春新書の内容と同じである。あらためて感銘を受けた。「三世紀の危機」をローマの軍人皇帝時代の状況と捉えるのではなく、ユーラシア大陸全体を見据えた世界史的な状況と見なしている。地球規模の気候変動を背景に、中国の様子とも連動させた見方が雄大である。シルクロードによる交易の重要性への着目も説得的で、ローマ帝国衰亡につながるひとつの要因を提起している。この巻の白眉だと思う。

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