舞踏と融合した『毛皮のマリー』は妖艶で猥雑な活人画2023年04月16日

 座・高円寺でB機関ファイナル公演『毛皮のマリー』(作:寺山修司、演出:点滅、出演:葛たか喜代、他)を観た。

 1967年初演の『毛皮のマリー』は、寺山修司が美輪明宏(当時は丸山明宏・32歳)にあて書きした芝居である。私は初演を観ていないが、初演から49年後に美輪明宏が演じた『毛皮のマリー』(新国立劇場)を観た。7年前に観たその舞台の化物屋敷的な印象は残っている。だがストーリーはほとんど失念している。

 今回『毛皮のマリー』を観ようと思ったのは、ほとんど失念してしまった芝居のストーリーを確認したくなったからだ。B機関は私には未知の劇団である。舞踏的手法を演劇に取り入れた舞台を追究してきたそうだ。

 私には7年ぶりの『毛皮のマリー』を、ほとんど初見の印象で最後まで観た。冒頭は40歳の男娼マリーの入浴シーン、下男にすね毛やわき毛を剃らせている。マリーには同居の美少年がいて、自身を「お母さん」と呼ばせている。マリーは美少年の部屋に珍しい蝶を放ち、美少年は室内で蝶を採取し、標本を作る……そんな設定の芝居である。

 この芝居、開場は開演30分前だった。開場してすぐに入場すると、舞台にはすでに4人の異様な姿の人物がいた。最初は彫刻のように見えた4人はゆっくりと舞踏をしていた。それは開演まで続いた。開演前から始まっていた暗黒舞踏は、開演後にも断続的に継続する。確かに舞踏と演劇が融合した妖艶で猥雑な舞台である。

 美輪明宏が演じたマリーをどんな役者が演じるのだろうと少々心配だったが、マリーを演じた葛たか喜代は十分に妖艶奇怪で、美輪明宏に遜色ないと思えた。

 7年前に観たとき、ストーリー展開よりもサイケで猥雑な活人画のような情景が印象に残った。今回の舞台は、それ以上に「絵」が素晴らしい。舞台装置は夢幻的異世界を現出させ、そのなかで演じ舞踏する役者たちの妖しく蠱惑的な動きが壮大な「絵」を次々に見せてくれる。